〜24、覚醒!?裏はじめ(前編)〜


「はぁ〜……」

はじめは大きなため息を吐いた。
彼は学校のテニスコートにいる。
これを見れば、ああテニスをやってるんだなぁと納得できるのだが、どうやらそれだけではないらしい。

「俺は一体なにをやってるんだか」

そう言ってもう一度大きなため息。
コートを囲んでいるフェンスの周りには、これから行われるイベントを一目見ようとたくさんの人で溢れ返っていた。
そして、コートの反対側には妙に自身ありげな顔をしたはじめと同い年くらいの男子が立ってる。
一体何が行われようとしているのか?
それを知るためには昨日まで時を遡らなければならなかった。


―――九月。
ニ学期が始まって数日たったある日の事、はじめたち四人はいつものように教室で机をくっつけてひかりが作ってきたお弁当を食べていた。
夏が過ぎたとはいえ、まだまだ暑い時は暑い。
だから屋上から教室へ退避してるのだ。
そこへ勢いよく教室のドアを開けて入ってくる一人の男子生徒。
当然クラスの視線はそちらへと注がれる。
もちろんはじめ達も例外ではなかった。

「むぐむぐ……んっ。なんだあいつ、あんなに強くドアなんて開けて」
「怒ってるのかなぁ? すごい顔してるよ」
「はじめもひかりも、そんなにじろじろ見てるとこっちに来るかもしれないわよ。こう言う時は気にしないの」

さやかはどうやら例外だったようだ。
我関せず、とばかりにご飯を食べている。

「あいつは……」

尚哉が何かを言おうとした時、その男子生徒がはじめ達の方を見るとスタスタと近づいてきた。
そして目の前で止まると、はじめをビシッと指差し大声でこう叫ぶ。

「横浜一!俺と勝負だッ!!」

ぶーーーーーーっ!!!

いきなりとんでもない事を言い出したので、たまらずはじめは口の中に入っていたものを噴き出してしまった。
そりゃ、いきなり現れてやれ勝負だなんて言われれば……

「きゃあ!?……んもうっ。何やってるのよはじめ」
「ごほっごほっ!………なっなんなんだよ、一体!?」
「はじめ、だいじょうぶ?」
「あぁ……何とか…」

出した後だが、口を手で抑えてその男子生徒を見上げた。
すると相手はいかにも挑発的な口調で口撃を開始する。

「はぁ〜あ。こんな奴が、ねぇ〜?」

ご丁寧に両手で『お呆れ』ポーズまで取っている。
そこに反撃したのは尚哉だった。
今まで黙って見ていたが、ガタッと席を立つと眼光鋭くにらみつけ、少しドスを聞かせた声で言った。

「…おいっ、何だか分かんねぇけど来て早々二言目が『こんなやつ』とは言ってくれるじゃねぇか」

一般的な人ならこれで片付くのだが、この男は動揺せずに逆に冷ややかな笑みを浮かべた。

「フン。あいにくキミには用はないんだがねぇ……穂刈クン、外野は黙っていてくれたまえ」
「ああ? んだとコラ。脳天イワすぞ」

怒る尚哉をあっさり無視すると、はじめに向かってこう言った。

「さやかさんとひかりさんを誘惑する資格などキミにはない」

結構大きな声で言っているのでクラス中に響いている。
それを聞いて、はじめ達の関係を知っているクラスの人たちはこそこそと話しだす。

『何言ってるのあの人…バカ?』
『いるんだよねぇ。ああ言う視野の狭すぎるかわいそうな人って』
『誘惑する資格って、あのひとにもないんじゃないの?』
『なにか勘違いしてるんじゃない?』
『ヘンな人……』
『あいつ普段から気にいらねぇんだよな。ちょっと金持ちだからって鼻にかけやがってさ』
『殺るか?』
『イワすか?』
『屋上・前歯か?』
『いやここは、放課後・東京湾・コンクリートだろ?』
『どっちにしろ生かしちゃおけん』

