・はじめの歩むべき未来(みち) #1


―― 思えば、あの時の出来事からだった ――

今でも理由を聞かれる時がある。
“なぜ急に世界を目指そうとしたのか?”と。
それまで全く意識すらせず、興味もコレといって湧いてこなかった世界大会への挑戦。
これまで学生大会で優勝した時何度も尋ねられた“プロへは?”の質問に『ノー』としか答えてなかったんだから、そりゃあ急に目指すなんて出たら誰だって驚くよな。
今思えば、あの時の俺は国内の……しかも学生のレベルで満足しようとしてたのかもしれない。
考えの転換が起こったのは紛れもなくあの時。
ひかりが俺の傍を離れてしまう時だろう。
俺も彼女も、泣いて、抱きしめ合って、キスをして……
それでも、別れはどうにもならなくて。でも本当は離れたくなくて。
今の俺を作るきっかけは、少ない脳みそを極限まで絞り上げて導き出した、いわば究極の選択。
答えはそう、テニスで世界に誇れるくらい強くなって、自分からひかりをむかえに行こう……なんて。
待ってるのがイヤだから自分からって言うのがミエミエな発想だよなあ。
でも、それがあるから俺がいる。
現に今日、苦難万難を排除してついに手に入れた本当の幸せが目の前に。
今日を迎えるために、本当にいろんなものを犠牲にしてきた。
余るようにあった自分の時間。最後の高校生活。そして、友との時間も。
この全てを犠牲にして初めて下準備が整うくらい、世界の壁って言うのは大きかった。
日本の学生レベルの戦いが将兵の豆鉄砲なら、世界のレベルは大和級の、いや、超大和級主砲くらいの差がある。
かつての自分と対戦する機会があるとするならば、恐らくは瞬殺できる……かもしれない。

本当に、今日までの道のりは永かったな。
変化をつけるには丁度いいときかも。
ひかりに話した時はすごく驚いてたけど、結果的にちゃんと納得もしてくれたし。
せっかくだからこの場で明かしてしまおうか。
みんながあっと驚くような、それこそ最高のサプライズってやつだ。
……本当に最高かどうかはこの際置いとくとして。
ちらりと腕時計に目を通すと、時間も頃合をむかえていた。
そろそろ、かな。
まるでタイミングを見計らったかのように、丁度よくドアが開かれた。
その向こうには、長年待ちわびた人がいる。
もう離さない。今度こそ、絶対に…。
俯いてるのか、それとも長い髪の毛が表情を見えなくさせているのか。
にこりと笑いかけると、席を立ってゆっくりと歩み寄る。
一歩進むごとに浮かんでくるのはこれまでの思い出。
俺やひかり、それにもちろんさやかや尚哉との思いでも。
よく見たら、ドアの影にはあの二人もいるじゃあないか。
ったく、主役よりも先に見るなよな。
そして目の前に立った所で、彼女がそっと顔を上げた。
いつもと変わらない。だけど格別に輝いた笑顔がそこにあった――――



それは新学期も始まってまだ間もないある日のこと。
クラスの雰囲気にも慣れてきて、皆の会話の中にも受験とか進学とかがちらほらと増え始めてる。
はじめたち三人も当然ながら例外じゃなかったが……。

「ごめん、今日は一緒に帰れないや」

はじめが済まなそうに言った。

「今日はって……。今日も、の間違いじゃないの」
「いや、まぁそうとも言うんだけど」
「最近のはじめって、放課後急いでどこかに行ってるみたいだけど、何かしてるの?」
「まさかこっそり図書室とかで勉強か横一。抜け駆けは感心しないぞ」
「そんなんじゃないって。勉強とか、全然……そ、そういう訳だから、ごめんな!」

机に掛けた鞄を手に取ると、あっという間に教室をあとにするはじめ。
さやかと尚哉が今日も取り残される形になったのだった。

「……行っちゃった」
「あいつ何やってんだろな?」
「尚哉、何か知らないの」
「んにゃ。こればっかりはなにもないな。だから俺も困ってる」
「そう……。ほんと、どうしちゃったのかしら」

さやかが呟くとおり、最近はじめの行動が不可解だ。
何かをやってるのは確かだと思うのだが、その“何か”が分からない。
今分かってるコトと言えば、その何かともう一つ。

「春休みまでは、何ともなかったのにね」

さやかの言うとおり、彼はついこの間まで何の変化もなかった。
ひかりと言う存在を失ってしまって早三ヶ月が経とうとしている。
当時は悲しそうな顔を見せるときもあったが、今ではそんな事も少なくなっていた。
手紙もやり取りしてるみたいだし、とりあえずは一安心……そんな時だった。
やはり彼女の存在が大きく関係しているのだろうか。

