日常は突然に消え去る 三

幸せな時間。
ずっと続くと信じて疑わなかった日々。
でも、それは――――


年も明けて、正月三が日もあっという間に過ぎて。もうすぐ冬休みが終わろうとしていたある日のこと。俺は親に呼び出された。
何かと思いながら家を出たところに、ちょうど隣のドアが開いて中からひかりがでてきた。

「あっはじめ〜」
「ん、おぉひかり。おはよ」
「おはよ〜♪ 今はじめの家に行こうと思ってたんだよ」
「そうか。でもわるい……ちょっと用事があるんだ。急に親に呼び出されたもんで」
「いつごろ帰ってくるの?」
「いやーそれはちょっとわかんない。すぐかもしれないし遅くなるかもしれないし……」
「む〜、それならしょうがないね」
「ゴメンな」
「ううん。はじめは何も悪くないよ。じゃ、気をつけてねっ」
「おぅ。それじゃ」

それにしても、一体なんのようなのかな……。
くだらない理由だったらすぐに帰るとしよう。

ガチャ……パタン。
「あ〜ぁ、はじめはお出かけかぁ」

せっかく今日も一緒にいようと思ったのにな。
でも……呼ばれちゃったのならしょうがないよね。
私だってそういう時もあるんだし。
はじめは何時に帰ってくるか分からないって言ってたし……今日は何してよう。

「取りあえずはお掃除しようっと」

……一時間後……

「ふぅ〜っ終わりっと」

ふと時計を見たら、あらら。まだ一時間くらいしか経ってないや。
お部屋自体そんなに広くないからあっという間に終わっちゃう。
次は何をしようかな〜。
「あ、そう言えばはじめにあげようと思ったマフラー作ってる途中だったんだっけ……」

バレンタインデーにあげようかなって作り始めたマフラー。
最近ははじめと一緒にいる時間がほとんどになってなかなか進められなかったから、今のうちに進めちゃおうっと。

「よぅ〜し、頑張るぞぉ!」

カッチコッチと時計が進む音を聞きながら、黙々と編んでいく。
編むのが初めてじゃないからそんなに苦労する事もないし、鼻歌なんかも歌いながら進めてたら、なんとお昼前には……

「完成、しちゃった」

すごい集中ぶり……まさかお昼前に完成しちゃうなんて。
自分でもビックリだよ。
これもはじめへの想いが詰まってるからかな。なんちゃってね♪
さて、と。なんだかあっという間にお昼になっちゃったからそろそろお昼ご飯を作らないと……。
いつもならはじめと一緒に食べるんだけど、今日はいないからね…。
久しぶりに一人で食べるのかぁ。
ちょっと……寂しいかな?
はじめ、早く帰ってこないかな〜。
そんな感じで午前中が過ぎていって、午後は何しようかなって考えながらさやかからもらったお茶を飲んでたら急に電話が鳴った。

「誰だろう。はじめかなぁ」

はじめだったらいつも携帯電話に掛けてくるんだけど……他の人かな。

カチャッ

「もしもし、千堂です」
『あ、もしもし。ひかりかい?』
「あれ、お父さん?」

電話の相手はお父さんだった。
本当に珍しい。一体なんの用なんだろう?

『いま時間あいてるかい?』
「うん、あいてるけど……どうかしたの?」
『実はちょっと大切な話があるんだ。驚かないで聴いてくれるかい』
「う、うん」

大切な話……?
ドクン……
まだ聞いてもいないのに、何故か心臓が早く動き出した。
そして、その内容は……。

『実はな―――――――』
「……えっ……?」

……うそ……

『――――――――――』

……なんで……

『――――――――――』

……そんな、そんなのって……!

『……と、言うわけなんだけど……もしもし、ひかり?』

ガタン
…私の手から抜け落ちた受話器が、だらんとぶら下がった。
…そこから聞こえるお父さんの私を呼ぶ声。
…何がなんだか分からない。
…どうして、こんなことに……。
……はじめ……


「……まさか昼ごはんに呼ばれるとは」

朝の電話の内容。
家に行って聞かされたのは、結構有名らしいレストランのお食事券の話。
なんでも、母さんがこの間商店街でやってた年末福引大会で一等賞を当ててもらったらしい。
ちょうど父さんも休みだから久しぶりに家族で食べに行こう、と言うことだった。
俺自身そんなめったに行けるところじゃない場所。断るわけもない。
確かに全然会ってないからって言うのもあったから二つ返事で行く事に。
流石雑誌にも載る店だな……と満足しながら久しぶりの家族団らんを過ごしてきた。
やっぱり、たまには顔を見せに行かないとな〜。
心もお腹も満腹になりながら自分の家へと帰っていく。
そういえばひかりはどうしてるかな。
ひかりも誘えばよかったかなぁ……俺とひかりのことはもう知ってるんだし。
って言うか、年が明けての挨拶がてら俺の親とひかりの親に、俺達が付き合ってることを話した。
最初は当然驚いてたけど、すぐにみんな口をそろえたかのように『ようやく一緒になれたかぁ』と言ってきた。
やっぱり、小さい頃毎日のように一緒にいただけあってか……反対どころか祝福の雨あられ。
もうお互いの両親公認と言うわけなのだ。
だから、今日のことを電話で教えてもらってればひかりも誘ったのになぁ。
今度お金に余裕があればひかりと二人で行くかな。

