―こーるどだうんな―
「はじめ、遅いなぁ」
朝、学校へ通う生徒たち。
いつもの登校風景だ。
その道の一角で、携帯電話のディスプレイに映し出された時計とにらめっこしながら呟く一人の少女。
長い黄色の髪をリボンで束ねたのが特徴のひかりである。
しかし今日は違った。
いつもポニーテールにしている髪を下ろしているのだ。
下ろした髪の側面と真ん中部分の一部だけを束ねて、リボンで結んでいる。
イメチェンでもしたのだろうか?
そしてそのひかりはさっきからあっちを見たりこっちを見たりと忙しそう。
時間は……そろそろ歩き出さないと危ないかも?という所だ。
「もうすぐさやかとか来ちゃうよぉ」
「あっおはよう〜ひかり」
「うっす」
そこへ、ちょうどいいタイミングでさやかと尚哉がやってきた。
これに今遅れているはじめを足していつものメンバー。
特に決まってはいないが、黄金のカルテットとでも言っておこうか。
「どうかしたの? そんなに慌てて。それと……はじめは?」
「それがまだ来ないんだよ〜」
「連絡とかした?」
「電話しても繋がらないの」
「そうなの? まったく、はじめったら何やってるんだか……」
「様子を見に行きたくても、もうそんな時間はないし……どうしよぉ」
「どうするもなにも、置いていくしかないでしょうね」
「えぇ〜」
ひかりがあからさまに嫌そうな顔をした。
いかにも、ストレートな表現。
誰が見てもそうと分かる。
「あたし達まで遅刻したら大変だし…。確かに気にはなるけど、何か事件に巻き込まれた〜とかじゃないし」
「仮に事件とかでも、横一がそんな簡単にやられるはずがないな。俺が保障できる」
ここに来てようやく尚哉が二言目を発した。
「ぶぅ〜」
「ほら、ひかりも駄々こねてないで行くわよ」
「あっま、待ってよ〜」
こうして、珍しくはじめ抜きで出発したメンバー。
そして肝心のはじめはと言うと……
「う〜ん……」
時間が少し遡って、まだみんなが起き始めた頃。
はじめも目覚まし時計を止めて起き上がろうとした。
しかし、体に力が入らない。
それどころか、目を回してもいないのに視界が回るような感覚が。
オマケに気分も悪い。
「おぉぅ……な、なんだこりゃ……いつつ、頭ガンガンするし…」
フラリと体を起こすと同時に襲ってくるダルさと頭痛。
「……ヤバイなこりゃ……久しぶりに風邪でも引いたみたいだ……」
フラフラする体を何とか起こしベットから出ると、普段開けない引き出しから体温計を取り出した。
しばらくして体温計を見てみると……
「さ、さんじゅうくど…?」
水銀の目盛りが綺麗に39の所で止まっていた。
「なんて……こった」
そのまま再びベットへ戻ったはじめ。
枕元に置いてある携帯電話を手に取った。
「連絡しないと……ん? 電池をじゅうで……って、電池切れかよ〜」
一気に落胆。頭が更にグラグラした。
その勢いで再び意識がなくなってしまった。
そして、次に目が覚めたときには……もうとっくに授業が始まっている時間だった。
「…こればっかりは、家に……連絡かなぁ」
電池を切らして使えない携帯電話を無視して、頭がガンガンと体がフラフラで今にも倒れそうな状況下の中、はじめは自分の体をだましだまし電話機の方へを歩いていった。
いつもの数倍の遅さでボタンを押して、やっとこさかけることに成功する。
「………………」
………カチャ
『もしもし、横浜でございます』
「……あ、母さん…? 俺、一」
『えっ? はじめ? なんでこんな時間に電話かけてるの? 学校は?』
「……そ、そんなおっきな声出さないでくれ〜……頭が割れそう」
『どうかしたの?』
「そ…それがさ……」
『……えぇっ、風邪引いたって?!』
「だから……大きな声は……」
『熱とかは大丈夫なの?』
「けっこう……ヤバイかも」
『あちゃー。分かった、すぐにそっちに行くからちゃんと寝てるんだよ!』
「り、りょ〜……」
受話器を置いて、のろのろとベットに戻ろうとする。
なんだか喉も渇いていた。
水分補給しなければ…と冷蔵庫へ向かって、中に入っていたペットボトルのお茶を取り出した。
ダルさでいっぱいだった体に冷たいお茶が少しだけ作用する。
ほんの少しだが意識がハッキリした。
「……寝るかな」
ベットに戻ると、幾分もしないうちに意識がとんだ。
…ふたたびさやか達。
