お互いの想いは声に出せなくて…… 一
「ほ〜いじゃ、ボチボチ帰ろうぜ」
尚哉の一声でいつもの様に帰り支度をして学校を後にする。
外に出れば灰色の空と冷たい木枯らし。
暖房の効いた教室がもう恋しくなった。
「うおっさみ〜……毎度毎度思うんだけどさ、こう寒いと学校来るのがイヤにならないか? 家の布団で丸くなってたいと言うかさ」
「そんなの尚哉だけなんじゃないの?」
「なんだ、じゃあさやかは思わんのか?」
「まったく」
「ぐ……じゃあ横一はどうだ? 思うだろ? な、な?」
せめて誰か味方を……という事なのか、俺の話を振ってきた。
そりゃ、俺だって布団のぬくもりは恋しいけどなぁ。
「学校サボるまではいかない、かな」
「の〜!! 俺だけかよ。じゃあひかりだ。ひかりはどうだ!?」
「………………」
「……あ、あれ? おーい、ひかりってばよ〜」
「……えっ!? あ、ごっゴメン。ボケっとしてて話聞いてなかった……」
「ん、どした? ひかりがボケ〜っとするなんて珍しくねぇか。いつもはボケよりポケ〜って感じなのに」
「えへへ……ちょっと考え事とか、ね。それで、何を話してたの?」
「え、あぁ……もう時期的にいつでも寒いだろ? だから学校行きたくなくならないかって話しててさ……」
尚哉の余計な一言。きっとなにか返ってくることを期待して言ったのだろう。
でも触れられることなく返されたから逆に尚哉自身が驚いていた。
ん〜、ひかりにしては珍しいな。
と言うか、最近どうも上の空な気が。
授業中たまに見るとどこかボーっとした感じだし。
一体どうしたんだろ。
……まぁ、上の空と言えば俺も一緒なのかな。
原因は、わかってるんだけどさ。
はぁ……俺って案外勇気ないのかもしれない。
「…という訳で、ひかりはどうかと聞いたんだ。で、どうよ?」
「う、う〜ん……ちょっとよくわからないなぁ」
「いや、分からないって……そんな難しくはないぞ?」
「ホントにごめんね。頭の中今ちょっとごちゃごちゃで……まとまりきらないや」
「そうか? なら無理しなくてもいいけど……なにかあったのか。困った事とかそんなの?」
「そ、そういうのじゃないんだけど。でも、もしかしたら困った事、なのなかぁ」
「たとえば横一に風呂覗かれて困ってるとか?」
……コラ。本人が目の前にいるのにんな事聞くなよ。それに俺はそんな事しないって。
「そんな簡単な事だったら苦労しないよ」
「うわ、ひかりからキツイ一言食らった。と言うか何か今の言葉に棘を感じるのだが」
「そんな事ないよ〜」
ニコッと笑ってるひかり。
でも俺から見てもその笑顔、引きつってるように見えるぞ……
その後も尚哉が何かと会話を出してきたものの長続きせず。
と言うか切らしているのは専ら俺とひかりで。
理由が分かっているだけに、これは辛い。
「ったくよ〜。今日の横一とひかりは面白くない! 一体どうしたってんだよ。抜け殻みたいだぞ」
「いや、どうもないって。ただ、ちょっと考え事だよ」
「私も……考え事」
「二人して考え事かよ。これじゃどうにもならんなぁ」
尚哉のため息がやけに大きく聞こえた。
そのまま分かれる道について、尚哉とさやかと別れてからは、ひかりと何も話さず道を歩いていった。
ちら……
「………………」
ちら……
「………………」
何でかお互い相手を気にする。
ちらちらと横目で見て、目が合ったらあわてて戻す。と言った行為の繰り返し。
まるで何かを繰り出さんばかりに。
実際俺だってそうだ。
言いたい事、たった一言だけでいい言葉が出てこない。
喉の方まで上がってきて……そしてまた戻っていく。
だから……
「ひかり…」
「……なぁに?」
「俺、さ」
「うん……」
「………………」
「………………」
「…さ、寒くなっちまった。ちょっと急ごうぜ」
「…………うん」
そして今日も、言葉は喉の奥深くに入り込んだまま…。
ざばぁ!!
「ふぅ……」
熱いお湯のたまった湯船に体を沈め、ため息一つ。
ホカホカと湯気が天井へ向けて昇っていく。
今日も一日終わったな〜。
また言う事が出来なかった一日が。
ほんと、俺は何を迷ってるんだろう。
あの時……尚哉に言われたときのあの勢いはどこへいったんだろう。
あの気持ちは何処へ行ったんだろう……。
寒さと一緒に体の中に引っ込んじまったのか。
俺は、俺は何て意気地がないんだ!
「っ…!!」
ばしゃっ
目の前のお湯を思いっきり手で掃った。
壁に当たったお湯が垂れていき、そこからまた湯気が昇っていく。
それをじっと見つめる目。俺の目。
「………………」
風呂は心を洗い流してくれるって言うけど、全部ってワケじゃないんだな。
こればっかりは、自分自身で何とかしろって事か。
そりゃそうだ。
十一年間も心にしまって置いた自分が悪いんだから。
「ふぅ……」
十一年間、か。
今考えると、短いようで長い時間だったのかもな。
あの頃は自分の気持ちに自信があったけど、今はない。
変わってしまうかもしれない事に、すっかり怖気づいてる。
顔を合わせないって事は、こうも悲しい事なんだな…。
今になって思い知らされた気がするよ。
私の願い。私の想い。
片方は叶ったけど、もう片方はまだ叶わない。
こればっかりは神様も叶えてくれないよね。
私自身が叶えなければいけないこと。
もう目の前まで来てるのに、あと一歩が出てこない。
それもこれも、みんなはじめが悪いんだよ。
いつも私がそぶりを見せてるのに、気づいてもくれない。
これじゃ、不安にもなっちゃうよ。
ひょっとしたら違うのかもって、思っちゃうよ……。
少し前、はじめが急に素っ気なくなった時、嫌われたかもって思った。
心がぎゅっと締め付けられそうだった。
元に戻ってくれたときはどんなに嬉しかったか。
でも……それでも私は言葉が出ない。
恥ずかしいとかそんなのじゃない。
ひょっとしたら、怖いのかも。
またあの時みたいに、はじめが目の前から居なくなってしまうんじゃないかって。
あの時心に決めたことは、もう期限切れなのかな……
はじめと再会して、もうずいぶん経った。
まだ一年経ってないのに、もうそれ以上一緒にいるような感じがするよ。
いっぱいいろんな事が…あったからかな。
はじめは何も気づいてなかったかもしれないけど、私は再会したあの時から、抱きついてキスしちゃったときからもうアプローチしてるんだよ。
今すぐ気づいてとは言わないけど、何事もなく過ぎていくのはちょっと残念だったかな。
それとも……
それとも、その何もないって事がはじめの答えなんて事は、ないよね。
そう思ってるから怖くなっちゃうのかもなぁ。
……あと一歩がものすごく遠いよ。
簡単そうに見えて、本当はとても難しい一言が。
『好きだよ……』
この一言が、果てしなく遠くに感じていた。
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