お互いの想いは声に出せなくて…… 二

言わなきゃいけないこと。
伝えなきゃいけないこと。
とても大切な事があるのに……
今日もその言葉が出る事はなかった。


「………………」
「………………」

静かな部屋の中。
その中に俺とひかりが二人だけ。
いつもなら何かの話題で会話が進むところだが……それがない。
学校から帰ってきて少し経った頃にひかりが訪ねてきた。
そしてお茶を入れてくれて、こうして二人ですすっている。
その間に交わされた言葉と言えば、お茶…飲む? と言うひかりの一言と、あぁ……と言う俺の一言だけ。
もう何度お茶を飲んだ事だろう。
空になった湯飲みにひかりが無言でお茶を注いでいく。
空になった湯飲みに俺が無言でひかりにお茶を注いであげる。
ただ……それの繰り返しだった。
その間に窓から少し見えた夕日は頭の真上を覗かせて、今にも見えなくなってしまいそう。
もうじき夜が来る。
電気、付けないとな。
そう思って立ち上がった俺を、ビクッという感じでひかりが反応してこちらを見据えた。
暗くてよく分からないけど、じっと俺の目を見ている。
その瞳はまるで何かを問いかけているかのよう。

「……で、電気、つけるよ」
「う、うん……」

パチンと音がして、夜の帳がおり始めた部屋に明るさが戻る。
二言目。
これもたった一言ずつで途切れてしまった。
続かない会話。続かないひと時。
これが最近の俺たちだった。
ひかりの何処か物悲しそうな表情を見たとき、まさに俺は言おうと思った。
自分の言いたい事を。
でも、すんでのところで。あと一歩というところで……喉から声が出ない。
何かを怖がっているような、怯えているような感じで喉がふさがってしまう。
結局、今日もひかりが帰る時まで話す事はほとんどなく終わりを迎えた。
そんな日が何日か続いた…。

学校。
クラスの中で飛び交う言葉といえばクリスマス一色だ。
そうか、もうクリスマスなんだよな……
去年は何やってたっけなぁ。
確か、さやかと尚哉と3人で騒いでいたような。
今年は……どうかな。

「…………………」
「……ん?」

ふと後ろから視線を感じて振り返ると、さやかがいた。
そりゃそうだ。俺の後ろなんだから。
ちょっと前にプチ席替えで俺とさやかの位置が入れ替わったんだ。
それはさておき。

「………………」
「………?」
「………………」

ないか言いたそうな表情のさやか。
なんだろう? 俺の背中に何かついているんだろうか?

「………………」
「…な、なぁさやか」
「今日の放課後」
「……え?」

俺の言葉を遮ってさやか一言言い放った。

「今日の放課後、屋上にて」
「えっ?」
「分かった?」
「いや、あぁ……うん」
「待ってるからね」

それだけ言うと、再びさやかは手に持っていた本に目線を戻した。
…一体、何だって言うんだろう。

時間が一つ、また一つと流れていく……そして、放課後。

冬の午後は短い。
最後まで授業を受けていると、帰る頃には空はオレンジ色だ。
これが3ヶ月くらい前だとまだまだ青い空が広がってるんだが…。
とにかく、今俺が居る屋上から見える空はオレンジ色だった。
俺を呼び出したさやかはまだ来ない。
そういえば事あるごとに屋上に来てるような気がする。
夏前あたりまではお昼はここで食べていた。
たまに尚哉と午後の授業をサボってここで昼寝したこともあった。
文化祭の後、ここで遅くまで盛り上がったこともあった。そして……
尚哉にピシャリと言われたこともあった……。
本当に屋上には世話になっている。
そして今日は何があるんだろう?
用件だけ伝えたさやかの表情からは何も見えなかった。
つまりは言われてからでないと分からないって事か。
そういえば、ここへ向かう時にすれ違いざま尚哉が一言言った。
『言葉に出来ないおもいに意味はない』
これが一体何を意味するのか。
全く分からなくはないけど……もしかして、実は尚哉は全てお見通しなんじゃないかと思う時がある。
……いや、まさかな。きっと偶然だろう。
とにかく、今はさやかを待つんだ。

