〜2、思い人〜


私には小さい頃から好きだった人がいた。
でも、その人はある日急に引っ越していってしまった。
私の前からいなくなってしまった……
……それから随分と経って、もう一度その人と巡り会えた。
覚えてないかもって思ったけど覚えていてくれた。
ひかりって呼んでくれた……
嬉しかった。
私の事を覚えててくれた事がとても……嬉しかった
―――


チュッ――

静まり返った教室に響く水っぽい音の正体が何かは、すぐ目の前で起こってる事を見れば解る。
今のは唇と唇が重なった音……それも今日来たばかりの女の子が、突然一人の男の子に抱きついたかと思うと、そのまま倒れこみ何とキスまでしていた。
――暫くの静寂の後、それを破ったのは先生ではなく幼馴染のさやかだった。

「あなた達……ここは学校よ? ちゃんと弁えてるんでしょうね」

冷静そうに言っているように見えるが、付き合いの長い俺にはわかる。
明らかにさやかは怒っている。何でか知らないけど怒ってる。
変なことを言ってこれ以上大事にならないよう黙っていた。
って言うか、言える状態にない。

「千堂さんって言ったかしら。いい加減起き上がったらどう? 下敷きになってるはじめがかわいそうよ」

それを聞いて顔を真っ赤にしながら起き上がるひかり。
どうやら今自分がやった事を思い出したらしい。
俺は倒れたまま動かなかった。いや動けなかった……頭が混乱してたから。
でも、そんなのはお構いナシにさやかは俺の耳元に口を寄せた。
すぅーっと息を吸う音。
ま、まさか……!

「はじめも、いつまでも寝てないでさっさと起きなさい!」
「どわあぁぁぁ〜っ!!?」

耳元で大声だしやがった!! み、耳がぁ……

「さやか……耳元で大声出すなよ。鼓膜が破れるかと思ったぞ!」
「はじめがすぐに起き上がらないからいけないんでしょ?」
「だからってなぁ」
「なによ―――あら?」

何かを思い出したのか、周りを見回すさやか。
しかしすぐ後にはひかり同様顔を真っ赤にしていた。
俺も習うように見回してようやく把握。
……ここ、学校の教室だったね。
先生とクラスのやつら全員が、唖然とこっちを見ていた。

「…ゴホン。とりあえずお前ら、後で職員室に来なさい。千堂、横浜、秋津、それと穂刈も、いいな?」

何故か何もしてない尚哉までお呼ばれされました。

「えっちょ……ちょっと待ってくださいって! なんで俺まで含まれてんすか!?」

当たり前だが、異議を唱える尚哉。
それに対する先生の言葉は誠にシンプルだった。

「いいから来るんだ」
「…うそーん」

結局、その後は何事もなかったかのように自己紹介は進み、ホームルームも終わってあっという間に放課後になった。
お呼ばれされた俺たちは職員室で一時間みっちり説教を食らい、半分げっそりして教室に戻ってきたわけで……。

「俺が、俺が何をした……」

全く関係ないのに、一緒に呼ばれた尚哉は完全に怒られ損だ。
しかも呼ばれた理由が『いつもイロイロやってるからついでにまとめて』とのこと。
悪い事するもんじゃないなぁと実感した次第。

「はぁ〜。初日から先生に目をつけられちゃったわね」
「もうこの学校で俺達の事知らない奴っていないんじゃないか?」
「目立つもんな〜。特に、横一とさやかは」

のほほんと尚哉が言い放つ。
いや、お前もある意味十分目立ってると思うぞ。あとそれと横一って言うな。

「さて……じゃあ、さっきのはどういう事なのか話してもらいましょうか」
「あ、あぁ――」

ようやく話が戻される。
さやかの言うとおり、前の事だ。
さやか達の知らない過去。俺がこの街に来る前の出来事、そしてそこで出会ったひかりの事も。
簡単にだが説明していった。
結構覚えてるものだ。もうずいぶん経つのに、スラスラ言葉に出てくる。

「……ふ〜ん、そうだったの。でもそんな昔の事をよく覚えていたわね。それに十一年も前だったら面影も違うでしょうに」

しみじみ呟くさやかに、ひかりが頷いた。

「うん……名前が同じで、特技まで一緒だったからまさかって。それでホントにあのはじめだってわかった時は凄く嬉しくなっちゃって、それでつい……ごめんなさい」
「ううん、いいのよ。別に責めてるって訳じゃないから気にしないで。……じゃあ今日は千堂さんの歓迎会をやらないとね。せっかく会えたんだからお祝いしてあげなくちゃ」
「あ、ありがとう。秋津さん」
「秋津さんだなんて……さやかでいいわよ。さん付けで呼ばれるのって苦手なのよね」
「そ、それなら私もひかりでいいよ。ちゃんとかさん付けは慣れてないから」
「それじゃあ改めて、よろしくね。ひかり」
「こちらこそよろしく。さやか」

お互いの手が重なる。
どうやら二人は仲良くなれたみたいだ。
ふぅ、何とか一安心かな……

「――という訳で、これからはじめの家でひかりの歓迎会をやるわよ。費用は全額はじめ持ちね」
「な、何で俺が全額出さないといけないんだよ。こう言う時はワリカンだろ!?」
「あら……はじめ、まさか朝の事を忘れたとは言わせないわよ〜?」

……思い出しました。
……拒否権はない。俺が悪いんだから……

「分かったよ。じゃあ皆で買い物にでも行くか。一旦家に戻ってそれから俺の家の前に集合。それでOK?」

まぁ、寿司より値段も手ごろだろうし何とかなる……よな?
大体予定も決まって、四人で何気ない話をしながら学校を出て帰路につく。
この頃にはひかりもずいぶん馴染んできたみたいで、笑顔も自然になってきてる。
いい事だよな。うん。
学校から家までそんなに遠くない距離なので、すぐに一番近い俺の家の前についた。

「んじゃあ、また後で」
「後れちゃダメよ。はじめ」
「待ち合わせがすぐそこだからって、寝るなよ〜」
「わかってるって、さやかも尚哉も遅れるなよ」

そう言って二人と別れた後、階段を上ろうと足を踏み出す。
何故かひかりも後をついて来た。

「な、なんで後をついて来るんだ、ひかり?」
「何でって、私の家はここだよ」

階段を上り終えて、ひかりが指差す先は俺の部屋の隣だった。
ちゃんど表札には“千堂”と付いてる。
そう言えば……先日引越しをやってたようだったけど、まさかひかりだったとは。
灯台下暗しとはまさにこの事を言うんだろうな。

「俺の部屋の隣、か」
「お隣同士だね、はじめ♪」

ふふふっと笑うひかり。
だがすぐに黙ってしまい、悲しそうに下を向いてしまった。
心配になってので声を掛けようとしたときに、急にひかりが抱きついてきた。

「お、おい。ひかり……」

俺の手が置き場所を求めて宙をさまよう。

「会いたかったよぉ。急にいなくなっちゃったあの日から、心配で……ずっと会いたかったんだから。はじめ………」
「ひかり…」

俺は、ひかりの頭をそっと撫でてあげた。
こう言う所は昔とちっとも変わってないな……




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