・とろけるような……
「ねえ、和幸」
「ん〜?」
「もうすぐね、バレンタインデーなんだよ」
「そうか……」
冬の風が冷たい2月の空。
手をしっかりと繋ぎながら歩く一組の男女。
あの雨の日以来、大切な人を護っていくことを決めた和幸と、同じく辛い過去に涙しないと決めた唯だ。
相変わらず、一日最低10回のキスはこなしている。
「むぅっ! どうしてそんなに無関心なの!」
「や、そう言われてもなぁ。それとも、唯は俺に歓喜の舞をしてほしいわけ?」
「そこまで言ってないよ〜」
ぷく〜っと頬を膨らましている唯を見て苦笑したあと、ポンと彼女の頭に手をのせた。
「冗談だよ。チョコ、期待してるぞ〜唯」
そのあと、ギュッと自分の下に引き寄せた。
自動的に、和幸の腕の中におさまってしまう。
「そう言われちゃうと何も言いかえせないよぉ」
でも、言葉とは裏腹にその顔はとても嬉しそうだった。
「う〜ん、どうしようかなぁ?」
日曜日、珍しく和幸が家を空けている。
今は唯一人だ。
ソファーに座って、一冊の本を片手になにやら悩んでいる。
本のタイトルは『大切な人に贈る素敵なチョコの作り方』とある。
どうやら、この間言っていたバレンタインのチョコを作ろうとしてるようだ。
「ただハートマークの形にして、和幸へっ♪ってやるのはつまらないし、ホワイトチョコにするのもインパクトがないなぁ〜。……う〜ん」
ハートの形は十分に手が込んでると思うのだが、唯にとってはそうではないらしい。
パラパラと本を飛ばしてみたあと、おもむろにそれを座っているソファーに投げた。
「だめだ〜、何も浮かばないよぅ」
子供のように、足をばたつかせて、天井をボーっと見つめる。
「何かないかなぁ……」
インパクトがあって、和幸があっと驚くようなそんなチョコが……
「……あっ」
急に、唯が小さな声を出した。
「そっかぁ。その手があったんだ〜!」
すっくと立ち上がって、誰に言うとでもなく喋る。
「うんっこれは絶対にいいよ〜。そうと決まったら、お店屋さんにGO〜ッ♪」
おーっと右手を上に上げたときに、後ろのほうで何か音がした。
「な、何やってんだ……そんな一人で意気込んで」
「あれ……和幸? あ、あはは。おっお帰り〜」
さっと上げていた手を引っ込めて、あはは…と笑う。
唯の行動に、?マークを浮かべる和幸だった。
「……ん…」
「………ぷぁ…ん……」
部屋にこだまする水っぽい音。
暗くなってるにも関わらず、電気はついていない。
その中で二人、ソファーに座っていつものようにキスをしていた。
一日最低10回とあるが、キス1回=1回、と言うわけではない。
そのひと時にする=1回となっている。
だから、実質一日にするキスの数はかなりなものになるわけだ。
十日で100回となってても、その10倍くらいはしている事に。
そこまで毎日やってると飽きるのでは?と思うかもしれないが、唯はこの行為が大好きなので、
飽きると言う事は無さそうだ。
和幸も表面上では否をとなえたりしているが、あれはただの照れ隠しであり本人も満更ではないのだ。
「和幸……」
「ん…どうした?」
「ふふっ……なんでもないよ。ただ、呼んでみただけ」
「ホントか…?」
「えへへ〜……ん……」
こんな事も日常茶飯事だ。
初めの頃でこそただお互いの唇が触れる程度のキスだったが、日が経つにつれて徐々に変わっていき、今では舌が絡み合うぐらい濃厚なキスになっている。
それが立っていたり、座っていたり、寝転がっていたり、抱き合っていたりしても……
でも、二人がそれ以上進もうとはしなかった。
