・バレンタインな in〜僕と彼女と〜
時は二月十四日。バレンタインデー当日。
たくさんの人で賑わう繁華街は、行き行く人の大半が男女のペア。
あー……何処を見てもアベックの群れ、群れ、群れ。
さすがはバレンタインと言った所かな。
その中に混じってるんだから、当然俺たちも……
「ねぇ先輩」
「んー。なに?」
「やっぱり、周りから見れば俺たちもあんな感じに見えるんですかね?」
「あんな感じと言いますと?」
「恋人同士って奴に」
「んー、そかもね。顔似てないから姉弟とは思われないでしょ」
「それはそうだと思いますが」
どうやらミー先輩は何も気にしてないようだ。
ってコトは変に気にしてるのは俺だけ…?
ちょっとだけ恥かしくなった。
そもそも、どうして俺たちがこんな所にいるのか。
それは昨日のことだった。
高校進学も決まって、最近は学校をサボったりなんかしてる俺。
どうせ後は卒業式だけだし、授業も殆どないから行っても行かなくてもあまり変化はない。
そうなワケだから、委員会がある以外の日は家にいることが多かった。
俺以外他に誰もいない家でのんびりゴロゴロしてた所。
インターホンが鳴ったのはそんな時だった。
ピンポーン
「あ……はいはい、ちょっと待ってくださいー」
宅配便かなにかかな?
そう思ってドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。
「やっほー。久しぶり」
「ミー先輩……どうしたんですか?」
首に赤いマフラーを巻いたミー先輩。
外は寒いので、口元から時より白い息が漏れている。
着ている服はもちろん今年から俺もお世話になる高校の制服だ。
「高校、無事に決まったんでしょ? やったねーこれで春からまた一緒に登校だ」
「はぁ。どうもありがとうございます」
「あれれ、何か嬉しそうじゃないね」
「いや……嬉しいとかそういう問題じゃなくてですね」
「うん? じゃあどしたの」
「それを言いに来た……だけ、ですか?」
「メインはそれだけど。なんだよーもっと素直によろこべー」
せっかく寒い中来たんだからね、とミー先輩は頬を膨らませた。
「と、言うわけで〜。寒いから中に入れて」
「え? あ、はぁ……どうぞ」
「おじゃましまーす」
どんな時でも、ミー先輩はミー先輩なのであります…。
部屋に入るなり、あったかいーと言って持ってた鞄を床に投げ出しマフラーを首からはずしてソファーにダイブ。
そのまま置いてあったクッションをギュッと抱きしめながらソファーの上でゴロゴロ始めた。
何ともまぁ完璧自分の家的行動ですこと。
それもいつもの事なので……
ああもう。スカートが完全に捲れ上がっちゃってるよ。
柔らかそうな太ももと白い下着はいたいけな青少年にとって刺激が強すぎます……ハイ。
「……先輩、もうちょっと羞恥心を持ちましょうよ」
「なんで?」
「なんでって……はぁ。いえ、何でもないです。飲み物は紅茶でいいですか?」
「うん〜。レモンとかミルクは入れないでいいからね」
「へーい」
頼むから高校ではこんな事がない様にと祈りながらティーポットにお湯を注ぐ。
しばらくそのまま熱で蒸してから、カップに注いで居間へと持っていった。
ミー先輩はもうゴロゴロしてないけど、ソファーに座ったままクッションをギュッと抱きしめてる。
完全にお家モードですね。
「おまちどうさまです」
「ども〜。外寒かったからこう言う暖かい飲み物は身体に沁みるよー」
「それで……どうしたんですか? 急にウチまで来て」
「え? だから合格おめでとって言いに」
「ほ、ホントにソレだけの為に来たんですか?」
「ううん。ウソ」
ガクッと首がうなだれる。
こ、この人は本当に……行動が読めない。
「せーちゃんさ、明日ヒマ?」
「明日……ですか? 火曜日ですね。一応委員会もないので今日と同じく家にいようと思いますが……」
「じゃあ、明日出かけようか」
「はぁ。別に構いませんけど、先輩の方こそいいんですか? 学校があるんじゃ」
「サボる」
「…わぁー。あっさり言いますよこの人は。まぁ俺も同じ事しちゃってますからあまり人のこと言える立場じゃないですけど」
「うん。同類だねー。それでどうかね? 明日は」
「えぇまあ構いませんよ。でも何処に行くんですか?」
「んとねー。久しぶりに遠出してみようかなって思うんだ。近いと知ってる人に見つかったら危ないでしょ?」
「特に俺は見つかると立場上正直勘弁な事態になります」
「でしょ? だから街まで出ようかなって」
「なるほど。じゃあ待ち合わせの時間とかどうしましょう――――――」
……で、今に至る、と。
だから今日は平日であって、本来なら学生は学校があるわけで。
それもこんなに人が多いのは対象が大学生だからだろうか。
聞けば、大学生ってのは一月を過ぎたらほとんど休みらしい。
なんとも羨ましいご身分で…。
それはとにかく、今こうして歩いてるわけでありますよ。
ミー先輩といえば、さっきからいろんなお店に目移り状態。
やっぱり買い物目当てかね。
でも別に今日じゃなくてもいいと思うんだけど。
本当に、分からないなぁ。
「ん、どうしたのせーちゃん。ヒマ?」
「そうじゃないですけど、ちょっと考え事です」
「かんがえごと? じゃあそれをお姉さんに話してみなさい」
「いやーまぁ、どうして今日なんだろうなぁと」
「へ?」
「買い物とかだったら休日とかでも十分かと思うんですよね。だからどうしてまた今日なのかなと」
ミー先輩の目が丸くなる。
ん、俺何か変なこといった?
