・バレンタインな
人の数だけバレンタインがあり、人の数だけ渡すチョコがある。
そんなある日の、バレンタインの始まり……。
8:00 AM...
「今年も来たな! 横一よ」
「あ、ああ……」
「なんだ元気がないな。もっとシャキッとしようぜー」
「逆に俺はなんでそこまで元気がいいのかが気になった」
「そりゃあお前、面白そうだからに決まってるだろう!」
「さ、さいですか……」
「今年はどれくらい行くかな。すくなくとも前回と同じくらいはかたいと俺は見た。当事者の横一としては?」
「………………」
「黙秘権かよ。なんだ、それは見てからのお楽しみとでも言いたいのかね」
「い、いやそうじゃなくて」
「横一よ、頼むから他の男子を敵に回すような事だけはするなよ。俺だって横一を守るのに手を血で染めたくないんだ。たぶん」
「たぶんて……」
「尚哉はきっとそこが目的なのね。最近ちょっと大人しかったし」
「久しぶりに腕がなるな〜っとな?」
「あ、あはは……」
今日のひかりは大人しい。
さっきからちょっぴり困ったような笑顔を振りまいてるだけ。
まぁ、話の内容が内容だし、彼女も胸中穏やかじゃないってコトか。
「なぁ、横一よ」
「今度は何だよ……」
「毎回不思議に思うんだけどさ。下駄箱パンパンにまで入ったチョコの山をだな、最後の人はどうやって閉めてるのだろう?」
「は?」
「だってそうは思わんかね。普通に考えてもあの量だと閉める前に溢れる。上から入れないかぎりな」
「まぁ、それはそうだな」
「そこで俺は考えた。奴らきっと魔法使いだt」
すぱぁん!
「………………」
「尚哉、さっきからうるさい」
「…………はい」
尚哉が静かになりました。
「まったく……ねぇはじめ、別に尚哉に同調するわけじゃないけど、もうちょっとしっかりしなさいよ」
「いや……だって去年のことを思い出せばなぁ。さやかだってそうだろ?」
「う……まぁ、確かに」
思わず額に手を当てるさやか。
隣ではひかりが苦笑い。
去年のこの日、彼らは災難に見舞われた。
正確には彼らを含むクラス全員。
詳しくは触れないが、今日という日特有のモノで……。
あの甘い地獄は正直勘弁して欲しい。
「そもそも、なんで女のあたしまで」
「やっぱりそれはさやかが……」
「…尚哉、もう一発いっとく?」
「……お腹いっぱいです」
手に持つはりせんに思わず力が入る。
さやかもさやかで、今日は少しだけ凶暴性が増していた。
二人とも、苦労してるのね。
本来なら自分たちがチョコを渡すのだけど、あいにく去年からそんな状況にない。
それもこれもみんなはじめが原因なんだから。
パッと見頼りなさそうなはじめだけれど、一度テニスコートに立てばそれはもう阿修羅の如く、だからねぇ。
何も知らない他の女の子から見ればかっこよく映る事でしょう。
だからこそ、今日という日は彼女らにとっても戦争なのです。
…いかに敵と(チョコを)戦う(排除する)かが……。
「ふぅ。気落ちしててもしょうがないか。まだ確定したわけじゃないしな」
「あっはじめが元気になった」
「よしっ! ドンと来いや!!」
気合十分仕切りなおし、はじめは学校へと歩いていく。
今頃下駄箱の中はどうなっている事か。
それは着いてからのお楽しみ……。
8:30 AM...
「ん〜?」
「どしたの。俊介」
「いや、なんか廊下の方が騒がしいなと思って」
机にかばんを置きながらふと廊下のほうへ目を向ける。
今日はバレンタインデーだけあって、教室といわず廊下といわず、ずいぶん賑やかになってる。
その中に埋もれず響いてくるのは誰かの声。
いろいろ重なって聞こえてくるところを見ると複数の人が騒いでるみたい。
ただ、その中で一回だけ何かをはたく音が聞こえてきたのは気のせいだろうか。
「……なんだろ」
「さぁ、でもあんまり関わらない方が身のためじゃん?」
「そうだな。きっとチョコを貰った野郎が嬉しくて騒いでんだろう」
「あんたもいる? 一応持ってきたけど。義理チョコ」
「あ、ああ。サンキュ」
「ほら、梢もあげるんでしょ?」
「うんっ。はい、俊ちゃん」
「ありがと……二人とも」
「えへへ〜」
お礼を言われた梢はとっても嬉しそうだ。
茜のほうもまんざらではないようで、『義理だからね、義理』と強調しつつも顔は笑ってる。
「お返しは三倍でよろしくね」
「じゃあ私はお鍋でも買ってもらおうかなー。ちょうど新しいのが欲しいと思ってたところだし」
「こらまて。何かが違うぞ?」
「ん、変なトコあった?」
「普通貰うほうが指定するか? こっちが考えたのを渡すんだろうが」
「そうかな。私は言うけど」
「あたしもー」
……どうやらこの二人に常識(?)は通用しないらしい。
と言うか、穂刈家の面々に常識が通じるのかがまず……。
「おはようございます」
「おはよう」
そこへ、あすかと梨乃が入ってきた。
