「ごめんごめん…よかったら名前を教えてくれないか?」 再び、こくこくっと頷くと、急いで紙に書いて俺に渡す。 『中山沙夜』 これが、俺と沙夜との出会いだった。 ―「Marine☆Dream」番外編 2話― 騒ぎが一通り収まった時には、空は藍色に変わっていた。 一面に広がる星の光を見るだけで、この大地の空気がいかに澄んでいるかを物語っている。 (綺麗だなぁ…。夜行列車に乗りながら見たい景色だぜ…。) などと思いながら、沙夜を家まで送る。 当の本人は『尚哉さんに送ってもらえる〜』とかで喜びをジェスチャーで表現していた。 それを見て笑うたびに拗ねるもんだから、一緒に居ても飽きない。 「そういえば…チェックインまだだったっけなぁ…。」 そう呟くと、横にいる沙夜が驚きの表情を見せる。 『私の家に泊まってくれるんじゃないんですか!?』 沙夜は、自分の家に泊まるものだと思い込んでいたらしい。 「俺は一言も言ってないぞ…。」 涙目になって、すこし上目に俺の事をみる沙夜。 「そんな目で見るなって…女の家に泊まる事なんかできないだろ?」 横一のところでは一応女子も寝ているけど、ここではそういう訳にはいかない。 『私一人ですから、大丈夫ですよ。』 (いやだからそれが駄目だって言ってるのに…って、もっとまずいんじゃないのか!?) 沙夜は、心許ない外灯の光を頼りにして、紙に文章を書いているのに関わらず、速くて字が綺麗だ。 『光がなくても、紙があれば文字は書けますから』とさっき言っていたのを思い出す。 ―くいくいっ 後ろから、着ているシャツを掴まれる。 沙夜は俺の後ろで立ち止まっていて『承諾するまで動かないから…』と紙を見せる。 「わかったよ。じゃあちょっと待ってて。」 俺がそう言うと、さっきまで涙目だったのに輝かんばかりの笑顔を見せて、ガッツポーズまで取っている。 …もしかして、涙は演技だったのか? 真実は彼女のみ知っている…。 電話ボックスに入って、ホテルに電話をかける。 予約の取り消しを伝えなければいけないからだ。 「…はい、都合悪くなっちゃって…すみません。」 断わって、電話を切る。 ようするに、俺が何もしなければいいわけで…何もするつもりもないけど。 「じゃあ、行こうか。」 家に着くまで、嬉しそうな表情を沙夜が崩す事はなかった。 『到着! 我が家へようこそ!!』 紙いっぱいいっぱいに書き込み、感情を表現する沙夜。 「それじゃあ、お邪魔します。」 精一杯普通を装ったが、これでもかなり緊張している。 何故か、女の人の部屋に入るときはいつもこうなってしまう。 さやかの部屋に遊びに行ったときも気付かれて笑われたっけ…。 『じゃあ、お風呂沸かしますから。』 沙夜は、浴室へと向かう。 「今日は疲れたなぁ…。」 さっきまで忘れていた眠気が俺を襲うが、変な緊張感によってそれが中和される。 (落ちつかない…) 前、さやかの部屋に入ったときはそこまで緊張はしなかった。 和風な感じの部屋かと思いきや、案外普通の部屋で驚いたが。 沙夜の部屋はまさに女の子の部屋といった感じで、ぬいぐるみなどもかなり多く、部屋全体が明るい感じだ。 『どうしたんですか?』 浴室から出てきた沙夜が、首をかしげながら聞いてくる。 「ああ、女の子っぽい部屋だなーと思って。」 俺がそう言うと沙夜は照れたのか、俯いてしまった。 お互いに何も言えなくなって、会話が途切れる。 『ご飯作りますね。…簡単なものしか作れませんけど。』 「作ってくれるんだ〜!! サンキュー♪」 まだ恥ずかしいのか、沙夜は早足でキッチンへ入る。 (ういういしい反応だな…さやかには無いな。) まあ、さやかがあんな感じだったら逆に怖いけど。 あいつはあの性格じゃないとこっちが気が狂ってしまう。 ―とんとんとんとんっ 台所から規則正しく刻む音が聞こえてくる。 (何作ってるのかな…? でも邪魔すると悪いか。) 来てからのお楽しみとすることにした。 ―コッ 「っ、なんだ?」 頭に何かが当たった。 落ちたものを見てみると『できたから、持っていくのを手伝ってください〜』と書かれている。 「了解〜」 沙夜がいる台所へ向かう。 すでにおいしそうな匂いがしていて、いち早く食べたい衝動に駆られた。 「これを持っていけばいい?」 ―こくっ 言葉が無くても、俺と沙夜は会話をしている。 はたから見れば俺だけが喋っているようにも見れるのだが。 「しっかし美味そうだな〜!」 茜や梢の料理の腕もなかなかのものだと思ってはいるが…。 見た目でもかなり楽しめる料理だ。 『料理は得意なんですよ〜☆』 本当に自身満々で胸を反らせる沙夜。 表情と感情が豊かで、沙夜の反応を見ていると、普通に言葉で喋るよりも楽しくてしょうがない。 「いただきます〜♪」 既に箸を握って臨戦体勢に入っていたため、言った直後に料理に襲い掛かる。 「う、美味い! 沙夜、すごい美味いよこれ!」 ただ笑って、俺の様子を見ている沙夜。 当の俺は料理を口に入れたあとに10回噛んでから、飲み込む。 『律儀なんですね〜尚哉さんは。』 「うちの妹たちがうるさいんだ、そういうのに。」 一日30品目とか、最低10回噛めとか。 茜と梢がそこを徹底させている。 『でも、それはいい事ですよ。』 「へぇ…意識してないけどなぁ。」 何故か、沙夜の前だと、今まで気がつかなかったことに気付かされる。 「俺さ、明日廃線になる電車を見にいくんだ。」 そう言うと、少し意外そうな顔をする沙夜。 『電車…好きなんですか?』 「好きすぎて、みんなからマニアマニア言われてるけどな〜。」 そこから、無意識のうちに鉄道の話をずっと語ってしまった。 その間、沙夜は真剣に聞いていてくれた。 『詳しいんですね〜…。』 「ごめんな…退屈だった?」 俺が済まなそうに聞くと、沙夜は、 『そんな事ないです…素敵なお話でした。』 と、目を輝かせながら、もっと聞かせて欲しいという。 初めてだった。 鉄道の話を、仲間以外へまともに話したのは。 それを、素敵と言ってくれたのは。 『私も鉄道は好きですから…特に、蒸気機関車なんかは。』 「かっこいいよなぁ…あの煙を吐きながら走る姿は最高だよ〜!!」 俺が風呂に入り、就寝の準備をしてから、2人で眠くなるまでずっと話しつづけた。 もちろん俺は予備の布団を貸してもらって下で寝ているけど。 こんなに楽しく過ごす時間は久しぶりだ。 中学時代、横一と遊んだときの楽しさに匹敵するくらいに。 そんな心地よさの中で、俺は眠りについた……。 2話 完 第3話へ…