・一月七日
―― あたしは、あの時のことを忘れない ――
――あれから、一体どれだけの月日が流れただろう。
覚えてるはずなのに、ついつい思い出すような仕草をしてしまう。
それだけ、時間が流れたって言うことなのかな。
遠く過ぎ去ったあの頃の、あの日あの時へ想いを馳せる。
高校を卒業して、離れた大学に進学して、あっという間の四年間を過ごして……。
長かったような、でもあっという間で楽しかった学生生活も卒業と同時に終わりをむかえ、あたしは地元に戻って家業を継いだ。
もともとそのつもりだったし、自分自身極めたいものがあったから。
心のどこかで、負けたくないっていうのがあったのかな……あの子に。
彼女と初めて会ったのはそう、季節は春。新学期・新学年と共に転校してきた。
あたしの親友で、あたしにとって当時のライバル。
一人の男の子を巡って……とは言っても、争ったりはしてないけどね。
あの頃が一番青春してたな! って感じがする。これはきっと間違いじゃない。
いっぱい笑って、いっぱい楽しんでそして……いっぱい二人で話をして。
そんな彼女とこれからも過ごしていくのかなと思ってたけれど、季節が一周する前に遠くへ引っ越していってしまった。
同じ時間を過ごしたのはわずか一年弱だけど、その一日一日が忘れられない思い出。
全部が全部良い思い出だったわけではないけれど、それでも胸を張って大切なモノだと言える。
三人から四人へ。そして四人からまた三人に戻って、三度目の春がやって来て、学年が一つ上がっても大きく何かが変わるわけじゃなかった。
大きくは変わってないけど、小さくなら……ううん。もしかしたら、実はとても大きなことだったのかもしれない。
今になってそう思えるのは、まだ当時のあたしが幼かったからなのか、はたまた時間が考えを変えたのか。
うん。今改めて思い返してみると、やっぱり大きな出来事だ。
あたし達ではなく、彼にとってはね。
彼女がいなくなって以来、彼と彼を取り巻く環境が変わったんだ。今まで一緒にいるのが当たり前だったのに、それに変化が現れた。
思えば、これはきっと……あの日から始まっていたのかもしれない。
ひゅうぅと、柔らかな風があたしの頬を撫でていく。
なびく髪の毛を押さえながらふと歩みを止めて上を見上げると、そこには眩しく輝く太陽と青く広い空がある。
いつ見ても、空は同じものだ。
向こうは変わらないのに、あたしは随分変わってしまったかもしれない。
時の流れって、あっと言う間だもの。
視線を前に戻して、止まっていた足を動かす。
目指す目的地はもうすぐそこ。
忘れもしないし、間違えたりもしない。
あたしが三年間を過ごした場所……ちょっと古くなってきてるけど、その姿は変わらない。
今日、ここでとてもすばらしい行事が行われる。
それは何年ぶりかの再会であり、すっかり綺麗になった彼女と、すっかり住む世界が変わってしまった彼とまた笑いあうことが出来る瞬間。
あの頃はまだ何も知らないただの学生だったのにね……。
思わず蘇る記憶。あれは、そう――――
辺りは甲高い金属音で支配されていた。
時より一段とけたたましくなって、吹き荒れる風が髪や洋服を暴れさせる。
静かになったと思ったらまたすぐにうるさくなる。その繰り返し。
この場所……空港なんてそんなものだ。
「ねぇ、どれがひかりの乗ってる飛行機なんだろうね」
「んあ? 確か……アレじゃないか、アレ。そう言ってた気がする」
「もう行っちゃうじゃない」
「教えてもらった時間と同じだ。いよいよだな」
「………………」
響き渡る轟音と共に、銀翼の巨鳥は空へと羽ばたきはじめる。
最初はゆっくりと重々しく、だけど力強く羽ばたくそれは勢いを増して首を空へ向け、そのまま身体全体使って地面を蹴った。
ふわりと浮き上がった巨鳥が、あっという間に空高く舞い、その姿を小さくしていく。
誰もが全ての動作を止め、思わず見入ってしまうだろうその仕草に、三人も釘付けられたかのように一点を……飛び去っていった空を見つめていた。
「いっちゃったね」
「ああ……」
「また会えるかな」
「当たり前だろ。いざとなったら俺達の方から会いに行けばいいじゃん」
「そんなお金は無いわよ」
「まぁ、俺もだけど」
「………………」
こんな時でも、いつもと変わらないやり取りをするさやかと尚哉の隣で一人、未だにじっと飛び去った先を見続ける少年。
彼――横浜一にとって、彼女――千堂ひかりは特別な存在だった。
幾多の境遇を乗り越えて、見事結ばれた二人。そこには幸せな未来があるはずだった。
……なのに。神様が気まぐれなのか、それともまだ試練を与えるつもりだったのかは判らない。
とにかく、二人はまた離れ離れになってしまった。それも今度は更に遠く……山を隔て、海を隔て、国を隔て……。
二人が恋人として結ばれ、共に時間を過ごせたのは僅か十日と少々。
それはあまりに短い時間。あまりに辛い現実。
彼が一言も言葉を発さないのは、そんな思いがあるからかもしれない。
実際問題、普通に話してるように見えたさやかと尚哉も無理をしていた。
ただ、はじめの手前そうしなかっただけ。
一緒になって落ち込んでたら、戻るものも戻らない。
じっと見つめたままだったはじめが、やがて二人のほうへ振り向く。
表情はいつもと変わらない。だけど心の中ではやはり悲しいに違いなかった。
「……じゃ、帰るか」
「もう、いいの?」
さやかの一言は、彼の事が解っているからこそ出たのであった。
本当ならいつまでも見送っていたいに違いない。
いやむしろ、止められるものなら止めたかった。
だけど、彼から返ってきたのはそんな答えじゃない。
「いいもなにも、俺は何ともないけど」
「だってはじめ、今まで……」
「さやか」
言葉を遮るようにしてはじめが言った。
じっと見つめるような視線に、思わず口ごもるさやか。
「ひかりとは、別にもう会えないわけじゃない。そりゃ確かに遠く離れたけど、俺だってもう子供じゃないさ。連絡をとる方法くらい、ちゃんと知ってる」
「はじめ……」
「それにさ、いつもまで暗い顔してちゃひかりに笑われる。笑顔で見送ったんだから、帰るときも笑って帰ろう」
それは明らかな作り笑い……無理してる事くらい誰でもわかる。
それでもさやかは何も言わなかった。
尚哉もうんと頷くと、フェンスから身体を離した。
「それじゃ、横一もそう言ってることだし帰るか」
「……そうね」
やがて三人は歩き出す。
途中、はじめが立ち止まりひかりが飛んでいった空を見た。
『…………………』
彼が何を思ったのかは分からない。
だけどこの日彼は何かを胸に抱いたのだった。
心の中で一言呟くと、先行してる二人に追いつくために歩みを速めた。
……時は、一月七日。三学期の始まる始業式の日……
彼らは学校へは行かなかった。
この物語は、はじめとひかりが再び逢うまでを辿るものであり、そして――
Marine☆Dreamにおける“True END”への物語である。
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