Snow White


#1 聡







それは、学校の何処にでもある廊下から始まる―――――






俺はいつものごとく机で突っ伏していた。
それは授業の間だけじゃない。
休み時間だろうと、ずっと……
何故学校に来てまで寝るのか?
答えは一つ。 眠いからだ。
そして、そこに最適な子守唄があるからだ。
もっとも、これは子守唄ではなく立派な“授業”なんだがねぇ。
俺にはあいにく眠気を誘う子守唄にしか聞こえないわけで。
それなのに………

『俺の授業で寝たバツだ』

何て事があったものだから、俺の睡眠時間はなくなった。
せっかくの休み時間を先生の説教で潰す事になろうとは!
……今度からバレないように寝ようと硬く決意した俺だった。
そんな帰り道の事。
「あ〜あ……ったく。せっかくの大事な休み時間がもうほとんどねぇじゃんかよ。人の睡眠時間を……あのクソ教師め」
なんて悪態心で吐きながら、廊下を歩いていた。
休み時間終了まで残り十分ちょっと。
今からなら午後の授業で寝ても二時間は寝れる……ただでさえ眠いんだから、少なくても二時間は大きい。
だったら、早く戻って寝る事にしよう。
そう思うと自然に足は速くなる。
ぜんは急げ、有言実行。 あれ、これは違うか。
そして、廊下の曲がり角を曲がろうとした時に…………
どん。

目の前に火花が散った。

バランスを崩して、尻と手を同時につけてしまった。
刹那両方起こる鋭い痛み……ぶ、ぶつけた……。
「あいってぇ〜………」
衝撃の強かった腰を抑えながら、ふと前を見ると同じように腰に手を当てている一人の女の子が。
なんだか同じような動作をしているような?
いやいやっそんな事考えてる場合じゃない―――と思っていると、向こうの方から先に言葉を発した。
「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」
「え、あぁ…大丈夫だよ。そっちこそ平気?」
「はい、何とか……」
俺が先に立ち上がって、手を差し出そう……とする前に、付いたゴミとか払わないと。
パパッと払い、改めて彼女に手を差し出す。
「あ、どうも……」
ちょっと照れくさそうに掴んだ。
物を持ち上げる感じでよっと押し上げると……
あれま。意外と軽いでないの。
女の子ってこんなに軽いものなんだろうかなぁ?なんて考えてしまう。
いやっ、だからそうじゃないってば。とにかく謝らないと!
「ごめんな。ついボーっとしたまま歩いちまった。怪我とかはないか?」
大丈夫と言うのを聞いて一安心。
あー、これで怪我でもされてたらたまらな―――
ぽたり。
………ん?なんか左手が一瞬痛んだような?
同時に、彼女が『あっ』と小さな声をあげて下を見た。
「あの。血、出てますよ……」
……えっじゃあこの痛みって言うのは?
左手を持ち上げて見てみると、手の甲辺りから中指の先まで一筋の赤い線が出来ていて、先端からポタッポタッと液体が滴り落ちていた。
おっおいおい。相手を気遣う前に自分がやられてちゃ意味ないじゃん。
あいや参ったなぁ。
すると、彼女が急に『大変!』と言ったかと思うと、自分のハンカチを取り出し傷ついた俺の左手に巻きつけたではないか!
白かった筈のそれが徐々に赤色に侵食されてゆく……
それが素早く行なわれたものだから、何を言うまでもなく、されるがまま状態。
ただじっと見てしまっていた。
「これで大丈夫です………あっ」
終わった、と顔を上げた彼女と至近距離で目が合った。
気が付けば、俺は顔を近づけて見てしまっていたのだ。
ハッとしたように目を見開いた表情が、今目の前にある。
視線をずらせばいいものの、何故かじっと見入ってしまう。
よ、よく見てみると結構可愛いじゃないか……。
こんな子とぶつかっちゃってちょっとラッキーなんて思っちゃったりして。
この間が一瞬だったのか、それとも長い間だったのかは分からない。
でも、俺にとってずいぶん長い時を過ごしたかに思えた。
そして、お互い我に返ったかのようにわたわたと離れる。
その時お礼の一言でも言えればよかったんだけど、心臓がバクバク言ってそこまで脳が回らなかった。
彼女が勢いよくペコッと頭を下げて走り去った後で、ようやくマトモに動き出すまで……。
「……どうするよ。これ」
俺の手に残ったのは、彼女に巻かれた白いハンカチ。
手当てしてくれたのは嬉しいけど、名前も何も聞いてないんじゃこれ返せないぞ。
まさか貰っちゃえなんて事もできないし。 むぅ、参ったぞこれは。
キーンコーンカーンコーン…
あ、ンな事考えてる間にもう予鈴が鳴って……結局貴重な昼休みが終わっちまったじゃん。
可愛い子との出会いみたいなのはあったけど、大事な大事な睡眠タイムが無くなってしまって、ガックリと肩を落としながら教室までの道のりを歩いていった。
……五、六時間目は絶対に寝てやる。
この時、帰りがてら保健室に行こうかとも思ったけど、止めた。
理由は特に無いけど、そんな気分だったから。
消毒しないとマズいかもしれないけど、せっかく巻いてくれたハンカチだし。
それに、このまま付けておけばまた合った時に向こうが気づいてくれるんじゃないかって。
そんな都合いい事浮かべつつ、教室のドアを開けた。
「水沢、随分時間かかったなぁ。これはコッテリ絞られてきたかな?」
教室に入った途端友人に先の説教の結果を聞かれた。
話ついでに手の怪我も見せる事に。

「いや〜参った参った。怪我するなんてついてな――――あ」

一瞬、目を疑った。
友人からちょっと目を離した先に見えたもの、それは……
「あ、あなた……さっきの……?」
そう言ってこちらを見て驚いてる一人の女の子。
かく言う俺も、ビックリして言葉を発せられずにいる。
……こんな偶然ってあるのか。
そこには、俺とぶつかってハンカチを巻いてくれたさっきの女の子がいた。





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