当初は授業が始まる前には来ると思っていたはじめが来ない。
そして、来ない理由を誰も知らない。
携帯電話も繋がらない。と、はじめとの連絡手段が全て断たれてしまっていた。
「はじめ、どうしたんだろなぁ」
はぁ〜とため息をつくひかり。
普段はじめがいるのと、今こうしていないのとでは元気・明るさ共に大きく違っていた。
さやかもさやかで少し心配そう。
さっきから何かと携帯電話をいじっているが、やはり反応はない。
「やっぱり……事件事故かしら……?」
「だから事故はないだろ〜。大方サボってるんじゃないの?」
「朝からサボるのは尚哉だけよ」
「……手痛い突っ込みだな」
唯一普段と変わらないように見える尚哉も、今日はいくぶんか大人しい。
これもはじめがいない事と関係がありそうである。
まるで三人の中に、はじめがいて何かが成立する、と言う式が出来てしまっているかのよう。
さて、これはどうしたものか。
「つまんな〜い」
「ひかりもそんな駄々こねないで。更に子供っぽいわよ?」
「ぶぅ〜……」
髪形を変えても、言動などが子供っぽければ何をやっても子供っぽいのだ。
特にひかりの場合は顕著に出てしまっている。
本人は否定しているが、周りの誰が見ても同じ意見が返ってくることだろう。
「しょうがねぇな。ここはいっちょ俺が偵察にでも行ってくるかな」
「授業でないの?」
「どうせこのままいたって授業に集中できないだろ。だから俺が真実を確かめてくるッ!」
「聞こえはいいけど、裏を返せばただのサボりと言うのがまた…アレよね」
「なんならさやかも行くか?」
「遠慮しときます」
「ま、答えは分かってたけどな。ほいじゃ先生にはよろしく頼む」
「はいはい〜」
教室を駆けて出て行く尚哉にヒラヒラと手を振って見送るさやか。
傍らではひかりが未だに『どうせ私は子供っぽいよぉ〜だ』と頬を膨らませていた。
「それにしても、一が大きな風邪引くのって久しぶりなんじゃない?」
「……そうかも。ここ何年も熱とか出してないし」
「湯冷めでもしたの? ここの所夜寒い日とかあったし」
「いや……そんなはずはないと思う。もう風呂上がってベランダで涼むって事してないし……」
「ん〜、じゃあ原因は何かしらね?」
台所で何かを刻みながらはじめの母が話している。
一方のはじめ自身はベットの中。
あれから少ししてやってきた母が看病しているのだ。
多少の風邪なら親を呼ぶということはしないはじめでも、今回ばかりは危険と察知したのか、久しぶりに呼んだ次第。
「お腹とか空いてる? 今おじや作ってるけど」
「ん〜……朝から何も食べてないから食べようかな。と言うか、それって作る前に言うんじゃ…?」
「気にしない気にしない。もうすぐ出来るから、寝ちゃ駄目よ〜」
「はいはい……」
なんだか少しだけ家に帰っているような気がした。
そんな事を思ったその時……
『横一〜生きてるか〜?』
何の前触れもなしにドアが開き、人が入ってきた。
そしてその少しだけ前、学校を抜け出して一路はじめの家へ向かっている尚哉。
まさか風邪を引いて、母親が来ているなんてことは梅雨知らず。
いつものように呼び鈴も押さずにドアを開けてしまったわけで……
「横一〜生きてるか〜?」
と勢いよく入った瞬間、お互いに固まる結果となったのだ。
「……な、尚哉…?」
「あら、尚哉君久しぶりじゃない? でも、勝手に入ってくるのは良くないと思うけどな〜」
「あっ美咲さん。こりゃあどうも失礼しました……それと、どうもお久しぶりで」
尚哉が珍しくお辞儀をした。
美咲と言うのははじめの母親のこで、彼は親しい人の親を名前で呼んでいる。
もちろんひかりやさやかの親も例外ではない。
「学校はどうしたの?」
「いや〜それが、横一が学校来ないから心配になって見に来たもので……サボリっす」
「あらま。それじゃあ一は風邪引いたってことを尚哉君や学校にも連絡してなかったの?」
「いや、連絡しようにも携帯電源切れててさ……次ぎ起きたらもう学校始まってたって……事が」
「そうだったの」
「横一、風邪なんスか?」
「39℃ですって。久しぶりの当たり風邪よ」
「ん〜……」
こんな状態だ、とばかりにはじめがうなり声を出した。
「なるほどそういう事か。じゃあ補助手伝いという事で俺もここに残って」