ガチャ……ギイィ……バタン

しばらくして、ドアが開く音。
ゆっくりと音がしたほうを向くと、そこにさやかが立っていた。
凛とした目で、キュッと口を閉じてこちらを見ている。
普段見ないくらい真面目な表情だ。

「ちゃんと、来たわね」
「まぁそりゃあな。呼ばれたんだから来るさ。それで、どうかしたのか? こんな所に俺呼んでさ」
「ちょっと、ね。言っておきたいなって言葉があって」
「真顔で言われてもなんかなぁ」
「……それも、そうね」

ふっとさやかの顔が戻り、いつもの表情になった。

「あ〜、やっぱりこっちの方がいいかな。変に肩張らなくてすむし」
「それで、改めて聞くけど話って何だ?」
「一言、とっても簡単な事をあなたに言うだけ。そしてあなたはそれに答えるだけ。どう、簡単でしょ?」
「まぁ聞くだけなら簡単だけど……何言うつもりなんだ」
「聞いて驚かないでね?」
「あ、あぁ……」

さやかが目を閉じて、すぅっと息を吸い込むと……

「…………好き」

そのまま息を吐くのと同じような感じで言った。

「…えっ? さ、さやか?」
「………………」

言い終わると、クルリと反対側を向いてしまう。
さやか……
俺の目には夕日が当たってオレンジ色っぽく見える後姿が。

「……さぁ、あたしは言ったわよ。後はあなたの答えだけ……答えなかったら、怒るからね」

さっきとはうって変わって元気な声。
でも、そこにはどこか回答を迫るような口調も混ぜられていた。

さやかは俺のことを好きだといった。
そりゃ、俺だって好きかといわれれば好きと答えるさ。
でないと今まで仲良くやってないからな。
ただ……

「………………」
「………………」

少しの間だけ静かになる空間。
さやかは俺の回答を待っている。
さやかは俺に言った。
後は俺が答えるだけ。
ただ……

「…………すまん」

ただ、さやかの言う“好き”と俺が言う“好き”は―――――

「……そっか」

さやかが振り向かずに呟いた。

「やっぱり、ひかり?」
「………すまない」
「はぁ……あ〜あ、やっぱひかりには敵わないか……十年年ちょっと、一緒にいた時間だけは勝ってたのになぁ」
「………………」

最後のあたり、さやかの声は震えていた。
でも俺は何も答えない。
いや、今の俺に何かを言う資格はきっと、ない。

「…………じゃあ」
「え?」
「じゃあ、振られちゃったあたしからあなたに、最後に一言だけっ」
「っ……」

クルッとステップを効かせて振り返ったさやか。
俺の目に入ったその顔は……ニッコリと微笑んでいた。
今まで見たことのないような……悲しそうだけど、どこか晴れ晴れとした感じの笑顔で。
両方の瞳から溢れるものなど気にすることなく。
頬を伝って落ちていく粒が、日の光を浴びてキラリと光った。

「ひかりを傷つけたら、親友として許さないからねっ!」

そう一言だけ俺に告げると、俺の言葉を待たずにさやかはこの場を後にした。


「はぁ……」

夜。
あれから一人家に帰ってきて、電気もつけずにベットに倒れこんだ。
せめて着替えようかとも思ったけど、今はそんなどころじゃない。

「………………」

『やっぱり、ひかり?』
『ひかりには敵わないか……』
『じゃあ、振られちゃったあたしからあなたに、最後に一言だけっ』
『ひかりを傷つけたら、親友として許さないからねっ!』

あの時のさやかの言葉が頭に何度もリフレインする。
……ん、ちょっと待てよ。
確かあの時、さやかは『やっぱり敵わない』って言ったよな。
って事はまさか――――

「答えを……知ってた?」

結果を知ってて俺に言ったていうの…か。
だとすると俺は……

「………………」

『ひかりを傷つけたら、親友として許さないからねっ!』

もう、後には引けない。
後に引いてはいけない。
不安も迷いも、気にしてはいけない。
俺のためにも、答えを分かってて言ったさやかのためにも、そして……ひかりのためにも。
俺はまた人に背中を押されて知ったんだな……


翌朝、俺が学校に行くと、

「あ、おはよう。はじめ」

いつもの席でいつものように挨拶をするさやか。
俺がどう返事をしようか迷っていたら、どうかしたの?と言いたそうな顔をした。
まるで何事もなかったかのように…。




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