僕と彼女と
〜だい ∞ わ〜
〜だい ∞ わ〜
新川ミリィと橘正樹、二人が歩んできた物語。
終わることなく、続く続くよどこまでも。
彼らが歩んだ――僕と彼女――としての関係。
それらは二人だけに当てはまるものではない。
これは……
まったく別のところで繰り広げられる――僕と彼女――のハナシ。
天原満月と汐田幸弘の物語である。
辺りから聞こえてくるのは、虫の鳴き声と遠くで走る車の音。
夜の遊歩道なんていったらこんなもんだ。
人もほとんど見かけないし、夜の散歩にはうってつけだろう。
それに……昼間出掛けたら暑いから。
出不精にもなろうと言うもの。
あの炎天下の中歩き回ったら絶対に干乾びる自信がある……なんて。
指を絡めるように繋いだ手が、ほんのり汗で滲む。
隣の彼女は……満月は、今どんな気持ちで歩いてるんだろう?
ふと、そんなことを思った。
―― 天原満月〜アマハラミツキ〜――
最近付き合い始めた僕の彼女の名前。
初めて名前を聞いたときは、ある意味凄いと思った。
だって、天の原、そして満月……なんていうか、まさに今この瞬間が一番彼女にとって名前にふさわしい時なんだろうなって。
「……ん、どしたの?」
僕の視線に気がついたんだろうか。
満月が顔をこっちに向けた。
そんな彼女に『ううん。なんでもない』と告げる。
「うわー、なんだか気になるなぁ」
やっぱり、そう簡単に引き下がってくれないよね。だって……
「ね、満月」
「うん?」
「ちょっと寄り道していこうか」
「寄り道? いいけど……どこに?」
「あっち」
そういって、空いてる方の手で前を指差す。
暗くてハッキリと見えないけど、その先にあるのは……
「公園に行くの?」
「たまには、公園でベンチに座りながらアイス食べるのもいいかも」
「んー、そうだね。たまにはいいかも」
ニコッと笑うと、繋いでいた手を離して、今度はぐいっと腕を絡めてきた。
とたんに密着度が増す。別に緊張するわけじゃないけど……夜とは言え、ちょっと恥ずかしい。
でも、満月はこれがイチバン好きらしい。
僕もだけど。
「誰か遊んでる人いるかな? 花火とか」
「どうだろ。まだあの辺は家も少ないし、いないかもよ?」
「こわ〜いオニイチャン達とか?」
「そりゃあ勘弁だ」
僕たちが住んでる地域は、その殆どが住宅地。
しかも最近新しく開発し始めた所のすぐ隣に位置する。
だから、片や街灯で明るい住宅地と、片やポツポツと明かりのあるまだまだ空き地の多い住宅地が一緒になってるんだ。
今から行こうとしてるのは後者のほうで、公園の周りには数えられるくらいしか家が無い。
それどころか、街灯すらも公園のとこしかないから、あとはたっぷり広がる闇の世界……。
そんなだからか……は知らないけど、極々たまにオニイチャン達が座り込んでる事もあるらしい。
爆音とか聞こえないからたぶんいないと思うけど……まぁ、それはいいや。
今いる所からもう数分も歩けば目的地に到着。
途中やっぱり街灯の無い静かな道路を歩くんだけど、誰とも会わなかった。
公園にも、座り込んだオニイチャンや花火で遊んでる家族連れもいない。
明かりに照らされた遊具がなんだか寂しそうに見えた。
近くのベンチに腰を下ろすと、また満月がくっ付いてきた。
肩と肩が触れ合うくらいの距離、と言うのかな。
「はい、満月はこれだよね」
「うん。ハーゲンさんトコのピーチシャーベット! ああ、今日もまた逢えるなんて〜♪」
手に取るなり、もう幸せで一杯です! ってくらいの笑顔。
数あるハーゲンさんシリーズでも、これはイチバンのお気に入りだ。