どういう訳か、今日だけ二人は別行動。
何かあったのだろうか。
「どうかしたの? 今日だけ一緒に行けないだなんて」
「うん。ちょっと梨乃ちゃんの家に泊まったものだから」
「梨乃っちの家に〜?」
「いろいろと準備するものがあったから、それで。ね、梨乃ちゃん」
「う、うん……」
梨乃、なんだかもぞもぞしてる。
あすか、なんだか嬉しそう。
この二人の対照的な差はなんだろう。
「俊介さん」
「うん?」
「はい、バレンタインのチョコレートです。梨乃ちゃんと一緒に作りました」
「え、梨乃と?」
「う、うん。私も、だから……は、はいっ」
二人から受け取ったチョコレートは、茜や梢と貰ったのと同様に手作りだ。
綺麗にラッピングされていて、小さくまとめられているところはなんとも可愛らしい。
俊介、これで一気に貰ったチョコが四つ。
周りの男子からの視線が鋭さを増した。
「初めて作ったから、美味しくないかもしれないけど……」
「なぁに、そんな事はないって。梨乃はずっと料理とか頑張ってきたんだから、もっと自信持って胸を張れって。な?」
「うん……」
梨乃と俊介の間に、なんとも言えない穏やかな空気が流れ――――
「……なーんか、俊ちゃん梨乃っちには優しいねー」
「そうね。やっぱり梨乃だけ特別なんだ〜」
―――なかった。
「え? そ、そんな事は……」
「………………」
かぁっといった感じに、梨乃の頬が赤く染まる。
俯きながらちらちらと俊介を見るあたり、梨乃……まさかポイントを把握してる!?
「し、俊介君……」
きゅっと、恥ずかしそうに俊介の制服の袖をつかむ。
ゴゴゴゴ……
そんな効果音が似合うくらい教室がゆれた。
今、全男子の視線が一点に集中してる。
梨乃と、俊介の二人に。
とん。
ここで俊介は誰かに肩をたたかれた。
振り返ってみると……。
「いよ、俊介」
「ずいぶんご機嫌じゃあないか」
話しかけてきたのは、友人である戸崎翔真と小西晴男の二人だ。(お久しぶり!)
二人ともにっこり笑ってるけど、その目だけは笑ってない…。
「みんなチョコをもらえてないのにお前さん一人だけウハウハ……不公平だとは思わないかね?」
「い、いや……そう、かな?」
「久しぶりにあれだな……どうやら、俊介ちゃんは自分がどういう立場にあるかおわかり頂けてないようだ。なぁ諸君」
するとあちこちから万死!って声が聞こえてきた。
あーそういや前にもこんな事があったような。
「あ、あはは……なぁ、梨乃」
「え?」
「あとは……任せた!」
その言葉が、試合開始のゴングでもあった。
直後、教室中を響き渡らせるような音と共に壮絶鬼ごっこが幕を開ける。
鬼はもちろん男子全員。
的はもちろん俊介だ。
「まてー!! 絶対に許さんぞッ!」
「待てといわれて待つ奴がいるか!」
「うるせぇ! いいから大人しく、捕まれー!!」
12:30 PM...
――今年は暖冬である。
――そんな話をニュースでやっていた。
――結構当たってる。
――だって、こんな時期に屋上にいるのに暖かいんだから。
「さぁて、それじゃお昼ごはんを食べよう〜。いただきまーす」
「頂きます」
タッパーのふたを開けると、彩り鮮やかなサンドイッチが姿を見せる。
手にとって嬉しそうにほおばるのはもちろんミリィだ。
早くも一つ目を食べ終えたみたいで、次はどれにしようかと選んでる。
「ミリィさん、そんなに急がなくても……」
「いやーお腹空いちゃってねぇ。それにサンドイッチとくれば黙ってるあたしじゃあないよ」
「まぁ、そうですけど……」
「う〜ん、やっぱりせーちゃんの作る料理はいつもオイシイね。早く家にお嫁に来て欲しい」
「お、お嫁って……俺、男なんですが」
「せーちゃんなら男の子でも“嫁入り”確定だけどね〜」
「えぇー」
正樹、いつもの事だがミリィに遊ばれる。
それは仲直りした今でも全然変わってない。
今日も健気にいじられる日々。嗚呼……。
「むぐむぐ……ふぉ、ふぉれにひへも」
「ミリィさん、食べ終わってから話してください。女の子なのにはしたないですよ」
「む……コクン。ふぅ〜。で、それでね」
ミリィは今日も元気いっぱいだなぁ。
というか、相変わらず正樹の前だと遠慮がない。
「朝の騒ぎ、凄かったよねぇ。せーちゃんも見た?」
「そりゃあ同じ階ですからね。イヤでも見えました」
「一体なんだったのあれ? 放送までかかってたけど……」
「聞いた話ですけど、なんでもバレンタインのチョコが原因とか」
「ふぅ〜ん」
「一人だけ多くもらえた人が追いかけられたみたいですよ。他の男子に」
「あらら〜。それは災難だったね。で、放送で呼び出されて全員お説教、と?」
「はい」
朝に行われた校内鬼ごっこはそこまで盛大だったらしい。
クラス担任の先生も、まさか男子全員が怒られるとは思わなかっただろう。
って言うかそんな事すら前代未聞では?
