・moon drop 1
「……やっぱり、友達同士のままの方が良かった……」
その日、彼女との関係は終焉を迎えた―――――
そうだなあ。
まず、どこから話そうか。
……え? 最初から話せだって?
そんな事言っても、最初は……
ああ、わかったわかった。そんな顔しないでくれよ。
じゃあ最初から話そう。
ちょっと長くなるかもしれないから、途中で休憩とか入れるかも。
……あ、もうお茶を入れてくれてたんだ。ありがとう。
それじゃあ一口飲んでから話し始めるよ。
そう、あれは――――――
〜俺にとって、彼女……上総 湊はクラスメートだった〜
あれは確か高校の入学式だっけか。
近所の知り合いの多かった中学時代と違ってほとんどが知らない人で埋まる教室。
同じ中学のやつは見事に違うクラスになった。
まぁしょうがないかって感じで、俺は周りのやつに話しかけてた。
その中の一人が、彼女だった。
「おはよう」
「あ、おはよー」
「俺、樋口 秋親。○○中から来たんだけど、名前知ってる?」
「ごめーん、たぶん市が違うから分かんないや。あ、私は上総 湊です。△△中学校から来たんだけど……」
「あははは。やっぱり高校になると世間は広いってことか。まぁそれはいいとして! よろしくな。上総さん」
「うん。よろしくー樋口くん」
上総 湊(かずさ みなと) ……どこぞの地名とまったく同じ名前を持つ女の子。
長い髪と笑顔がかわいい子だなって思った。
最初はただそれだけ。
他にもいろんな人に話しかけてたし、何より男と女の違いか。
自然と馬の合う男友達とつるむようになって、上総とは普通のクラスメートの関係。
特に意識はしていなかった。
変化があったのはしばらく経ってから。
高校ってのは全員が委員会に入らないといけないらしい。
なんだか中学生みたいだとか思いながらも、テキトーに選んだ美化委員会。
相手の女子が、上総だった。
各クラスから二人ずつ選出された美化委員会。
主な活動内容はズバリ美化。
つまり、通常行われる掃除に加えて我々が更にやるというもの。
校内をより綺麗に!をモットーに放課後にそれぞれがやってる。
この時も、人のいなくなった教室で俺と上総は掃除をしてた。
「さっき掃除当番が掃除してたじゃん。俺たちって意味あんのかな」
「教室は全然ないかもね。でも、廊下とか階段はあるかも。人通りも多いから」
「だから毎週持ち回りでやるのか」
「そう。そして、今週の当番って言うのが私たち」
世間話でもするかのように、他に誰もいない教室で俺と上総は話をする。
教室以上に面倒だった階段掃除もやっと終わって、二人して学校を出るときにはすっかり空はオレンジ色だった。
「まるで部活やったみたいだ」
「樋口くんって何かやってるの?」
「俺? 帰宅部」
「部活じゃないじゃんー」
おかしそうに上総は笑う。
つられて俺も笑った。
それからとり止めのない話をしながら帰り道を歩いてく。
俺は自転車を押しながら。
上総はその横を歩きながら。
「あ、俺こっちなんだ」
十字路に差し掛かった。
俺はこの道を右に曲がらないといけない。
「偶然だねー。私も」
「マジで? 気がつかなかった」
「一緒に帰ったの初めてじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
もうちょっとだけ伸びた時間。
俺と上総は駅につくまで話をした。
駅に着いたら今度こそお別れ。
俺は自転車に乗って家まで帰るし、上総は電車に乗って家まで帰る。
「バイバイ」
「おぅ。また明日な」
なんだか小学生みたいな挨拶だった。
手を振ったあと、上総がくるりと後ろを向いたときに見えた、ふわっとなびいた髪の毛とひらりと揺れたスカートが印象に強かった。
それから回数を重ねるにつれて、俺は上総と話をすることが多くなった。
もちろんいつも二人で話してるってわけじゃない。
俺も上総も友達がいるし、普段はやっぱりクラスメートってわけ。
ただ挨拶するだけの関係から、話をする友人へ。
そんなところ。
さらに関係に変化があったのは、夏用の制服を着だしたころ。
雨の降る、なんだか憂鬱な日だった。
「こんな時でも美化委員は美化委員なんだよな」
いつものように、俺と上総は教室の掃除。
雨で湿気でべとべとして。ほうきで掃く床もなんだかじめっとする。
こういう時はなんだか気が向かない。
「そっちどうだ? 上総」
「……ん? えっ?!」
驚いたようにこっちを見た。
なんだ、今の話を聞いてなかったのか。
「だから、そっちは終わったかって」
「あ……ごめん。まだ」
「………? そうか」
気のせいか、この日の上総は元気がなかった。
向こうから話しかけてくる事もなかったし、何よりぼぉーっとしてることが多い。
どこか身体の具合でも悪いのかな。
こういう時に限って、悪い予感は的中するんだ。
案の定持っていたほうきをばたんと落とすと、箒の後を追うように上総の身体も……
「お、おい上総?! 上総!!」
崩れるように床へ倒れこんだ上総に駆け寄って、身体を揺らす。
特別暑いわけでもないのに額には汗の粒。
頬といわず、顔は赤く呼吸も荒い。
って言うかなんで俺は気がつかなかったんだろう。
揺らしても返事のない上総。もしかしたら酷いのかもしれない。
いてもたってもいられなかった。
ぐったりした上総を、何のためらいもなく抱き上げた。
片手は身体を包むようにして。もう片手はひざの裏を抱えるようにして。
周りから見ればそれは“お姫様だっこ”と言われる体勢で廊下を駆け抜ける。
一人で歩けばなんてことない距離も、女の子とは言え抱きかかえて走ってるものだからとても長く感じる。
見えてくる目的地、保健室。両手がふさがってるから少しだけ開いた隙間を足で強引に押し広げた。
そして、中にいる先生へと――――――
あの時はびっくりしたよ。
もう無我夢中というか、火事場の馬鹿力というか。
今思えばよく女の子を抱き上げられたなって。
今までそんな事一回もやった事なかったんだから。
いざという時の人間って、本当に何でもできるような気がする。
……え、早く続きを?