ちなみに、昨日も食べたばかり…。ホント、好きなんだから。
「あ、あとでユキ君のもちょうだいね。半分こしよっ」
「はいはい。満月こそ、ちゃんと半分残しておいてくれよー」
「善処しますっ」
まぁ、別に半分残ってなくてもいいんだけどね。
ようはその行為を楽しもうって感じかな。
しばらくの間、お互いに黙々とアイスを食べる時間が流れる。
聞こえてくるのは、やっぱり虫の鳴く音とすぐ近くで聞こえるシャクシャクと言うアイスを食べる音。
時々頭に突き抜けるキーンと冷たい感覚を覚えながら、ああ、平和だなぁと。
「そう言えば、あの時もここだったんだよなぁ」
「え?」
「ほら、ちょうど二ヶ月くらい前だったよね。ここで、僕たち……」
それは、本当に偶然から始まった。
大学のとある講義でたまたま席が隣になったってだけの、本当ならそれだけのはずなのに。
ふとした事から話すようになって、また次の講義でも一緒に座るようになって、そしてまた次も……って。
はじめのうちは『汐田センパイ』って呼んでた満月。
それがだんだん『ユキセンパイ』になって……気がつけば僕の方も『満月ちゃん』から『満月』になって。
仲が良くなるまで、そう時間は掛からなかった。
僕が三年で、満月が二年。ほとんど授業は違うけど、結構会う事が出来たと思う。
家が近所同士だって分かった時は驚いたなぁ。
だって、知らなかったとは言え同じバスに乗ってたんだから。
時々満月が僕の家に遊びに来るようになって、次第に一緒にいる時間が増えていって……お互いがお互いを少しずつ意識し始めた。
そして……二ヶ月前のこの場所で、満月の方から告白する形で……僕たちは恋人同士になった。
変わったことといえば、満月のコトバから『センパイ』って言うのが消えたことと、何より一緒にいる時間がもっと増えたこと。
僕の家に来るのが増えたことも大きいかな。
正直、一人暮らしをする男子大学生のうち、部屋を綺麗にして家事全般も問題なしって言うのは極々稀なんじゃないかと思う。
掃除は出来るけど、料理はちょっと……な僕にとっては、そっち方面が得意な満月は大変ありがたい存在。
もう完全に依存体質……たはは。
とまぁ、こんな感じで始まったんだ。
「…最初の夏」
「えっ?」
「私たちが付き合い始めて、最初の夏」
「あ、ああ……そうだね」
「何処かに遊びに行きたいなー」
「行きたいところある?」
「……海かプールは絶対に行こうと思うけど定番過ぎるし、アトラクション系って言うのもよくあるパターンで芸がないなぁ。う〜ん……」
ももの辺りをポリポリ掻きながら言う満月。そのまま今度は腕を組み始めた。
…あらら、ホンキで考え始めちゃったよ。
「そうだ! ユキ君の家」
「僕の家? そんなのしょっちゅうじゃん。泊まってく時だってあるのに」
「そっちじゃなくて、ユキ君の家族が住んでる家。実家・故郷」
あー、そっちね。にしても、海とかを飛ばしてそこにするとは……ある意味凄い。
満月の行動力と言うかなんと言うか。とにかくそういう事には結構驚かされてる。
最初に話しかけてきたのも満月からだし、まだそこまで仲良くなかった頃でもすでに僕の家に遊びに来てた。
時にはいきなり押しかけてくる事も……あればホントびっくりしたっけ。
これで『人見知りする方なんだ』って言われた時は何かの冗談かと思った。
「楽しみだね」
「来てもいいけど、遠いよ? それに周り何も無いから面白くないかと」
「確かに遊びにいくって言うのも目的だけど……んーと、婚前報告って言うの?」
「ぶっ!!」
思わず口の中のものを出しそうになった!
な、なんだって……?