……一部に凄い事を言っている人もいたが、聞いているとその男子生徒の評判は良くないらしい。
むしろ男子からの評判は最悪最低の最下層か。
一学期が始まった頃こそ、さやかやひかりと仲がよいはじめ(尚哉)に嫉妬などがあったが、今となってはクラスの男子達は現状を理解したみたいで、ごくごく普通にさやかとひかりに話し掛けたりしている。
そんな彼らだからこそ、四人を特別・もしくは邪険扱いする者には怒りを覚えるのである。
それははじめの事が好きなさやかとひかりにとっても同じ事だった。
好きな人の悪口を言われれば誰だって“怒”の感情が現れるだろう。
まして、普段“怒”の感情とは何の縁もなさそうなひかりまでも……

「はじめ、これと知り合い?」
馬鹿がうつっちゃうよ〜」

ニ人とも普通に話しているようだが内面では相当に怒っているようで、特にさやかは彼をを『これ』と完全にモノ扱いしてるし、ひかりも微かにだが『馬鹿』に強調をこめてる。

「いや……知らないぞ。って言うかアンタ誰?」
「なっ!? 俺の名前を知らないだと!」
「あぁ。全く」

知らないものは知らない。と言うはじめに少々怒りのこもった言葉を浴びせる。

「俺は、かの有名な『烏丸グループ』の社長の息子の『烏丸大秀(からすま ひろひで)』だ! 覚えておけ!!」
「はぁ……まぁ烏丸だか鳥丸だかしらんが、俺に何の用で(と言うより、そんな会社名なんて聞いた事無いぞ? 本当に有名なんだろうなぁ? あんたの頭の中だけじゃないのか?)」

さも迷惑そうに言うはじめ。心の中では結構な事も言っている。
せっかくひかりが作ってきた昼ご飯を食べてる最中に水を差されたのだ。
不機嫌になっても無理はないだろう。

「鳥丸ではない、烏丸だ! ニ度と間違えるなッ!!」

典型的な間違えパターンか。
顔を真っ赤にして言う烏丸にいざ反撃とばかりに尚哉が駄目押しの一言を言う。

「何カッカしてるんだよ。ちょっとはカルシウムとって落ち着けよ『鳥丸』君」
「烏丸だ! 何度も言わせるな!!……とにかく、さやかさんとひかりさんを魔の手から救うべく、横浜一っ俺と勝負しろ!!」

―――他にもまだあったのだが、これ以上続くと長くなるのでここで切る。

とにかく、相手の訳の分からない強制的な決定で勝負をしなくてはいけなくなったはじめ。
だからこうしてテニスコートの中にいるわけだ。

「…なぁ、尚哉」

はじめはコート脇のベンチにさやかとひかりと共に座っている尚哉を呼んだ。

「ん、どうした?」
「あいつは……何で俺にテニス勝負を持ちかけてきたんだろうな。お前なら何か知ってるだろ?」
「いや、あんまり情報はない。けれどさやかとひかりが関係してる事は確かだろ。自分で言ってたし」

まったくバカな奴だよ……、と溜息とともに吐く尚哉。

「ふぅ〜。まったく人の大切な休日を潰しやがって。覚えてろよ……」
「横一の得意分野だ。さっさと片付けちまえ」
「元よりそのつもり」

「さぁて、お喋りの時間は終りだ」

鳥丸……いや、烏丸がこちらに歩いてきた。
それと同時に四人の目つきも険しくなる。

「それではルールを決めようじゃないか。確かキミはテニスが得意だったね?」
「肯定」
「それなら、こちらにハンデがあってもいいな?」
「構わない。逆手?」

とことん言葉を省略して、少しでも早く会話を終らせたいと願っているはじめ。
すでに彼の方すら見ていない。
完全に“無視”状態だ。
でもそんな事はお構いなし、とばかりに烏丸は言葉を続ける。

「いや、利き腕で構わないよ。ただし……」

何やら意味ありげな話し方と共に、一瞬だが目が光ったように見えた。

「こちらはダブルス……つまりニ人で戦わせてもらう」
「……ダブルスね。わかっ………って、はぁ?」
「たいした事はないよなぁ。なんて言ったってキミは高校生一位なんだろう?」
「おいっ! お前それはルールを逸脱してるぞ。そんなのいくら横一だからって無理に決まってる」

