彼女の想い 三

あたしが心に決めた事。
それはきっと最良の方法なのかもしれない。
きっと、きっと。誰も傷つかない。
だからあたしは――――

「さやか、帰ろうぜ〜」
「………………」
「え? あ、おいっさやか。さやか〜」

胸の奥がチクリと痛む感覚を、奥底にしまいこみながら…。


最近、さやかの様子が変だ。
なんか、あからさまに俺を避けているような……。
これが少し前までの俺に似てるな、何てことはあえて考えない事にする。
ちょっと前、お互い話しづらいって事があった。
それ以来だろうか。
週明けぐらいから避けられるようになった。
まさか、嫌われた?
いやいや、さやかに嫌われるような事をした覚えはないし。
だったらなんだって言うんだろう?
ちらちらこちらを見てることもあるんだけど、話し掛けようとすると途端に逃げられる。
ホントなんだっていうんだ?
俺が何かしたか?
少なくても先週は、あの夕方の出来事は……なんともなかったじゃないか。
今の状態はまるで嫌われたかのよう。
断言したっておかしくないくらい、綺麗に避けられている。
………………
あ〜いかんいかん。堂々巡りを始めそうだ。
頭で考えてばっかりじゃいい案が浮かばない。
ここは……そうだな。さやかに話し掛けてみよう。
もしかしたら、ただタイミングが悪かっただけかもしれないし。
そうだ。きっとそうだ。
またいつものように話せるさ。

「お〜い、さやか〜」

昼休み、何故かここまで延びてしまったけど俺はさやかに話し掛けた。

「……おい、さやかってば」

一度目は無視。そして二度目も……やっぱり無視。
ここから見るさやかの表情はどこか寂しげで、そして悲しそうだ。
でも、パッと見ただけじゃただムスッとしてるようにしか見えない。
これも長年付き合ってるからこそ分かる事だ。

「さやか〜」

呼びつづけること何度目か、はぁ…とため息をつくとさやかがこちらを向いた。
なんでそんなめんどくさそうな顔するかねぇ……。

「……なによ」

思ったとおり、さやかはめんどくさそうな声を出した。

「そんな嫌そうな顔するなよ。どうしたんだ最近、機嫌悪いのか?」
「まぁ……もしかしたら」
「いや、もしかしたらって…。自分の事だろ」
「少なくとも、はじめには関係ないわねぇ」

……なんか、その一言にムッときた。

「まぁ確かに関係ないかも知れないけどさぁ」
「じゃあ放っておいて」
「そこまで言わなくったっていいだろ。俺はさやかの事心配してるから声をかけたんだ。一体どうしたんだ最近? なんか元気ないぞ」
「だから、はじめには関係ないの」
「……そうか。わかった。俺には関係ないんだな。じゃあ何も聞かない」
「……そうして」
「でもな」

俺は声を強めていった。

「だからと言って、人に当たるのは止めろ。周りまで嫌な気分になる。迷惑になるだけだろ……?」
「迷惑……ですって?」
「あぁ迷惑だ。自分の事で他人に当たるのなんてな」

いつの間にか、ちょっとした口論に発展していた。
普段教室で喧嘩なんてした事のない俺とさやか。
当然ながらクラスの人たちも知らない。
だから、普段煙の立たない所から火が出たので、みなびっくりして見ている。
しかし、そんな事はお構いなしに俺たちの口論は進んでいく。
だんだんと、感情任せに……

「はじめには関係ないって言ってるでしょ!」
「だから、それがはた迷惑だって言ってんだろっ。 自分の事で人に当たるな!」
「それははじめが話し掛けてきたからじゃない」
「気になるだろ? いつも一緒にいる奴が機嫌悪かったら」
「そういう時は放っておけばいいのよ!」
「ンな事できるか! 友人が元気ないのに何も言わない友人があるかっての」
「じゃあ何? はじめはあたし以外でも誰か困ってる人いたら助けるの? 絶対に?」
「絶対とは限らないけど……」
「大体、それこそがはた迷惑って言うんじゃない? 人の気も知らないでずかずかと入り込んでくるなんて。そっちの方が嫌よ」
「なっ……!!」
「はじめには分からないでしょうね。こんなに鈍感なんだもの。人の心なんか……あの子の心なんか……」
「は? あの子? 気持ち? 一体何のことだよ」
「ほら見なさい。やっぱり鈍感じゃない」
「だから、何のことだっていったんだよ!」
「……自分で考えなさい」
「なんだそりゃ? 自分で言っといてそれかよ。おまえこそ人の気なんか知りもしないだろうよ」
「分からないわよ! 自分の事で……精一杯なんだから。はじめの事なんて……はじめだって人の事……バカぁ!!」

ダンッと机を叩いて立ち上がると、最後にそう残して教室をでていくさやか。
シーンとなった教室、俺一点に集中する視線。
くそっ! 何だか俺まで嫌な気分になってきた。
こうなったら後の授業全部サボってやれ。知るもんか。
机の脇にかけておいた鞄を掴むと、さっさと教室を後にしようと廊下へ向かう。
そしてちょうど廊下を出た時に……

「いやいや、盛大な喧嘩だこと」

廊下側の壁にもたれかかるようにしてこっちを見ている尚哉がいた。

「な、なんだよ……」
「んにゃ別に。ただ、今のはよろしくないと思ってな」
「聞いてたのか……さっきの」
「まぁな〜。とと、ここで話してると聞かれそうだ。その格好見ると、もう帰るんだろ横一」
「あぁ……」
「なら、俺も帰るかな。ちょっと待っててくれや〜」

そう言うと、自分も教室に入って鞄を取ると再びこっちにきた。
おいおい、尚哉まで帰るのか?