あー、ごめんごめん。ちょっと休憩。
そんなに急がなくても、まだ時間はあるんだから。
そう言えば、お茶をもう一杯もらえるかな。
あっという間に飲み干しちゃったみたいだ。
ちょっとのどを潤してから、また続きを――――――
あの時、保険の先生が何を言ってたのか。
そしてなぜあの時俺は上総をおぶって帰ったのかぜんぜん覚えてない。
ただ覚えてるのは、背中に感じる上総の存在と辛そうな状態だけ。
暮れゆく空を見ながら、ゆっくりと足を進めていた。
「ごめん」
上総のそんな声が聞こえてきたのはしばらく経ってからだろうか。
「迷惑、かけたね……」
「気にするな」
「でも……」
「いいから、大人しくしてなって。それよりも、具合はどうだ?」
「頭がガンガンしてフラフラする……」
「じゃあ寝てろ。ちょっと座り心地悪いかもしれないけどな」
「……スカートの中、見られてないかな」
「そんな事気にしてる暇あったら、寝る! 大丈夫だ。たぶん」
「たぶんって……」
それだけ言って、上総は大人しくなった。
しょうがないって言う現実を受け入れたのか、それとも辛いだけか。
俺はただ上総をおぶって歩くだけだ。
揺れないようにそっと。でもなるべく早く。
「ねぇ、樋口君」
「ん、なんだ」
「……ありがとう」
ささやくような小さな声。
思わず聞き逃しそうだったけど、不思議とハッキリと聞こえた。
特に返事をしないで体勢を整えるようにそっと身体を動かした。
その時、ふと首元に温かみを感じる。
同時に息遣いみたいな感覚も不規則に感じた。
頭を載せたのかな……。
それだけ上総も辛いってことか。
いつもの十字路を曲がって、駅のほうへ歩いてく。
最初は駅まで行けば大丈夫かとも思ったけど、気がつけば俺は電車に乗っていた。
ここまできたら最後まで送っていこう。
そんな気分だったかもしれない。
どこまで行くんだと聞いて、結局俺は目的地の駅はおろか上総の家まで送っていったのだ。
会話という会話は特にない。ただ道順を聞いたくらい。
着いた頃にはどっぷり日も暮れて真っ暗。
これから自分の家に帰る頃には時間も時間だ。
ドアを開けてくれた親御さんがたいそう驚いてたのは無理もないこと。
知らない男が家まで送って……しかもおぶって来たんだから。
上総のことを話して、深々とお礼を言われた。しかも上がっていきなさいとも誘われたけど、そこは断った。
いきなり上がりこむのは失礼と思ったから、お大事にと伝えて足早に帰ることに。
今度は家まで一人……しかも、ここは自分の知らない場所。
なんだかなぁと思いつつも、心の中では満足していた。
べつに恩を売ろうとかアピールしようとか、そんな事はまったく考えてなかった。
俺自身もけっこう夢中だったのかも。
それから二日間上総は学校を休んだ。
その間の美化委員の仕事は俺一人。
仕事量が倍になったけど気にはしてない。
俺はやれることをやる。だたそれだけ。
そして上総が休んで三日目を迎えた朝。
すっかり元気になった姿を見せたのであった。
「おはよう。樋口くん」
「お。おはよー。もう大丈夫か?」
「うん。もうすっかり。樋口くんには感謝してもし足りないくらいだよ」
「気にするな。元気な姿見せてくれりゃそれだけで十分」
「………………」
その時、上総の頬がほんのりと赤くなっていたのははたして名残だったのか。それとも……。
「……ね、秋親…くん」
「ん? どした」
「んん。なんでもないっ」
にこっと笑う。
……あれ、そういや今名前で呼ばれたような?
気のせいか?
答えを知ろうにも、上総はバイバイと言うと友達の方へと行ってしまった。
うーん。
〜その日から、俺は上総に名前で呼ばれるようになった〜
moon drop1 おわり。
moon drop2 を読む。
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