「そう言えば、こっちの階でも騒ぎがあったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。チョコのサンタが来た」
「は?」
「ほら、せーちゃんも知ってるでしょ。あたしと同じ学年のテニスのすっごく上手い人。よく表彰とかされてたじゃん」
「あー、いましたね。でもその人と何か関係でもあるんですか?」
「その人がね、また今年もチョコの山を貰ったらしくて……」
「は、はぁ……」
どこの世界にも、たくさんもらえる人っているんだなぁ。
サンドイッチを一口噛みながらそんなことを考えた。
なお、今正樹が食べてるのはまだ二つ目。
なのにタッパーの中はもうほとんどが空っぽ。
いかにミリィの食べるペースが速いかが伺える。
ちなみに、ミリィがこんななのはサンドイッチ限定なので念のため。
「風呂敷みたいな袋いっぱいに入れてたんだよ。で、同じクラスの誉からも聞いたんだけどね。教室の中がチョコの匂いで凄かったんだって」
「そ、そんなにですか?!」
「だって暖かい教室の中だよ? 大量のチョコレートだよ? 食べてないのに胸焼けしたって……」
「うわー……そりゃ災難だ」
「だよねぇ。あたしたちには関係ないけどね」
「……まぁ、それは確かに」
たくさん貰うのも良い事とは限らないんだなと感じた二人だった。
「と、言うわけで〜」
「な、何がですか?」
「チョコの話題が出たところで、あたしもせーちゃん用にと持ってきました〜」
はい、と言って手に渡されたチョコ。
……チ○ルチョコ・給食味。
……給食味?
「なんだか面白そうだったからね。つい買っちゃったよー」
「あ、ありがとう……ございます」
…これ、どんな味なんだろう???
「食べたら感想聞かせてね」
「は、はぁ」
「なお、返品とかクーリングオフとかそういうことしたら……」
「…したら?」
「命、貰っちゃうよ?」
一瞬、目が本気だったような気がした。
「さーてと、これでホワイトデーのお返しも安泰だね〜」
「ソ、ソウデスネ」
「今年は何を買ってもらおうかなぁ。去年と一昨年はサンドイッチだったし〜」
「じゃあ今年もこれという事で……」
「うんっ。たまにはお寿司が食べたくなった。お皿が回ってないやつ!」
「………………」
哀れ正樹、今年は例年以上に高いものが来たようだ。
しかも、回ってないバージョンとは。
「よろしくね〜ん。せーちゃん」
昼休みの屋上に、ミリィの嬉しそうな声が響いたのは言うまでもない。
…合掌!
5:00 PM...
「今日もお疲れ、真」
「ん、ああ。お疲れ」
「こんな日でも、当たり前のように部活ってあるんだよねぇ」
「そりゃあなぁ。毎日の積み重ねが結果に結びつくんだし」
「うわー至極真っ当な意見。面白みがないので却下でーす」
「……まぁ、所詮受け売りだしな」
「でも今日は参加率低かった〜。やっぱりみんなあげたい人と一緒にいたいんだね」
「だろうね。教室の中でも結構渡してる人とかいたし」
「一年に一度だもん、力入っちゃうよねぇ」
「琴葉もか?」
「私? 私は……うーん、どうだろ」
「なんだ、渡す相手いないのか」
「いなくはないけど……って、さっきあげたじゃん。もう忘れたのかこのー」
「いやいや、冗談だって。あれは大変ありがたく頂戴いたしました」
「うん。よろしい。義理だけど」
「お前は……その余計な一言がなければイイ奴なんだけどな」
「いいじゃん。だって本当のことなんだし。気にしない気にしな〜い」
「やれやれ」
「それじゃ、遅くならないうちに帰ろ。私早く家に帰ってお風呂入りたい」
「学校にシャワーくらいあるといいんだけどな。プールにはあるのに」
「……忍び込む?」
「勘弁。冷たい水浴びたら風邪引くよ」
「だよねぇ。じゃ、急いで帰ろ」
「ああ」
「週末は近所の室内プールで練習だからね。忘れないでよ」
「判ってるって。そういうお前こそな。前みたいに起こしに行くの嫌だぞ俺」
「だいじょうぶ大丈夫〜。任せときなさい」
「…不安だ」
「んもう……それじゃね」
「おぅ。あ、そうだ琴葉!」
「えー、なに?」
「チョコ、ありがとな」
「……も、もう! じゃあね」
「ああ、また明日!」
……思えばこの頃が、一番幸せだったのかもしれない……
〜Happy Valentine!〜
掲載日:2007/02/14
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