「こらこら、そんな事しちゃダメだぞ〜。授業中なんだからちゃんと戻らないと、ね?」
「ちぇ〜。でもまぁしょうがないか…それじゃ、俺は報告しに学校戻りまっす」
「うん。さやかちゃん達によろしく伝えておいてね」
「おいっす。んじゃ横一、元気に復活しろよな〜」
まるで嵐のように来て、そして去っていった尚哉。
ここまで素直なのも珍しいような気がする。
きっと風邪を引いてることへの配慮だろう。
「いいお友達を持ったわね、一」
「まぁある部分を除けば俺もそう思えるんだけど、ね」
「大切にしなさいよ。さて、それじゃあ急いでおじや作っちゃうから寝ないで起きてなさいよ〜」
「……なんか、病人に言うセリフじゃないような気が」
「おじやは出来立てが美味しいんだからね」
「はいはい……」
食べたら薬飲まなきゃなぁ…と同時に思ったはじめだった。
「――――と、言うわけでだな。横一は休みだ」
所変わって再び学校。
尚哉が戻ってきたところではじめの状態を知ったさやかとひかりは、つい昨日まで元気だったのに……と、やっぱり驚いていた。
それにはじめが風邪を引くのも……
ここでさやかが一言切り出した。
「でも、どうしてすぐにはじめの家を出てきたのに学校戻ってきたのがお昼なの?」
「えっ? そ、それはだなぁ」
あからさまに尚哉が動揺した。
何か隠してますよ〜と言ってるような物である。
そうでなくても、長年一緒にいるさやかにはお見通しであるのだが。
「さ〜ては何処かでサボってたわね?」
「な、何のことやら。俺にはそんな記憶はないねぇ」
「ふ〜ん、そう。そういえば、駅前のゲームセンターに新しいの入ったわね〜。あれ面白いのかしら?」
「おっあれか、あれは値段の割にはぜ〜んぜん面白くないぜ。なにせさっき1時間で全クリ………あ」
やべっ! と口をつぐんだものの、もう遅し、手遅れ丸出し、無駄無駄、ダメダメであった。
こうもあっさり誘導尋問に引っかかるとは、尚哉もさやか相手ではまだまだのようである。
「まったく……あんたねぇ。はじめの様子を見に行った帰りに遊んでどうするのよ。少しは危機感を持ちなさい、危機感を」
「へいへい〜。まぁどっちにしろ今日は横一風邪引いてるわけだから、学校帰りに冷やかし…あいや見舞いにでも行こうじゃないかと」
「ん〜そうね。お見舞い行きましょうか。ひかりも当然行くでしょ?」
「もちろん! いくよ!!」
ここぞとばかり! にひかりが元気よく返事をした。
さっきとは全然勢いが違ってる。
はじめが関わるとこうも変わるものなのかと、さやかと尚哉は胸の中で思った。
それもひかりらしいと言えばそうなってしまうのも彼女らしい由縁だろうか。
「あれも一つの才能なのかしらねぇ」
さやかがしみじみと呟いた。
放課後、一人先行してはじめ宅へ行こうとする尚哉を実力で阻止し、見事成功した一行はやっとはじめの家へ向かう事が出来た。
もう今日ほど一日が長く感じた事が無いというほど。
午後の授業なんか頭に入ってもいない。
特にひかりは、最後の時間中は『後10分……あと5分……』とカウントダウンしていた。
他の二人とは意気込み単位で違っているようだ。
「ほら、早く行こうよーッ!!」
「はいはい、ひかりもそんなに急がなくったっていいでしょう」
「心配なんだよ〜。さやかははじめの事心配じゃないわけ?」
「そんな事言ってない。むしろ心配なくらいよ。でも、急がなくってもはじめは家にいるんだから」
「でも……」
「でも、じゃないの。いいからいつも通りいきましょ」
「ぶぅー」
両頬を膨らませて抗議のポーズ。
しかしさやかには通じずにそのまま流されてしまう。
途中でお見舞い品として果物を買い、これで準備は万端。
これでやっと、ひかり念願のはじめの家にいけるのだ。
ぴんぽーん
「はじめ、お見舞いにき」
「はじめぇ〜、風邪は大丈夫!?」
さやかが言いかけな所をさえぎるようにひかりが突入していった。
一方で出鼻をくじかれたさやかはちょっぴり不満顔。
それを抑えながら後に続いて入っていく。
鞄を持った手に若干力が入っていたのを尚哉は見逃していない。
「(さやか、気に触ったみたいだな……あんなだけど実際は結構心配してたからな)」
ふぅと一息、尚哉も家へと入った。
さっき来たときははじめの母親がいたのだが、今はいなかった。
一人ベットで寝息を立てている。
