エピローグ “変わらない日常、でもほんとうは……”

「……バカぁーーッ!!!!」

すぱぁんっ!!

俺の目の前で尚哉が錐もみしながらすっ飛んでいった。
そして俺の隣には、先端からうっすら煙を昇らせているはりせんを持ったさやかが。
……まぁ何てことはない。いつもの、見慣れたといえば見慣れていて、そしてまたとても懐かしい光景でもあった。
さやかが久しぶりに学校へやってきた。
正確には少し前にも俺の下駄箱に手紙入れるために来てるわけだけど……
学校生活を送るために来た、と言うことでは実に何週間ぶりだろうか?
いろいろありすぎたこの時期。
ギクシャクするかと思いきや、そんな事は全然心配ない。そう確信させるかのようにはりせんが唸りをあげたんだ。

「やれやれ……」
「まったくもう、相変わらず尚哉はバカなんだから」
「にしても、ブランクあったとは思えないような切れ味だな。流石はさやか」
「はじめも、感心してないで止めるとかしてよね」
「はいはい」

ベランダ付近でひっくり返ってる尚哉はそのままに、俺は自分の席へ、そしてさやかは久方ぶりの席へ。
隣にいるのはもちろんひかりで……

「あっ……」
「さ、さやか……」

お互いがお互いを見たまま、動かなくなってる。
その表情は、どう話をしたらいいものか、なんて考えてるように見える。
……やっぱり、流石にすぐにわだかまりってのは、取れないかな……。

「も〜、こんなに長く休んじゃってぇ。心配したんだからね」
「えっあ、あぁ……その、ごめんね。ひかり」
「みんな心配してたんだよ〜」
「う、うん……」
「もっもぉ〜、さやかなんだからしくないよ〜!」

そう言うや否や、さやかにガバッと抱きついた。

「きゃっ」
「………………」
「ひ、ひかり……?」
「……なんてね。実は、私も昨日休んじゃったんだ。だからさやかの事言える立場じゃないんだ」
「………………」
「私、いっぱい泣いちゃった……」
「ひかり……」
「…でも! もう私は泣かないよ。はじめから離れちゃうわけじゃないからね。一緒になれないのはちょっと残念だけど……でも、もう何も言わない。だから、最後に、ね?」
「え?」

俺には聞こえないように、小さな声で耳元にて何かをささやくひかり。
ややあってから、うんっとさやかが頷いた。
いったい、何を話していたのやら?

「よろしく頼むね。さやか」
「うん。了解しました」
「それでもなんでも、私達はずっと親友だからねー!」
「わっちょっとひかり、恥ずかしいってば……みんなの前なのに」
「えへへっ。ちょっと元気が空回りしちゃってるみたい。いろいろあったけど、またみんなで一緒にいられるのが嬉しいんだよ♪」

そういうひかりの表情に、影がない。
きっと心からそう思ってるんだろう。
……強いな、ひかりは。
そこに来ると俺なんかまだまだ弱いな。
どうしてもいろいろ思い出しちまう。
敵わないや。

「あ、でもさやか〜」
「うん?」
「もし私が心細くなったら、たまにでもいいから一晩だけはじめを貸してね♪」
「「えぇっ?!」」

思わずさやかと言葉が重なった。
い、いきなり何を言い出すのかと思えば……。

「ん〜、冗談だよ?」
「あ、あはは……なんだか冗談に聞こえなかったんだけど……。目が本気っぽかったし」
「さて、どっちでしょう〜?」

なんだか今日のひかりはいつもとはかなり違うような気がした。
その後すぐにチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
ぐるりと周りを見回して、さやかのところで目が止まる。

「おっ遂に秋津復帰か。随分休んでたけど、身体はもういいのか?」
「あ……はい」
「冬休み前に治ってよかったな。これで久しぶりに全員が揃ったわけだ……って、穂刈はどうした?」
「あっ尚哉なら……」
「ふっ、俺がどうかしたって?」
「うわぁ!?」

突然先生の横から尚哉が生えてきた。
こいつもこいつで今日はずいぶんだな。
いや、いつもと一緒か?

「こ、こら穂刈! 驚かすなよ」
「奇襲も強襲も似たようなものっすよ〜」
「あ、あのなぁ」

…違うだろ。かな〜り。

「さっさと席に着け。まったく」
「はいさ〜」
「やれやれ……それじゃ出席取るぞ。 秋津―――――――」

はいっと言うさやかの声。
今日からまた今までどおりの生活が始まったのだった。
……表面上は。


「………………」

寒い。
そりゃそうだ。
俺は屋上にいるんだから。
授業中だから実に静か。
どうして俺がここにいるかって言うと、ズバりサボリだ。
いろいろ思うところがあってねぇ。
少し一人で考え事をしてたんだ。
まぁ、結論だけで言うと気にすることなく生活しろって事なんだけど。

ギィー…

後ろでドアの開く音がした。
足音が近づいてきて、俺の横に立ったところで止んだ。
その人は何も言わずに俺と同じく目の前に広がる光景をただ見ていた。
自分達の住んでる街並み。
いい天気なら遠くの山も見えるこの場所も、曇った空の下じゃ拝めない。
一体何しに来たんだろう。