一般的な考えからすればあってもおかしくない事だが、二人はそれよりもキスの方が好きなのだ。
「……あっ、もうこんな時間だ」
「ホントだ。どうりで暗いと思った」
「電気、付けようか」
「そうだな。あと夕飯の準備とかもあるし。手伝うよ」
「ありがとうっ」
そして、最後に軽く触れる程度のキスをして終わり。
部屋の電気をつけてそれぞれ台所へと向かう。
二人で住むようになってから料理も一緒にするようになった。
もともと一人暮らしの和幸であったからそれなりに自炊はできる。
そこに料理が好きな唯が加わったから更に幅が出来た。
それが和食であったり、洋食であったり、中華であったりと……
「今日は何にしようか?」
「う〜ん……美味しければ何でもいいや」
「何でもいいって……じゃあコンビニのお弁当とかカップ麺とかでもいいの?」
「おいおい、いくらなんでもそりゃ突飛すぎだって」
「じゃあどうする?」
「冷蔵庫に入ってる材料にもよるしなぁ。何があったっけ?」
ガチャッと冷蔵庫を開ける。
独特のひんやりとした空気が和幸を包み込む。
「……あ〜らま。これは見事にやられましたなぁ」
「どうしたの?」
背中に乗りかかって中を見る唯。
「ご覧のとおりです」
「わっ……からっぽ」
冷蔵庫の中は一部の調味料や牛乳などを残して綺麗になくなっていた。
無駄遣いをしないようにしようと言う方針から、食料などは必要な分だけ買うように心がけているので、こう言うことがたまにある。
「チルド室は?」
「同様」
「野菜室は?」
「この間使わなかったもやしと蓮根、あと何故かアボカドが」
「…冷凍庫は?」
「氷ならある。あとは―――封筒?」
「あっ! そっそれは……」
あわてて和幸の手から冷たくなっている封筒を取った。
そして、胸元にギュッと抱きしめる。
「み………」
「み?」
「見ちゃ、ダメ……」
悲しそうにこちらを見つめているので、気になりながらもこれ以上触れる事をやめた。
会話を戻そうと再び視線を中身スカスカな冷蔵庫へと向ける。
「んで、どうする唯。これじゃサラダくらいしか作れないぞ」
「えっと……私は、それだけでも、いいかな?」
「えっなんで?」
「ダイエット……出来るし」
「ふむ……」
「え?……きゃっ」
おもむろに和幸は唯を抱きしめて、少し持ち上げてみた。
いきなりの事なので当然のことながらビックリしている唯。
しばらく眉を寄せて考えた後、うんっと頷くと和幸が言った。
「おまえ、これ以上痩せてどうするんだよ。もう取る肉ないぞ?」
「だ、だって……」
女の子の気持ちは複雑なんだよ……と小さく呟く。
「わかったよ……でも、無理はするな。それに食によるダイエットはオススメできないぞ。というかしない方がいい。食べないって言ったって、それは一時的なことに過ぎないんだし栄養も取れない。第一体を壊すだけだし、
リバウンドが起こりやすいぞ。それだったら運動するなりして減らした方がいいと思うんだ。その方が健康にはいい」
珍しく語っている和幸に、ほぇ〜とした顔で見ている唯だった。
「す、凄いね。和幸」
「ま、まぁ……唯のことを心配して言っているわけだ。それにサラダだけだと俺の腹が納得いかない。と、言うわけで買い物に行こう」
「うん」
そして、いつものように2人手を繋ぎながら暗くなった冬空の下を歩いていったのであった。
ガチャッ
「ただいま〜っと」
「お〜さぶ。やっぱ夜は冷え込むわなぁ……暖房暖房と」
大急ぎで暖房のスイッチを入れる。
ほんわか暖かい空気が、部屋全体を包み込み始めた。