ひかりも勢いよく入ったはいいものの、肝心のはじめが起きていないのでどうにもならない。
まさかムリに起こすわけにも行かず……ここは静かに待っていることにした。
なるべく音を立てないように荷物を置いて、買ってきたものを冷蔵庫へ。
一方でお湯を沸かして、お茶の準備も忘れない。
はじめが風邪を引いていても、基本的には変わりないようだ。
……今の間は、だが。
「はじめ、寝ちゃってるね」
「そっとしておきなさい。起こしちゃ悪いでしょ」
「うん……熱、あるのかな」
そう言うとひかりは、前髪を上にあげると自分のおでことはじめのおでこをそっと合わせた。
目も瞑っているあたり、これは遠巻きに見ればキスしてるようにも見えるわけで。
「ちょ…ひかり、あなた何やってるのよ!」
さやかが声を上げるのも頷けるだろう。
「なにって、熱を測ってるんだよ」
おでこを合わせたままの状態で答えるひかり。
「他にもやり方はあるでしょ。そんな、くっつかなくても……」
「体温計には敵わないけど、人肌の方が安心感が与えられるよ〜」
「い、いいから……熱はもう測り終わったでしょ、早く離れなさい」
「む〜、さやかなんか機嫌悪くない?」
「そっそんな事は…ない、わよ」
「そんなこと、ねぇ〜?」
「う、うるさいわねぇ。あんたは黙ってなさい!」
「はいはい……と」
尚哉の突っ込みを沈黙させて、再びひかりを見る。
渋々、と言った感じでひかりがはじめから離れた。
そして、結局はじめはこの間に目を覚ます事はなかった。
残念だけどしょうがないか、と言った感じに一同引き上げていくのだが……
「………………」
一人だけ、何かを決意したかのような面持ちの人物がいた。
それが誰なのか、次の日になってみて初めて分かるのだった。
「あら?」
異変に気がついたのはさやかだった。
翌日、いつもの待ち合わせ場所に誰もいない。
時間的にひかりが居てもいいはずなのだが、今日は居ない。
はじめはきっとまだ風邪が治ってないだろうからしょうがないとして、彼女は一体…?
「あれ、ひかりいないじゃん。横一の風邪でもうつったか?」
「おかしいわねぇ」
しばらく待ってみるが、一向に現れない。
もうすぐ学校が始まる時間だ。
まさか…! ここでさやかが何か思い立った。
「あの子……まさか!」
だっ!
さやかが脱兎のごとく駆け出した。
「あ、おいさやか! どこ行くんだよー!」
「きっとひかりはあそこに居るはずよ!!」
「あそこって……ふぅ。おい、俺置いていくなっての!」
先行するさやかを走って追いかける尚哉。
しかし最終的には……
「はぁ……はぁ……」
「ったく、朝からそんな息切らすまで走ってどうするよ。それに俺のほうが後から走ってきたのにすぐ追い抜いちまったぞ」
「だ、だって……しかた、ないでしょう。あたし…うんどう、にがてなんだから…!」
最後に一気に言い立てて、再びはぁはぁと大きく呼吸。
まずは落ち着いてから話そうな、と尚哉がさやかの背中をさすっている姿がなんとも違和感がある。
しばらくの時間の後、やっとこ正常に戻ったさやかと共に階段を上る。
目的地は一つ。そう、ここは――――
ガチャッ
「…………やっぱり」
「わぁお」
ドアを開けてまず目に入ったのは、エプロンを付けた髪の長い女の子。
誰と戸惑うわけもなくひかりなのだが、問題が一つ。
当の彼女、学校の制服を着ていない。普通に私服を着ている。
一体学校は……?
「あれ? さやか、学校は…?」
「そ・れ・は、こっちのセリフでしょ? ひかりこそ学校はどうしたのよ。しかも私服じゃない」
「今日は自主休校だよ。はじめの看病しないと」
「えぇっ?!」
さも当然な風に言い切るひかりを見て思わず動揺。
今の言葉から見るに、学校を休む事に対してなんの悪気もなさそうだ。
「悪い子ね」
「別に悪い子でもいいも〜ん」
「はぁ……まさかこんな事になるとはね。思いもしなかったわよ」
「私は昨日の夜からこうしようって決めてたよ」
「なんつーか、アレか。惚れたよわんごわ!!」
突然尚哉が地面に突っ伏した。
見れば、さやかの手には例のはりせんが…。
そのはりせんをゆっくり格納しながら、さやかが口を開いた。
「ちょっと尚哉は退場願うわね。話を挫かれると収拾つかなくなりそうだから」
「………………」
…死人に口なし?
