〜25、覚醒!?裏はじめ(後編)〜
「お前なんかに渡しゃしねぇよ。ニ人はなぁ、オレのだ」
そう言う寸前に、はじめはさやかとひかりを同時に抱き寄せた。
「ぅわっ……」
「あっ……」
スッポリとはじめの腕の中に収まっているニ人は、突然の事なのでビックリしていた。
尚哉や烏丸、更には周りにいた人までもが同様に驚いている。
が、そんな事はお構いなしとばかりにはじめはそのまま言葉を続けた。
「なぁお前……まさかこの程度で俺に勝てると本気で思ってるのか? だとしたら相当にオメデタイおつむだな。ホントめでたくてしょうがねぇ。せっかく俺がヘナチョコ相手に手加減してやったってのに図に乗りやがって。予定変更、おめぇらの事完膚なきまでぶっ潰してやるよ。覚悟しとけよ?」
眼光鋭く睨みつけるはじめに圧倒されたのか、思わず一歩下がってしまう烏丸。
顔も少し引きつり気味だ。
「はじめ……」
いつものはじめとは全く違う様子を見て、脅えが入った感じでひかりが呟いた。
「ど、どうしちゃったの……?」
さやかも心配そうに見つめている。
ニ人の不安を感じたのか、はじめは『心配すんな』と言って両方の頭をそっと撫でた後―――
チュッ
「ぁ――!!」
「えっ!?」
これには一同更に驚いた。
何とはじめは、ニ人の頬にキスをしたのだ。
こんなこと、普段のはじめなら絶対にやれそうもない。
「もう少しの辛抱だ。ちょいと待っててくれよな」
そう言って抱きしめていた手を放して立ち上がる。
はじめの頭からはまだ血が出ているようで、頬を伝い顎の先端からポタッポタッと落ちていた。
「ん……おい、尚哉」
「なっ何だ横一」
「やっぱりタオル持ってきてくれ。この血が邪魔でしょうがねぇ」
頬に伝った血を指ですくいながら言うはじめ。
尚哉はベンチに置いてあったタオルを掴むとはじめに手渡した。
それは元々は汗を拭くために用意したもの。
白い生地に赤が侵食していく。
ある程度拭いた後、そのタオルをバンダナ代わりに巻いた。
これでもう血が流れ落ちてくる心配はない。
「―――さて、と。おいっさっさとケリを付けようじゃんかボウヤ。さっきも言ったけどよ。もう手加減しないからな?」
威嚇するように、手に持ったラケットを勢いよく横にはらった。
見るからにはじめは“潰す気満々”と言った感じでいる。
「ふ…フン。そう言って強がりを言ってるのも今のうちだぞ。その怪我じゃ機敏には動けまい」
余裕ぶっていっているようだが、底から響いてくるようなはじめの威圧感に声が若干上ずっている。
今まで忘れ去られていたが、烏丸の相棒役である彼も先ほどとは違った様子に動揺していた。
「なんだよおい、言葉が震えてるぜお坊ちゃまよぉ。それじゃ威圧も何もないだろバカが。…まぁいいその言葉、きっちりと返してやるよ」
ゲーム再開し、まずははじめのサーブ……
「…もう今から容赦しないぜ。骨折れたって許さねぇからな」
ボールを地面にニ・三回打ち付けると、そのまま手でトスをしてボールを上にあげる。
スパーン!!
「…なっ!?」
一瞬何が起こったかわからなかった。
はじめが放ったサーブに反応しようとした時にはすでにボールはワンバウンドして後ろの金網に当たっていた。
速さが………半端ではない。
これは単なる自分の反応ミスと割り切った烏丸はすぐに次のサーブに備えた。
だが……
スパーン!!
スパーン!!
スパーン!!
