ほんとうのきもち 二

トクン、トクン、トクン、トクン…………
右手から伝わってくる心臓の鼓動。
その鼓動の主は―――ひかり。


「………………」

そっと唇が離れた。
起き上がったひかりは、俺に乗りかかるようにして座っている。
見てみれば、俺の右手はひかりの左手で、彼女の胸の辺りできゅっと押さえられていた。
それで伝わるひかりの鼓動。

「………………」
「………………」

手はそのままに、ひかりが真顔でじっと俺を見つめ、俺もまたひかりを見つめてる。
それが少しだけ続いた。

「…………で」
「…えっ?」
「な……で…?」
「なんで…何も、しないの?」

ひかりの声が少しだけ震えてる。

「はじめ、なんで……なにもしないの?」
「え?」
「キスもして、こう言う事もしたのにはじめは……なにもしないの?」

ひかりの瞳に徐々に涙が溢れてきた。
それを拭おうともせずただじっと俺のことを見ていた。

「………………」
「はじめが……はじめが何もしないんだったら、私が……!!」

ひかりが手を開放したと思ったら、髪を束ねたリボンをするりと解き自分の両手を首下に持ってきて、制服の一番上のボタンから外していった。

「ひ、ひかり?!」

半分くらい外したところで、覆いかぶさるようにして倒れこんでくる。
ギシリとベットが鳴る。
服の肌蹴た部分からは白い肌とその膨らみを包む下着が顔を覗かせ、制御を失った髪の毛はだらんと垂れ下がっていた。
それでもひかりは、俺のことをじっと見てる。
零れ落ちそうなくらいの涙をいっぱいに溜めながら、今までみたことのない表情で……。

「………………」
「………………」
「………して…」
「えっ?」
「どうしてなの……どうしてそんな目で私を見るの……?」

ポタッと一粒の雫が俺の頬を叩く。

「やめてよ……はじめ。そんな目で私を見ないでよ。怯えた目で私を見ないでよ!」

気がつかなかった。
俺は無意識のうちに怯えた目で見ていたんだ。

「どうして……? どうしてはじめ……どうして……!!」

元の姿勢に戻ったひかりが両手で顔を塞ぐ。
頬を伝う雫……そして、彼女の嗚咽だけがやけに部屋に木霊していた。

「……っく………すっ………ぐすっ……」

俺はひかりに何も話しかけることができないままでいた。
ひかりが服の乱れを整えて帰るその時まで…………


翌日はもう言うまでもない。
お互い別々に学校に行って、会ったとしても話が出来ないまま……ただすれ違っていた。
気まずさと、ぎこちなさがそれらを後押しして。
これほど学校がつまらないと思ったことはないだろう。
授業中も、尚哉よろしく突っ伏したまま……
なんで、こんな事になったんだろう。
たった二週間弱で何もかもがひっくり返った。
さやかに断られて、そして来なくなった。
ひかりと付き合い始めたのに、さやかの事が頭から離れない。
それゆえか、昨日の一件でも俺は何も出来なかった。
ひかりのあの時の顔が頭に焼き付いて離れない。
それと同時に、思いを伝えた直後のさやかの表情も。
二人の表情は……一致といってもいい位にそっくりだった。
悲しみに満ち溢れて、涙を流すその姿が……。
俺は……どうしてこんなに嫌な奴なんだ。
自分の大切な人を、二人も泣かせてしまった。
最悪だ……
自分の我がままで二人を傷つけ、一度は自分の思いに素直になったはずだったのに。
結果的には素直になるどころかより悪くなっていた。
俺はまた自分を……自分の心を護ってしまっていた。
護るべきものは、自分じゃないのに……。


「…………はじめ」

気がつけば放課後。
今まで自分がどうやってきたか思い出せない。
いつの間にか、他のみんなが帰ったことも。
目の前にいるひかりは、悲しそうな顔で俺を見てる。
……この原因を作ったのも、俺……。

「はじめ……ちょっと、いい?」
「……え?」
「ちょっと、お話があるんだ。だから……ついてきて、くれる?」

俺の返事を待たずに歩き出すひかり。
慌てて後をついて行く。
……この階段は……。
ギィ……
久しぶりに聞いた音。
オレンジ色に染まる空。
ひかりと俺は屋上へとやってきた。
やっぱりというか、俺達以外に誰もいない。
運動部も今日は休みなのか、グラウンドからの声もなく実に静かだった。

「………………」
「………………」

屋上の真ん中に佇むひかりと、数歩の距離に俺がいる。

「………はじめ」

ひかりが俺を呼んだ。
こっちを向いてないからどんな表情かも分からない。

「はじめ……もう、こんなお芝居はやめよう」
「……えっ?」
「もうやめよう……だってはじめ、私の事……本当は好きじゃないんでしょ?」
「えっ、ひっひかり……」
「わかってるんだよ……ううん。わかってた。はじめは、さやかの事が好きなんだって」
「ッ!!」
「好きでもない人に付き合うのは、はじめもツライ、でしょ? だから……昨日あんな目で見たんだよね」

くるり、と振り返る。
夕日を背に立つひかりの目からは昨日と同じく涙が溢れていた。
とても、悲しみに満ちた表情をして。

「だからもう、お芝居は、やめようよ」

ゆっくりと俺の元へ歩いてきて、そして目の前で止まった。

「はじめ、さやかの所に行ってあげて。じゃないと私……本気で、怒るよ?」

そう言って俺の胸をコツンと自分の右手で叩く。

「ひかり……」
「……ぐすっ…うっ……」

ギュッと抱きついて、顔を胸に埋めながらひかりが言った。

「分かってたのに…! はじめがさやかの事好きだってわかってるのに、自分でも納得いったはずなのに……はずなのに……やっぱり、自分の愛している人が離れていくのは…ツライよ。 でも! それを押し殺してまで……見を引くほうが……さやかの方がもっと、ツライはずだよぉ……!」

涙で濡れていく制服。
俺はひかりをぎゅっと強く抱きしめながら、すまない……と謝り続けた。

「すん……ぐすっ……っ……」
「………………」
「……すっ……じめ……」
「ひかり……?」
「…やかを………ったいにしあわせに…………てね……」

「あっ!」

一言言い残し走っていってしまうひかり。
屋上に一人残された、俺。
しあわせに、か……。
ひかりを傷つけてしまった俺にそれができるだろうか。
そしてさやかは――――




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