それはさておき。
「さて、と。ひかり、あなたが学校を休むならあたしも今日は学校を休むわ」
「ど、どうして?」
「ひかり一人にはさせられないからね。いろいろと。何が言いたいか分かるでしょ?」
「む、むむぅ〜」
さやかの言いたい事が分かったのか、ひかりがまた頬を膨らませた。
どうやらさやかにはお見通しだったようだ。
「独り占めは……ナシ、だからね?」
「わ、私負けないもん!!」
気がつけば、あまり激しいものではないもののお互い目から火花を散らす事に。
これまで、二人はお互いをまともにライバル視していなかったが今回初めて雌雄を決しようとしていた。
その結果はいかなるものになっていくのか。
こうして、はじめの知らぬ間に事はどんどんすすんでいった。
やがて、はじめが目を覚ます…。
「ん……朝、か」
『あっおはよう、はじめっ』
「ん〜……え?」
目を開けた先に、思いも寄らぬ人物がいた。
それも二人。
そして、玄関付近に転がっているのは……
「尚哉も……いるのか」
「あ、今はちょっと眠っててもらってるけどね。それより、風邪の具合はどう?」
「頭とか喉とか、痛くない?」
「昨日よりはマシっぽいけど……なんか頭が。それに体も、起き上がろうとするだけでこの通り……フラフラだ」
「今日は私が看病してあげるから、はじめはゆっくりしててね」
「ちょっと、“が”ってなによ“が”って。あたしだって看病するんだから」
「さ、さやかも? と言うか……二人とも学校、は?」
『自主休校!』
「は、はぁ……」
そのあまりにもすごい剣幕に、頷く事しか出来ないはじめ。
完全にさやかとひかりに圧倒されている。
「とにかく! 今日はあたしとひかりではじめの面倒を見るから、はじめはゆっくりしててね」
「あ、あぁ……」
こうして、お互いを警戒しながらの看病はスタートした。
そして、最初の火花は早くも散るのだった。
「私がやるからさやかは向こうをやって!」
「いいえ、そうは行かないわ。それにひかりは昨日だってやったでしょう!」
「昨日は関係ないよー」
「あるの!」
テーブル前でわぁわぁと。
原因は実に簡単、熱だ。
ひかりが昨日と同じく熱を測ろうとしたところにさやかが介入、口論となった。
「べ、別に熱測るくらいなら俺一人で出来るけど……? って、聞いてないし…」
はじめは体温計で熱を測るのに何故あんなに言い合いをしてるのか分からず呆然。
しかし、二人は体温計など使う気はこれっぽっちもない。
額と額をピッタンこ♪ で測ろうとしたるのだ。
事実、何処にも体温計はない。
「はぁ……これじゃうるさくて眠れもしない、かぁ」
はじめのため息だけがやけに大きく聞こえた。
そして二人は言い合ったまま収まらない。
この先、一体どうなる事か……。
「ううぅ…せっかく熱測ろうとしたのにぃ〜」
「体温計に先を越されちゃうなんて…」
「さやかが止めに入るから出来なかったんだよ」
「ひかりが何も言わずに勝手にやろうとしたからでしょ」
「さやかが……」
「ひかりが……」
『はぁ…』
結局、言い合っている間に復活を果たした尚哉がはじめに体温計を手渡し、熱を測り終えてしまった。
それに気がついた二人は邪魔をした張本人である尚哉を再び床のお友達にしたあとでガックリ…。
一気に沈黙してしまった……かに見えた。
でも、こんな事で終わってしまうはずが無いのがこの二人である。
「(さやかには負けないよ)」
「(ひかりには負けないんだから)」
戦いの火蓋はすでに切って落とされていた。
「まぁ何ていうか、青春って感じだよなー横一!」
再びいつの間にか復活してた尚哉。
はじめが寝てるベットに腰掛けながら目前の光景を横目に、話しかけていた。
青春、と言ってるもののはじめにはどういう意味なのか分かってない。
これが風邪を引いているからなのか、それともこういう性分だからなのかは言わずとも分かるだろう。
「風邪うつっても知らないぞ……俺病人なんだからさ」
「だ〜いじょぶだいじょぶ。俺そんなに脆くないから」
「いや……脆いとか関係なくないか?」
「そういうモンなの。俺が風邪引いたの見たことあるか?」
「……ずいぶん昔以来ないな」
「だろ? わっはっはっは!」
「と言うか尚哉、寝かせてくれ。でないと治るものも治らないっての」
「おっと、すまないな。何せこの状況下だから誰も相手してくれないんでつい。まぁゆっくり休めや」