「せーちゃん、分かってないねぇ。今日は何の日かな?」
「え? 十四日ですから……ば、バレンタインデー……ですが」
「そう。今日は二月十四日。俗に言う“ぎぶみーちょこれぇと”の日です」
…違います。
「あたしが思うに、なんでバレンタインデーは祭日にならないのか。こんなに景気の良い話はクリスマスを除いて他にないよ? まぁお菓子屋さん限定でしか儲けらんないけどね。それでも休みにすればもっといい事あると思うの。どう?」
「は、はぁ……どうと申されましても」
「だから今日は自主的に祭日扱いにしてみました」
「うそぉ……」
こ、これが理由ですか。
ミー先輩、流石です……。
その発想はステキ過ぎて俺には考え付きませんでしたよ。
「そんなワケで、今日はあたしがせーちゃんに毎年恒例義理チョコを“ぷれぜんとふぉーゆー”しようと思ったの」
「そ、そうなんですか……」
面と向かって言われるとすごく恥かしいんですが。
「だから、渡すまではあたしに黙ってこいて来い〜とな?」
……なるほど。そういう事ですか。
言ってることとやってる事がめちゃくちゃだけど、先輩なりのバレンタインデーってコトなんですね。
一年から毎年貰ってる身が言う事じゃありませんが、まさか今年はこんなカタチになるとは夢にも思わず……
いつもはあっさりと手渡しだっただけに、想定外とはこのことですな。
「……了解しました。チョコ目当てという事じゃないですが、今日はミー先輩にトコトン付き合いますよ。荷物持ちでも何でも。俺も今日は“自主祭日”ですからね」
そう言うと、ミー先輩は満足そうニコリと微笑んで大きく頷いた。
賑わう繁華街を一通り見て回った後に軽く食事を取る。
メニューの殆どがサンドイッチ系だったのはもはや言うまでもない。
食べ終わった後も今度は別の通りを見て回った。
両手いっぱいの荷物になるかと思いきや、全然そんな事はなく、荷物持ってる片手ですらまだ余裕があるほどだ。
先輩曰く、買うだけが買い物じゃないよ、とのコト。
その流れで散歩しようかって事になって、海の見える公園まで歩き始めた。
繁華街から離れていくに連れて人の数も少なくなる。
ちなみにここまでの流れが一気に纏められたのは仕様である。
決してサボっているわけじゃないので悪しからずご了承願いたい……って、俺は一体何を言ってるのだろう?
海の見える公園までは繁華街から30分くらいの場所にある。
名の通り、公園から海が一望できる。
夏だったらいいかもしれないけど、冬だとちょっと寒い。
その所為か人の数もまばらだ。
「はい、とーちゃくっ」
手摺がある所まで先に歩くと、クルリとこちらに向き直る。
傾いた太陽を背景にした先輩は、ちょっとだけ大人びて見えた。
「今日は付き合せちゃってゴメンね」
「いえ、むしろ最近家にいてばかりでだらけてましたからね。家から出してくれた先輩には感謝です」
「……引きこもり?」
「違います」
「もー。せーちゃん怒らないの。冗談だよ」
「何か一瞬だけ本気に聞こえたんですが……」
「チョコあげるからご機嫌直して〜」
……俺は小さな子供か何かですか。
それとも餌付けされた動物?
