+ 夏の夕暮れ +

夏。

もうすぐ夏がやってくる。

俺たち学生にとって最大のイベント。

一ヶ月の長きに渡って学校に行かなくてすむ……なんてすばらしいんだ!

七月に入ってから指折り数えてその日を待つ。

あと……三日!


そんな夏休み寸前のある放課後の物語。



空がオレンジ色に変わりつつあるのに、じわじわと暑さが伝わってくる。

窓開けてないとやってられない状態だ。

こんな時、エアコンがあればどんなに楽か。

つくづくそんな事を実感する。

時々入ってくる夕方の風がなんとも気持ちがいい。


「……ねぇ、ちょっと。私の話聞いてる?」

「………………」

「ねぇってば。お〜い、歩!」

「えっ……あ」


目の前で手を振られてハッとなる。

少し上を向けば机に腰掛けてこちらをじっと睨んでいる一人の女の子の姿が。

ヤバ……話聞いてなかった。


「ボー……っとしてたでしょ?」

「夏だからな」

「嘘つき」

「夏だからな」

「関係ないじゃん……」

「まぁ、そうなんだけど」


はぁ、とため息をつく彼女。

名前は 太田 智音 と言う。

なんて言うか、うん。まあそうなんだよ。

恋人……なんだわ。

あ、ちなみに俺の名前は 布佐 歩 だ。


「で、何で歩はボーっとしてたの?」

「夏だから」

「殴っちゃうよ?」

「ちょっと暑いからボーっとなっちまっただけだ」

「ふ〜ん。まぁ確かに暑いけどね。でも話聞いてないってのはちょっとガッカリかな」


そう言うと彼女も上から二つボタンを外した制服の胸元を指でつまんでパタパタさせたり、スカートの端を持って仰いだりしている。

これは言う間でもないけど、目の前にいるということはそれらの光景が俺に全て見えるということだ。

俺が普通に椅子に座ってるから、机に腰掛けてる智音の方が高い位置にいて胸元の方は見えなかったけどスカートの中はバッチリ見えた。

智音もきっと分かってやってるんだろう。

俺だって、パンツ見えたくらいで今更どうたらするわけでもない。

そりゃ、初めでこそ顔をそむけたけど……慣れって恐ろしいな。

スカートの中からちらちら見え隠れする太股と下着。

我が彼女、普段しっかりしてても俺の前ではどうも羞恥心が薄いご様子。

いつだったか思い切って言ってみた事があったけど、その返事は素晴らしくあっさりしたもの。


『いいじゃない 恋人なんだし。別にヤらしい事するわけでもないでしょ?』


これを笑顔で言われたものだから俺としては内心恥かしいやら嬉しいやらで。

俺だけが知ってる智音の姿。

な〜んか優越感。


「んで、何言ってたんだ?」

「だからぁ、夏休み! 一緒にどこかへ行こうって話してたんじゃない。それなのに、歩ってば急に黙り込んじゃったと思ったらこれだし……」


あ〜そうだ思い出した。

そう言えばそんな事を話してたなぁ。

恋人同士になって初めて迎える夏休みだから、どこかへ行こうって感じで話し始めたんだ。


「やっぱ夏って言ったら海かプールじゃん?」

「フツぅー」

「いや、普通ったってなぁ。じゃあ智音はどんなとこに行きたいんだ?」

「ん〜、何処でもいいよ」

「……おいっ」

「あははははっ冗談だってばぁ」


つくづく思う。

智音は本当に良く笑う奴だ。

なんつーか、笑顔が似合う。

いつも他の奴がいる時も笑ってるけど、俺と一緒にいるときの笑顔とはまた違う。

みんなと一緒の時を暗とすれば、二人の時は明……

混ざりっけなしの純度100%笑顔。

本当の自分を出してると言うか、遠慮が無いと言うか。

う〜ん、これも俺だけが知ってるかもしれない一面だな。うん。


「ねぇ、せっかくだから泊まりでも行こっか?」

「泊まり?」

「うん。海でも山でも、近いとこじゃなくてどっか遠くの旅館かどこかにさ」

「俺は構わないけど、そっちは大丈夫なのか? 親の許可とか」