「な、何故だ……」
結局この時烏丸が返せた玉はただの一度も無かった。
全てはじめのサービスエース……
これを境目に完全に形勢が逆転。
今まで苦戦を強いられていたはじめが嘘のように、逆に相手側を苦戦状態に陥らせていた。
例え烏丸がきわどい所へボールを打っても……余裕と言いたいかのように返される。
それもただ返されるだけじゃない。
返る弾全てがスマッシュのように速く、またボールが砲丸のように重くなって相手の腕力を急激に消耗させる。
はじめはニ人を相手に戦っているとは思えないほどに俊敏かつ的確に動いていた。
恐ろしい事に息も全く上がっていない。
気味が悪い笑みを浮かべたままコートを動き回っていた。
「はぁ…はぁ…(なんだコイツは…ぜんぜん歯が立たない。こっちはニ人もいるのに、まるで俺たちがカモみたいじゃないか!)」
勝負と言うのは相手が隙を見せたときに決まる。
烏丸が見せた隙をはじめは見逃さなかった。
目線がコートからずれたその時、力を緩めてはじめはサーブを放つ。
打ち返すべき烏丸のところへ。
「……うわッ!?」
一瞬だがボーっとしていた烏丸の目の前に矢のようなボールが伸びてくる。
慌てて打ち返すが反応が遅れていて上手く返せず、ボールがロブとなってフラフラと上がっていった。
いや、打ち返さなかったほうが何倍もマシだったのかもしれない。
落下地点にはもちろんはじめの姿がある。
「さっきはよくも顔面狙ってくれたな……テメェにも同じのをプレゼントしてやるよ」
口元だけニヤリと笑ってはじめが呟く。
そして抜群のタイミングで撃つと同時に、
「俺からのプレゼントだ、ありがたく受け取れ――――ッ!」
それは本当にあっけなく終了した。
はじめはマッチポイントを鮮やかにスマッシュで終わらせる。
そして、言った通り烏丸にも弾をぶつけた。
ノーバンではない。
ちゃんと寸前でワンバウンドするようにして……
「はぁあ……なんだよやっぱ口だけか。全然相手にならなかったな。成金バカってのはこれだから嫌だねぇ……ゲーム終了ってか?」
小さく言うと、はじめは後ろを向いて歩き出した。
その後ろでは烏丸が額から煙をあげて倒れてる。
効果音が付くなら、シュゥゥゥゥ〜…と言うのが合っているだろう。
ドサッ
直後何かが倒れる音が響いた。
その中心には頭に白いタオルを巻いた少年が倒れている。
「「はじめっ!」」
今度はさやかとひかりが同時に駆け出した。
尚哉は誰かから電話を借りている。
恐らく先ほど呼べなかった救急車を呼んでいるのだろう。
程なくして救急車がやってきて、はじめが運び込まれた。
当然三人も同乗する。
「……は…………ぜ…………や……り……」
「横一!?」
何かを言ったはじめに真っ先に気づいた尚哉が顔を近づける。
「約束は……ちゃんと、護ったぜ…さやか……ひか…り……」
そういった後、はじめは意識を失った――――
「はじめ……」
ここは病院。
頭に包帯を巻かれたはじめがベットで眠っていた。
サイドには心配そうに見守る三人の姿がある。
検査を受けた結果、頭にボールが当たった事による脳震盪と多量の出血による貧血と診断された。
一時的なはじめの変化は何も分かっていない。
出血の方は倒れた際に頭を地面に打ち付けて切ったためでありボールの直撃とは関係ない。
酷い怪我ではなかったが、経過見という事で一晩だけ入院する事になっている。
「……起きないな」
そろそろ意識が戻ってもいいんじゃないかと言いたそうに尚哉が呟く。
「尚哉、もうこのまま目覚めないなんて事は…ないよね? そうしたらあたし……」
「なに言ってんだよ。横一に限ってそんなことはない」
「大丈夫だよさやか……はじめは、きっと起きるよ」
そう言っているひかりの目にもうっすらとだが涙がたまっていた。
言葉にこそ出していないが、本当は心の中で相当に悲しんでいるのだろう。
「ったく……こんなに心配かけさせやがって。治ったらいろんなトコに引っ張りまわさないと割に合わないな……」
そのまま時間だけが過ぎていって、あっという間に夜もふけてきた。
疲れたのか、さやかとひかりは椅子に座ったままはじめの寝ているベットを枕代わりにして安らかな寝息を立てている。
時より『はじめ……』と声を漏らすのは、夢の中でも心配してるからだろう。
尚哉はまだ起きたまま壁にもたれ両腕を組んで窓から外を見ていた。
雲一つない空は星で溢れている。
月明かりが尚哉を照らしていた。
普段なら綺麗だなぁと見渡すものだが、今日ばかりはそんな気分で見れなかった。
その表情はこんな日にこんな空か……と言いたそうな感じ。