すかさず尚哉の反論が飛ぶ。
しかしそれを返したのは烏丸ではなく、はじめだった。

「いや……たぶん無理って事はないと思うぞ」
「……えっなんだって!?」
「そら不利には不利だけど……昔父さんと母さん相手にやっとことあるし」
「だからって!」
「…ならOKだな。ちなみに、こちらのもう一人の相手はアマチュアテニスで上位にいる人を連れてきた」

やや自慢げに話す烏丸だがそれを聞くものは誰もいなかった。
無視された事が悔しかったのか、少しむきになって言った。

「くっ……そうやって余裕しゃくしゃくなのも今のうちだぞ。これは勝負なんだ! 俺が勝ったら素直に従ってもらおう」

すると、さやかとひかりを指差し大きめな声で言った。

「俺が勝ったら、さやかさんとひかりさんを渡してもらおう!」

「…………………………は?」
「「……えっ?」」
「なっ何言ってんだお前……? 元からっぽいけど、頭と気でも本気で狂ったか?」
「狂ってなどいない。正常に考えて言ったまでだ。この勝負に俺が勝ったらさやかさんとひかりさんを渡してもらう。以上だ」

かなりむちゃくちゃな要求に、流石にはじめも怒りを通り越して呆れ返っていた。

「何を訳のわからないことを……人をモノ扱いするわ・賭け事の対象にするなんて本気のバカとしか言いようがない。俺にテニスを挑んできたのが運のつきだ。いいだろ、その勝負受けて立ってやるよ。そのかわり、こっちが勝ったらちゃんと条件を呑めよ」
「フッいいだろう。もしキミが勝ったら、だけどな」
「おっ、おい横一……」

心配そうに尚哉が呟く。
さやかもひかりも同じ気持ちのようだ。

「大丈夫。あんなヘボな奴さっさと料理するって」
「でも、はじめ……」
「安心しろって。さやか達は何も気にするな」

なおも言おうとするさやかに、ニッと歯を出してはじめが笑った。

「安心しなって。例えルールが変で相手がバカでも勝負を挑んできたんだ。受けて立ってやるさ」
「……もう。はじめもバカなんだから。負けたら許さないからね」
「絶対負けちゃダメだよ! はじめ」
「分かってるって。んじゃ、早く終わらせてくるわ」

こうして、訳の分からない試合が始まった。

しかし実際試合が始まってみるとやはりハンデに無理があったことを認めなくてはならなかった。
過去に両親を相手に一対二でやったことがあるとはいえ、それは単なる遊びに過ぎない。
負けても何らおかしくはないのだ。
でも今回は負けられなかった。
もし負ければ、さやかとひかりを渡すと言う異常極まりない条件をはじめは呑んでいるのだ。
それを阻止するためにも負けは許されない。

「(さやかとひかりを誘惑するとか俺に言ってたな……それは絶対お前の方だぞ。鳥丸野郎が)」

ニ人を護ると言うことを心に決めて奮戦していたはじめだが、やはり相手はニ人…いつまでたってもリードを取りにいけなかった。
逆に必死に食いついていくのがやっとである。

「だいじょうぶかなぁ……はじめ」

こちらは戦いの様子を見守るしかない三人。
自分もテニス部なので、今すぐにでも援護に回りたいひかりは心底心配そうな声を出した。

「今はまだ点差が開いてないからいいとしても、後半になればなるほど横一が先にスタミナ切れを起こすじゃねぇかよ。……くそっ! やっぱり二対一は無理だったんだ」

ダンッ!と座っているベンチに拳を叩きつける尚哉。
鳥丸君をイワす前にベンチをイワしてしまった。

「おい穂刈、横浜のやつ大丈夫なのかよ」
「あんなのいじめだぜ。って言うかテニスじゃねぇじゃん」

ネット越しにクラスメイトの男子が話し掛ける。
彼ら以外にもクラス全員がはじめの戦いぶりを心配しながら見守っている。

「俺たちのクラスのアイドルがあんなのに盗られたら……」
「ヘンな事言うな! それは絶対にあるもんか、横一がおいそれと負けるわけ……ない」

不利な状況を逸して、はじめがきっと勝ってくれる。
そう願っていたまさにその時―――

『あっ!!』

誰かのビックリしたような声が聞こえた。
コートを見ると、ネット際に落ちたボールを何とか裁いたもののバランスを崩して前のめりになっているはじめの姿が見えた。
ボールを返した相手コート目の前には烏丸がいる。

スパーンッ!!