ガチャ
「ただいま〜って、俺以外誰もいないけど」
「………………」
「うわっ?! な、なんだひかりか……あぁビックリした。いるなら返事位してくれよ〜」
「……ごめん」
「まぁ怒ってないから気にしなくていいよ」
「……う、うん…」

なんだろう? ちょっとひかりが元気ないように見える。
朝はあんなに笑顔だったのに。
それに、どことなく顔が青ざめてるようにも……
気、のせいかな……。

「さ〜てと、これから何をするかなぁ」

そう呟きながらベットにダイブ。
ひかりがいるから昼寝はできないけど、とりあえずはゴロゴロしながら何かを考えよう。
……と、思った時だった。

…パサリ。

なにか布みたいなものが落ちた音がした。
なんだろ、と音がした方を見てみると…

「……えっ? えぇっ!?」
「………………」
驚いて、思わず立ち上がってしまう俺。
黙り込んでいるひかり。
そしてひかりの足元に落ちている、つい今までひかりが穿いていたスカート。

「ちょ、ひかり? 一体どうしたんだ? スカート……お、落ちてるぞ」
「………………」
「……ひ、ひかり?」
「………てよ…」
「え?」
「……ぃてよ…」

次に聞こえた、ひかりの言葉は、俺の想像をはるかに超えたものだった。

「……はじめ、私の事……抱いてよ」
「なッ!? ちちちちょっと、一体何を言ってるんだよひかり。い、いきなり何を……」

ガバッ……ドサリ

急にひかりが抱きついてきたかと思うと、勢いそのままベットへと押し倒されてしまった。
何がなんだか意味が分からない俺と、その俺を両手をついて上から見つめるひかり……
みるみるうちにひかりの瞳に涙が溢れてきた。

「ひ、ひかり……?」
「ねぇ、私の事、抱いてよ。私の事が好きなら、抱いてよ!」

彼女の悲しそうな声が部屋中に響く…
一体何がひかりをそうさせて、今の事態になったかが全く分からない。

「どっどうしたんだよ急に」
「私、もうイヤだよ! せっかくはじめに逢えたのに。自分の想いを伝えたのに……願いが、かなったのに。……もう、離れ離れになるのはイヤなんだよ!!」
「は、離れ離れって!? そ、それ一体どういう事だよ!」

ひかりから聞いた内容は、本当に信じられないものだった。
その内容とは……

『実はね、転勤することになったんだ』
『しかも場所は海外。イギリスらしい』
『実は前にこっちに来てた学者と一緒に仕事をしたことがあってね、その時に気に入られたみたいで……ぜひ手伝ってくれって直々に指名されたんだ』
『その人はとても家族想いな人でね。向こうでも単身赴任とかは許さないらしくて……だから、僕たちも家族でイギリスに来いという事らしいんだ』
『最初は断ろうかとも思ったんだけど……僕一人で行こうと思ったんだけど……』
『急に決まったことだから今週末には向こうに発たないといけなくて―――――』

「………………」

信じられなかった。
一瞬、ひかりの嘘かとも思ってしまった。
でも、目の前で泣きじゃくるひかりの姿を見て、これは本当のことなんだと認識せざるを得なかった。
ひかりが俺の目の前からいなくなる……。
幸せだった毎日が、消えてなくなる……?

「どうしても、ひかりも一緒でないといけないのか?」
「うん……ぐすっ……みんな一緒じゃないとだめだから来なさいって。でも、でも私…もうはじめとお別れするのはイヤだよ…!」
「俺だって、ひかりと離れたくない。これからも一緒にいたいよ」
「ぐすっ……すん……えぐっ……っ……」
「ひかり……」

両腕をひかりの背中に回して、ひかりを抱き寄せる。
そのまま体を起こして、片手は抱きしめたままもう片方の手で頭をそっと撫でてあげた。
ひかりが泣き止んでくれるまで、ずっと……。

「……ねぇ、はじめ」
「ん?」

まだ涙は残ってるけど、その潤んだ瞳で俺の目を見つめながらひかりが言った。

「私はじめと離れるのはイヤだよ……一緒にいたい。ずっと、ずっと……でも、どうしても行かないといけないから……だから、はじめと離れても寂しくないように…いつも繋がっているって分かるように、いつも一緒にいるって分かるように、私に、教えてくれないかな―――――」




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