「そういや、よく考えたら今日は俺が料理当番だったな。急いで作っちまうから待っててくれよ」
「うん、わかったよ」
そう言いながら、唯はこっそりとある包みを見つからないように隠した。
「今日は気分的に魚の塩焼きなのだ〜」
何て事を口ずさみながら料理を始める和幸。
程なくして料理も完成し、少し遅めの夕飯となった。
「なぁ、唯」
「え?」
「さっき買い物に行ったときさ、なんか少し居なくなってたけど何してたんだ?」
「え……あのその……ヒミツ」
「ヒミツって……まぁいいけどさ。突然居なくなると驚くから一言くらいは声掛けてくれよ」
「は〜い」
「でも珍しいよなぁ。一人でトコトコ行くなんてさ」
「ちょっと、ね」
意味ありげな笑みを浮かべる唯に、恐る恐る尋ねてみる。
「なんか、企んでるだろ?」
「うふふ〜ん♪ それは、食後のお楽しみ、だよっ」
「お楽しみねぇ」
嬉しそうに言うのを見て、何か嫌な予感を覚える和幸だった。
そして、夕飯が終わる……。
後片付けを終えてソファーでくつろいでいる和幸のともに、ゆっくりと唯が近づいてきた。
その後ろに回された手には、何かの包みが。
しかし、テレビに夢中になっているせいか、それに気づいていない。
逆にそれが好都合なのか、クスッと笑うと甘えを含めた声で話し掛けた。
「か〜ずゆきっ」
「ん、どうした?」
「えへへ〜っただ呼んでみただけ」
「そうか」
「隣、いい?」
「ダメなわけないだろ」
「おじゃましま〜す」
ぽふっと隣に腰掛けて、そのまま和幸に寄りかかる。
その顔は、まさに心の底から安心するようなそんな表情。
もうすっかり和幸に懐いている。
「どーした? やけににゃんごろだな」
「ごろごろ〜」
「題名『子猫唯』ってか」
「にゃーん♪」
「で、ホントのところはどうしたっての?」
「………………」
急に反対側を向いて俯く。
あまりの変化に和幸の方が驚いた。
「え? な、なんだよ急に」
「………………」
「ゆい〜、どうかしたのか?」
このとき、和幸は気がつかなかった。
いや、見えなかったと言う方が正しいのかもしれない。
唯の右手が口元に動いていたのを。
「……?」
そして、クルッと唯がこちらを向いたかと思うと――――
「んっ!」
一瞬、何かを口に含んでいるような気がする唯が見えた。
その間もないうちに自分の口が塞がれる。
……そうか、これはキスだ。
「ん〜……んんっ!?」
口の中に何か甘いものが彼女の舌と共に入り込んできた。
いつもの唾液の交換とは違う……
チョコみたいな甘さの中に、どこか違うような風味も。
一体これはなんだろう?
「……ぷぁ。ゆ、唯……これは一体……?」
ようやくお互いの唇が離れる。
今疑問に思った事を尋ねてみると、唯はこくんと小さく喉を鳴らした後に紅潮した状態のまま答えた。
「……こたえ、知りたい?」
「えっあ、あぁ……」
「じゃあ……おしえてあげる」
蚊が鳴くような細い声にどこか悦が混じった感じの唯の声音。
懐から小さな箱を取り出した。
「これって……ウィスキーボンボン?」
そう、それはウィスキーボンボンの箱だった。
肯定するかのように小さく頷く唯。
チョコの中にウィスキーを詰めたちょっぴりオトナのチョコレート。
それが今、目の前にあるのだ。
「バレンタインのチョコレート……和幸に、和幸だけに……あげる」
「………………」
その一言に言葉も出ない。
自分のため……自分の。
「もういっかい、たべる?」
「う、うん……」
「じゃあ、たべさせてあげる……一個といわずに、ぜ〜んぶ」
何だ、今日の唯はいつにもまして凄いぞ。
これもバレンタインのせいなのか?
