Snow White


#4 聡







俺は思った。
この時間が、もっと続いたらな、と――――






たんたんたん。 俺の後に、軽い足音で階段を下りる一人の少女。
偶然掃除をしようとした時に出会った浦佐だ。
その手には買い物袋が二つ。夕飯の材料か何かだろうか。
「ここなんだよ」
ドアの前で一旦止まって、自分がバイトしてるトコを指差す。
「へぇ……建物の下にあるなんて、凄いね」
「凄いかどうかは俺には分からんけど、とにかくどうぞ」
「あ、うん」
ドアを開けるといつものようにカラン、とベルの音が。
その音に気が付いてマスターがこっちを向いた。
「いらっしゃ――あ、聡か。掃除もう終わったのか?えらく早いな」
「えぇ、まぁ。あっそうだマスター、お客さんです。俺のクラスメートの」
「クラスメート? そっちの女の子のことかい?」
ちょっと横にずれると、浦佐が俯き加減にペコッと頭を下げた。
そのまま俺がいつものノリで『こちらです』と言ってカウンター席へと案内する。
ここの方がマスターに話しやすいし、落ち着けると思って。
「マスター、美味しいコーヒーをお願いしますよ」
「おいおい、それじゃまるで普段美味しくないみたいじゃないかよ」
「特別気合を入れてって事です」
「……なんだ、ひょっとしてこの子彼女か何かか?」
「ま、マスター!」
そんな事言うもんだから、浦佐の顔が一気に赤くなってしまった。
俺も平静を装いつつ声を出したけど、たぶん顔は赤いだろう。
それを肯定するかのようにマスターが笑った。
「冗談だよ。そんなに赤くならなくてもいいだろうに……それよりもコーヒーだったな。すぐ用意するから待っててくれ」
「もう……ゴメンな、浦佐。ビックリしたろ?」
「う、うん……いきなり言われたからビックリしちゃった」
「マスターはいつもあんな感じだから気にしなくていいからさ」
「う、うん」
「それじゃ、ちょっとコーヒー飲んでてくれな。俺着替えてくるから」
「着替え?」
「もうバイトの時間終わりだからさ。んじゃ」
そう言って俺は更衣室へと足を向けた。
いつもはダラダラと着替えるところだが、今日はサッと済ませて店内へ戻る。
丁度コーヒーを飲んでるところだった。
「もう着替え終わったの?」
「そんなに時間掛かるわけでもないし。友達待たす訳にもいかないだろ?」
そうかもね…と苦笑しながらコーヒーを飲む浦佐の姿を見て、なんだか俺のほうも飲みたくなってきた。
そう言えばさっき新しい豆だっていって貰ったコーヒー以来だ。
どうしようかな……
「ほれ、ついでだ」
スッとコーヒーが差し出される。 マスターからだ。
「え、いいんですか?」
「どうせもう他にお客もいないし、店のものが飲んでたって悪いって訳じゃないだろ?」
「すいません」
「気にするなって。ちゃ〜んとバイト代から差し引いとくから」
そう、ちゃんとバイト代から――――って、え?
「うそぉ!?」
「もちろんウソ」
思わずガクッと垂れる俺。
ほ、ホントにこの人は……
「ふふふっ。マスターさん、面白い人だね」
ずっと横で話を聞いていたらしい浦佐が笑って言った。
「おいおい、浦佐まで……」
「なぁお嬢さん、こいつこうやって遊ぶと面白いから是非試してごらん」
「遊ぶな!」
「ふふっ。そうですね……やってみようかなぁ」
「おいっ!!」
……しばらく、マスターはともかく浦佐にまで遊ばれていた俺。
バイト早く終わったのに結局同じくらい疲れ溜まってるんですけど。
いや、むしろある意味ではこっちの方が疲れる?



「もう真っ暗だね。さっきまで空がオレンジ色だったのに」
帰り道。
もうすっかり暗くなってしまった道を浦佐と二人で歩いていた。
暗くて危ないから送っていくよ、と言って。
その時の浦佐は、普段学校で見たり、出会った頃とは全然違った。
あの時からするとまるで別人……こっちがビックリしてしまうくらいに。
これが、本当の浦佐なんだろうか?
変わったな、と言った俺に少し落ち込んだようなしぐさを見せる。
「迷惑、だったかな……」
『メイワク』
この言葉が妙に大きく胸に響いた。
瞬間、それが声になって外に出る。
「そんな、とんでもない!」
自分でも驚くくらい大きな声だった。
浦佐のほうも、目を開いてこっちを見ている。
「あ、ゴメン……でも、俺は今の浦佐のほうがいいと思う。おどおどしてるより、今みたいに笑ってる浦佐のほうが」
ちょっとキザっぽい言葉かもしれないけど、俺は今の素直な気持ちを言った。
確かに、あの時の浦佐を見て今を見ると驚くかもしれないけど、そんな事は些細な事。
今のほうがよっぽどいい。
笑顔も多く見せるし、何より楽しそうだから……
自分で言ったことがなんか照れくさかったので口をつぐむと、浦佐のほうも少し下を向いて黙ってしまった。
まぁ、なんだ。 一種の照れ隠しって奴さ。 ハハ……。
俺は今が暗くてよかったと心から思った。
明るかったら絶対顔赤いのがバレる。

それからすぐに浦佐の家に着いたようで、寄っていかない? と誘われた。
一瞬心が揺らいだけど、理性で振り切って挨拶を済ませると手を上げてきびすを返した。
な、何故浦佐はこんな時間にお茶なんて誘ったんだ……まさか、なぁ。
いやいや、邪念は捨てよ。きっとさっきのコーヒーのことで頭の中に残ってたんだ。うん、そうに違いない。
強引にまとめた途端、寒さで体が震えた。
やっぱ夜は寒いなぁ。 さっきまでは全然感じなかったのに。
浦佐といたときは、寒さなんて気にならなかったんだけどなぁ。
「浦佐、か……」
俺はクシュンッとくしゃみをすると、寒空の中を家へと歩いていった。





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