・天使なお正月


「……まぁ、新年を迎えることは当然だよな。でもな、一つだけ気になる事がある」

「?」

「なんでいるんだ? 彩音?」

「ふぉぇ?」


年越し蕎麦をずるずるすすりながら彩音が間抜けな声を出した。

いや、正確にはすでに年は越えてるので年越えた蕎麦とでも言うんだろうか。

…何でもいいけど、すするの途中で止めるな。


「せめて食ってから喋れ」

「ん……むぐむぐ。 で、なに?」

「だから、なんで居るんだ彩音と言ったんだ」

「なんでって、居るからいるんだけど…?」

「んなこたぁ聞いてない。彩音は彩音の家があるだろ。ここは、俺と御菜の家だ」

「おじゃましてますっ」

「そうじゃないっつの」

「ま、まぁまぁ総太さん…」


苦笑しながら御菜がなだめた。

本当なら御菜とのんびり年越すはずだったんだが、夕方ごろから彩音がこれまたいつもの要領でやってきてそのまま……取り憑いてる。


「ちょっと、私は幽霊じゃないってば」

「壁から出てくれば立派な幽霊だ。あと、何度も言ってるけど心読むな」

「しょうがないでしょ。仕様なんだから」

「仕様?」

「なんでもありませんっ」

「とにかくな、俺は御菜と二人で過ごそうとしたんだぞ。彩音クン、この意味が分かるかね?」

「ん〜、ひょっとして新年早々間違いでもおこそうとした?」

「なっ!?」

「ちょ、彩音……」


このガキは……! な、何を根拠にそんな事を。


「あれ、なんで黙っちゃうの? まさか本当にやっちゃおうと……」

「天誅ーッ!!!!」


がつん!!


「……いたぃ」


涙目彩音。しかぁし同情しない。

この口の減らないお子チャマにはこれくらいやらないと効き目がないからな。

これでしばらくは静かになるだろ。


「彩音クンはそんなに初日の出を拝みたくないのかね?」

「ううぅ……あたまガンガン」

「だ、大丈夫…彩音?」

「あたまが割れそう〜」

「もう一発食らいたくなかったら言動は慎もうな」

「分かったわよぅ」


新年始まったばかりだってのに結局はいつもどおりなんだからなぁもう。


「彩音も悪気があって言った訳じゃありませんから。確かに……その、少しだけ危険なセリフはありましたけど」

「それは俺だって分かってるけどなぁ。ついいつもの様になっちまう。変わったのは年だけで中身はそのままだな」

「私はいつものままの総太さんが一番です」

「そ、そうか?」

「はいっ」


御菜の笑顔もいつもといっしょ。

これが一番ってことかなぁ。


「年が明けたのにしかめっ面ですと福が逃げちゃいますよ。彩音みたいに笑っていた方が福の神様も喜んでやってきます」

「そうそう、私みたいに笑ってないと!」

「調子に乗るな」

「……はい」

「ん〜、でもまぁ一理あるかもな。笑う門には福来るって言うし。笑ってるのが一番か」


そうだな。そうしよう。

笑う門には福来る、だ!