それとも……
ワインボトルの形をしたチョコを少し口に含んで、唯が和幸の両頬をそっと抑える。
目の前で見る唯の顔は、頬がほんのり赤く呼吸が上気していた。
唇を合わせ、含んでいたチョコに舌で少し力をいれる。
口内の暖かさで柔らかくなったチョコが小さな音を立てて割れた。
そこから、液体のウィスキーが匂いと共に広がっていく。
それを自分の唾液やチョコと共に相手の口の中へと絡めてゆく。
……ぴちゃぴちゃ……ちゅうっ……ぴちゃ……
舌同士を絡めてみたり、キスする角度を変えて送ってみたり……
時よりこぼれ出た二人の唾液が、顎を伝って喉へと垂れてゆく。
「はぁ……ねぇ、おいしい? かずゆきぃ」
「あぁ……」
「よかったぁ。 もっともっと、たべさせてあげるね」
いつの間にか、二人はソファーに倒れこむようになっていた。
和幸が下で、唯が上に。
離さないとばかりに、両腕は彼の首に、片足は和幸の足に絡まっている。
唯のもう片方の足は、力なく、だらんとずり落ちたまま。
完全に和幸に肢体(からだ)を密着させ預けた状態だ。
そしてまた、チョコを一つ口に含み、中でお互いの唾液と共にゆっくりと味わう。
無くなったらまた次と……
……ちゅう……ぴちゃ…こくん……
「なんか、唯ばっかにやってもらっててもあれだから……俺もやってやるよ」
「……うん」
気が付けば、和幸の頬もほんのり赤くどこか上気した様子。
すでに目がとろんとした唯に優しく言うと、自分も一つウィスキーボンボンを口に入れた。
下から上に送るのは少し難しい。
どうしても自分の口の中に溜まってしまう。
今度は舌同士の絡まりを強くして……
身体が動かないように唯の肩口をしっかり掴んで、何度も口を動かして送りこむ。
ちょっと強く掴みすぎたか、その時和幸の左手がずるっと外れた。
「ぁっ……」
口を離した唯が小さく声を出した。
和幸の目の前には彼女の鎖骨が、小さな肩が。
どうやら服も一緒にずれてしまったみたいだ。
そして、肩の下がり始めたところに外れかかっている一筋の白いライン。
服のずれによって隠れていた胸元の白い布と、あまり豊かとは言えない膨らみが露わになっていた。
「あ、ごっごめん……」
よく見れば、服に着いていた上二つのボタンは何処かに飛んでいったようで無くなっていた。
「ちょっと力強すぎたみたいだな。……痛くなかったか?」
そう言いながら腕の方まで下がっていた服を戻そうとする。
と、今まで和幸の首にまき付いていた右手がそれを止めた。
「え、唯?」
「………………」
ゆっくりと首を左右に振って、自分の服にかかっていた手をどかした。
上がりかけていた服がまたずれ落ちる。
「ねぇ……かずゆき……」
頬を赤くし、上気したまま唯が小さく呟いた。
「いいよ……さきにすすんでも……」
何が言いたいのかすぐに解った。
普段なら、何をふざけた事を……で済む所。
しかし……
「唯……」
今日は何かが違った。
いや、この場のムードがそうさせたとでも言うんだろうか。
和幸はぎゅっと抱きしめると、身体をひねって唯をすぐしたの床に下ろした。
ちょうどそこには、ふわふわ白い毛のついた座布団のような平たいクッションが敷かれていた。唯のお気に入りのやつだ。
これでさっきと上下が逆に。
和幸が唯に覆い被さるような姿勢になっている。
ぷつぷつっと上から一つずつボタンを外してゆくと、だんだん彼女の白い肌がはっきりと見えてくる。
ぷつんと最後の一つを外して服を外側に払うと、白いブラ一枚残して露わになる唯の上半身。
「んっ……」
恥かしいのか、両手で胸元を隠そうとしている。
その仕草を見て、和幸がクスリと笑った。
「自分から誘っておいてそれはないんじゃないのか〜?」
「だ、だって……」
最後の方はほとんど聞こえなかったが、恐らく『恥かしい』と言ったのだろう。
「それに……」