「ふぅ………空がなんともまぁ綺麗だこと。もう嫌ってぐらいに」
「………あぁ、そうだな」
「……えっ?」
独り言を言ったのに返事が返ってきた。
振り返ると、上半身だけ起き上がっているはじめの姿が。
「横一…おまえ―――!」
「し〜っ、静かに。ニ人が起きるだろ」
はじめは傍らで眠っているニ人の頭をそっと撫でていた。
それに呼応するように、寝顔がより安らかなものになる。
まるではじめに撫でられている事を知っているかのように。
「あっ……スマン。それで、いつ目覚めたんだ?」
はじめに諭されて、一瞬頭に上りかけた血が下がり再び小さな声で尋ねた。
「あぁ、今だよ」
「そっか……何にしろ目覚めてよかったよ。ニ人とも凄い心配してたんだぞ」
「ゴメン、迷惑かけたよ……なぁ、尚哉」
「何だ?」
「結局……勝負はどうなったんだ? やっぱ俺が怪我したから中止か?」
「中止って、横一が勝ったじゃないかよ。最後にあの野郎のここにボールをぶつけたのを見たときは俺は心の中じゃ大爆笑だったぞ。あの時の奴のザマと言ったら……」
ここと言いながら額を指差す。
しかしはじめの反応は全く違った。
「尚哉……一体何のこと言ってるんだ? 俺が勝負に勝った? いつ?」
「いつって……覚えてないのか?」
「はぁ?…覚えてるも何も、俺は何もしてないぞ」
「だっ……えぇ? だってお前、テニスボール頭に食らって倒れた後に起き上がってまたやってたじゃないか」
「えぇっ? ちちょっと待ってくれよ……俺はテニスボールが当たって倒れたからここに運ばれてきたんだろ? だったらまだ勝負はついてないじゃないか」
尚哉の言い分とはじめの言い分が全く異なっている。
どうもおかしいと思った尚哉はいくつか質問をしてみた。
その結果…
「記憶がない?」
と言う結論が出てきた。
はじめが覚えているのは自分が体勢を立て直した瞬間にボールが頭を直撃した時まで。
……それ以降の記憶は今目覚めるまではなかったと言う。
ではその間――つまり烏丸を倒したあのはじめは何だったのかと言う事になる。
その事をはじめに聞いてみるが、やはり本人は『知らない』と言った。
「だったら……あの横一はなんだったんだろうな」
「だから、俺は知らないって」
「凄かったんだぞ。目つきなんかこうつり上がっちゃって、言葉遣いも全く変わってたな。もう悪さ抜群って程に。俺でさえ少しビビッたくらいだぜ?」
「抜群って……」
「極めつけはこれだな『お前なんかに渡しゃしねぇよ。ニ人はなぁ、俺のだ!!』ってな。しかもニ人を抱きしめて頬にキスまですりゃもう言う事もないわな」
それを聞いた瞬間にはじめの顔は真っ赤になった。
うそだ、自分はそんな事言うはずがないとでもいいたげだ。
「なっ……お、俺がそんな事を?」
「事実だぞ。証人だっていっぱいいる」
「まさか……見に来てたクラスメート、とか?」
「もち」
「他にも見にきてたやつら、とか?」
「それももち」
「お前…も?」
「当然っ」
「あぁぁぁ………」
頭を抱えるはじめに、とどめの言葉が。
「学校に行ったらいろいろ言われそうだなぁ〜」
「うがぁ……」
そのまましばらく無言状態が続いた。
時を刻むコチコチと言う音が部屋に響いて聞こえる。
時間はもう四時を回っていた。
あと一時間もすれば空が明るくなってくるだろう。
「やれやれ、安心したら俺も眠くなってきた。あと少ししか寝れんけど寝るかなぁ」
ふぁ〜、と伸びをしながら欠伸をした尚哉。
「いろいろあったみたいだけど、ありがとうな。尚哉」
「気にするなって。困ったときはお互い様だろ? それにお礼だったらさやかとひかりにも言えよ。ニ人ともずっと心配してたからな」
「あぁ………ふぅ。よいしょっと」
ベットから起き上がり靴を履いたはじめは、尚哉同様う〜んと伸びたあとひかりを抱き上げた。
「…おいっ何やってんだ?」
「俺はもうここで寝なくても大丈夫。後は椅子ででも寝るさ。ひかりとさやかにはベットで寝てもらおう。せめてもの感謝のしるしにな」
そう言いながらひかりをベットに寝かせた。
さやかも同様に抱き上げてひかりの隣に寝かせる。
「ほいじゃ、俺たちも寝るか」
「そうだな……」
「あぁ……なんかまだ頭がぼぉっとするな」
「そりゃ当然だろ。それよりもきっと朝になったら二人ビックリするぞ。なにせ寝てたはずの横一が椅子で寝てるんだからな」
「しかも自分達はベットの上に……ってか?」
その日の朝、はじめと尚哉の言ったとおりベットの上で目覚めたさやかとひかりはびっくりしていた。
何故はじめが寝ているはずのベットに自分がいるのか?