智音は一瞬だけ考えるような表情をした後に、やっぱり笑顔で言った。


「友達のところに泊まりに行くって言えば何とかなるかも」

「智音……意外とワルだな」

「歩と一緒にいるんだったら何でも頑張っちゃうよ〜」

「またまた……そうだな。泊まりっても悪くない。その方向で決めていくか」


さてそれじゃあどう言った所に行こうかと決めようとした時、突然チャイムが鳴り出した。

続いて校内放送。


『最終下校時間が近づいています。校内に残っている生徒や部活動をしている生徒は帰りの準備をしなさい』


「あ……もう最終下校だって。早いなぁ」


俺も携帯の時計を見てみる。

18時50分か。うわ、もう夜じゃん。

オレンジよりも黒に近い青が広がってるけど、まだ外は明るさを保っている。

でもあと三十分もすればすっかり夜だろう。

そろそろ帰らないとな。


「帰るか? 智音」

「う〜ん……ね、校庭の方に行ってみない?」

「は? 校庭?」

「端っこの方に運動部の部室とかあるじゃない? そこなら見つからないかも」

「いや、だったら帰りながらでもいいんじゃ……」

「あま〜い! 歩は甘いっ。見つかりそうで見つからないって言うスリルさがいいんじゃない」

「おまえ……いつもの智音か?」

「いつもであっていつもじゃない智音ちゃんで〜す」


……自分でちゃん付けするなよ。


「たまにはスリルを味わうのもいい物だよ。夏休み前だし、何か思い出残しても損はないかと」

「見つかったら損だな」

「で、歩はどうするの? 行く? 行かない?」

「へぇへぇ。行きますよ」


机の横に引っ掛けておいた鞄を持つと、二人で教室を後にする。

最終下校の迫る学校の廊下は人気がない。

実に静か。

リノリウムの廊下を歩く俺たちの足音がただ響いていた。

廊下の窓から見えるほとんど夜の空。

今電気が消えたら一気に真っ暗だな。

幸い昇降口は鍵が掛けられてなかったからそのまま外に出れて、家路へ向く運動部員達とすれ違いながら校庭へと出た。

そのまま薄暗い校庭を歩いていくと、長屋のように続いてる部室棟が見えてきた。

どこも電気がついてない。

みんな帰ったからだけど。


「どっか開いてないかなぁ?」

「え? おいおい、まさか中に入ろうと?」


智音がくるりとこちらを向くと、暗くてもそれとわかる笑顔で答えた。


「でないと見つかっちゃうでしょ」

「さいですか……でも入るったってここは普段運動部が使ってるんだから開いてないんじゃないか?」

「確か前に空き部屋があるって聞いたことがあって、前から忍び込んでみたいなって思ってたの」

「お前やっぱ変わってるよ……」

「そんな私に惚れちゃったのはどこの誰?」

「……俺です」

「あの時の歩ってば今思うと笑っちゃいそうだなぁ。ひょっとして、告白とかって初めて?」

「そ、そうだよ」

「やっぱり?」

「そ、そんな事はいいから早いとこ入るなら入ろうぜ! 誰かに見つかっちまうかも」

「待ってよ……暗くて何処が開いてるか分からないのよ。 それにしても、言い出しっぺの私が言うのもあれだけどね……ヘンな事やってるなぁ」

「あぁ、大いにヘンだ」

「周りから見ればどういう風に見えるか……あっあった。ここだ」


ガチャッと言う音がしてドアが開く。

どうでもいいけど、空いてるからって鍵閉めておかないのもどうしたものか。

ぶっそうにも程があるぞ我が高校。

中に入ってドアを閉めると本当に真っ暗だ。

反対側にある窓も、ほとんど光を取り込んでない。

裏にたくさん木が並んでるからだろうなぁ。

智音が手探りでスイッチを見つけてパチッと音がしたかと思うと、急に目の前が白くなった……いや、電気が付いたのか。


「うわ……何もねぇ」


空いてるから当然かもしれないけど、ただ部屋があるだけって感じ。

後は、端から端まで木の棚が敷いてあるくらいか。

