彼女の想い 四
流れてく…。
時間がゆっくり流れてく。
風がふわりとあたしの髪をなでてゆく。
風になりたい。
風になれたら、きっとこんな事考えなくていいんだろうなぁ。
本当は口論なんてしたくなかった。
嫌われたくなかった。
でも、これはあたしが決めたこと。
後戻りはできないし、する気も無い。
後は、あの子次第なんだけどなぁ…。
ガチャ…
ドアの開く音。
やっぱり、来ちゃったか。
その勢いをあたしじゃなくてあの子に向けてくれたらどんなに嬉しいか……
あと、少し。あと少しなんだ。
だからあたしは――――
「……さやか」
屋上。
さやかはやっぱりここにいた。
どこか悲しそうな表情でフェンス越しに景色を見つめている。
「さやか」
多分気づいてるだろうけど、そっと近づき声をかけた。
また無視されるかと思ったけど、そんな事はなくすぐに顔を向けてくれた。
「授業サボってるのか。悪い奴だな」
「それは、はじめもでしょ」
「ま、そうだな」
一言目を言って、しまったと思ったけど特に何も言ってこなかった。
俺もさやかの隣に立って、周りを見てみる。
冬の寒空越しに、薄くまっすぐのびた白い雲がどことなく儚げだった。
「さやかが授業サボるの、初めてじゃないか」
「そうね……初めてかも」
「感想はいかがかね?」
「……複雑」
「ごもっともで」
…………
…………
いったん会話が途切れた。
風が耳を流れる、ボーと言った音だけが聞こえてくる。
いま、さやかは何を考えているんだろうか。
横顔越しに見る表情からは、悲しそうな感じにしか見えない。
「なぁ、さやか」
「……なに?」
「俺って、やっぱ鈍感?」
「うん」
「即答かよ…」
「じゃあ違う?」
「いや、違わないかも。自分のことなのに、ハッキリしないなぁ」
「ハッキリさせちゃえば?」
何か意味を込めたかのような、そんな口調だった。
そこにさっきの尚哉のセリフが頭に浮かぶ。
…………
そっか。そうだよな。
逃げてるばかりじゃ、だめだよな。
思い切って、言ってみるか。
いや、言おう。
「鈍感な俺でも、言うときは言うさ」
「え?」
「さやか」
「な、なに…?」
しっかりとさやかの顔を見据えて、小さく深呼吸をする。
さやかも、じっとこちらを見たままだ。
俺もさやかも、その一瞬一瞬、一挙一動に神経を注いでる。
ふざけてるときなんかじゃない。
遊んでるときなんかじゃない。
俺は、今目の前にいる相手に…………
気のせいだろうか。
音がまるで聞こえなくなった。
まさに本当の無音の世界。
その一瞬のような永遠のような壁を越えて、一つ、声を出した。
「俺、さやかの事、好きなんだ」
この一言が出るのを待っていたかのように、風が吹き抜けていった。
それを聴いた瞬間のさやかは、ハッと目を開いて、すぐに下を向いてしまった。
前髪が目を隠していて、どんな表情なのか見えない。
俺はついに言ってしまった。
自分で逃げていたことを。
もう逃げられない。
ううん。逃げるんじゃない。
まっすぐ受け止めるんだ。
受け止めて、自分の足で歩いていくために……
風がやんで、また静かな空間が広がった。
好きと言ってからどれくらいの時間が流れたか分からない。
1秒だったかもしれないし、1分だったかもしれない。
やがて、さやかがゆっくりと顔を上げた。
「…………やっぱり、こうなっちゃうんだね」
「…え?」
…………?
「はじめも、みんなと……一緒だったんだ」
「え?」
な、何か変だぞ?
「結局はじめも、そういう事だったのね……」
キラリと光ったものが、頬を伝って落ちてゆく。
一瞬だけまた下を向いたが、すぐに俺のほうを見た。
「っ…………」
その時見たさやかの表情は、あの時と一緒………
教室で言い争いをしてしまった時と同じだった。
ただ一つ違うのは、その両目から涙が溢れているという事…。
ガチャンという音がして、一人の女の子が立ち去っていった。
屋上に残されたのは俺だけ。
今はもう俺一人だ。
ふぅと一つ息を吐いて、フェンスに寄りかかる。
上を向けば、さっきと同じ空がある。
でも俺には違って見えた。
何ともかなしみに満ちた空。
虚空とでも言うんだろうか。
なにかがポッカリと開いたような、そんな空だった。
「はぁ……」
自然と溜息が漏れた。
さっき大きく息はいたばかりなのに。
今なら何度でも出そうだよ……
正直、こうなるとは思ってなかった。
いつもワイワイ騒いでるけど、それは遊びでしかない。
恋愛ごととなると話は別なのだ。
俺は……甘かったんだ。
どれくらい居たのか分からない。
ドアの方から音がするまで、意識がどこかに飛んでいた。
ガチャ…
音に勢いがない。ゆっくり開けたんだろう。
一瞬、さやかかと思ったけど、違った。
結んでいてもそれと分かる長い髪。
夕日を浴びてオレンジ掛かった黄色い髪の毛。
胸元で両手を合わせてこちらを見ているのは、他の誰でもないひかりだった。
「はじめ……」
「…よぉ」
小さく右手を上げて挨拶。
ひかりがゆっくりこちらへ歩いてきた。
「どう…したの? こんな所で」
「いや、何でもないさ。ちょっと夕日をと思って」
「授業サボっちゃ、ダメだよ」
「気分的にな……ひかりも聞いてただろ? 昼休みのこと」
「う、うん……」
「世の中、普段仲良くてもこういう事だってあるってのが良く分かったよ」
「そ、そうだね……」
なんだろう。
どこかひかりの様子が変だ。
そわそわしてるというか、落ち着きが無い。
誰も居ないのに周りを見回したり、しきりに呼吸を整えようとしている。
一体、何だって言うんだ?
「あの、はじめ……こんな時にごめんなさいなんだけどね……私のお話、聞いてくれる?」
「え、あっあぁ……なんだ」
「すぐに済むから、ね。……えっと……」
くるくる指を動かしながら、何かを言おうとしていた。
そのまましばらく、何も起こらなかったが、ひかりが小さくうなづくとこちらを見ていった。
「あなたの事、好きです。ずっとずっと昔から……」
この瞬間、歯車が大きく狂い始めた。
誰も予想しなかった方向へ。
自分がフラれた瞬間、まさか告白されるとは……
そんな出来事のおかげで、俺はひかりの後ろでドアが閉まる音に気がつかなかった。
後に分かるときが来るまで――――
〜 1.彼女の想い 〜
Next Back