・moon drop 2
「……やっぱり、友達同士のままの方が良かった……」
その日、彼女との関係は終焉を迎えた―――――
この頃は特に意識してたってわけじゃなかったね。
そりゃあまったくないと言えば嘘になるけど。
やっぱりまだ“仲の良いクラスメート”って感じだったし。
逆に言えばこの時から変わっていったのかも。
クラスメートから、大切な人へ。
だから……このときが一番幸せだったのかもね?
……またそんな顔しないでくれよ。
続き、話すの止める? え、続けていい?
わかった。じゃあ、続けるよ。
俺にとっての大きな転換点。
それは、あの日――――――
〜俺にとって、彼女……上総 湊は仲の良い友達である〜
あれは確か、夏休みが目の前まで近づいてきた暑い日のことだった。
憂鬱で仕方なかった学期末テストからようやく開放された。
高校初めてのテストはどんなものかと身構えたけど、あんまり中学時代と変わらなかったような。
周りの友人たちと、ここがヤバいあれは出来たなんて話をしながら開放感に浸る。
あと残ってるのは、夏休みまでの短い登校期間だけだった。
夏休み終了直後に地獄の返却がやってくるのはこの時頭の隅に追いやってた。
落ち込むのはその時になってから。
もっとも、無駄に身構えたせいで勉強してたからヤバいって感じの教科はなかったけど。
「上総、おまえはテストの具合どうだった?」
「私? んーまあまあかな」
お決まりの放課後委員会活動……。
誰もいなくなった教室を“美化”しながら上総に話しかけた。
「そういうアキチーは?」
「うむ。まあまあだ」
「真似してるー」
「偶然だ」
最近、苗字から名前で呼ばれるようになったなと思っていたら、気がつけばあだ名らしきものへ。
アキチーってなんだよな。アキチーって。
本人いわく、空き地のように広い心を!って意味らしいが、これいかに。
まあいいか。気にしたら負けだな。
美化運動も終わって、駅までの道を上総と歩いていく。
どこかでセミが鳴いていた。
暑さを感じるのもそうだけど、この鳴き声を聞いたらあー夏なんだなって思う。
オレンジ色の空、長く伸びた影、額から流れる汗。
今年の夏はどうするかなって考えてた。
「去年の夏は受験で遊べなかったからね。今年はうんと遊ぶ予定!」
なんとも模範的な意見が返ってきた。
同じ境遇を潜り抜けてきただけあって、皆考えることは同じらしい。
綿密なスケジュールなんていらない。
寝る・食べる・遊ぶ。これだけあれば十分だ。
そんな夏休みはすぐにやってきた。
いつもなら起きないといけない時間。
暑さで蹴飛ばした掛け布団もそのままに、寝続けられる幸せ。
遅くに起きたって何も言われない午前中。
あちぃなんて言いながら扇風機の前に陣取る午後の昼下がり。
そのどれもが“夏休みなんだな!”って感じさせてた。
頭の中から完全に忘れ去られた高校の存在。
毎日が休日という最高な環境は、穏やかでもあっという間に流れていった。
そんな、ある日のことだった。
〜♪
振動とともに携帯電話が鳴り響く。
画面を開けばメール受信の文字。
相手は上総だった。
夏休みに入ってからというもの、会う事はないけどメールは盛んに飛び交ってる。
なんでもない世間話がほとんどだけど、今回のはどうやら違う内容。
「夏祭り?」
上総から来たメールには、自分の地元で祭りがある。暇ならおいで〜とあった。
確かに暇だ。暑いからあんまり外も出てないし、出るとすれば友達と遊ぶくらい。
今日も引きこもってるかなーなんて考えてたときだから、ナイスタイミングとも。
ちょうどいい。上総の顔でも見てからかってこよう。
いくいくと返事をして、夕方に向こうの駅前で会うことになった。
昼間の暑さが和らぐ頃。夕方。
待ち合わせの駅についてみれば、洋服姿に混じって浴衣を着ている人がちらほら。
駅前の通りに沿って色とりどりな電気提灯が並んでいた。
ここのお祭りは結構大きいんだろうか。
それにしても、この人の数。はたして上総を見つけることは出来るだろうか。
ちょっと自信がない。
と、その時服を引っ張られた。
見るとそこには、上総――――
「やあやあ。元気してた?」
笑顔で話しかける上総は、いつも見るのとは大きくかけ離れていた。
簡単に言えば、そう。これは……
「………………」
「うん? アキチー。どしたの?」
長い髪の毛を後ろで束ねて、前髪をアップにしたその姿。
それに負けないくらいに鮮やかな浴衣。
思わず心臓が跳ねてしまうくらいに。見とれてしまうくらいに。
上総に目の前で手を振られてようやく我に返った。
頬を膨らます上総。とてもじゃないけど本当のことは言えそうもない。
『思わず、見とれてた』なんて。
お祭りの会場は公園全体に広がるようにあった。
屋台といえばと連想させるおいしそうな匂い。
小さい頃は夢中になって遊んだおもちゃ。
何の意図で集めたのか分からない射的屋などなど。
締めには花火も打ちあがるなんていうんだから、本当にたまげたもんだ。
たくさんの人であふれるなか、上総と二人。
一度考えてしまったらもう頭から離れられなかった。
なぜ自分は上総と“二人”でいるのか。
俺にも上総にも友達はいた。
ともすれば、仲の良いメンバーでお祭りを周るのが一般的。
なのに結果は今あるとおり。
