「ただいま。」
どすん、と沙夜の荷物を下ろす。
何故かその動作に反応した沙夜が、おろおろとうろたえている。
「どしたの?」
『今まで、バッグずっと持ってたの…?』
「ああ、空港からずっと。」
『ごめんっ! 本当にごめんっ!』
特に意識してなかったらしく、玄関先でひたすら俺にお礼を言ってくる沙夜。
「いいっていいって。こんな重いもん持たせられっかよ。」
とたんに涙目になるが、その涙は流す事なく腕で拭われる。
「お帰りー♪」
茜がさっそくやってくる。
「あ、えっと……中山沙夜さん?」
突然茜に名前を呼ばれ、驚く沙夜。
スケッチブックには書かずに、頷くことで肯定を示す。
「そうかぁ……ふぅん。」
茜は俺をちらりと見ると、朝と同じ、上機嫌な笑顔を見せる。
「居間に上がってもらって、みんなで話そうよ。」
そう言って、茜は奥の居間に消えていく。
「あれ、俺の妹。後で全員紹介するよ。」
そう言って、沙夜を居間に入るように促した。
穂刈くん番外編AGAIN 終章
「えっと、中山沙夜さん。話したと思うが、北海道で知り合ったんだ。」
俺の横で、沙夜がお辞儀をする。
お見合いでもしているかのような堅苦しさの中、紹介が行われていく。
そして俺が妹弟を紹介し終わった後に長い沈黙が流れた。
その中でも、茜だけは何故か上機嫌だった……。
「じゃあ、尚哉は夕飯の買い物に行ってきてね。」
茜が急に沈黙を破る。
俺だけを買い物に行かせるということは、つまり……沙夜と話がしたいとでも思っているのだろうか。
「……何買ってくればいいんだ?」
そう、茜の視線で読み取った俺は、従う事にする。
“女同士”の話でもするのだろう。梢も交えて。
「んー、ちょっと待ってね。」
茜は立ち上がると、台所に行き、冷蔵庫を開け、自分が作ろうとしているものに何が足りないかをメモ用紙に書いていく。
「これだけ買って来て。」
びっしりと書き込まれたメモを受け取る。
「お、お前何作る気だよ……。」
「いいの! 早く買って来て!」
「姉ちゃん、俺も行くの!?」
真が非難の声を上げるが、その抵抗は無駄に終わった。
半ば強引に真と共に玄関から外へ追い出され、結局、真と一緒に買い物、という事になった。
「ほら行くぞー真。」
「なーんか納得いかねえなぁ。」
愚痴を言いながらついて来る真と俺は、駅前のスーパーに向かって歩き始めた。
「初めてなんです、尚哉が女の人をまともに連れてくるのは。」
沙夜は、居間で茜の話を聞いていた。
横の梢も、相槌を打ちながら茜の話を聞いている。
「私もさ、ほら、一応妹だし。なんとなくっていうか、尚哉の雰囲気で分かっちゃうんだけど…。」
沙夜は、ひたすら茜の言葉に耳を傾ける。
「私が知りたいのは、沙夜さんの気持ち。」
茜が喋らないと、とたんに静かになる穂刈家の居間。
「尚哉のこと、どう思ってるか、教えていただけませんか……?」
沙夜は、スケッチブックに手を伸ばし、ペンで、自分の気持ちを伝える為に書き込んでいく。
『あなたの兄である、尚哉さんが心配ですか?』
「……。」
茜は小さく頷く。
そして再び、居間を沈黙が支配する。
その中で沙夜はまた、スケッチブックに書き込んでいく。
『本気でなければ、尚哉さんに会いたいとは思わないです……。』
それを見せた後、沙夜は顔が熱くなっていくのが分かった。
「…………よかったぁ。」
安堵の溜め息とともに、ほっとした茜の顔が浮かぶ。
「ね、沙夜さん料理上手なんでしょ〜? 一緒に作ろうよ!」
梢が立ち上がり、沙夜を誘う。
満面の笑みで、沙夜はその申し出を引き受けた。
「お、重いよ兄ちゃん…。」
「お前二つだからまだいいだろっ! 俺袋四つだぞ、四つ!」
茜は何を作るつもりなのか。
俺たちのどちらかが力尽きそうなほど重い荷物を持っている。
「もう少しだから、頑張れ真……。」
「重い…。」
二人は荷物を引きずりそうになりながらも、何とか家に着いた。
すでに、空は青く染まりかけている。
「つ、ついた…。」
どかどかっ、と六つの袋が玄関に置かれる。
「お帰り♪ 待ってたよー。」
茜と梢が玄関まで迎えに来る。
茜はさっきよりもさらに上機嫌になってるし、おとなしいはずの梢も満面の笑み。
「ど、どうしたんだよ姉ちゃんたち…。」
「ご飯、出来てるから早く食べよー♪」
「「ええっ! 出来てるの!?」」
見事なまでに兄弟の声が揃う。
真も、俺も、今日も夕飯の為の買い物だと思い込んでいたからだ。
「じゃあ、俺らが買ってきたものは?」
「一週間分の買出しよぉ、何言ってるの?」
「そんなぁ……。」
どっと疲れが出た瞬間である。
「ほーら、早く食べようよ。」
「沙夜さんにも手伝ってもらったんだ。」
「お前客に何させてんだよ……。」
廊下を歩きながら、茜と会話する。
「ねー沙夜さーん♪」
台所に入ると、沙夜がちょうどエプロンを取ろうとしているところだった。
沙夜は俺の方を向くと、ちろっ、と舌を少し出して、笑った。
「はぁ…まあいいけどな、これ運べばいいのか?」
「うん、よろしく。」
その後、穂刈家に沙夜を加えた、いつもより一人多い夕食を取った。
既に沙夜は妹たちと打ち解けたのか、話を聞いては笑顔を見せている。
そんな、和やかな夕食を終えて、俺は外に出た。
茜と、沙夜だけにそれを伝えて。
――尚哉、ちょっと。
「んー? 洗いもんか?」
夕食後、台所にいた茜に呼ばれる。
――尚哉が、恋人じゃないんだって必死に言ってた事、なんとなく分かった気がするんだ。
「なんだよいきなり…。」
台所では話が隣の部屋に丸聞こえなので、茜は意識的に声を俺だけに聞こえるように声のトーンを落とす。
――でも、それだとお互いに辛くない?