「さ、帰ろうぜ〜」

よく分からないけど、何故か尚哉までサボる事になった。


「って言うかさ。何で俺に着いてきたんだ?」
「んあ?」

近くの売店で買った“イカ飯フライ”なる代物をかじりながら、何やら間抜けな声を出す尚哉。
……な〜んか気分がそれるな。

「こう言うときって、一人にさせるものじゃないか?」
「んー……んぐ。はぁ。あ〜これあんま美味くないな。やっぱイカ飯はフライにするもんじゃねぇな」
「……人の話し聞けっつの」
「まぁまぁ、落ち着けって横一。あんま焦るといい事ないぞ」
「なんか、今日の尚哉がヘンに見える」
「そうか? 俺はいつだって正常だ!」
「胸張って言うなよ……」
「さて、と。一体なんで喧嘩なんてしたんだ? お前達らしくないぞ」
「いや、俺が悪いんじゃないって。さやかが……」

事のいきさつを話した。
尚哉も少しは聞こえていたみたいで、うんうんと何度か頷いている。
……気にしてなかったけど、よっぽど大きな声で言い合ってたんだな。俺とさやか。
今になって少しだけ恥かしくなった。

「確かに最近のさやかは機嫌が悪いな。それも相手はどうも横一限定みたいだ」
「えっ……俺?」

どこかで予想してた答えかもしれないけど、やっぱり驚く。

「あぁ、現に俺が話した時は特に何ともなかったぞ。そりゃ、ちょっとはムスッとしてたけど」
「俺……が原因なのか? 何もした覚えないぞ。って言うかやってない」
「ホントか〜? 意外と何気ない一言で怒ったかもしれないぞ」
「本当に何もないって。そりゃ、最近話が続かないな、なんて事はあったけど最後は普通に話せてたし……」
「なんで話が続かなくなったんだ?」
「え、何でって言われても……」
「横一、隠し事は相談に禁物だぞ」

……いつの間にこれは相談になっていたのか。

「……しちゃうんだよ」
「え?」
「しちゃうんだよ。意識を。今までなんも感じなかったのに、いざ話すとなると、顔まともに見ちゃうと……な。少なくても俺はそうだった」
「ふ〜ん、意識ねぇ。横一、おまえさやかのこと好きか?」

………………え?

「な、えっ!?」
「だから、好きか? さやかの事」
「だって……えぇ!? なっな、尚哉?」
「なんだよ。そんなに慌てちゃって。さっきまでの横一はどうした?」
「いや、だって……」
「好きなのか? 好きじゃないのか?」

他の選択肢を認めないかのような口調だった。

「…………好き、だよ」
「だったら、お前がさやかと一緒になって怒ってどおするよ。さやかも横一も、気分が悪くなってかえってマイナスだろ」
「ま、まぁ……」
「ここはもう一回話してみたらどうだ? 今度は怒るんじゃなくて、しっかりとな」
「……わかった」
「ふぅ、鈍感横一もやっと一歩前進かなぁ」
「鈍感ってなぁ。一体俺のどこがどんか―――」

急に、頭にさっきのさやかとのやりとりが浮かんできた。

『はじめには分からないでしょうね。こんなに鈍感なんだもの。人の心なんか……あの子の心なんか……』
『分からないわよ! 自分の事で……精一杯なんだから。はじめの事なんて……はじめだって人の事……バカぁ!!』

……ま、まさか、な。

「ん、どうした横一。急に顔青ざめて」
「……尚哉」
「あい?」
「俺、いくわ!」
「えっ? あぁ、おいちょと!」

くるりときびすを返して再び学校へ戻っていく。
さやかは……たぶん俺と一緒で今の時間は授業に出てないだろう。
確信は無かったけど、そんな気がした。
ならば何処にいるか?
授業サボるんだったら定番のあそこしか――――


ガチャ…
屋上へ抜ける重いドアを前方へ押し広げると、冬の青空とともに視界が広がった。
その一点に、俺の探す人物……やはりさやかはいた。
落下防止フェンスに片手をかけて、どこか寂しそうな感じで外を見ている。
長い髪が風邪に遊ばれているのも気にしないで。
ドアを開けた音で気がついてるとは思うけど、一応静かにさやかの下へ歩み寄る。
そして一言、声をかけた。

「……さやか」




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