「それに?」
「……そんなに……おおきくないもん」
「ん〜……確かに大きくはないな」
じ〜っと一点を見つめて言う和幸。
「そんなに……はっきりといわないでよぅ」
「はははっ。まぁ大きさなんて俺は気にしないね」
「うぅ……」
「だから、唯も気にするなって……」
「キライになったり、しない?」
「なるかっての」
「かずゆきぃ……」
「あぁ〜、なんで泣くなかなぁ。……あんまり泣いてると、こうしちゃうぞ」
「あっ…!」
ガードが堅い胸元を避けて、無防備なお腹の辺りへと手を伸ばす。
触った瞬間に、唯の身体がピクンッと反応した。
「お前なァ、こんなんでまだ痩せたいなんて思ってたのか?」
「あっだ、だって……」
「やっぱ食事制限かけなくて正解だった。触っても面白くなかったらつまんないもんな」
「ん……」
「こんなに柔らかくて気持ちいいのになぁ」
「あ、んっ」
くすぐったいから手を止めたいのか、唯の手が和幸の片手を捉えた。
しかし、もう片方までは頭が働かなかったようだ。
手が空いた場所に、そのもう片方手が伸びる。
白い布に包まれた柔らかな膨らみに……
「ふにゃ!……やっか、かずゆきぃ……」
「あ…………」
手のひらに感じる布のしっとり感……これは汗か何かのせいか。
それよりも大きいのは、何ともいえないようなこの柔らかさだった。
「柔らかい……」
例えて言うなら、マシュマロ……いや、それよりもこっちの方が断然柔らかい。
それが自分の手の中に。手の動きに多少ぎこちないながらも形を変えるそれをふにふにともて遊ぶ。
「んんっ……あっ……ひゃう……かずゆき………かずゆきぃ…………」
「唯の胸……いいよ」
「あんっ……い、いい?」
「あぁ、すっごく」
片方だけだけど、ぎゅっと押してみたりこねてみたり円を描くように動かしてみたりと……
その間に、唯は気持ちがいいのか、時より普段は聞けないような声を出していた。
それが徐々に間隔の狭いものになってゆく……
「ん……はぁ……はあぁ…や…や……ん……ぁん」
しばらく続けていると、一瞬唯がひゃっ! と高めの声を出すと、一気にすぅっと力が抜けていった。
抑えていた手も、力なく床に伏せられていた。
そして和幸の方にも変化が。
唯の力が抜けた事により開放されたもう一方の丘。
それらを隠しているものを外そうと思い、手を伸ばした。
が、しかし……
その手が布を捕らえる事は遂になかった。
突然頭が重たくなったかと思えば、徐々に視界が暗転。
そのまま唯に寄り添うようにして倒れこんでしまった。
意識がなくなる寸前、頭の中にやけにウィスキーボンボンの味が思い出されていた……
――――――
「………ん……んん……」
何か眩しいものを、閉じたまぶた越しに見て目が覚めたのか、ゆっくりと唯が目を開けた。
「あ、あれ……私……なんでこんな所で寝ちゃって……えぇっ!?」
ふと自分の姿を見て残りの眠気ごと一気に吹っ飛んだ。
「な、なんで私こんな格好してんの!?」
前が完全にはだけた洋服。
ずれかかった下着。
驚いても無理はないだろう。
「ん〜……るせぇな……朝から大声出すなよ……」
唯の声に和幸も目が覚めたのか、目を擦りながらむくりと起き上がった。
しかも無理やり起こされたようなものだから機嫌が悪い。
「ん……あんだ唯、お前露出狂ごっこでもやってんのか?」
「み、見ないでよ〜! えっち!!」
「えっちって……ふあぁ〜……な〜んで俺ここに寝てたんだろ?」
「私も……何か服脱げてたんだよ。よく見たらボタン二つなくなってるし……せっかくのお気に入りだったのにぃ」
「朝からご馳走様」
「ぶぅっ! 和幸も一緒に考えてよ〜」
「考えてっても……あいたっ。頭いてぇ〜」
立ち上がろうとした瞬間に襲ってくる激しい頭の痛み。
唯も同じだったようで、同じく立ち上がろうとして頭を抑えた。