お祭りだから当然といえば当然かもしれないけど、上総の格好は浴衣姿……。
これじゃあ、誰だって勘違いもしたくなるだろう。
……本当は、勘違いでもなんでもなく。この後に俺と上総は本当に付き合い始めてしまうんだ……
……ただそれはあと少しだけ先の話だから、当時の俺が気がつくはずもない……
「お祭りといったら、これは定番だよねー」
定番のひとつ、かき氷を持ってご機嫌そうに笑う。
方や俺といえば、ヘタに考えすぎてかき氷を頬張りすぎた。
脳内に響くみたいにキーンと痛みが駆け巡っていた。
「うおおぉ……!」
「ちょっとアキチー。勢いよく食べ過ぎだって。そんなにお腹空いてるの?」
「………………」
片手で、少し待ってのポーズをしながら回復を待つ。
何故か後頭部をポンポンと叩きたくなるのだが、何故かは不明。もちろん効果もない。
そんな俺を見て上総が笑い、苦笑いで応えながらさらにお祭りを楽しんでいった。
お祭りといえばついいろいろと買い込んでしまうものだ。
たこ焼きにしろ焼きそばにしろ。
水風船にしろ吹くと音が鳴って伸びる笛にしろ。
何を話しながら周ってたのか思い出せない。
ただ、いつも学校で話すときよりかはずっと楽しかったことを覚えてる。
いつもよりも、二人の距離は更に近い位置へ……。
そしてお祭りもだいぶ深まった頃。
“その時”はやってきた。
「ね、アキチー。もうすぐ花火なんだけどね」
「あれ、もうそんな時間か?」
「あっという間だよね。でね、見るのにいい所知ってるんだけど、どう?」
「まじか。それは是非逝かないともったいないな!」
「もぅ、逝かないよー」
「知ってる」
「むぅ……。じゃあ教えない」
「冗談だ。上総お勧めの場所へ行くとしよう」
「調子いいんだから」
にっこり笑った上総は、こっちとばかりに俺の手をとり歩き始めた。
人ごみを掻き分け、徐々に祭りの輪から離れていく。
そのまま会場となる公園を抜けて、辺りは再び静寂な空間へ。
一体上総は俺をどこへ連れて行こうとしているのか。
訊ねてみても、お楽しみの一点張りだ。
住宅地に沿った通りの、ある角を曲がった時だった。
見覚えのある光景。
そう言えば、この近くってたしか……
「ハイ、到着!」
元気いっぱいに振り返った上総。
そう。ここは俺も知っている。
夏休みが始まる前。夕暮れの教室。倒れる上総。そして――――
俺が上総をおぶってやってきた場所。上総の家。
「ここ……か?」
「そ。ここの二階」
「二階?」
「私の部屋!」
驚いた。
自慢じゃないが、女の子の部屋に入るなんて小学校以来だ。
しかも、家に入れば他に誰もいないではないか!
心臓がバクバクだった。
焦ってるのがバレてるんじゃないかと冷や冷やしながら、靴を脱ぎ階段を上がり、上総の部屋へ……。
「ベランダからね。ちょうど見えるんだ。ほら、ここって公園より高い位置にあるから」
なるほど。どうりで緩やかな坂道を登ったわけだ。
手すりに寄りかかりながら、花火までのわずかな時間を待つ。
部屋を抜けてベランダにいるせいか、すぐ隣とは言え少しだけ落ち着いてきた。
まったく現金な心臓を持ったもんだ。
「もうすぐ、かな」
「どっちの方に上がるんだ? やっぱり公園のほうから?」
「さすがに公園だと家が近いからね。暗いから分かりにくいけど、ほら、あっちが海。あの海岸から打ちあがるの」
そう言えば、うちの所も上総の所も、海岸線に沿ってるから海が近いんだっけ。
なら花火を上げられるなと納得してしまった。
打ち上げ迫る時間の中、会話が止まってしまった。
バクバクは止まったけど、今度は妙にそわそわしてきて落ち着かない。
な、なんだかこの先に起こりそうでおこらなそうな事を想像してしまう……!
ちらりと上総のほうを見る。
まるで景色を眺めるみたいに穏やかに。じっと前を見ていた。
風になびく長い髪の毛を片手で押さえようとする仕草は、とても大人びてとても艶っぽく見える。
自分でも気がつかないうちに見入ってたらしく、ふとこっちを見た上総と目が合った。
瞬間! ハッと我に返る。お、俺は……。
「ねぇ、アキチー」
「な、なんだ……?」
「んとねー。正直に、答えてね?」
「あ、ああ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと上総は口を開いた。
「えーっと……あのね。言葉に出すと恥ずかしいから、こうなっちゃうんだけど」
「………………」
「……えぃっ」
ふわり。
「……!!」
「……えとと。私の、気持ち、です」
暗くてもハッキリと分かるくらいに、上総の頬は赤く染まっていた。
俺自身一瞬何が起こったのかわからなかったけど、きっと負けないくらい赤いに違いない。
……まあその、つまり……。
「こ、答え……教えて?」
そんな上総に、俺は言葉で返すようなことはしなかった。
そっと両肩を抑えると、つい今あったことを返すように顔を近づけて――――
頭の後ろで、光ったと思ったらドーンという音がした。
どうやら花火が始まったらしい。
でも、今はそんな事を気にしていられなかった。
夏休み。お祭り。そして花火。
そんな中で俺と上総は、初めてキスをした。
〜俺にとって、彼女……上総 湊は大切な存在になった〜
moon drop2 おわり。
moon drop3 を読む。
もどる