「……では、それじゃ本当にお待たせです。義理チョコとのご対面〜♪」
持ってた鞄に手を入れると、中から綺麗に包装された小さな箱が出てきた。
毎年思うことだけど、義理って言う割には拘ってるんだよなぁ。
「今年はね、なんとせーちゃんの高校合格祝いの意味も含まれてるのです。感謝するんだぞぉ」
「は、はぁ……それはどうもありがとうございます」
「ちなみに、返品・交換・破棄廃棄・クーリングオフは一切認めておりません」
「絶対にしませんよそんなこと。先輩の心がこもってるんですからね。義理でも」
「うん。義理でもねっ。んじゃあさっそく……」
想定外とは、こういう時にこそ言うのかもしれない。
俺の首にするりと巻きつく先輩の両腕。
ミー先輩の顔が、お互いの息遣いが感じられるくらいに、すぐ目の前にあった……
「えっ……ちょ、ちょっと……ミーせんぱ…い?」
「いいから……そのままでいて……」
さっきとは打って変わって真剣な表情。そして真剣な声。
両の瞳はじっと俺を見つめていて離れようとしない。
少しずつ、俺との距離が埋まってく。
な、なんで急にこんなことに……?
分からない。全然分からないぞ?
さっきまでいつも通りだった筈だよなぁ。
それが……
事態に対応しきれず、俺は完全にされるがままになっていた。
と、先輩の目がゆっくりと閉じられる。
小さな唇が、ツンとこちらを向いたように見えた。
えぇっ! ちょ……これってまさ……き、キス!?
な、なんで? どうして……?
もう俺の心臓はこの上ないくらいに暴れまくってる。
これだけ密着してるんだから先輩にも分かってるかもしれない。
それを見透かしたのか、先輩が小さな声で、
「大丈夫だから……せーちゃんも、目……閉じて」
と言った。
あ………これはもう……
覚悟を決めないといけないのでありますか……
こうなるってコトは、先輩は俺のこと……?
ゴクッとつばを飲み込む。
こうなった以上覚悟を決めるしかない。
俺も目をゆっくりと閉じた。
視界は真っ暗。完全に閉ざされてる。
もう受け入れる以外に選択肢はない。
まさか、こんなカタチでバレンタインを迎えようとは……
これからの事とか、どうすればいいんだろう。
……巻きついてる先輩の腕が、不意に解かれた。
でもそんな事を考えてる間もなく、唇に硬いものが触れた。
そしてそのまま口の中へと差し込まれる……
ちょ、いきなりそんな……ディープな……!?
………………
……甘い?
何か、変だ。
一瞬、先輩の舌かと思って身構えたけど、何か違う。
って言うか舌以前の問題に、硬い。そして甘い。何より小さい。
現にそれは、俺の口の中で甘い感じを振りまきながら転がっている。
こ、これは……?
「……どう、美味しい?」
「ふぇ……ふぇんふぁい……?(せ……せんぱい……?)」
「もう目を開けてもいいよ」
閉じるときと同じく、ゆっくりと瞼を開ける。
さっきまですぐそばにあった顔はそこになく、身体三つほど前に先輩はいた。
「どう、ビックリした?」
「………………」
「ちょっぴり驚かせようかなって思ったんだけど……効果テキメン、かな?」
ニコリと笑う。
ようやく事態が飲み込めてきた。
つまりこれは……ドッキリ、ってやつ。
完全に先輩に一杯食わされたわけ。
「はっぴーばれんたいん〜。せーちゃん」
「………………」
言葉が出なかった。
悔しいとかそんなのは微塵もない。
ただ、自分が恥かしかった。
変に妄想しまくってたのを思い出すと、恥かしくて仕方がない。
俺の顔、真っ赤だろうなぁ……
「いつもただ渡してるだけだからつまらないかなと思って、今年は趣向を変えてみました。大成功みたいだし、あたしとしてはもう大満足! んー、バレンタインって面白いね〜」
「……はぁ」
ようやく出たのはため息一つ。
やっぱり、先輩はどこまでも、たとえバレンタインでも先輩なワケなのです……
* * *
「絶対にいつか俺もやり返しますからね」
「うん。期待しないで待っとくよー」
とは帰りの電車の中でのひとコマ。
さすがにやられっ放しじゃ悔しい。
いつかは俺もと心に誓うのであった。
……そしてそれは、一年後にまったく違う形となって叶う事となる……
〜Happy Valentine!〜
掲載日:2006/02/14
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