〜18、この人だれ?〜

このお話からしばらくの間三人称視点で動きます。ご注意ください。


「ここ、か……」

少女はとある家の前に立っていた。
深めにかぶったつばの広い麦わら帽子を取ると、夏の風が彼女の短めの髪をゆらゆらとなびかせる。
スーハーと深呼吸をすると、ゆっくりと階段を上っていった。
トントントンとリズムよく上っていく。

「心臓が、ドキドキ言ってる……」

目的の家の前まで来て立ち止まった。
このドアの向こうに久しぶりに会うあの人がいる―――そう思っただけで頬が赤くなるのを少女は感じた。

「表札の名前は……間違えてないね。よしっ!」

両手でこぶしを作って、よしっ!と言った後ドアに手をかける。
少女が向かう家の表札にはこう書かれていた。
横浜 一と…。


「はぁ〜、今日も暑いわねぇ」

まだ午前中なのにすでに気温が三十度超えているなか、さやかはいつもの道を歩いていた。
今日のさやかの服装は涼しげな水色のラインの入った白いワンピース。それにこれまたつばの広い白の帽子と、白づくしだった。
それでも帽子についてる青いリボンや、さやかの黒くて艶のある長い髪がそれらを一層引き立てている。
パッと見ると、清楚なお嬢様に見えても全く違和感は無いだろう。

「はじめはまだ寝てるかな……あれれ?」

曲がり角に差しかかろうとしたとき、さやかはとある人物を見つけた。
とっさに近くにあった電柱に身を潜める。

「はじめ……?」

すぐ前の十字路をはじめが通り過ぎていった。
それも、さやかの知らない女の子を連れて。

「こ、これはひかりに知らせないと!」

はじめが見えなくなると、さやかはパッと踵を返してひかりの家へ向かった。
今向かっているのは普段のひかりの家ではない。
それならはじめの家の隣でいいはず。
彼女が向かっているのはひかりの実家なのだ。
どうしてかと言うと、ひかりの両親が『夏休みくらいは家に帰ってこないか?』と言ったから。
それで旅行から帰ってきて以来ひかりは実家の方で生活してる。
十分くらいして、家に到着する。
呼び鈴を鳴らして待っていると中からひかりが出てきた。

「あれっ? さやかどうしたの」

ひかりはいつもしているポニーテールではなく、普通に下ろしている髪形になっていた。
いつも見ているときでさえ長いなぁと思っていたが、下ろしたのを見て改めてひかりの髪の長さに驚かされたさやか。
自分の髪は背中の真ん中くらいの感じだが、ひかりのはそんなものではない。
驚くなかれ、なんと太もも付近まであるのだ。

「……あっそうだった。ひかり、大変なのよ。はじめがね―――」

さやかはさっき見かけた事を話した。
初めの内はうんうんっと聞いていたひかりだったが、みるみる表情が変わっていきしまいには目に涙をいっぱい溜めていた。

「うぅ、ひどいよぉ。クスン……他の女の子と一緒にいるなんて…スン……」

ポロポロと幾つもの雫が地面に落ちていく。

「ひかり、きっと大丈夫よ。だからそんなに泣かないで。とにかく事実を知るためにもはじめの家に行ってみましょ」
「うん……」

両手の甲で涙を拭きながらペタンとお尻をついて泣いてしまっているひかりは、正座を外側に崩したような感じで座ってる。
何とか座り、とか名前があるようだが思い出せない。
数分後、ようやく泣き止んだひかりと共に一路はじめの家へと向かったが、そこには誰もいなかった。

「いないね」
「もしかしたらひかりと同じく実家にいるのかも。ひかり、こっちよ」
「あっ、待ってよ〜」



所変わって、こちらは横浜家。
ここには何やら溜息をついているはじめとそれを見て何か言っている父親と、誰かと話している母親がいた。

「はぁ〜…」
「ため息なんてついてどうしたんだ。そんな暇があったらラケットでも振ってろ」
「んなこと言ってもさ、この状況を見て何も思わないわけ?」

目線の先には、一人の女の子の姿が。
しかし、父親は顔色一つ変えずに言った。

「別になんとも思ってないがなぁ。それにしても、本当に久しぶりだねぇ翔子ちゃん」
「お久しぶりです。叔父さん、叔母さん」
「ゆっくりして行ってね。家に遊びに来るなんて一体何年ぶりかしらね?」
「お〜い、俺の話を聞いて……るわけないね。こりゃ」

いつしか、両親と翔子と呼ばれた少女が三人で話しており、する事がなくなったはじめは庭へと出る。
縁側に腰掛けていると、額から汗がつーっと伝ってきた。

「はぁ。まったく……どうなってるんだ一体」

それは、今日の朝の事だった。
はじめは右手が誰かに掴まれているような感覚を覚えたので目を開けた。
するとそこには、見知らぬ女の子が安らかな寝息を立てていたのだ。

『う、ん………って、えぇ!?』

一気に意識が覚醒して、ガバっと起き上がるはじめ。
すでに眠気などこれっぽっちも残っていなかった。

『い、一体…誰?』

すると、寝ていた女の子が目を覚ました。

『ふにゅ……あっ、おはよう…はじめちゃん』
『えぇっ!? そ、その……だっ誰、ですか?』
『え……ひどいなはじめちゃん。私の事忘れちゃったの? 翔子だよ。和泉翔子』