渾身のスマッシュが放たれ球が一直線に到達地点に伸びていく。
しかし球が向かった方向はコート奥ではなく手前……しかも地面でもなかった。
ボールの延長線上にあるのは――バランスを崩したあと、ようやく体勢を回復させようとしているはじめだった。
そして………
誰もが声を発する間もなく、聞いていて嫌になるような鈍い打撃音が当たりに響き渡った。

ドサ……

「「ッ!!?」」

音と同時に崩れ落ちる人影。
辺りは一瞬だが時が止まったかのようにシ〜ンと静まり返った。
直撃。
この言葉以外に合う言葉はない。
烏丸の放った打球は寸分違わずにはじめの頭部を直撃した。
ぶつかったのはゴムボールみたいな軟式テニスボールなどではない。
試合で普通に使われている硬式ボールだ。
それが威力の落ちていない状態で頭に当たったのだから、ただで済むはずがない。

「はじめっ!!」

沈黙を破り、最初に駆け出したのはひかりだった。
続けてさやか・尚哉と駆け出す。
この異常事態に、周りにいるクラスメイトやギャラリーもどうしたんだとざわつき始める。

「はじめっはじめぇーッ!」

真っ先に駆け寄ったひかりがはじめを抱きかかえ声をかけるが全く反応がない。
もうひかりの目には涙で溢れている。
叫ぶ声にも涙声が混じりはじめた。

「横一っ! おい返事しろよ!」
「嘘…うそでしょ。はじ……め」

抱きかかえられているはじめを揺さぶって、大声で反応を確かめる尚哉。
さやかは、信じられない……と言った顔をして口元を両手で覆っている。

「…あっ!?」

ひかりの手や白いスカートに赤い色が広がっていく。
見ると、はじめの頭から血が流れ出ているではないか!

「きっ救急車だ! 救急車をよ――――」
「待って!!」

尚哉が周りに向けて救急車を呼べと言い切ろうとしたとき、それを遮るひかりの声。
なぜだ!? と直哉が振り返ると、そこには起き上がっているはじめの姿が。

「横一……? お前大丈夫か!?」
「……………」

血を流している所為かはわからないが、はじめの顔はいつもの穏やかな表情ではなくどこか怖さを思わせていた。
両目の間……眉間のあたりを流れる血を手で触り、それをじっと見つめていた。
そこに、あの嫌な笑みを浮かべながら烏丸がやってくる。

「おいおい、その体でまだ勝負を続けるつもりかい? いくらハンデでもそれは俺の事を舐めすぎじゃあないか」
「てッテメェざわとやっただろこの野郎!! ぶっ殺す!」

その一言にブチっと切れた尚哉が殴りかかろうとした時、はじめが腕をスッと伸ばし引き止めた。

「横一止めるな! こんな奴俺がフクロにしてや……る………?」

はじめの方を見た尚哉は急に固まってしまった。
その時のはじめは、今まで見たこともないような不敵な笑みを浮かべていた。

「尚哉……まぁ落ち着けや。頭を冷やせ。まだ勝負は終わっちゃいないぜ。それにこいつを倒すのはお前じゃない。俺だ」
「いやっ……でもお前、頭から血が……」

なんか、はじめの話し方がいつもと違いますよ?

「血? ああ……そんなのも出てるな。でもンなのカンケーねぇさ。ほっときゃじき止まる。……それより烏丸とかいった奴よぉ、俺に勝ってさやかとひかりを貰うだか戯言ぬかしてたな?」

睨むようにして烏丸を見るはじめ。
言葉遣いが普段ものもではなく、相当に悪くなっている。
そして、次の一言はありえないような衝撃的な言葉だった。

「お前なんかに渡しゃしねぇよ。ニ人はなぁオレのだ




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