「そっくりその質問をお返しするわ」
「む、声に出てたか……。 いま、授業中じゃん。抜けて来てよかったのか?」
「同じくその質問を返すわ。まぁ、いつもの事と言われればそれまでなんだけどね」
「じゃあ俺はいいだろ。そっちこそ珍しい」
「まぁ、あたしもいろいろあるのよ」
「そうか」
「うん」

見つかったことはないけれど、バレたら危険な所でさやかと二人。
ぎゅっとさやかが俺の手を握ってきた。

「ねぇ、はじめ」
「ん?」
「腕、組んでもいい?」
「あぁ、いいけど」

手を絡めたままさやかが寄り添う。
冷たくなってた右手がほのかに暖かくなった。

「なんだかね、あたし驚いてるんだ」
「え?」
「他の皆は知らないけど、ひかりだけは知ってる事。あたしと……はじめの事」
「あぁ」
「もっとギクシャクしちゃうかなって、そう思ってた。でも……いざ来てみて、会ってみたらいつもと一緒だった。身構えちゃったあたしが拍子抜けしちゃうくらいに」
「ひかりらしいと言えばひかりらしいな」
「うん…。 でも、正直嬉しかったんだ。またひかりと普通に話すことができて。ひかりは……あたしの一番の親友だから」
「さやか……」
「でも、どんなに大事な親友でも、はじめだけは……譲れない。自分の気持ちには嘘はつけなかった。あたしは、はじめが好き。これだけは絶対に……変えたくない」
「………………」

嘘じゃない、と言わんばかりに繋いでいる手に力が込められた。

「……これが、あたしの本当の気持ち。ごめんね、一人でずっと話しちゃって」
「いや、いいさ。俺もさやかの事好きって再確認できたし」
「は、はじめ……」
「俺だって、さやかを好きって気持ちは変えたくない。だからもう離さない。昨日そう言っただろ?」
「……うん」
「だから、もうこの話はおしまい。もっと明るく生きようぜ。せっかく……その、恋人同士になったわけだし、な?」
「うふふっ……そうね。あたし達、恋人同士なのよね」
「あ、あぁ」
「だったら、キスしてって言ったらしてくれる? 今ここで」
「えぇっ? 今ここで……か?」
「うん」

ま、マジすか。
いくら授業中で他に人が来ないったって、それはちょっと恥ずかしい。
もしも、とか万が一って事もあるわけだし……

「……してくれないの?」
「い、いやそうじゃなく……」
「あたしのこと好きじゃないの?」
「いや、だから違うって! ……あぁもう、分かったよ。します。します!」

イヤとかじゃない。決してな。
恥ずかしさが前面に出ちゃうんだよ……。
すぅっと一息深呼吸して、さやかを抱き寄せると顔を近づけていった。

「緊張してるの?」
「そりゃあ……場所が場所なんだぞ」
「一回しちゃえば気にしなくなるよ」
「そんなもんかなぁ」
「そうよ…………んっ…」

目を閉じて、二人の唇が重なる。
するりとさやかの腕が俺の首に伸びていった。
濃厚とか、そんなんじゃないけど甘い甘いキス。
……さやかの言うとおり、してしまうとそれほど気にならなかったな。

「んっ……はぁ。 ね、気にならなかったでしょ?」
「あぁ……確かに」
「なら、今度はあたしからねっ」

何度も何度も、お互いの唇だけを求めてた。
少しだけだけど、舌を絡めたりなんかも……。
あぁ、言うと恥ずかしい…。

「はじめ……」
「なんだ」
「これからもよろしくね」
「もちろん、こちらこそ」

最後にもう一度、軽く触れるくらいのキスをしたところで……

ギィー。

ドアの開く音がした。

「あーやっぱりここにい…………ぁ」
「ん、どした………んぉ。これはまぁ……」
「ひ、ひかり!? 尚哉!!」
「げげっ!」

「………………」
「………………」

ひかりは呆然としてるし、尚哉はニヤッとしてこっちを見てる。
あいや、これはまぁ……。

「ひかり……ひょっとして、見ちゃった……?」
「さ……」
「?」
「さやかぁー!!」
「きゃあ!」

突然叫んだひかりに驚いて、思わず走り出すさやか。
そしてその後を追っていくひかり。
は、ははは……こりゃまたどうしたものだろうか……。

「よこいち〜」
「な、なんだよ……」
「らぶらぶ?」
「うるせぇッ!」
「はっはっはっはっは〜!!」

屋上に響く尚哉の高笑い声と、追いかけっこするひかりとさやかの声。
なんだかんだいいつつも、きっとこれからもこんな感じに流れていくだろう。
前と同じように、これからも……。
だた一つ変わったとすれば――――――


「はじめぇ〜」
「ん?」

俺の前をさやかが通り過ぎようとした時に、一旦立ち止まった。
そしてそのまま俺の唇に……

ちゅっ

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーッ!!!!」

――――――変わったとすれば、俺とさやかの関係が幼馴染から恋人へと変わったことだろうか。


「いぃッ!?」
「あはははっ! 大好きだよ。はじめっ♪」


〜おわり......〜




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