そして肝心の本人がどうして椅子で寝ているのか?と。
もっともはじめが起きたときにそれをちゃんと説明したのだが。
その日のニ人は終始笑顔だった。
昨日の悲しみに満ちた顔が嘘のように。
そして連休が終わり、また学校生活が始まったその日―――
「よぉ烏丸クン。元気かね?」
いかにも、といった感じで尚哉が話し掛ける。
烏丸の額の真ん中には、丸い形をした青あざが出来ていた。
「なっ……なんのようだね。お、俺はキミ達にかまってやるほどヒマじゃないんだ」
「あれまぁ〜負け犬クンがなんて事を。まさか約束を忘れたとは言わせないぜダンナ? あの勝負は横一が勝ったんだ。ちゃんとこちらの条件を呑んで貰わないと困るんだけどなぁ……ああ? そこんトコきっちり落とし前つけて貰おうじゃないの。カラスマクン?」
最後の部分だけ口調がヤクザ風になっている尚哉の話し方。
後ろで見ているはじめ達は口を抑えて笑うのを我慢していた。
「ほれ、横一。言いたい事ハッキリ言ってやれ」
「う〜ん……そうだな。それじゃあ言うのはさやかとひかりに任せる」
「「えぇっ?」」
突然話を振られて動揺するニ人。
声が綺麗に重なっていた。
「どうしてだよ横一。頭にボール食らってなんとも思わないのか?」
「いや、それはあるけどなぁ。やっぱり苦痛を強いられたのはさやかとひかりだろ? 俺はただ代わりに勝負をしただけだし何か言う権利はないよ」
権利を譲られたニ人はしばらくいろいろ話していたが、意見が一致したらしくうんっと頷くと烏丸に向かって言った。
「あたし(私)達には、これ以上関わらないでください! ハッキリ言うと邪魔、です♪」
「ふむ…なるほど、いい案だな。という訳だ烏丸クン。もうこれからは来るんじゃねぇぞ。もしさやかとひかりに手ぇ出したら……そこんトコに付けた痣程度で済むと思うなよ?」
さやか&ひかりのキツーイお言葉に加えて、尚哉の放った必殺の一言が一瞬にして烏丸を石化させてしまった。
「あと、はじめにも一つ条件を呑んで貰わないと」
「へっ、俺?」
まさか自分にも矛先が向くとは思っても見なかったはじめは、素っ頓狂な声を出した。
「もうこんなことはゼッタイにしちゃダメよ(ダメだよ)」
ニ人が同時にはじめの目の前まで接近して、じっと目を見つめながら人差し指をピーンと立てていた。
「……肝に銘じます」
「ふふっよろしい♪」
とたんに笑顔になるニ人に、はじめも笑顔を返した。
その時、ちょうど始業のチャイムが鳴り朝のHRが始まろうとする時間に。
「あっHR始まっちゃう。行こうっはじめ、尚哉」
さやかとひかりに両手をつかまれて、よろけながら走り出すはじめ。
その後ろを、やれやれと言った顔をしながら尚哉も続く。
残されたのは石化したままの烏丸だけだった。
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