高さもちょうど良さそうだし、ここに座れるかも。


「なんか湿っぽい……それに、ヘンな匂いするよここ」

「そりゃ何も使われてなきゃなぁ……窓開けようぜ」

「はぁ、もっと良さそうなところだと思ったんだけどなぁ」

「部室なんざ所詮こんなもんだよ。って、この窓開くように出来てないし。固定型かよ」

「うぅ、我慢するしかないか……」

「なぁ、もう入ったからいいんじゃないか? 後は帰りながらでもゆっくり話せるし」

「えぇ〜せっかくだしもうちょっとだけ、ね? 確かに環境は良くないけど、誰にも邪魔されないし見つかる事もないと思うよ」

「そんなに見つかりたくないのか?」

「う〜ん、そう言うわけじゃないんだけど……たまにはこう言うところもいいかなって」

「ますますヘンな事してるように思えてきた。にしても、入ったはいいけど本当にバレないのか? 電気だってつけてるし」

「校庭側に窓内からたぶん平気じゃない? 裏だって木が生えてるからそうそう人がきそうもないし」

「つまり、誰かが入ってこない限りはここは密室って事か」

「そゆこと〜」


立ったままでもしょうがないから二人で棚の上に腰掛けた。

全然使ってないのに埃が溜まってないのに驚いたけど、すぐにこの間大掃除があったことを思い出す。

たぶんその時にここも掃除されたんだろう。

匂いの方はたぶんこの建物自体に染み付いてるんじゃないかと。

運動部が使ってるんだから、汗とか土とかいろいろと染み込んでそうだ。


「夏休み、どこに行こうか。泊まりでってのは決まったけど肝心の場所は決まってないもんね」


ぴとっと智音がくっ付きながら話し出した。

俺の肩に自分の頭を乗せて、身体も俺のほうに預けてしまってる。


「智音はどこ行きたい?」

「山もいいけど、やっぱり海かなぁ。水着着れるしね」

「それが狙いかい」

「歩を悩殺すんだ〜」

「智音が俺を悩殺出来るかな〜?」

「あら、私こう見えても結構スタイルいいんだぞぉ」

「自分で言うところが怪しい気もするがな」

「ほらほら、こんな感じに〜」


すっと立ち上がり俺の前に出ると、手をそれぞれ頭と腰に当てる俗に言う『うっふん♪ポーズ』を取る。

今時こんな格好する奴はいないけどなぁ。

まぁ、確かに悪くはなさそう。


「こんな事もやってみたりして。さらさら〜」


今度は右手で自分の髪の毛をさらっと払う。

セミロングっぽい髪がふわりとなびいた。


「ほらほら、どう?」

「どうって。良いと思うけど」

「良いって……もっとまともな反応期待してたのにな。似合ってるぞ、とかさ」

「似合ってるぞ」

「もう遅いっ」


ぶぅ〜っと頬を膨らます智音。


「あははっ悪かったって。でもなぁ、やっぱ本物見ないと何ともいえないんじゃないか?」

「ホントかなぁ」

「ま、全ては夏だな」

「もし言わなかったら襲っちゃうからね」

「襲うってなぁ……」


やっぱり智音は変わってる。そう思った時だった。


パチン。


「えっ!?」


一瞬にして何も見えなくなった。

それが電気が消えたことだと気が付くまで約数秒。

今まで明るかったものだから、急にやってきた暗さに対応しきれず見えない状態。

なんだ、一体どうしたんだ?


「智音、無事か?」

「大丈夫。ちゃんといるよ」

「急に真っ暗になったもんだからなんも見えねぇや。一体何がどうなってるんだ?」

「電気が切れちゃった」

「目が慣れるまでは動くに動けないな……自分が座ってた場所も判断つかないや」

「座ってないの?」

「あぁ、驚いて立っちまった。いや、参ったなこれ」

「そっか、座ってないんだ……」


智音の声が聞こえたかと思うと、何か動いたような音がして何かにつかまれた。

ビクッとなってしまう体。そしてクスクスと笑う声。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。私だよ」