「まぁ、あいつもあいつなりに忙しいんだろ。ちょっとすれば元に戻るさ」
「……そうかなあ」

帰ろうぜ、と言う尚哉に返事をすると、一足遅れて教室をあとにするさやか。

果たして……さやかの思ったとおり、次の日も、三日後も、そして一週間経ってもはじめの様子に変化は現れなかった。
朝は一緒に登校するものの、帰りは別々。何処にいるのかも分からない。
いい加減はじめの口から何をやってるのか聞きたい。そう思っていた時の事だった。

「さやか、尚哉」
「ん、どしたのはじめ」
「なんかあったか?」

放課後、いつものようにさぁ帰ろうとした時のことだ。
二人がはじめによって呼び止められたのは。
いつもなら挨拶もそこそこに教室をあとにする彼がそこにいた。
みれば、彼の顔は普段になく真剣そのもの。
これはきっと何かある……そこは長年付き合ってきた間柄。二人は瞬時に読み取ったらしい。
小さく頷くと、三人連れ立って教室を後にするのだった。
それから家に――はじめの住む家に着くまでの間、一言も会話は交わされていない。
これはきっと何かある……しかも、それは恐らく自分達が知りたい事だ。
予想から確信へ。家に近づくにつれてそれははっきりとしてきた。
やがてドアの前にたどり着く。
そう言えば、ここ最近は中に入ってなかったっけ。
休みの日に尋ねても、彼は不在のまま。
ほんの少しの間だけなのに、妙に懐かしく感じられるのであった。

「悪い、ちょっとだけ席外すわ」

家に入って早々に、はじめだけが再び家を後にする。
確信を得たはずなのに、ここに来て急に疑問へ逆戻り。
一体、何をしに家を出たんだろう。自分達に話があったんじゃあないんだろうか。
さやかも尚哉も、顔を合わせて首をかしげる。
しょうがないから座って待とうとした時だ。

「ごめん、お待たせ」

ものの数分ではじめは戻ってきた。
さっきからの彼の行動、全くもって謎のまま。
とにかく――三人が揃ってここに集まったわけだ。
さやかが台所からお茶セット一式を持ってくる。これも普段から言えば当たり前のこと。
まずは一息、といった感じにお茶の時間となった。

「あー、さやかのお茶飲むの久しぶりだな」
「そりゃそうでしょ。はじめったら放課後いつも一人でどこかに行くんだから」
「すまん。いろいろあってさ」
「……話してくれるんでしょ?」
「あぁ。いつまでも隠し通すつもりもないし、何より言っておかなきゃならないから。さやかと尚哉には」

いよいよ、はじめの口から語られる。しかもそれは思った以上に重たい話の予感がする。
思わず身構える二人。それを見て、はじめがふっと表情を崩した。

「そんな硬くならないでくれよ。今すぐ話すわけじゃないんだし。そうだな、一時間くらいは先かなぁ」
「なんだ、時間が決まってるのか?」
「そう言う訳じゃないけど、まぁいろいろあって。だからそれまでは普通に話でも、ね?」

どうも、ハッキリとしない。しかしはじめの様子を見る限りでは逃げてるわけじゃなさそうだ。
それだったら、あの夏の一件と秋の一件の方が遥かに“逃げ”に逃げていた。
せめてお茶の間くらいは……と言うことで、久しぶりに三人そろってのんびりとした時間を過ごすのであった。

「はじめって放課後いろいろやってるみたいだけど、それって受験に関係あるの?」
「ん、まぁね。関係あるといえばあるかも」
「勉強?」
「ある意味勉強だけど、今はまだその準備段階かな」
「……聞けば聞くほど解らないわね。困ったものだわ」

はぁとため息をついて、お茶をすするさやか。
次に尚哉が質問を飛ばした。

「大体だな横一。それって俺達に隠してまでやるような事なのか? 今までそんな事なかったのに」
「それに関しては本当にすまないと思ってる。本当なら、二人に対して隠すような事でなくてむしろすぐに言わなきゃいけないんだけど。自分の見極めと言うか覚悟というか。そんなのを決めてたんだ」
「見極め……? 覚悟……?」
「うん。だから、この後話すことはもう覚悟を決めたからこそ言うのであって、今後考えを変える気はないって釘を刺す意味も含まれてる」
「全てはもう決まったこと。そう、言いたいんだな?」
「……うん。いろいろ振り回して申し訳ない」
「なぁに気にするなって。ただ、もし本当に大した事ない内容だったらタダじゃ済まないからな」
「そうね。“タダ”じゃ済まさないわねー」

どうやらはじめの話す内容如何によっては大変なことになるらしい。

「はは……こりゃ責任重大だなぁ」
「おう。だからちゃんと一寸も漏れなく俺達に報告するんだぞ」

そして三人は久しぶりに笑った。
気分がいくらか和んできた、そんな時――

ピンポーン

「……来たかな」
「え、誰か呼んだの?」
「うん。話す時が来たみたい」

ついにやってきた。その瞬間が。
この後、はじめは何を話すのか。そして二人がどう受け止めるのか。
運命のときは、もうすぐそこまで来ていた。

……つづく。


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