「もう少し静かならな……」
台所方面からはひかりとさやかの元気な声が聞こえてくる。
きっと今はお昼の事で揉めてるんだろう。
尚哉はベットから離れると、冊数の少ない本棚から適当に漫画を取り出して読み始めた。
読んだ事あるのしかないが、何もしないよりはマシだろう。
一方、渦中の二人は……
「絶対にお昼はお粥よ」
「違うよ〜。ヨーグルトフルーツドリンク」
「そんなのじゃお腹にたまらないでしょう」
「お粥より冷たい飲み物の方がさっぱりしてていいの。ヨーグルトとかフルーツジュース使うからお腹にたまらなくても栄養も良いんだよ」
「お粥だって栄養あるものを入れれば十分よ。それに昔から風邪を引いたときは出てくるでしょ」
何を食べさせるかで言い合っていた。
ヨーグルトを持ったひかりと、しゃもじを持ったさやかが再び火花を散らしている。
今度は一体どうなるのか。
「私はいつも風邪を引いたらこれ食べてるの」
「あたしだって、お粥食べてるわよ」
「熱いから冷たいものの方がスッキリするのに〜」
「風邪引いてるからこそ、胃に負担掛けないためにお粥を食べるのよ。アレコレ混ぜたら負担かかっちゃうでしょ」
「強情〜」
「どっちがよ」
今現在、二人の中には譲歩して二つともと言う案は存在していない。
どっちが食べさせるかだけが先行しているようで、当人はじめの意見すらも聞いてない。
結局このお昼ご飯決めは二人の独断と言う形でそれぞれがそれぞれの物を作ると言うのに落ち着くこととなる。
譲歩ではないが、結果的にはそれに近いものとなったわけだ。
「いや、でも……なぁ」
その料理を目の前にして、はじめが戸惑う。
それは、更に盛られた量に問題があった。
「いくらなんでも多すぎ、じゃないか?」
ちらりと二人の方を見るが、返答はない。
さぁ食べるのだ! と言わんばかりにじっと見つめてる。
「はぁ。頂きます」
風邪引いてると食欲はそんなにわかない。
どっちの作ったものも半分ちょい食べたところで胃が限界を迎えた。
正直な話、勘弁してくれ、だ。
「だいじょぶかぁ、横一?」
「あぁ、なんとか…」
残した分は食べていいよ、と言うかのように器を尚哉の元へちょいと動かす。
さすがの尚哉も『風邪うつりたくないし』と手はつけなかった。
「……う〜ん……」
午後。
再び眠りに着いたはじめ。
時々苦しそうになってるが、うなされてはいないようだ。
それまでは何かあれば対峙してたひかりもさやかも、やる事が無くなってきたのか大人しくしてる。
下手に騒いで起こしてしまうのは悪いと思ってるからだろう。
「さすがに横一が寝てると二人も静かなんだな」
「まぁ」
「うん」
「朝だって横一寝てたじゃん」
「それは、ひかりが抜け駆けを……」
「私別に抜け駆けはしてないよ〜」
「何も言わなかったじゃない」
「さやかもこうするって思ってたんだもん」
「いくらあたしでもそこまでは……でも、どうやって中に入ったの? はじめ寝てたでしょ」
「鍵が開いてるんだよ。危ないよね」
「そうね…だからひかりが入ってきちゃうのよ」
「ちょっとぉ、それってどういう意味?」
「そのままの意味、よ」
「まーまー、口論したってどうにもならんぞ」
再び発展しそうになったところで尚哉が止めにはいって静める。
穏やかになったとはいえ、些細な事で火花は散りそうな勢いは収まってない。
「にしてもなぁ、本来なら学校にいるはずの俺達3人。親にも学校にも連絡せず、すっかり不良だな」
「だから〜、これは自主休校なんだよ。サボリとは違うの」
「そうよ。悪意はないんだからね」
「真面目だと思ったんだがなぁ……」
「尚哉には言われたくないわね。サボリの常習者に」
「うんうん」
「くっ…事実なだけに言葉が返せねぇ」
結局のところ、みんな一緒なのである。
「はじめのいない学校に行っても面白くも何ともないよ」
「同感ね」
「本人が聞いたら涙止まらないだろうな。ま、俺もそんな一人なんだが」
午前とは打って変わって平和な空間。
こんなギャップがあるのも彼らだからこそだ。
「横一、早く良くなるといいな」
尚哉の呟きに、強く頷くのだった。
そのまま時間が穏やかに流れていく……しばらくして、三人が眠りについてしまったのも気がつかないまま。
ガチャ