「え、智音?」

「そうそう。智音さん」

「いや、さん付けは良いから」

「ねぇ歩、私が今何やってるか分かる?」

「え、何って……抱きしめてる?」

「うん、正解」

「良く暗いのに出来たな」

「暗くなる前に歩がいた所見えたからね。簡単簡単」

「でも俺立ち上がったぞ?」

「最終的には、勘かな」

「なるほど。見事に正解したってワケだ」

「正解者には商品を上げないと」

「っておい、いつのまにクイズになってたのかよ」

「今決めた」

「おいおい……こんな時にやらんでも」

「………………」

「あれ、智音?」

「……もん」

「え?」

「こんな時でないと……こんな事、できないもん」

「こんなこ――――ッ!!!?」


最後まで言葉を発せなかった。

答えは簡単。口を塞がれたからだ。

……なにでかって?

それは……


「んっ……と、智音?」


暗闇に目が徐々に慣れてきて、ぼんやりとだが見えてくる部屋の中。

すぐ前にある智音の顔も輪郭くらいは確認できた。


「今……ひょっとして智音……」

「うん、キス……しちゃった」

「な、なんでこんな時に?」

「いいじゃない。……こんな時だって、ううん、こんな時だからこそキスしたの。顔、見られるの恥かしいし」


今もまだ見えないけど、きっと智音の顔は真っ赤かも。


「まだ私の顔見えないよね?」

「あぁ、輪郭ぐらいしか」

「だったら……」


スッと首にまきつく両腕。

引き寄せられる感覚。

首の後ろあたりに感じる圧迫感は、きっと智音が背伸びするために力を入れたからだ。

再び唇が塞がれる寸前、暗闇の中で智音の表情が見えた気がした。


「……歩に謝らなきゃいけないこと、一つだけある」

「ん、なんだ?」

「電気消したの、私なんだ。気が付かなかった? 私が立ったすぐ側にスイッチがあったの」

「いや……電気つけたのも智音だったからスイッチの場所なんてわからなかったぞ」

「こう言うのって、夜這いって言うのかな?」

「よばって智音……なにを」


また途中で塞がれた。

部屋に響くチュッていう音が何とも、ねぇ?

しまいには俺のほうからもキス反すようになっちゃって。

最後の方は自分で言うのもアレだけど結構凄かった。

その、舌を絡めるというか、唾液を交換するというか……あぁもう! とにかくそんな感じだったんだっ!

俺も智音も上気してうっすら汗かいてたしね。

そりゃ狭い密室の中、夏と来ればたとえ夜でも暑くなるよ。

ある意味で、凄い思い出ができたわ。それも夏休み前に。

恋人である智音と、人気のない部室棟の空き部屋で真っ暗の中キスしまくったなんて、初めてだ。

この勢いで夏休み迎えたらどうなるか。楽しみなんやらそうでないやら。





「にしても智音」

「ん、なぁに?」


あの部室棟からの帰り道。

智音と手を繋ぎながらゆっくりと歩いてゆく。

俺はふと思った事をたずねてみた。


「恥かしかったってのは分かったけど、なんであの場所で、それこそ電気消してまでキスを? 目を瞑ってもできたと思うんだがなぁ」

「まぁそう言われちゃったらそうなんだけど。私、どっかで期待してたのかもね」

「期待? 一体何を」

「……そんなこと、女の子の口から言わせる普通?」

「言わせるって、何を?」

「んもう〜しょうがないなぁ歩は。だからね、私は――――」


………………


「ッー!!?」

「あははははっ! なんちゃってねー」

「こ、こらぁ! ともねぇーっ!!」


耳元で囁かれて顔を真っ赤にした俺が、笑顔で逃げる智音を追いかけてゆく。

こんな感じで、きっと夏休みを迎えるんだろう。

さっき智音が言ったことはって?

まっ簡単に言えば、そう言うこと、なんだわ。

ホントに何を言うかと思えば……

そういえば、さっき智音が襲っちゃうとかなんとか言ってたけど……ま、まさかな。

とにかく、夏休みまで後少しに迫った今日この日は、とても思いで深い日になったわけだ。

夏休みまであと三日……

そんなある日の夕方の出来事――――




掲載日:2003/04/21


もどっちゃうよ〜