幼き日のおもいで 二
「はじめちゃ〜ん」
後ろから俺のことを呼ぶ誰かの声。
「えへへ〜。追いついた」
隣に走りよって、ニッコリと笑うその顔。
「はじめちゃん、あそぼ♪」
花のような笑みを浮かべて話し掛ける彼女に、俺はもちろん―――
「うん!」
と笑顔で返した。
本音を言おう。
あの頃、俺には友達と呼べるような親しい関係の人はほとんどいなかった。
全くいないわけじゃなかったけど、テニス(もどき)やってることの方が多かったので遊べなかったのだ。
だからひかりと言う友達ができた事は本当に嬉しかった。
しかも家は隣で、親同士もすぐに仲良くなったからお互いの家を行き来する事も増えた。
その頃になってようやく父さんの方もコーチ業が忙しくなり、俺を鍛えるのが週に一・ニ回ぐらいに減っていった。
だから遊べる時は朝から夕方まで……それこそ毎日といっていいほど遊んでた。
あるときは……
「ひかりちゃんの家に行ってくる」
またあるときは……
「ウチで遊んでもいい?」
だったりと本当によく遊んだ。
そのうち季節が変わって夏になると、汗だくになるまで外で走り回って一緒にお風呂に入ったり、お互いの家に泊まりに行ったりと……テニス以外のほとんどはひかりと一緒だった。
あの頃は男も女もなかった年頃。別に一緒にお風呂に入ったって夜同じ布団の中で寝たって何の気兼ねもなかった。
もちろん今じゃそんな事できない……って、かたっぽは既にやっていたり。なんて。
んなことはどうでもいいんだ。
「ねぇはじめちゃん」
「なに?」
「雨って、どうして降るのかな?」
それは雨のふる日。雨宿りで大きな滑り台、通称ジャンボ滑り台の下にある土管を貫通させたようなトンネルの中に入った俺とひかり。
ずっと降り続いてる雨を見てひかりが言ったものだった―――
「雨、やまないね」
「うん。やまないね」
「ねぇはじめちゃん」
「なに?」
「雨って、どうして降るのかな?」
ひかりちゃんが首を傾けながらぼくに話し掛けてきた。
う〜んっと、どうして雨がふるんだろう?
ぼくにも何でなのかわかんない。
「雲さん泣いてるのかな?」
「う〜ん、きっとヤな事があったからだよ。だから雲も泣いてるんだよきっと」
「そうなのかなぁ?」
「ひかりちゃん頭良いね」
「そうかなぁ。えへへ〜っはじめちゃんに褒められちゃった♪」
ひかりちゃんは、ニッコリ笑うとぼくの手をギュッとにぎった。
「どうしたの?」
「ひかりとはじめちゃんで、雲さん泣かないでっておねがいしよう」
「おねがい?」
「うんっ。雲さん泣かないで、泣かないで……って。ね?」
「うんっ、やろうやろう!」
それから、トンネルの中から空に向かっていろいろやったっけ……
本当に小さい頃はいろんな事をひかりと一緒にやったな。
もうお互いが隣にいるのが当たり前ってくらいに。
あの頃はひかりも自分の事を名前で呼んでたし、俺も一人称はぼくだった。
まだ小学校に上がる前の事だから、かれこれ十年ちょっと前か。
月日って言うのはあっという間だなぁ。
その言葉どおり、幼年期というのは走り去るかのように流れていき、気が付けば幼稚園の卒園式。
そして背負いなれないランドセルを背負っての入学式へと、一気に時間が経っていった。
それでも俺とひかりの関係は変わることなく、いつも手を繋いで学校までの道のりを歩いていった。
いつもそんな事をしてるもんだから、周りからいろんな言葉をかけられた事を今でも覚えてる。
小学生にもなれば言葉というのを大体覚えてるので、夫婦とか結婚なんて言葉も出てくる。
始めのうちはからかわれてばっかりだったっけ。
「や〜いや〜い、フウフだフウフだ!」
「………………」
「おまえってヘンな奴だな」
「………………」
今考えてみれば、だから何? と言い返せそうなものの…
当時は子供。しかも多感な時期だ。
他の人と違うのが恥かしかったり嫌だったりする。
そんな事があったものだから遂に……
「ねぇ、帰ろっ♪」
いつものように笑顔でやってきたひかりに対し、俺はそっけない態度を取ってしまった。
「あぁ……」
「あれ、どうしたの?」
「何でもないよ」
「あっ……待ってよぉ」
一人でさっさか歩く俺の後ろを、ひかりが小走りでついてくる。
「ねぇ、はじめちゃ〜ん」
「………………」
「はじめちゃんてば〜」
「………………」
「……はじめちゃ〜ん」
「………………」
「なんで一人で行っちゃうの。はじめちゃ―――」
「うるさいなぁ! あんまり話し掛けないでよ! だからみんなからからかわれるんだよ!!」
……これが間違いだったと気づくまでにそう時間は掛からなかった。
一瞬ビックリしたような表情を見せたひかりだったが、みるみるうちにその大きな瞳に涙が溜まっていった。
やがて溢れた涙は頬を伝っていく。
「……すっ……ご、ごめんなさい……ぐすっ…ごめんなさい……ひかりが…ひかりが悪いんだよね……ごめ……なさい…………」
小さな両手で必死に涙をこらえようとしてるが、拭けども拭けども涙は止まらない。
それでも泣き止もうとしながら謝りつづけてるひかり。
違う。俺はこんな事をしたくて言ったんじゃない……。
俺はだた、みんなから言われるのがイヤだったから。
だからつい当たってしまっただけ……
ひかりはなんにも悪くはない。悪くはないんだ……。
「ぐすっ……ぐすんっ……」
「…………ごめん」
ポンとひかりの頭に手を載せると、そのままゆっくりと撫でてあげる。
やさしく、やさしく……
「ぐすっ………はじめ…ちゃん?」
「ひかりちゃんは悪くないよ……だから、泣かないで」
「はじめちゃん……」
「ごめんね。みんなからいつもからかわれてるからつい……ひかりちゃんにヒドイ事言っちゃって」
「…すっ……すん……」
「なんで……みんな、あんな事言うんだろう」
「……はじめちゃん」
「…ん?」
「すっ……気にしちゃ……ダメ、だよ。みんなは、みんな。はじめちゃんは……はじめちゃん。ひかりは、ひかりだもん」
「ひかりちゃん……」
傾きつつある太陽を背にしたひかりのあの言葉……
まだ涙が頬を伝っているけど、悲しいけど必死に笑顔を作っていた時のひかりは……
凄く、凄く強いなと……そう思った。
ひかりはなんにも気にしてないのに、俺はどうしてこんなに弱いんだろう。どうしてそんな事も考えないでひかりにあんな事を言ってしまったんだろう。
俺は再び小さな声で『ごめん』と言った。
それが原因かどうかはわからないけど、以来俺たちは少しずつ変わっていった。
俺は一人称が変わって今と同じく。そしてひかりちゃんと呼んでいたのがひかりになった。
ひかりも自分の事を名前で呼ばなくなり、俺のこともちゃん付けから呼び捨てへと変化した。
でも……そんな中で唯一変わらなかったのが手を繋いで学校へ行くという事。
学校で何を言われても気にしない。
もしひかりを苛めるような奴がいたら俺がぶん殴ってやる!
ひかりは……俺が守るんだっ!
そう心に決めた。
だって俺は……ひかりの悲しい顔を見たくないし、それに……
ひかりの事が、好きだから。
――時は、夏へとその歩みを進めていた。
そう、あの祭りの夜に向かって。
Next Back