Snow White


#1 亜矢







それは、学校のどこにでもある廊下の曲がり角からはじまった――――






それは明らかに、私の注意力不足だった。
どん。 階段を下りてきてそのまま右に曲がろうとした私は、その方向から来た人に気が付かなかった。
向こう側も、人が降りてくるとは思わなかったのだろう。何の注意もせずに歩いていた。だから……
「いたたたた………」
「あいってぇ〜………」
文字通り、正面衝突。
ぶつかった衝撃で倒れこんでいる私たちを見て、廊下を歩く生徒たちの目が止まる。
ううぅ、恥かしい。したたかに打ち付けた腰に手を当てながら、ぶつかってしまった人の顔を見てみた。
その人は男子だった。私と同じく腰元に手をやって痛みを和らげるかのようにさすっている。
「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」
「え、あぁ…大丈夫だよ。そっちこそ平気?」
「はい、何とか……」
その人は立ち上がって、パッパと手についた埃を払うと、私に向かって「はい」と手を差し出した。
あ、どうも……と言って彼の手を掴み、私も立ち上がる。
「ごめんな。ついボーっとしたまま歩いちまった。怪我とかはないか?」
「あ、はい。大丈夫です。あなたの方こそ怪我とかしてませんか?」
「なぁに。俺なら問題ないって。これくらい慣れてるから。ははははっ」
本当に『何でもない』と言いたいかのように笑う彼を見て、私も思わず笑みがこぼれた。
ところが………

ポタリ。 何かが彼の手から落ちた。落ちたそれはリノリウムで出来た廊下に赤い斑点を描いている。
え?これって……。
「……いてっ。ん、なんだ?」
「あの。血、出てますよ……」
「えっ?あ、ホントだ……ったくついてねぇな〜」
もしかしたら、ぶつかって手をついたときに鋭い破片か何かで切っちゃったのかも……
「た、大変!」
「え?あ、おっおい……ちょっと……?」
ど、どうしよう……やっぱり私の所為、かなぁ。
大急ぎでポケットからハンカチを取り出した。
間隔を開けてポタポタと血が滴り落ちる手に巻きつけると、白かったハンカチが少しずつ赤く染まっていく。
「これで大丈夫です………あっ」
「ぁっ…………」
大丈夫です。 と言おうとして声が詰まった。
顔を上げたすぐそこにあったのは……彼の顔。
うわ…どうしよう。目が合っちゃった。
何かしたわけじゃないけど、自然と頬が熱くなってるのが分かる。
彼の方も、驚いた表情のまま私のほうを見たまま……
「………あっご、ごめんなさい」
「あ、あぁ……こちらこそ」
一瞬の間があって、お互いさっと離れる。
あぁ、どうしよう。心臓がドキドキ言ってるよ…。
男の人の顔なんて、間近で見たことないのに。
「そ、それじゃあ、えーっと……ど、どうもすみませんでした!」
「いやそれは俺だって悪いわけだし。それにこのハンカチだって」
「それでは!」
「―――え?あっち、ちょっと!!」


…………

「あぁ……びっくりしたぁ」
教室に帰って、鼓動早まる心臓を落ち着けようと席に座った。
まさか人にぶつかっちゃうなんてなぁ。おまけに怪我もさせちゃったみたいだし。
あっそう言えばどこのクラスの人か聞くの忘れちゃった……うぅ、謝りに行けないよ。
止血に使ったハンカチも……あれくらいならまた買えばいいけど、やっぱりそのままにしておくのは私としても嫌だし……
でもクラスが分からない。たぶん同じ学年だと思うんだけど……はぁ。失敗しちゃったなぁ。
「亜〜矢っ」
ふと、前から私の事を呼ぶ声が。
顔を上げてみるとそこには見知った顔が。
「……美香」
「どうかしたの?慌てて教室に入ってきて」
「う、うん。ちょっとね」
私はさっきの事を美香―― 八色美香(やしき みか) ――に話した。
「そりゃあ亜矢が悪いわね〜」
「や、やっぱりそうだよ……ね」
「加害者とかの悪じゃなくて、ちゃんと聞いておかなかった事に対する悪。まぁ、男子にあんまり免疫無い亜矢に普通に接しろ、と言うのが無理だけどねぇ」
「うぅ………」
「その人のネクタイの色、見た?」
「ネクタイ?う〜ん……確か付けてなかったよ」
そう言うと、美香が『あちゃ〜』と言って額を手で抑えた。
うちの学校は男女共にネクタイやリボンの色が学年ごとに違っていて、それで判別ができると言う。
でも、今回のように相手が付けてなかったら……お手上げ状態。
「しょうがない……今回の事は、蚊にでも刺されたと思って流しちゃえば?」
「そ、そう言うわけにはいかないよ。ちゃんと謝らないと」
「そうは言ってもねぇ。男子と言う事意外に手がかりないんでしょ?後は手に亜矢のハンカチつけてる位で……でも、そんなに長くつけてるとも思えないなぁ」
「え?どうして」
「だって怪我したら保健室行くでしょ。そしたら消毒して、絆創膏か包帯巻くでしょ?そしたらハンカチつけないじゃない」
「あ……そうだね」
もしそうなっちゃったら、完全に手がかりが無くなっちゃう……。
「あのさ、案外同じクラスだったりして?」
「え〜っ。そんな事はないとおも」

ガラガラガラ……

「―――え?」
「ん、どうしたの……?」
ドアが開いた。
そんな事じゃ別に驚かない。
問題は、入ってきた人にあったのだ―――。
「いや〜参った参った。怪我するなんてついてな――――あ」
「あ、あなた……さっきの……?」
え?嘘……こんな事って。
今入ってきた男子生徒の右手に巻かれていたもの。それは、さっき私が巻いてあげたハンカチと全く同じものだった。
そして、その相手と言うのも……。
「え?なに、一体どうしたって言うの?え、え?」
お互いを見て固まっている私たちを見て、美香だけが一人判らないままでいた。




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