「んなトコで寝たから風邪でも引いたかなぁ」
「私もそうなのかなぁ」
「……それよりも唯」
「ん?」
「いい加減前閉めたらどうだ? 胸丸出しだぞ?」
「だ、だから見ないでよ〜! それに、丸出しじゃないもんっブラ付けてるよ!……って、あいたたた。頭に響くよぅ」
「大声出さない方が無難みたいだな」
「うぅ……あぁっよく考えたらお風呂も入ってないんじゃないの!?」
「昨日の服着てる時点でそうなるなぁ」
「あう……も〜最悪だよ。前はだけてるし頭痛いしお風呂入ってないし……」
「だから前は早くボタンしろっつの。俺がジロジロ見たくなるだろうが」
「やっぱり和幸えっち〜」
「うるさいっ」
「でも……」
「ん?」
「見て、みる? じっくりと」
「は?」
いきなりの発言に頭が処理しきれない和幸。
頭の痛さも手伝ってその処理能力はかなり悪そうだ。
「………………」
「な〜んてねっ♪」
「……ホンの一瞬でも答えようとした俺がバカだった」
「さ、お風呂入ってこようっと」
「沸かすと時間かかるぞ〜」
「もちろん、シャワーだけね」
そんなワケで、いつもよりのろのろだが今日も一日が始まった。
どうして自分達があの場所で寝ていたかは結局解らないままだったが。
「あん? なんだこれ……」
ソファー下で見つけた四角い黒目の箱。
中には瓶のような形をしたチョコレートらしきものが、若干形を崩して入っていた。
何処となくお酒のような匂いも漂ってくる。
「……これって、ウィスキーボンボンじゃねぇか。なんでこんなのがうちにあるんだ?」
自分で買った覚えはない。
「でもなぁ、何か引っ掛かるような……」
「かずゆき〜」
と、風呂場に向かった唯から声をかけられた。
「なんだよ。あんま大きな声出してるとまた痛くなるぞ」
「これが限界だよ〜。それよりも、お風呂一緒に入ろっか?」
「はぁ? 一体何を急に。それも冗談か?」
「う〜ん……ちょとホンキ、かな。何かそうしたいようなしたくないような……」
「なんだそりゃ。とにかく早く入って来い。俺が待ってるんだぞ」
「は〜い。じゃあせめて、おはようのキスくらいはねっ」
たたたっと駆け寄ると、素早く和幸の唇にじぶんのそれを合わせる。
一瞬、何かが引っ掛かったような気がしたが、次の瞬間には忘れていた。
「んっ……ふぅ。って唯! お前今度はシャツ脱いでき……っつ〜!!」
「自分で大声出すなって言っておいて〜」
「だ、だから……シャツ……着てねぇじゃん」
「シャワー浴びるんだから当たり前でしょ〜」
「………………」
「それに、和幸もさっき見たいって言ってたからね♪」
「こ、こらぁ!――ぐわあっ!」
再び頭を抑える和幸。
もはや情けないの一言。
「あははっ、それじゃね」
風呂場に向かって行った唯を頭痛で転げながら見送った和幸。
しばらくこらえていたが、やがて収まってくるとゆっくりと立ち上がった。
「唯め〜……俺の事ハメたな。こうなったら――」
そう言って和幸が向かったのは今さっき唯が向かった場所。
つまりはお風呂場。水の跳ねる音が聞こえてくるから、きっと今ごろはシャワーを浴びているだろう。
「唯〜一緒に入ろうぜ〜」
そう言いながら脱衣所のドアを開けた。
よく見れば自分の服に手をかけているような……
その後、ドアの開く音と唯の大きな声が聞こえたような気がしたが、それはそれ。
今日もすでに太陽が空高く昇っていった。
二月十五日。 天気は快晴。
昨日がバレンタインデーだったという事を、ソファー横のテーブルに置かれたウィスキーボンボンが無言で語っていた。
……すべては、お酒が生んだ幻の時間。
二日酔いと風邪を誤認している二人は、結局これが二日酔いとは気が付かないままだった。
〜Happy Saint Valentine's Day♪〜
掲載日:2003/02/14
も ど る