『一の様子はどうかな〜って、あら……しょうがないわねぇこの子達も。学校行かないでこんな所に。よっぽど一が心配だったのね〜。 ふふっいいお友達を持ったわね、一……起こすのもかわいそうだし、そっとしておきますか』
パタン…
「……んっ……」
目を開けてもまだ暗かった。
いや、よく見るとぼんやり部屋の様子が分かってくる。
どうやら日も暮れたみたいだ。
昼ごろまであった頭のフラフラ感は完全にではないけど感じなくなっていた。
「少しは良くなったかな…?」
慣れてきた目で辺りを見回すと、いつものテーブルの周りで眠りについている人影を発見。
さっきまでの光景と比べればなんと静かなものか。
はじめは小さく苦笑した。
なんだかんだいって、三人のお陰で風邪は快方に向かってる模様。
半ば無理やりだったけど、風邪引いたときに食べるものを二つも食べたからだろうか。
「こりゃ治った時に何かお礼をしないとなぁ」
電気をつけて起こすのも悪い気もするし、ここはまた寝るとしよう。
はじめは小さく『ありがとな』と言うと、再び目を閉じた。
いろいろあった一日が過ぎていく…。
「37.2℃ ま〜昨日と比べれば治ってきてるけど、まだまだね」
風邪引き三日目。
またお見舞いに来て、学校に行かないまま二日目の朝を迎えた。
はじめの熱はそれほど心配しなくていいぐらいまで下がったが、微熱があるのでまだ学校には行けない。
ここで気を抜くとまた再発の恐れがある、と断固禁じられたのだ。
そして、昨日自主休校した三人もまた……。
結局家に帰ることすらしなかったため、服装が昨日のままだ。
さやかとひかりが、隣のひかりの家へ着替えとお風呂に入りに行ったものの、尚哉はそのまま涼しい顔。
「一回家に帰らなくていいのか? 尚哉」
「無問題」
「さいですか」
「もっとも、実は昨日の夕方から盛んにメールだの電話だのきてるけど、全部無視ってる」
「こ、こいつは……せめて風呂くらい入ってこいよ」
「ん〜、ならば横一の風呂を借りるか。ちょうどさやか達も隣で入ってるしな。着替えは横一のを借りるとしよう! 別段体系とか変わんないし」
「もう好きにしてくれ」
好きにするぞ〜と言いながら風呂場へ消えていく尚哉。
なんか…自分が風邪引いたことを除けば、いつもの休みと変わりない気がした。
ガチャ
「ただいま〜っと」
「おっひかり。さやかはどうした?」
「うんっとね。さやかは一旦家に戻るって言ってたよ。あんまり心配掛けられないしって」
「…そっか。すまんな、ホント」
「ううん。はじめは何も気にしないで。これは私達の意思でやってるんだからっ」
「あ、あぁ……」
「尚哉は?」
「風呂。着替えは俺の着るんだと」
「あらら〜、尚哉も一度帰ればいいのに」
「電話とかメールで呼びだされまくってるそうな。全部無視だけど」
「尚哉らしいね」
少し湿り気を残した髪の毛からほんのりシャンプーの香りを漂わせ、ひかりがはじめの近くに座った。
さっきから分かってた事だが、私服の時点で今日も学校は自主休校である。
「今日もゆっくり寝ててね」
「熱はほとんど下がったから大丈夫なんだけどなぁ」
「め〜、だよ」
「分〜かりましたっす」
と、ここでふと目が合う。
あっと小さな声を上げる二人。
はじめは元からだけど、ひかりの頬にも薄く赤い色が広がった。
「は、はじめ……」
「な、なんだよ……」
ひかりの顔が少しずつ、近づいていく。
そして、ひかりがそっと目を閉じようとした時に……
「じぃ〜…………」
「………………」
「………………」
あからさまに聞こえるような効果音を発する者あり。
慌てて離れたはじめとひかりがそっちを向けば、そこには目を細くしたさやかの姿が。
「ずいぶんと、仲が良さそうな雰囲気だったじゃない?」
「そ、そうか? 俺は別になんとも……」
「ひかりも、はじめが風邪引いてるってコト分かってやってるのかなぁ?」
「そそ、それは……そのぉ…」
困ったさ、を全面に出しながら指を髪の毛に巻きつけてるひかり。
はじめもはじめで、どうしたものかと頬をポリポリとかいていた。
と、そこへ横のドアがガチャリと開いて、さっぱり気分で尚哉が出てきた。
「ふぃーさっぱりさっぱり。やっぱ風呂だなシャワーだな……ン? なんだ、この空間。……修羅場?」
正対するさやか、そしてひかりとはじめを交互に見る。
重々しそうな雰囲気。
一触即発の事態再発か?
