〜キスの味〜 -------------------------------------------------------------------------------- ザアァァァァァー…… 雨が降っていた。 朝から降り始めたこの雨は、午後になっても止むことなく降り続いている。 その光景を、窓より見つめている一人の少年――和幸――は、なにやらむずかしそうな顔をしていた。 そこに、後ろから一人の少女が近寄ってくる。 少年に気づかれぬよう、そっと。 「だ〜れだ?」 突然視界を塞がれたのでびっくりした和幸だったが、その声を聞いて誰だかわかったのか一つため息を吐いて言った。 「何が、だ〜れだ?だよ。いつもやられてたら分かるって」 和幸は目を塞いでいる手をどけると少女に向きなおった。 少女は、つまんないの〜と言って頬を膨らませた。 どうやら、何らかのリアクションが欲しかったらしい。 「そんなに膨れるなよ」 「ぶうぅ〜……」 ご機嫌斜めの少女に和幸は観念したように言った。 「はぁ、俺が悪かったって。……それで、お姫様は如何されたらご機嫌を直してくれるんですか?」 「…………」 しばらく黙っていたが、いったん下を向いたと思うとすぐに顔を上げた。 その顔はにっこりと笑っている。 「じゃあねぇ〜、キスって言ったら?」 「……はいっ!?」 「してくれないの……?」 「えっあ、いや……ここで、か?」 「うんっ♪」 ちなみに、彼らがいる場所は学校の教室である。 しかし今は2人以外誰もいない。 属に言う『2人っきり』状態である。 しかし、いくら誰もいないとはいえ場所が場所である。 そんなことおいそれと出来るはずがない、と和幸は思った。 「はやく〜♪」 「な、なぁ。流石にここはマズイんじゃないか?誰か来たらどうするんだよ」 「きにしな〜い。ささっ、しよっ♪」 後頭部をポリポリと掻きながらその少女を見つめる。 催促するような視線で返された。 「そうは言ってもなぁ」 「いいでしょ〜、いつも屋上でしてるじゃない。それに、もうこんな時間だから人だって来ないよ」 「う〜ん……」 「ねえぇ〜。か〜ず〜ゆ〜きぃ〜」 もはや甘い声で駄々をこね始めたのでさすがの和幸も折れたのか、はぁ〜と一つ息をついた後、 「……わかった」 と言った。 急に教室がし〜んと静まり返り、雨の降る音がハッキリと聞こえるようになった。 ゆっくりと和幸が少女に近づいていく。 顎に軽く手をかけ、少し上を向かせてからキスの前に少女のおでこに自分のおでこをくっ付けた。 「本当にお前はキスが好きだな〜」 「うんっ……愛してる、愛されてるってしっかりと感じられるから」 「言葉だけじゃ、足りないか?」 「そんな事はないよ。でも、女の子は言葉だけじゃなくて行動で示してほしい時だってあるんだよ」 「唯は行動のほうが多いな」 「えへへ〜」 しばらくじゃれ合った後、どちらからとなくお互いの唇を合わせた。 数十秒ほどして、2人は口を離した。 恥かしそうな顔をしている和幸と、目が少しとろんとして頬が紅潮している唯。 はたから見れば何とも対照的な姿である。 「初めて」 「……えっ?」 「教室でこうやってキスしたのは、初めてだよ」 「あ、あぁ」 そら当然だと思った和幸。 先ほど唯が言ったように、学校内ではいつも屋上でキスをしている2人。 何故屋上かと言うと、彼ら以外誰も上がってこないからだ。 なので、休み時間やお昼休み、放課後になると毎日のように通っている。 もちろん唯からの誘いがほとんどだが…… 「えへへ〜和幸〜♪」 ギュッと両手で抱きしめると、もう一度――今度は唯のほうから唇を重ねた。 さっきとは違って、より相手を求めるようなキスだった。 「……なぁ唯」 「ん〜、なぁに?」 場所は変わってここは和幸の家。 制服から私服に着替えた2人は、のんびりと座っていた。 唯は、座っているのではなく和幸に後ろから抱きついたまま乗っかっている、といったほうが正しいだろう。 そのままの体勢でも気にすることなく、彼女に話し掛けた。 「俺たちってさ、1日に何回くらい……キス、してるんだろうな……」 恥かしかったのか、語尾になるにつれて声が少しずつフェードアウトしていく。 「う〜ん……どれくらいだろうね。多分、10回以上はしてるかもね」 『あっ、でも今日は屋上で出来なかったから、まだ2回だね』と残念そうに付け足す。 屋上で出来なかったと言うのは、今日降っていた雨の為である。 「10日で100回は軽く超えるわけか……」 「私は、それでもぜ〜んぜん足りないもんっ。……いつだって、和幸の事感じてたいよ」 急に唯が暗くなった。 同時に今まで乗りかかっていただけだったのが、離さないとばかりに両腕を和幸の体に回している。 彼女の心境を悟ったのか、和幸は唯の手を緩めると向き直り、ゆっくりと、そしてふわりと包み込むような優しい声で言った。 