ここで、はじめは何かに思い当たった。

『翔子……和泉……もしかして、あの翔子?』
『うんっ』

まだはじめが小さかった頃に、遊びに行っていた親戚の家にいた女の子。
その子が彼女なのだ。
もう何年も会っていないので、はじめが分からなかったのも無理はないだろう。

『あぁー、凄い久しぶりだな。でも何で俺の部屋にいるんだ? 俺が一人暮しを始めたなんて教えてないはずだけど』
『叔母さんに聞いたの。それで早く会いたいと思って朝早くから来ちゃった♪』
『朝早くって…電車でも片道三時間くらいかかるだろ』
『始発で来ちゃった♪』
『なっ、何とまぁ〜凄い事』
『それにしても〜しばらく会わないうちにカッコ良くなったね。はじめちゃん』


「―――突然来るんだもんな〜。いやホントに参った」
「突然って、誰が来たの?」
「誰って、俺のいもう……ッ!?」

不意に話し掛けられそちらを向くと、はじめは夏だと言うのに一瞬で凍りついた。
なぜなら、そこにいたのは…

「さ、さやかぁ!? ひかりぃ!?」

そう、そこにいたのはさやかとひかりだったのだ。
さやかはニッコリと笑っているけど、目は全くと言っていいほど笑っていない。
ひかりはまたも目に涙を浮かべていた。

「はじめぇ〜ちょぉっと来てもらってもいいかしら? 勿論、イ・ヤ・とは言わせないからね」
「はじめ……女の子と一緒に歩いてたってホント?」
「いや、あの……それはだな」
「はじめ、拒否権があるとは……思わないでね?」

さやかによって拒否権を無効化されたはじめは、ズルズルと引きずられていく。
その姿は浮気がバレて奥さんに強制送還される夫そっくりである。
そしてはじめが拉致されたしばらく後に、翔子と呼ばれた少女が庭に出てきた。

「あ〜つい長話しちゃった。あれ、はじめちゃん?……何処だろう」

庭にいたはずのはじめを探す翔子の姿があった。


またまた所変わって、ここは横浜 一の家である。
ニ人に連れてこられたはじめは、相対するような形で座っていた。
しかし誰一人話そうとはしない。
黙ったまま刻々と時は流れていった。

「(俺はなぜここに連れてこられたんだ? 一体何をしたんだ??)」

自分が何故この境遇に陥ったのか分からないはじめ。
何かしたかよ〜く思い出してみるがやっぱり何一つ思い当たる点がない。
そこで、思い切って聞いてみる事にした。

「な、なぁニ人とも。お、俺が何かしたか?」

それに対する返答は、実にあっさりしていた。

「答えは一つ。あの女の子は一体誰なの?」
「彼女何て事は、ないよね?」

彼女? 一体何の事だと思っているはじめだが、すぐに思い当たった。

「いや、あれは彼女なんかじゃないさ。ただ――」
「…ただ?」
「うぅっ……」

ここで洒落の一つでも言おうものなら、確実に大変な事になるだろう。
その威圧感の所為かわからないが、はじめの額から首を通って、汗が一つ伝っていった。

「そっそうだニ人とも。喉渇かないか? 麦茶でも入れるよ」

さっと立ち上がって、冷蔵庫へと向かうはじめ。

「今は話を聞きたいんだけど…。でも、私ものど渇いちゃったから麦茶飲もうかな…ね? さやか」
「何だか話をそらされた気がするけど……確かにのど渇いたわね。そうしましょうか。それにこの部屋いつの間にか暑くなってる……ふぅ」

そう言って服の胸もと部分をつまんでパタパタと風を送り込んでいるさやか。
部屋の中は冷房を入れないで窓を開けただけの状態だったものだから結構暑くなってる。
はじめが冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出すと、コップを三つおぼんに載せて持ってきた。
『いただきます』と三人揃って言うと、麦茶を飲む。
暑くなった体を冷たい麦茶がしみわたる…。

「はぁ〜冷たくて美味しい…」
「冷たい緑茶もいいけど、たまには麦茶もいいかもしれない」
「ふぅ、生き返ったよ〜」

やっぱ夏は冷たいお茶だな〜と、改めて思った三人だった。

「ねぇ、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
「……そうだな」

話す事を決意したのか、それとも逃げ切れないと思ったのか、はじめはニ人に話そうとした。
そもそも、これは隠すような事でもないのだが。

「実は、あいつは俺の―――」

ピンポーン
その時、客の来訪を告げる呼び鈴が鳴った。




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