「み、満月……なにを」
「あはははっ。最後のはなんとなくウソで、そしてなんとなくホント」
「もう、驚かさないでくれよ」
「でもさユキ君。付き合い始めてもう二ヶ月、キスもしたしエッチなコトもしちゃった。このままずっとってなったら、早々ウソでもないんじゃない?」
「いや、そりゃあまぁ……僕だって、満月とずっと一緒にいられればいいなって思うよ。でも、そう言うのは……」
「そう言うのは?」
「…ぼ、僕の方から言うんじゃないかなぁって、ね…」
うう、自分で言ってて恥ずかしい。
しかもなんだか一歩先の告白をしてるみたいで。
「ユキ君……」
もぞもぞと動いたかと思うと、急にがばっと抱きついてきた。
「おっと……満月?」
「ねぇ、ユキ君」
そっと耳元でささやく声。
「そのコトバ、しっかり聞いたからね。忘れるなよぅ」
そう言うと、僕の頬に軽く唇を当てた。
「――――さて、と。アイスも食べたし、ユキ君の家に帰ろうか」
「そうだね。でも、その前に満月……」
「んん?」
「ひとつだけ、聞いてもいい?」
「? いいよ」
「なんでさっきから、その……足、どうかしたの?」
「えっ!?」
うん。さっきから気になってたんだ。
どうも、手で掻いてみたり足をこすり合わせるというか、もじもじしてるというか……。
言葉に出さなかったけど、これって、やっぱり……?
「あぁ、えとえと! 言っておくけど、トイレじゃないからね!!」
「ち、ちょっと! そんな、女の子が大きな声で」
「だっだってぇー」
「どうかしたの?」
「……さされた」
「え?」
「刺された……太ももの内側、蚊に」
「えぇ、そんな所を?」
それは、本当に他意の無い行動だった。
しいて言えば、刺されたところを見ようと言う好奇心のようなもの。
だから……刺されたことまでしか考えてなくて『何処』までは頭が回っていなかった。
だから……満月の座ってる前にしゃがみこんで、そのまま閉じた両膝を手で……
「え?! あ、あの……ユキ、くん?」
「ああ、ホントだ。少し赤くなって…る……ね………?」
そして、最後まで来てようやく事態を把握するのであった。
ただいまのワタクシ、満月の脚を開いて内股に向かって顔を向けてる状態……
女の子らしい柔らかい感触を持つ両脚の中心付近には、薄暗くてもそれと判る水色と白の……
「………………」
「………………」
お互い、顔を見たまましばらく硬直……そして。
「付き合ってなかったら怒ってるかもね」
「……ごめん」
「他に人がいなくてよかった」
「ごめんなさい ホンキで悪気は ないんです」
「……んー、字余りだね」
「いや、でもホントごめん」
「気にしてなくは無いけど……一応、何度か見られたことあるし、ね」
「う……」
「……しょうがない! ハーゲンさん任意回数分で手を打とうっ。だからそんな顔しないで」
本当なら怒ってもいいはずなのに、下手すれば別れ話すらも出て不思議じゃないのに、満月は少し頬を赤く染めながらもニッコリと微笑んでいた。
彼女の優しさに触れながら、僕はもう一度謝った。
辺りから聞こえてくるのは、虫の鳴き声と遠くで走る車の音。
夜の遊歩道なんていったらこんなもんだ。
人もほとんど見かけないし、夜の散歩にはうってつけだろう。
隣にいる彼女の手をきゅっと握り締めながら、家路に着く。
目的地までもう少し……彼女、満月は今日も泊まっていくことだろう。
着替えも何も必要ない。欲しけりゃ取りに帰るまで。
そんなこんなで、夏のある夜は更けていくのであった。
「あ…なんだかまたハーゲンさん食べたくなっちゃったよ。ユキ君買ってきて〜。私家で待ってるから♪」
おしまいっ。
も ど る