心に降る雨…… 二
「よぉし、じゃあ出席を取るぞ」
朝。今日も何気なく一日は始まったはずだった。
しかし、ここに来て変化が訪れた。
それは―――――
「秋津……ん、秋津は休みか?」
……え?
「休みなんて珍しいなぁ。まぁここん所風邪が流行ってるみたいだからな。みんなも気をつけろよ。んじゃあ次大垣―――」
さやかが、休み?
まさかと思い後ろを振り向くと、そこには誰も座る者のいない席がさびしそうに佇んでいた。
――朝――
「おはよう、お母さん」
「あっあすか。おはよう」
「あれ、お姉ちゃんは?」
「それがまだ起きて来ないの。ちょっと起こしてきてくれる?」
「うん」
トントントントン………
……誰かが階段を上ってくる音。
誰だろう。お母さんかなぁ。
コンコン
『お姉ちゃん、もう起きてる?』
ドア越しに聞こえてくるのはあすかの声。
そうか……もう、朝だったんだっけ。
『お姉ちゃん? 遅刻しちゃうよ』
…………なんか、今日は学校行きたくない。学校というよりも、部屋から出たくない。
『……部屋、入るよ』
控えめにドアが開く音がして、あすかが部屋に入ってきた。
ドアが開くと同時にあたしは反対側の方を向いて顔を見られないようにした。
たぶん…いやきっと、すごい事になってそうだから。
「お姉ちゃん…? 起きてるの?」
「…………まぁ」
「起きないと学校に遅刻しちゃうよ」
「…今日は行きたくない」
「え?」
「気分悪いから、学校へは行きたくない」
「おっお姉ちゃん……?」
きっと、あすかは困惑してるだろう。
あたしがこんな事言うの、初めてだもん。
今まで学校行きたくないなんて言ったことないし…。
「えっと、あの……お、お母さん呼んでくるね」
来る時は静かに上ってきたのに、下りるときはちょっぴり大きな音を立てながら降りていった。
ドアを閉める事も忘れて…。
それからややあって、さっきと同じように静かに階段を上ってくる音。
……お母さんかな。
「おはようさやか。一体どうしたの?」
お母さんの声と同時に、下の方からあすかの声が小さく聞こえた。
先に行ってらっしゃいとお母さんが言うと、まもなくドアが閉まる音。
学校へ行ったらしい。
「学校へ行きたくないってあすかが言ってたんだけど、本当なの?」
「………………」
「ふぅ。とりあえず、そっぽ向かれてたら話にならないからこっち向いて。別に怒ってるわけじゃないから」
しぶしぶながらお母さんの方を向く。
やっと向いたか、と言いたそうな顔をしてる。
「あら、酷い顔ね……その顔なら学校行けないかぁ」
なにやら一人で納得してる様子だったけど、すぐにあたしの方を見て言った。
「理由は聞かない。あなたが休みたいと思うなら休みなさい。さやかだって何か思うことがあるのよね。その顔だとたぶん……」
「………………」
「学校には風邪だって言っておくから。お腹空いたら下に降りていらっしゃい。それじゃ」
パタン……
………………
お母さんは学校を休みたいと言ったあたしに理由を聞かず、許してくれた。
再び静かになる部屋の中。
たまに外を歩いている人の声が聞こえてくるくらい。
とても……静か。
でもあたしには嬉しかった。
今日は本当に、何もやる気が起きない……
「………………」
「……じめ……はじめ」
「…ん、あぁ」
「はじめぇ、私の話聞いてくれてる?」
「す、すまん。ちょっとボーっとしてて……」
「もう〜。じゃあもう一回言うからね」
ひかりが頬を膨らませながらこちらを見ている。
内容から察するに、もうすぐやってくるクリスマスはどうするか、らしい。
そうだよな、もうすぐクリスマスなんだよな……。
―少し前の休み時間のこと―
「えっそれ本当なの?」
「うん……」
休み時間に偶然あすかと会った俺は、さやかが来てない事を尋ねてみた。
学校を休む、と言っていたらしい。
さやかが、自分から。
その事が頭から離れない。
一体、どうしたって言うんだろう。
「なぁ、ひかり」
「ん、なぁに?」
「さやかは……」
「えっ?」
「さやかは、どうして学校休むなんて言ったんだろうな」
「そ、それはちょっと……私には分からないかも」
「そうか……そうだよなぁ」
「………………」
一瞬だけ、ひかりが暗い表情をしたような気がした。
しかし、次の瞬間には元の表情に戻って、
「きっと風邪か何かだよ。すぐに元気になって学校に来るよ」
と言った。
風邪、か……。
さやかの言う休むが、本当に風邪ならいいんだけど……。
翌日、さやかはまた学校を休んだ。
「……お母さん」
「ん、どうしたの?」
「…ごめんなさい。今日も学校……休んじゃって」
「悪いと思ってるならそれでいいわ。これでもし当然なんて思われてたら無理やりでも行かせたけど……そんな場合じゃないでしょうから」
「………………」
「それじゃね」
今日も学校を休んだあたしに、何も聞かないで許してくれたお母さん。
きっと、あたしが学校行きたくない理由を分かってるんだと思う。
お母さん、結構勘とか鋭いから…。
再び一人になって、寝たままの姿勢で窓の方を見てみる。
建物の様子とかは見えないけど、空がどんなものかくらいは分かる。
昨日と一緒で……曇り空。
あたしの心の中と同じ。
そういえば、よく天気があたしの心模様と重なる時がある。
これで今日雨が降ったら間違いなくそのまま……
ポツ…ポツポツ………サアァァァァァァァァ……
「……あ」
ベランダの手すりを何かがたたく音が聞こえたかと思うと、それはすぐに勢いを増し何なのか分かった。
雨……。
薄い色だった雲が徐々に黒ずんだものに変わっていく。
これはたくさん降りそうだ。
空同様、今日もあたしの心に雨という名の靄が深く深く広がっていた。
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