〜1、突然の転校生〜


〜早朝、一宅内……〜

『め………きなさい!』

う……ん、誰だよ。
人が心地よく寝てるのに……

『…じめ! 早く起きなさいってば!』

んん……もう……静かに寝かせてくれよ。

ごろん……ふにっ

「なっ!!?」

……ん? 何か当たったぞ。すごく柔らかいなぁ。

ふにふに

「ひゃぁっ!…………あ、あんたね〜……この変態!」

すぱぁ〜ん!!

脳天に一閃!
眠気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。

「むごっ!?……さ、さやか? なにすんだよ……いきなり叩くか普通?」

俺は頭をすぱんと叩いたヤツ――秋津 さやか――に文句を言った。
しかし彼女は謝るどころか表情を変えるどころか、怒ったまま俺を見てる。
な、なんだ……何かしたか?

「あんたねぇ、人の胸を触っておいてよくそんな事が言えるわね」

はぁ? 俺が、さやかの胸を?
そんな事するわけ―――ん、待てよ?
ひょっとしてさっきの柔らかい感触というのは……

「……柔らかかった」
「!!!ばかあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」

すぱぁ〜ん!……ドサリ

俺は自分の言った事に心底後悔した。
そんな事口に出すものじゃあないだろう。それも本人の目の前で。
あー、命は粗末にするもんじゃない…な……パタッ


「はっはっはっは! まったく何やってんだよお前は。寝たフリして襲うとは大胆な奴め」
「べっ別にわざとやったわけじゃない。それになんだよ寝たフリって……そう、あれは事故だ事故。予期せぬ事故だったんだ。なぁ、さやか?」
「ふんだっ」

ははは……さやかのやつ完全にご機嫌斜めだ。プイッと顔をそらして全然話を聞いてくれない。
やっぱり俺が一方的に悪いよなぁ。
いくら幼馴染とは言え女の子の……もう一回謝っておこう。

「さやか〜許してくれよ。あれは本当に事故だったんだから……頼むこの通り! お詫びに何でも言う事聞くからさぁ」

ピクッ……

さやかの肩が少し動いた。これは興味を持ってる証拠。
もう一押しか。

「なぁ、小学校からずっと連れ立ってきた仲じゃないか。悪気があってやったんじゃなく、あれは事故だったんだから許してくれって。頼むよ」

なんか今の俺って、プライドの欠片もないって感じ?――ああ、元々ないか。

「……ホントに、何でもいいの?」
「え? あ、あぁいいぞ(なんかイヤな予感が……)」

そういうときに限って、予感は的中するもの。
さやかがニッコリと不敵な笑みを浮かべたと思ったら、

「じゃあ、お寿司」
「へっ!?」

なんて言って下さりました。
す、寿司とな?

「お・寿・司・よ。ここ最近食べてないからな〜。尚哉も食べてないでしょ?」
「俺? まあそりゃ食べてないけど。なんでだ?」
「じゃあちょうど良いわね。今日のお昼ご飯は“はじめの奢りで”三人でお寿司屋さんに決定〜♪」

パンッと手を叩いて喜んで見せるさやか。
ってて、ちょっと待ってくれ!
なんか話がおかしいぞ。

「ち、ちょっと待て! 何で尚哉にまで奢らないといけないんだ。それに寿司屋は高いから却下!」

慌てて反論するも、さやかが勝ち誇ったような笑みを浮かべて俺に言った。

「あれぇ? はじめにそんな事言う権利なんてあったかな〜? あたしは傷ついてるんだけどな〜。胸を触られたんですものねぇ。個人的にはお寿司でも安いくらいよ」
「ぐっ!」

トドメの一言だった。
もう俺には言い返す材料がありません……ハイ。

「……はぁ、わかった分かりましたよ。尚哉も一緒に、三人でお昼は寿司屋だなぁ」

自業自得とはいえ、今月の仕送り大丈夫かなぁ……
どうやら今月は早くも緊縮財政を発動しないと駄目みたいだ。
そんなことを話しているとあっという間に学校に到着。
今日から新学期・新学年。
俺達は二年になるのでクラス替えがある。
なんとも不思議な事に、さやかと尚哉とは小学校以来ずっっっとクラスが一緒で、バラバラになった事など一度もない。
そして今回もまた同じクラスになった。
あまり用のなかった階段を上がって、教室に着くと既に先生がいた。
何処でも好きな席に座っていいと言ったので、まだ空いてる一番後ろの窓側に俺とさやか、隣の列の一番後ろに尚哉が座る。
やっぱり後ろがいいよなぁ。何かと便利だし。
だから一年の時もここと同じ場所に。
正直見晴らしがホンの少し良くなっただけで、あまり変化を感じられないな…。
取り留めのない事を喋っているうちにチャイムが鳴って、他にも雑談に耽っていた生徒が席に着く。最初のホームルームがはじまった。

「えー、クラス担任の『佐藤』だ。知ってる奴はいると思うが教科担当は数学。勿論うちのクラスも含まれてるからよろしくな。 さて、短いが堅苦しい挨拶は終わりにして、突然だが転校生を紹介する。喜べよー男子諸君、女子だ」

