幼き日のおもいで 三

それは、あの時はじめが言ったひと言から始まった。

『神社のところでお祭りがあるだろ? 今年も一緒に行かないか?』

このときの出来事が、私の判断を鈍らせ……
結果今に至るまで悔やみつづける事となった引き金の発端だった―――


いつの間にか、私のはじめへのおもいは変わっていた。
初めて会った頃はお兄ちゃん的な存在だったはじめ。
血は繋がってないけど、はじめがお兄ちゃんで私が妹。
本当の兄妹に負けないくらい仲が良かった。
でもそれが、小学校に入ってちょっとずつ変わっていった。
今までお兄ちゃんへの『好き』だったはずなのに、ちょっと違う『好き』になっていた。
自分でもよく分からなかったけど、いつも一緒にいるときとは少し違う。
ドキドキするけど、すっごく安心するようなそんな。
はじめの隣にいないとイヤだって思えちゃうくらい。
口に出してはじめに言いたくなっちゃうくらい。
本当は何度も言おうと思った。
とにかくはじめに伝えたい。
このドキドキを……
好きだよって言う言葉を……
でも、なかなか言い出せなくて、喉まで来てるんだけどそれが声になることはなかった。
結局は何でもないとなってしまう。
言いたい言葉があるのに……。
そんな思いを抱きながら、学校生活は流れていった。

そして夏休み。
学校というところに入って初めての夏休みはいつものお休みと変わらないと思った。
ちょっと前まで遊ぶのが当たり前だったんだもん。しょうがないよね。
でも、ずっと家にいられて、お母さんやお父さん、弟とも一緒にいられる。
何より……はじめにいつでも会える。
いつもと変わらないはずのお休みは、本当は少しだけ違ってた。
そんなところにやってきた近所のお祭り。
毎年この時期にやってるお祭りは必ずはじめと一緒に行っている。
もちろん、お母さん達も一緒で。
普段は着ない浴衣というものに袖を通して、お祭りのやってる神社へと。
遅い時間に外で遊べる興奮感、とっても楽しかった。
今年も同じように過ぎていくのかなと思ったけれど……
私にはひとつ心に決めた事があった。
はじめへの想い。好きだという言葉。
心の中にしまっておいてもどんどん大きくなって抑えておけなくなっちゃったから。
私は、はじめに言うんだ。

お祭りの日。
午前中はいつものようにはじめと遊んで、午後は夜疲れないようにお昼寝。
夕方になってから浴衣に着替えてお外へ。
いつもは帰ってくる時間に家を出るのは新鮮な気分。
お隣に顔を向ければ、はじめとはじめのお母さんはもう待っていた。
タタタっと駆け寄ってこんばんはって言おうとした時、何だかはじめが悲しそうな顔をしていた。
挨拶よりも先に、その事が口に出ちゃう。

「はじめ……どうしたの? なんか悲しそうだよ」

じっと顔を覗き込むと、なんでもないよと言って笑った。
どこか寂しそう笑顔……でもはじめが何でもないんだったら大丈夫かな?
私の気のせいだったのかな?って事で終わってしまった。
そのままみんなで神社へと歩いていく。
いつも学校へ行くみたいにはじめと手を繋いで……
時々ちらっと様子をうかがうと、やっぱりはじめの顔は元気がない。
お昼寝してなかったのかなって考えて、結局そう言うことになってしまった。
だって今日はお祭りだもんっ。楽しくないとイヤだから。
言わなきゃいけない心境とお祭りの興奮感が混ざり合って、神社に着いたらはじめの手をぐいぐい引っ張って前に進んでいく。
お母さんたちが見失うなんて事は考えもせずに。
気が付いたら私とはじめだけになってて、お母さんたちはどこにもいない。
周りを見ても知らない人ばかり。
迷子に……なっちゃった。

「ひかり〜急ぎすぎだよ。お母さんたち分からなくなっちゃった」
「うん……そうだね。ごめんね、はじめ……」
「しょうがない。どうにもならないから二人で歩きながら探そう」
「うん……」
「今日はちょっとだけお金があるんだ〜」

そう言ってポケットからいくつかのお金を取り出した。

「わ、はじめお金持ちだ〜」
「お母さんにお願いして少しだけ貰ったんだ」
「私は貰ってないよ〜」
「食べるものとか買ったら、二人で半分個して食べよう」
「いいの?」
「うんっ」
「ありがとうっはじめ♪」

ニッコリ笑う私を見て、はじめも笑って返す。
でも……やっぱりその笑顔はどこか悲しそうだった。
はじめも迷子になって悲しいのかな? なんて幼心に思う。
本当は、違ったのに……
迷子の事で忘れちゃってたけど、よく考えたら今ははじめに伝えるのに絶好の時だと思ったのはその後だった。
周りに人はいるけれど、知ってる人はいない。
私とはじめだけ。
なんか、今を逃しちゃいけないような気がした。
繋いでない方の手をギュッと握って、思い切って言おうとした時……

「あっこれってひょっとして……」

はじめが屋台の売り物に目を落としたもの。
それは……

「あっ……」

私もそれを見て目が釘付けになる。
これは前におもちゃ屋さんで私がずっと見ていた、おもちゃのペンダントそのものだった。
買ってもらえなくて残念だったのを一緒にいたはじめも見ている。
その品を見つけたのだ。

