日常は突然に消え去る 四
離れたくない……。
離したくない……。
ずっとずっと、側にいたい……。
だからこそ――――――
「はじめと離れても寂しくないように…いつも繋がっているって分かるように、いつも一緒にいるって分かるように、私に、教えてくれないかな―――――」
涙の線が一筋、頬を伝っていく。
それを拭おうともしないで、ひかりは俺をじっと見つめていた。
そして求めていた。
俺との、繋がりを。
離れていても、側にいるんだって言う証拠を……。
「…………んっ……んん…」
俺は何も言わずにひかりにキスをすると、そのままこちらから押し倒した。
さっきとは、逆になったな…。
ひかりにのしかかる様に身体を密着させて、いつもとは違う深く長いキスをする。
普段の自分では考え付かないくらいに。
もしかしたら、ひかりと離れてしまうことから自然と来てるのかもしれない。
頭の中を真っ白にして、ひかりのことだけを考えながら唇を重ね合わせていった。
深く、とろけるようなキスを……。
「……ちゅっ……ふぁ……ん…はじ…め……」
長いキスの後で、名残を惜しみながら離れる二つのくちびる。
おそらく、いやきっと、ひかりはこれから先のことも考えてるに違いない。
確かに……たしかに、繋がりは欲しいと思う。
俺だって、離れ離れになるのはイヤだ。
でも……
「……はじめ?」
そのまま動かない俺を見て不思議に思ったのか、ひかりが俺に問いかけるようにして名前を呼んだ。
「どうした、の?」
「………………」
「はじめ…なんで、止まっちゃったの?」
「……やっぱり、止めよう」
「えっ?」
「こんなの良くないよ。慰めにしかならないなんて、俺はいやだ」
「どうして…? どうしてそんな事言うの? 私の事……」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、なんで……!」
「ひかりはもう、俺と会えないと思ってるのかい?」
「え……っ?」
「会えなくなるかもしれないから、最後の思い出に……とか、そう言うのだったら俺はやだ。今生の別れだなんてのは、ゴメンだ」
「そんな……」
「もう会えないわけじゃないだろ? 俺もひかりも、もう子供じゃないだろ? 会おうと思えばいつだって会えるんだよ。会えなくったって、手紙とか電話だってできる。もう昔とは違うんだ。だから、そんな別れの前の…なんて事でするのは止めてくれ。絶対に、また……俺の元へ戻ってきてくれよ」
「はじめ……」
再び溢れそうになる涙を溜めたひかりの目をじっと見つめながら、ハッキリと、そして心からの思いを込めて伝えた。
「俺はどこにも行かない。ひかりが来るまで、ひかりの事だけを待ち続ける。そして、再び会えたら……この続き、しよう」
「………………」
「…ちょっと、変な言い方だったかな」
「……ううん。そんな事、ないよ。むしろすっごく嬉しいよ」
「ひかり……」
「確かに、はじめの言う通りかもしれないね。悲しさいっぱいよりも、嬉しさとかが胸いっぱいのほうが、いいもん。慰めになっちゃうのは、私も……イヤだ」
再び頬を伝う涙。
それでも、ニッコリと笑ったひかりは俺の首に腕を回して自分の下へ引き寄せると、母親が子供に話しかけるように、ゆっくりと言った。
「はじめ……私、絶対に帰ってくるよ。いつになっちゃうか分からないけど、必ず……絶対に」
「……うん」
トクントクントクン……
ひかりの胸から伝わる鼓動が俺の心を癒していく。
「帰ってきたら、もう絶対に、離さないでね? 私から、離れないでね」
「…もちろん。頼まれたって離れない」
「……でも、それでもちょっぴり寂しいけど、今日は……今回は、キスだけで我慢するよ。でも、次は…ね?」
「うん。分かってるさ……なんかこれ言うの、恥ずかしいな」
「はじめぇ〜。もっと真面目になってよぉ」
「あはは……ごめんごめん」
そう言って俺もひかりのことをギュッと抱きしめた。
俺も、本当は名残惜しいけど……
言った本人の俺が、自分から破ったら何の意味も無いから。
「ねぇ、はじめ」
「うん?」
「今の話からすると、さ」
「うん」
「キスまでだったら……いいんだよ、ね?」
「そりゃ、キスぐらいだったら……今だけじゃないんだし」
「だったら、もっとたくさん……したいな」
「えぇっ?」
「せめて、今の間だけは、恋人として彼女として、幸せなひと時を過ごしたいもん」
「……わかった」
「ごめんね。わがまま言っちゃって」
「いやいや。むしろ俺も、もっとひかりとキスしたい」
「はじめ……」
この日のキスを、俺は絶対に忘れない――――
「――――で、本当にいいの? 見送りに行かなくて」
「あぁ」
「絶対に行くと思ったのに」
「俺も」
頭上でさやかと尚哉が話てる。
この会話の中に、ひかりはいない。
ずっと座っていたすぐ目の前の席も、今では空席だ。
三学期が始まってすぐの今日、ひかりは飛んでいく。
クラスに別れも告げれずにだから、よほど急だったんだろう。
みんな驚いていた。
さやかも、尚哉も。
だから変化の無い俺を見て、見送りは? とか言ってるんだろう。
俺が今学校にいる以上、見送りにはまず間に合わない。
いや、あえて行かないんだ。
未だに話を続けてる二人には聞こえてないかもしれないけど、俺は小さく呟いた。
「その必要は、ないからね……」
俺が見送りには行かないその代わり、ひかりにはとっておきのボディーガードを連れて行ってもらうことにしたんだだから。
「(見えなくなっちゃった……)」
雲の下に見えてた陸地も見えなくなって、いまじゃ蒼い海が顔を覗かせてる。
はじめは……今、なにしてるかな……。
さやかも尚哉も……他のクラスのみんなも、何も言わないでいたから、驚いてるかな……。
でも、絶対に帰ってくるよ。
だって、私にはこれがあるから。
これがある限り、私はあなたのもとへと帰っていけるんだ。
「はじめ……行ってきます」
それは、別れの挨拶なんかじゃなくって、行って来ますの挨拶。
必ず帰ってくるからって言う誓いものとに、私はこれをもらったんだ。
首に掛かってる、ずっと昔からのおもちゃの宝物。
そして窓にかざした私の手。
窓越しに入る太陽の光を浴びて輝くその手の薬指には、銀色にキラリと光るリングがはめられていた。
これが、私とはじめを繋ぐ唯一無比の……心から大切にするもので、これははじめ自身なんだから。
はじめは、いつも私のすぐ側にいるんだから。
〜 4.日常は突然に消え去る 〜
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