途端にざわざわと男子生徒を中心に騒がしくなる。
それを手で制すと廊下に向かって『入ってきていいぞ』と言った。
ガラガラガラ……
ゆっくりとドアが開いて、女の子が静かに入ってくる。
長い黄色の髪の毛を後ろで縛っていた。
ロングポニーテールと言ったところか?
にしてもかなり長いな……リボンで結んでても髪が腰あたりまで来てるし。
それに首にペンダントを付けているあたりが何とも可愛く見える。
真ん中まで歩いて教壇の前に立つと、先生が黒板に大きく名前を書いた。

――千堂 ひかり――

ドクンッ……

えっ……?
その名前を見たとき、俺はどこかで聞いた事のある名前だと思った。
よくよく見てみれば、彼女の着けてるペンダントも見覚えがあるような?
う〜む、なんだろう。胸騒ぎがしてきた。
もしかすると、あそこに立ってるのは――――

「それじゃ、簡単に自己紹介をしてくれ」
「あっはい。え〜と……親の仕事の都合でこちらに越してきました。千堂ひかりです。よろしくお願いします」

!!
……やっぱりだ。あの子は間違いなくあの『ひかり』だ。
でも、名前が一緒の人違いって事もあり得るしな……う〜ん。でも当たりな気がする。

「じゃあ、初めて一緒になってまだ知らない顔もあることだし、これから全員の自己紹介をするか。じゃあそこの窓側の先頭からドンドン言っていけ」

窓側って俺の座ってる列からだから、えっと――七番目だ。
一人一人立って、簡単な自己紹介をしていく。

「じゃあ、次」

遂に俺のひとつ前、さやかの番になった。
スッと立ち上がるその姿は男なら思わず見とれてしまう程だ。
現に何人かの男子はさやかの事をじっと見てる。

「秋津さやかです。去年は一年三組でした。これから一年間どうぞよろしくお願いします」

ペコッとお辞儀をするさやかに男子の視線が集中してる。
この野郎どもが。変な目で見るんじゃない。

「よし。じゃあ次」

……俺だな。まぁ無難に行くかね。

「横浜一です。趣味特技共にテニス。後は特にありません。どうぞよろし―――」

「えぇっ!?」

誰かの声とともに俺の自己紹介は中断。
いきなり驚きの声をあげたのは転校生の女の子だ。
今までさやかに集まっていた視線も、一気にその子に向いた。
なんだなんだ……と辺りがざわつき始める。
やがてその子がこちらへと――いや、確実に俺のほうに向かって来る。
心臓がドキドキ言ってる。
ザワついてたクラスも静まり返った。
そして、彼女と遂に対峙……
臆することなく口を開いたのは彼女の方だ。

「ねぇ、もしかして……ずっと前に春日井町に住んでなかったかな?」

いきなり確信を突かれました。

「い、いたけど……それが?」

言葉が少しだけ震えてる……なんだろう、意識してないのに身体が強張ってる。
彼女が制服の胸元に手を添えると、前に出すようにしてペンダントを俺に見せた。

「このペンダントに見覚えは?」
「い、いや……ないな」

自分がとても動揺してるのが解る。ボロが出るのも時間の問題だ。
すでに俺は相手が『ひかり』である事を確信してる。
あのペンダントも、俺があげたもので間違いない。
彼女がひかりだからこそ、こんな態度をとるわけだ。
…何故かって?
俺だってわかった時は絶対にひかりは――――

「そっそもそも、俺がキミのペンダントの事を……知るはずないだろ?」
「う〜ん……人違いなのかなぁ。でもさ、このペンダントって形悪いよね。それにすっごく子供っぽいし……きっと送り主のセンスが悪かったんだよね」

なっ……!?
ちょっとカチンと来た。
まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかった。
制御してたタガが外れて、思わず言葉が出てしまう。
つまり、それは自分が本人だという事を……

「そ、そこまで言う事ないだろ。あれは小さい頃の話なんだし、それにいつまでも着けてるひかりだって同じじゃない……か…………あ」

ついカッとなって、遂に言ってしまった。
目を見開いてるひかり。
きっと驚いてるんだろうなぁ。
でもすぐに顔を下に向けてしまった。
あ〜俺の馬鹿…
もう誤魔化しようもなく、後は流れるが如く……

「あ、あの……だな……ひか…り……?」
「……り……じめ…だ……」

顔を俯かせてるから表情は分からなかったけど、さっきまでの彼女は何処へやら。
軽く肩を震わせてる。
直後、顔を上げ、溢れんばかりに目を潤ませたひかりが言った。
いやもとい、叫んだ、の方が正しいかも…?

「やっぱり……はじめだ。私のずっと会いたかったはじめだ! 会いたかったよ、はじめ!!」

刹那、ひかりは俺に抱きついてきた。
ボロが出て真っ白になってる俺に耐える力などあるはずもなく、抱きつかれた勢いで床に押し倒されてしまった。
強かに打ち付ける背中。でも不思議と痛みは感じなかった。
……もうどうにでもなれ……
心の中で滝のような涙を流している俺は、そのまま硬直していた。
突然の出来事に、し〜ん、となる教室。
一番驚いてるのはむしろ他のみんなだろう。
今日来た転校生が、何故か一人の男子生徒に涙流して抱きついて、しかも押し倒した!?
言葉が出ないのも無理はないか。
そして、俺には更なる追い討ちが待っていた。
それは――――

「はじめ……」

ひかりの顔ゆっくり近づいてきて、その潤ませた目を閉じる。
そしてすぐ後に……

チュッ――

静まり返った教室に水っぽい音が響いたのはすぐ後の事だった。




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