「ひかり、欲しいって言ってたやつじゃない?」
「うん、そう」
「こんな所にも売ってるね」
「おいおい、こんな所ってのはヒドイんじゃないのかボーズ」

そう言ってきさくに声を掛けてきたのは屋台のおじさん。

「どうした、仲良く兄妹でお祭りか?」
「うん、まぁ……お母さんとはぐれちゃって」
「なんだ、はぐれちまったのか。そりゃあ大変だなぁ。ぼちぼち見るモンも見られねぇだろ?」
「ぼちぼち?」
「あぁ、ぼちぼちだ」

ガハハと笑うおじさん。
でも、私とはじめにはぼちぼちが何て意味なのか分からず黙ってしまう。
そんな姿を、親とはぐれて悲しくなったと思ったのか、ニッと笑うと並んでるものを指差していった。

「せっかくのお祭りだってのに大変だな。でも、ちゃんと妹さんの面倒を見てるお兄ちゃんは偉いぞ。そんなお兄ちゃんにおじさんからのご褒美だ。何か一つだけプレゼント。もちろん、お金はいらない」
「えっ……いいの?」
「あぁ、もちろんだとも。小さいのに泣かずに頑張ってるからな」
「じゃあひかりが選んでいいよ」
「えっ? だってはじめ……」
「ひかり、これ欲しかったんでしょ? 俺は今は何か欲しいとかないから」
「でも……」
「俺からのプレゼントだと思って。ね?」

はじめからのプレゼント……
そう聞くと何だかすごく嬉しい気分になって、笑顔満面でうんっと頷いた。

「じゃあ、このペンダントをください」
「あいよっ。それじゃあ250円ね」
「えぇ!?」
「ガッハッハ! 冗談だよ、冗談。さっき言ったとおりこれはプレゼントだ。よかったな妹さんよ、やさしいお兄ちゃんで」
「う、うん……」

本当は、兄妹じゃないんだけど……
そのままおじさんに別れを言って、また神社の中を歩いて探し始める。

「良かったね、ひかり」
「うん……ありがと、はじめ」

ちょっと悪いかなと思いつつも、はじめからもらえたペンダントが嬉しくて心の中では喜んでいた。
前に欲しいと思ったこのペンダント、はじめから貰えるなんて……
私がお礼を言った時のはじめの顔は、ニッコリと笑ってたけどやっぱりどこか悲しそうだった。
本当に、どうかしたのかなぁ?
ここで私は思い出す。
はじめに伝えなくちゃいけないこと。
好きって、言うという事。
でも……それはまた心の中に戻してしまった。
せっかく貰えたプレゼント。
もしここで言っちゃって、もしはじめが私の事好きじゃなかったら……
そう考えると急に怖くなった。
今日は……言わなくてもいいか。
また別の日に言えるよね。
だって、夏休みだもん。
夏休みはまだ始まったばかり。
時間は……いっぱい、あるんだから――――

こうして、私ははじめへの想いをこの日に伝えなかった。
それからしばらくして、神社のお賽銭箱の前にある階段で休んでいたらお母さんたちが見つかった。
ちょっと心細かったけど、はじめがいたから怖くも悲しくもない。
それにこれも貰ったし。
今度ははぐれないようにはじめとお母さんと両方の手でしっかりと繋ぎながら最後までお祭りを見て回った。
締めの花火が上がるまで。

……私の記憶はここまで。
帰りに疲れてお母さんの背中で寝てしまった私。
次の日の朝まで目が覚める事はなかった……
翌朝、布団の中で目を覚ます。
今日も暑いぐらいに晴れていて、セミが元気よく鳴いていた。
昨日は寝ちゃってはじめに挨拶できなかった。
遊ぶ約束も出来なかったけど……家に行っても大丈夫だよね。
パジャマから着替えてご飯を食べて、暑い夏の空の下に出た。
その時にお母さんが私を止めたような気がしたけど……気が付かずに走っていく。
目的地はお隣のはじめの家……
ドアの前に立って、う〜んと背伸びをして呼び鈴に手を掛ける。
ピンポーンと言う音がして、中からはじめが…………出てこない。
あれ? おかしいなぁ。聞こえなかったのかなぁ。
もう一度押して、しばらく待ってもはじめは出てこない。
お出かけ、しちゃったのかなぁ?
タタタっと横手に回って、縁側から家の中を見たときだった。

「あれ……?」

一体どうしたというのだろう?
何度も見てるテーブルや椅子、テレビなどがなかった。
何も無い……本当に何も無かった。
私の目の前に広がっているのは、ただガランとした広い居間だけ。
家を間違えちゃったのかな? と表に出て表札を確認してみると……

「えっ?」

いつもは『横浜』と書かれた表札が無くなっていた。
やっぱり間違えちゃったのかな?
でも、おうちは確かにはじめの……
そのとき後ろからお母さんの声がした。

「はじめ君……引っ越しちゃったよ」

今日もうるさいと思えるくらいのセミの鳴き声。
まだまだ続く夏休みだけど……
今日、この日……
私の夏が終わって、そしてまた……始まった。




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