幼き日のおもいで 四
お母さんから出た言葉。
「はじめ君……引っ越しちゃったよ」
あの時のこと、あの朝の日を……
私は忘れない――――
「……ひっこし?」
その言葉を知らないなんて事はない。
私はもう小学校の一年生。
でもこの時だけは知らないフリをしたかった。
嘘だって、言って欲しかった。
嘘ついていい日は過ぎちゃったけど、今日は特別に嘘言っちゃったって……
そう、言ってよ……嘘だって、言ってよ……
ねぇ言ってよ……お願いだよ!!
これは嘘なんでしょ? ねぇ、これは私をビックリさせるための嘘なんでしょ!?
何でうんって言ってくれないの? ただ一回だけ首を動かすだけじゃない。
私……信じないよ。
はじめが居なくなっちゃうなんて。はじめが何も言わないで居なくなっちゃうなんて!
はじめは……そんな事する人じゃないよ!
もし本当だったら、そんなのってないよ。
ヒドイよ、酷すぎるよ……サヨナラも言わないでいなくなっちゃうのは。
昨日のお祭りの時だって、はじめ何も言ってなかったよ。
なんで……何でいなくなっちゃったの?
答えて……答えてよ! ねぇ、これは嘘だって答えてよぉ!!
引越ししたのは嘘だって、こたえてよっ!!!!
……私がどんなに大声を出しても。
……私がどんなに泣き叫んでも。
お母さんが嘘って言ってくれることは無かった。
はじめが居なくなる。
いつも一緒にいたはじめが、目の前から消えてなくなってしまう……
信じられなかった。
つい昨日まで一緒に遊んでいた幼馴染が、今まで当たり前のように一緒に過ごしていた幼馴染が居なくなってしまう事が。
私の……好きな人がいなくなってしまうことが。
それからどうやって家に帰ったのかぜんぜん覚えてないけど、きっとお母さんが手を引いて連れてきてくれたんだと思う。
家に帰っても、ご飯も食べないでいつも見てるテレビも見ないで私は一人部屋で泣いていた。
泣きながら私は今までの出来事を思い出していた。
公園で知り合ってから昨日までの事を。
改めて思うはじめと言う存在の大きさ。
はじめがいなかったら、きっと私は今の私じゃなかったと思う。
そう断言できるくらい。
それから沸き起こる自分への苛立ち。
私は……バカだ。
とんでもない大バカだ。
何であの時言わなかったんだろう。
確かに場合が場合かもしれなかったけど、言えた筈だ。
なのに……自分が前に買ってもらえなかった物をプレゼントしてもらえたからって浮かれちゃって……
結局、伝えられないじゃないか。
自分が想っていた人は、目の前からいなくなってしまったじゃないか。
……バカだよ。
やっぱり私はバカだよ……。
自分で笑いたくなっちゃうくらい、大バカ者だよ。
どうして……私はこんなにバカなんだろうね、はじめ……
はじめだったら、知ってるかな?
知ってる……よね。
だって、ずぅっと一緒にいたんだもん……
絶対……ぜったい………
私、変わらないから。
また逢えるって信じてるもん。
また逢えるから、はじめの事好きだって事変わらないよ。
おっきくなっても、オトナになっても……お婆ちゃんになっても……
はじめの事、好きだから――――
だから、また……逢えるよね……はじめ。
伝えたい想い。
伝えたい言葉。
結局言えずじまいだったあの時。
それから何回も何回も季節が変わって、気が付けば小学校も卒業して。
中学校に上がっても私の想いは変わらない。
そういえば……まだ言ってないことあったよ。
中学校の時、私告白されたことあるんだよ?
でも……全部断っちゃった。
どんなにクラスにカッコいい男の子がいても、その人ははじめじゃない。
もしそっくりな人がいても、その人もはじめじゃない。
私が好きな人はもう変わっちゃってるかもしれないけど……
テニスが好きで、いつも笑い掛けてくれて、私のことを「ひかり」って呼んでくれる人……
高校生になって二年目を迎えようとした時の事。
急遽決まった引越しの話。
私もついにこの街を離れることになった。
行き先は霞ヶ丘という場所。
ここから車で三時間ちょっとの所らしい。
いざ街を離れる時に、ふと私は思った。
あの時……はじめが引っ越していった時、一体何を思っていたんだろう。
この街の事? それとも思い出? それとも……私の、事かな。
私にはわからない事だけど、少なくても私は……この街を離れていく時、はじめとの想い出を脳裏に映し出していた。
あれから十年もの月日が経ったけど、今日この日、私もここを離れます。
願わくば再びあなたと一緒になれることを……
あなたは……はじめは、今どこで何をしていますか?
元気に過ごしていますか?
まだテニスをやっていますか?
まだ……私の事、覚えていてくれていますか?
そして……
引っ越した先のこの場所で。
一人暮らしというのを始めたその隣で。
新しく変わった学校の同じクラスで。
私は……
再びあなたとめぐり逢う事ができました。
今度こそ、また離れ離れにならないために。
私はあなたに伝えます。
自分の想いを。
十年もの間心に溜めていた想いを。
届けたい気持ちを……
伝えたい気持ちを……
あなたに――――
〜 1.幼き日の思い出 〜
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