「知るか、そんな事……俺、外行ってくるわ。」
――尚哉…!
「馬鹿、大きな声出すなって。外行ったって沙夜にも言っとけ。」
――あ……そういうこと。
「お前に指摘されるほど、恋愛は疎くないの、俺は。」
風が気持ちいい。
どうやら、夏もそろそろ終わりに近づいているみたいだ。
夜も鳴いていた蝉の声も、小さくなった気がする。
「やっと来たか。」
家の塀に寄りかかって待っていると、沙夜がやってきた。
『いきなり居なくなってるんだもん、びっくりした。』
「ま、少し散歩しようぜ。」
ゆっくりと、歩き出す。
なるべく沙夜の歩幅に合わせるようにして。
――ぎゅっ。
沙夜の右手が、俺の左手に合わさって、交わる。
(こんなところを横一たちに見られたら、終わるな。)
はたから見れば完全に恋人同士だろう。
でも、俺は、沙夜と、そんな関係になったつもりは無いんだ――――。
「ここでいいかな。」
二人で話すには持ってこいの場所、公園。
入って、少し行ったところにあるベンチに腰を下ろす。
「……。」
『……。』
今日はなんて、沈黙が多い日なんだろうか。
自分でもそう思いながらも、何から話していいのかが分からない。
すると、沙夜は俺の反対の方向に体を向けて、持ってきたスケッチブックに書き込み始めた。
動いていた手が止まり、少しの間を置いてから、それを俺に見せてくれた。
『私、尚哉さんのことが好き。』
「……。」
『尚哉さんは、私のことをどう思ってますか?』
見せた後、やっぱり恥ずかしさが勝ったのか、俯いてしまう沙夜。
「……一回しか言わないからな。」
少し間を置いてから、俺は口を開いた。
自分がまとめた、沙夜に対する気持ちを伝えるために。
「実は俺もな、沙夜のこと、好きなんだ。」
公園の心許ない灯りの下でもはっきりと分かるほど、沙夜は信じられないといったような表情を浮かべている。
「好きじゃなきゃ、一年も文通なんかしてないし、こうやって会わないし……。」
自分の気持ちを言うことが、こんなにも大変な事だと俺は思ってもいなかったため、あくまでゆっくりと話を進める。
「でも、今、“恋人”っていう枠に収まりたくないんだ、沙夜と。」
夜の風が、公園を吹き抜ける。
「本気になるには、遠くすぎるんだ……。」
よく、恋愛に距離は関係ないと言われるが、それは嘘だ。
絶対に相手に焦がれ、相手を欲するだろう。
「それにまだ、やりたいこともいっぱいあるしな。」
『……。』
沙夜が俯く。
「俺が、沙夜のことだけを考えられるときが来るまで……待っててくれないか?」
俯いたままで、ペンを動かす。
『それは、いつになるの? 私は待っててもいいの? 信じてもいいの?」
俺はベンチから立ち上がって、少し歩く。
沙夜も慌てて立ち、俺の後を追う。
「……高校卒業。」
ゆっくりと振り返って、沙夜と向かい合う。
「俺は、沙夜以外に好きにならないという自信がある。」
沙夜と俺の目が合って、見つめあうかたちになる。
「うーん……こういう場合はどうすれば信じてもらえるんだろうな。」
数歩、沙夜に近寄る。
沙夜の瞳が、何かを訴えるように俺に投げかけられる。
それに動かされるように、俺は肩に両手を置いて………
心許ない公園の灯りが作り出した二人の影が、一つに重なった――――
『私……信じてますから――――』
俺はその時、聞こえるはずのない沙夜の声を、聞いたような気がした……。
次の日、沙夜は空港へ朝一番で向かい、自分の家のある北海道へ帰っていった。
その後穂刈家の面々や、いつものメンバーもしだいにその話題をしなくなっていき、
一通の手紙が呼んだ穂刈家の騒動は、これをもって幕を完全に閉じる事となる。
果たして、高校卒業後に尚哉は迎えに行くのか。
それはまた、別の物語である…………。
穂刈くん番外編AGAIN 完
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