「ゆ〜い」 「え……んっ!?」 なに?、と言う前に口を塞がれてしまった。 和幸の唇によって。 はじめは驚いていた唯だったがだんだん安心した顔つきになってきて、自分からキスを返すようになった。 「ごめんね。心配させちゃった」 「気にするな。でも、本当はまだ辛いんだろ?あの事」 「……うん」 和幸の言ったあの事、それは唯の家族の事だった。 1ヶ月ほど前、まだ和幸と唯はよく話してはいたが恋人同士ではない…… ようは、友達以上恋人未満という関係だった。 そんなある日、雨が降るなか学校からの帰り道を歩いていると、公園の一角に傘も差さないでボーっと立っている1人の少女を和幸は見かけた。 それが唯である。 彼女の服はもう濡れていない部分が見つからないくらいずぶ濡れになっていて、瞳は輝きを失っていた。 事情を聞いてもずっと黙ったまま…… このままだと風邪を引いてしまうだろうと思った和幸は、彼女を家に連れて行くことにした。 着替え――と言っても女の子ものの服なんてあるはずもないので普段自分が着ているような服―― を渡し、お風呂で温まるように言った。 最初は拒んだがやはり寒かったのか、クシュンッ、とくしゃみをすると素直に風呂場へ向かって行った。 お風呂から出てきた彼女に温かいものを手渡し、悪いと思いながらも事情を尋ねてみる。 すると、ゆっくりだがぽつぽつと話し始めた。 自分には両親がいた事…… だが、交通事故で昨日この世を去ってしまった事…… そして、残されたのは自分だけだということを…… もう誰も自分のことを…… その時、和幸は泣いている彼女をそっと抱きしめてあげた。 大丈夫……俺が……俺が側にいてやるから……唯の事は、俺が護るから…… そう言うと唯は安心したのか、それとも嬉しかったのかまた泣き出してしまった。 和幸に抱きしめられながら…… 子供にとって、親のぬくもりがないのはとても辛い事だ。 それを失った唯は誰も頼る事が出来ない。 傷ついた心を癒したのは和幸だった。 1日中唯を抱きしめていて、悲しませないようにした。 その中でもっとも唯を安心させたのがキスだった。 親のぬくもりはもうもらう事は出来ないが、新たなぬくもりを大切な人から貰えた。 自分の側にいてくれると言ってくれた人……護ってくれると言った人…… キスは、唯にとって言葉以上に安心させてくれるものになった。 「忘れる事はできないけど……けど、俺はそれを和らげる事は出来る。唯の悲しむ顔は、見たくない」 包む混むように、だがしっかりと唯を抱きしめる和幸。 「和幸……」 「唯は俺が護る。そう決めたから……ずっと側にいるって決めたから」 「かずゆきぃ〜……」 唯は和幸の胸の中で泣いた。 それを見て、優しく彼女の頭を撫でてあげた。 彼女が泣き止むまでずっと…… 「……き〜。……きてよ〜」 「……んんっ」 「……ぇ、……ってば〜」 誰かが自分を呼んでいるような声が聞こえてきたので和幸は目を覚ました。 すると、すぐ目の前には唯の顔があった。 「あはっ、やっと起きたね。おはよっ和幸♪」 「……あ、あぁ。おはよう……唯」 チュッ―― 「ん……」 「……ん…む」 お目覚めのキスをして、すっかり目の覚めた和幸は唯を抱きかかえながら起き上がった。 「うぅ〜、今日はちょっと短かったよ」 「……そうか?」 「いつもなら、もっとしてくれるのに〜」 ぶぅ〜と口を尖らす唯。 それを見てクスリと笑った和幸。 どうやら、昨日のことはもう大丈夫みたいだ。 「ハハハ、ごめんごめん。そんな怒らないでくれよ。その分今日はたっぷりとしてあげるから」 「……ホント?」 「あぁ、本当だ」 「ホントにホント?」 「ホントにホントだ」 「ホントにホントにほ………んんっ」 更に続けようとする唯を強引に止めさせた。 もちろん唯の大好きな方法で…… ……私、決めた…… ……もうこの事で絶対に泣かないって…… ……だって…… ……私には、和幸がいるから…… ……側にいて、護ってくれるって言ってくれたから…… ……私、その言葉信じるよ?…… ……嘘ついたら、許さないからね…… ……だから、ずっとずっと側にいてね…… ……和幸…… 「そう言えば、表札まだ変えてなかったな」 「あっ……そうだったね」 「でも、苗字が2つあるのは変じゃないか?」 「え、2つ?」 「そうだろ?だって……」 「違うよ。2つじゃないよ」 「えっ?」 「1つでいいんだよ……だって……」 「あっ……これからもよろしくな。唯」 「うんっよろしくね♪和幸」 チュッ…… この日から――いや、正確には1週間ほど前からここは和幸の家ではなく、唯と和幸の家となった。 もちろん、2人はまだ未成年で結婚などしていない。 でも、これからもよろしくという気持ちを込めて、2人は本日何度目かのキスをした。 〜Fin…〜 掲載日:2002/03/24