さてさて、年明けも過ぎた事だし次は初日の出。

しかしまだまだ時間がある。

となると当然……


「寝とくワケ、ね」

「寝過ごさないようにちゃんと目覚まし時計はセットしておきました」

「おぉ、サンキュ。じゃあ寝るか」


………………

………………

「御菜、本音を言ってもいいか?」

「? はい」

「狭い」

「えっ?」

「つーか、何で彩音まで一緒なん? 何も寝る時までここにいなくてもいいだろ」

「だって一人で寝る布団は寒いんだもん〜。人肌のぬくもりが恋しくなっちゃう。いいでしょ〜今日くらい、ね?」

「ったくしょうがないなぁ。今日だけだぞ?」

「了解了解っ。後でちゃんと空まで連れてってあげるからね♪」

「去年みたいにわざと落としそうなことしたら許さんからな」

「それは総太さん次第〜」

「くっ…」


去年は来なかったのに何故今年は…。

つくづく納得がいかない。

イヤじゃないけどさぁ、なんかこう…ね。


「納得、いかない?」

「だからなぁ……もういいや。俺は寝る!」

「あらら、寝ちゃった」

「彩音も、あんまり総太さんに迷惑掛けちゃダメだよ」

「私はただ遊んでるだけよん。総太さんみたいに面白い人あっちにはいなかったからね。ついつい遊んじゃう」

「あんまり調子に乗っちゃダメだよ」

「わかってるって〜。あー、何か御菜と二人っきりで話すのって久しぶりかもね」

「うん、そうかも」

「こっちに来てから御菜は総太さんにぴったりだしね」

「あ、彩音……」

「………………」

「今年はどんな年になるかねぇ」

「それは私にはちょっと…」

「連れないなぁ。もうちょっとこう、楽しいこととか良い事いっぱい〜なんて意見はないの」

「あまりにも普通って気がしたから…」

「御菜のいけず〜。面白くないぞっ。あ、さては総太さんじゃないからって手抜いてるでしょ? ひど〜い」

「ち、違うってば〜」

「彩音さんは深く傷つきました。嘘」

「う、嘘って言わなくてもいいのに」

「今年の彩音さんは一味違うのだ」

「変…」

「あうあぅ」

「クスッ。彩音はいつもと変わらないね」

「そりゃあもう。それが私だからね!」

「私達もそろそろ寝ようか。あんまり遅くまで起きてると明け方大変だし」

「初日の出見過ごすわけにはいかないからね。そうしよっか。また今度ゆっくり話をしようね」

「うん」

「おやすみ、御菜」

「おやすみなさい。彩音」

「………………」


寝付くまでの間に二人の会話が耳に入ってきてた。

そうだよな。二人だけで話す機会ってなかったもんな。

御菜と彩音、仲のいい姉妹だこと。

俺としても嬉しいというもの。

今度二人っきりにさせてあげるか。

そう考えながら眠りへとついた。



ピピピピピピピピ…

起床を促す電子音。

……そうか、もう5時前か。

同時に二人も起きたみたいで、もぞもぞと動き出した。

この時期って布団から出るのが辛くて辛くて。

暖かい布団の中が恋しくてたまらない。

でもそんな事してると時間がなくなるからねぇ。うん。


「総太さん、おはようございます。起きる時間ですよ〜」

「ん…それは分かってるんだけどどうも外は寒くて……」


御菜はよく何事もなく布団から出られるよなぁ。

ちょっと関心。

それに比べてもう一人は―――


「寒ぃ〜」


俺と同じ意見だった。

そうだよな彩音。これが正常な反応だよな。

サクっと起きちゃうとつまらな


「でも起きないと着替えられないから起きよっと。ほれっ総太さんも起きろ〜」

「………………」


訂正、彩音は彩音だった。

…わかったよぅ、起きればいいんだろ起きれば〜。

名残惜しく布団からでて着替えを済ませて、しっかり厚着をして準備完了。

これから俺達は外に出るのだ。

それもただの外じゃない。

誰にも邪魔されないで初日の出を見る場所へ。


「やっぱりこの時間だと誰も歩いてないな〜」

「みんな寝てるんじゃない?」

「俺もホンネ寝たい」

「私も」

「ふ、二人とも……」

「まぁ、誰もいないほうが好都合だしな。人が来ないうちに行くか」

「はいっ。彩音、準備できてる?」

「準備も何もいらないでしょ」


そう言うや否や、彩音の背中からぱぁっと広がる真っ白な羽。

御菜もそれに続くように羽を広げた。

これを見る時だけ、あぁ二人は天使なんだよなぁと実感する。


「久しぶりに見た気がする」

「ん〜、そうですね。私も久しぶりに見ました」

「天使なのにそのセリフは変だぞ」

「あ、あはは……」

「私は家にいるときはこのままだけどなぁ」

「彩音は聞いてない」

「あぅ…ヒドイ」

「誰か来た時はちゃんと見えないようにしておけよ」

「それくらい分かってるってば〜」

「彩音ならやりかねない」

「信用ないなぁ。もう」

「さ、そろそろ行こうぜ」

「分かったわよ〜」


一瞬だけ、耳鳴りみたいにキーンと言う音が聞こえた。

二人曰くこれで他の人には見えないらしいが…。

まぁ去年も大丈夫だったしいいか。


「じゃあ、行きますよ」

「落ちないでね」

「落とすなよ」


ふわりと浮遊感を感じ、地面が離れていく。

東と思われる空は少しずつ明るさを増している。

夜明けはもうじきだ。

初日の出を空から、しかも飛行機とかに乗らないで生身のままで見る奴は世界中探したって俺しかいないだろう。

何と言うか、優越感?

えっへん。


「なんつーかさ、これって例えて言うなら逆スカイダイビング?」

「それも生身で。おお怖い」

「絶対に落とすなよ」

「流石にそれはしないよ。御菜に呪われちゃうから」

「安心してくださいね。総太さん」

「いや、分かってはいるけど……まだ慣れん」


ある意味、慣れたくないな。

これに慣れちゃったら俺も人間じゃなくなるのかもしれない。

かと言って天使でもない…中途半端?

なんかイヤだな。


「家がちいせぇ」

「下見るとあんまりいい事ないかもよ。空見ないと、空」

「綺麗ですよ」


上の方はまだ暗い。

水平線に近づくに連れて明るくなって、太陽が昇るであろう場所は少しだけオレンジ色っぽくなってる。

俺達がいる場所より更に高い位置を、一機の航空機が駆け抜けていった。

中にいる人は機内から初日の出を拝むんだろう。


「あ、出てきました!」


ピカッとまぶしい一閃。

水平線の彼方から、今年最初の太陽がその姿を今表した。

静かな空間。

俺達以外で他に誰もないこの場所で、三人だけで向かえた初日の出。

去年も見たけれど、やはりそれは言葉じゃ表しきれないものだった。

少しずつ、少しずつ頭を覗かせる太陽。

今年も俺達を照らしてくれよ。


「………………」


無言のうちに、目を瞑って両手を合わせた。

願うは平和な生活。

俺がいて、御菜がいて、彩音がいて…これがあれば他は望まない。


「………………」


目を開けて、御菜の方を見ると彼女もまた目を閉じて手を合わせていた。

御菜もまた、何かを願っているんだろうか?


「なぁ、御菜」

「……はい」

「今年も、よろしくな」


御菜は、上りつつある朝日の様な満面の笑顔で、


「はいっ!」


と答えた。

新たな年が始まる。

今年はどんな年になるだろう?

きっと、いい年になるな。

初日の出が、いや、御菜の笑顔がそう告げていた。


「さぁ、昇りきったのを見届けたら帰って朝ごはんにするか!」





掲載日:2004/01/01


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