この、なんとも…な空気が流れ――――――
「へっくし!!」
―――なかった。
「あわわ、はじめ大丈夫!?」
「いやいや、これただ鼻がむずむずしただけで」
「風邪引いてるんだから、寝てないと」
「いやーそうは言われてもなぁ」
「ダーメ、寝てるの」
「……分かったよ」
さっきまでの空間がまるで嘘のように、看病モードに入った二人に無理やりベットに寝かされる。
はじめの方もどう対処して良いやら判断に困ってる様子。
尚哉も尚哉で、二人のその速さにただただ驚いていた。
結局、さっきまでのコトは有耶無耶なまま流れていってしまい、はじめはベットの中。
さやかとひかりは交代でいろいろやっていて、ただ一人何もする事がない尚哉はボーっとしている。
さして眠くないはじめも、横になってはいるけど起きていた。
「なんかな。起きたい」
「暇か?」
「まぁそんな所。もうほとんど良くなってるし」
「でも、あの二人は許しちゃくれないだろうな。絶対」
台所で、時より意見が対峙するものの昨日よりかは協調性が整ってきた様子。
でも本当は物凄く二人の息はあってる。
ただちょっとはじめの事となると……って言った具合だ。
「俺みんなに迷惑掛けてばっかりだなぁ」
「んなコトないんじゃねえか?」
「え?」
「そもそも迷惑だったら自分で言ってるだろうし、看病にも来ないさ。横一が心配だからみんな来る。それでいいだろ?」
「尚哉」
「ま、治ったら何か夕飯でも奢ってくれればいいさ。焼肉とか、寿司とか」
「…高いな」
「まぁそれは冗談としても、一番喜ぶのは横一が元気になった時だろう。またみんなでワイワイやれる事が、な」
「そうだな。早く治さないとな」
「はじめ〜ご飯なにがいい?」
台所から掛かるさやかの声。
どうやら今日は、はじめの意見を聞いて作られるようだ。
ひかりも、さやかの後ろでニコニコ笑いながらこちらを見てる。
「そうだな……風邪も吹き飛ぶような元気が出るやつがいいな」
「りょうかい〜。それじゃ、すぐに作っちゃうから期待して待っててね」
台所に、和やか雰囲気が戻りつつあった。
元通りの二人が作るご飯だったら、こんな風邪なんか飛んでいってしまいそうだ。
そしてその通り、はじめの風邪は翌日にはすっかりと治っていたのである――――
「おはよう」
「あっはじめ〜♪」
朝、いつもの待ち合わせ場所。
明日は大丈夫だと言っていたはじめが、笑顔を見せながらやってきた。
どうやらもう治ったみたいだ。
こうしてまた一緒に行けるのがどんなに嬉しいことか。
ひかりは心の底から喜んでいた。
「もう大丈夫なの?」
「もち。心配かけてすまなかったなぁ」
「ううん。私は自分の意思でやってたんだから。全然問題ないよ」
「それでも、今度みんなには何か御礼をしないと悪いような気がするんだよなぁ」
「そうなの? うーん……じゃあ、ねぇ」
ニコッと笑ったひかりが、急に距離を詰めてきた。
そして、目をつむった思えば、
「うわわ、ちょっとひかり!?」
「ん〜……」
自分のおでこを、はじめのおでこを合わせたのである。
まるでこの間やったのと同じように。
「大丈夫みたいだね。本当に熱は下がってるよ」
「あ、あぁ」
「うんっ。よかった」
またまた笑うひかり。
と、ここで横から威圧感を感じ、ふと見てみれば、そこにいますはさやかと尚哉。
さやかは笑顔が凍りついてるし、尚哉は面白そうな目で見てる。
まぁようは今の現場を見られたってコト。
「おはよう」
「お…おはよう」
「おはよぅ……さやか」
「ずいぶん朝から仲いいのね。こんな道の真ん中でおでこ合わせちゃって」
「い、いやそれは……」
「ひかりも、はじめの風邪がうつらない様に気をつけなさいよ?」
「う、うん…わかってるよ」
「ならいいわ。じゃ、行きましょうか」
さやかが一人先頭に立って歩いてく。
それを二・三歩遅れた状態でついて行く一行。
これはまた、どうしたものだろうか。
「珍しく、さやかが怒ってる」
「まぁ気にするな横一。あれでも治ったこと喜んでんだから」
「はぁ…」
「まぁ学校に着けばすぐにもとどう――――ックシ!! あーちくしょう。朝からクシャミがとまらねぇ」
止まれ、と言わんばかりに勢いよく鼻をすする尚哉。
なんだか今日の尚哉は鼻声だ。
「風邪か? 俺のうつったとか?」
「まさか、俺そんなヤワじゃないさ。腹でも出して寝たかなぁ……」
ずずっと、また鼻をすする尚哉。
実は、はじめの風邪がうつっていて、後日動けなくなった尚哉をみんなで看病した、と言うのはまた別の話である。
暑さが落ち着いて、涼しさが多くなり始めた。
季節の変わり目、風邪には十分にご注意を。
もどるよ〜