幼き日のおもいで 一

そう、あれは一つの偶然からはじまったんだ。
俺とひかりの物語、その原点とも言える出会い――――

………時遡ること十数年前、春。  春日井町………

田舎ってほど地方じゃないけど、山のふもとにある閑静な住宅地が広がる街。
それが春日井町であり、俺の生まれ故郷。
かつてプロのテニスプレーヤだった父親の影響からか、俺も小さい頃から体の大きさに合わないラケット片手にテニスもどきをしていた。
今考えれば本当に年齢にあわない運動だったと思う。
それでも嫌がらないでやれたのは自分もきっと好きだったからかも。
父さんが休みの日ともなればコートに入り、素振りとか壁打ちとか軽いラリーなんかをやっていた。
途中で怪我も少なくはなかったけど……。
でもやめたいとは思わなくてね。酷い時は鼻血を出しながらやった事もあった。
当然、すぐに止められたけど……
もちろん全部がテニス漬けと、そうだったわけじゃない。
他の日とかは友達と遊んだりしてるけど、第一線を退いて母さんと結婚して以来、コーチのほうに回ってる父さんは家にいることが多い。
だから結局のところ、俺は友達と遊ぶよりもテニスやってた時間のほうが長いわけ。
だからこの日は……いろんな偶然があったからこそ存在する。
その結果……今があるんだ。

「―――あっそうだ。お母さんに夕飯の買い物を頼まれてたんだった。父さん買い物に行かなきゃいけないけど、一も行くか?」
「ん〜、ぼくはいいや」
「そうか? ナイショでお菓子買ってあげるぞ」
「お母さんに見つかったら怖いもん」
「ん、お母さんそんなに怖いか?」
「ううん。ちがうよ……でも、やっぱりいい」
「そうか、なら仕方がないな。じゃあ父さん行くけど、一一人で帰れるか?」
「うん。だいじょうぶ」

一人で帰るのはこれが初めてだったわけじゃない。
前にも似たような感じで一人で帰った事がある。
父さんとコート前で別れた後、俺はいつもの道を長い影を背に歩いてた。
たまに一人で帰るときの俺は何故か冒険心にあふれてくる。
いつもは曲がらないような道を曲がってみたり、細い路地の中を入ってみたり……たまにそれで道に迷って帰りが遅くなって怒られる事もあったけど。

「この道……まがったらどこに行くのかな?」

これも冒険心から来た言葉。
普段まっすぐ歩いていた十字路を、今日に限っては左に曲がってみた。
夕方一人の時にできるちょっとした冒険。
はたと見れば同じような家が並んでるだけなのに、小さな視線から見ればそれはもう新しい世界に飛び込んだような新鮮さ!
ちょっとワクワクしながらその道を進んでいった。

「…………あれ?」
しばらく道を進んでいった先に、開けた場所があった。
よく見るとそこは公園。こんな所にも公園があったのか。
新しいものを見つけた嬉しさを胸に、ちょっと中に入ってみる。
時間が時間だから、もうほとんど人気が無かった。
砂場に女の子と男の子が少しだ

「やめてよー!」

……うん?
その砂場からなにやら声が聞こえてくる。

「なんでそんなことするの!」
「うるせぇ。ここはオレの場所って決まってんだ!」
「ここはみんなで遊ぶところでしょー!」

これは……どうとっても楽しく遊んでるようには見えないわけで。
よく見たら男の子の方は近所でも有名な悪ガキ。あ〜、今度はここまで来たってか。
しばらく見てたけどお互い声をあげて言い争っていて変化がない。

「こんなもの、こうしてやる!」
「あぁーっ!!」

しまいにはせっかく作った砂場を足で潰してしまい、二人いた女の子のうちの一人が泣き出してしまった。

「ひどいよ!」
「う、うるせえな。ここはオレのだからいいんだ!」
「せっかく……つくったのに……」
「お、おまえらが勝手に遊んでるのが悪いんだぞ!」
「みんなで遊ぶところなのにどうして遊んだらいけないの?!」
「う……もううるさーい!おまえも泣かしてやる!!」

――――ここで俺が取った行動が、十数年後の今まで続く関係の幕開けとなった。

「やめなよ」
「……え?」

両手を横に広げて、まさに殴り掛からんとする間に入った。
当然、二人とも驚いてる。
そりゃいきなり入ってくればねぇ。

「だ、だれだよおまえ!!」

自分でもどうしてそうしようと思ったのか今でも分からない。
たぶん……俺はみんなのものを独り占めする奴が許せなかっただけなのかもしれない。
せっかく作ったものを自分の勝手で壊してしまうような奴を……

「ここは、みんなで遊ぶ場所。 おまえだけのものじゃない」
「な、なんだよ急に出てきやがって。おまえにはカンケーないだろ!」
「ここで遊ぼうとしてるんだからカンケイある」
「ここはオレだけのものだ!」
「公園に、だれのものなんてない」
「い、いいんだよ! オレがさっききめたんだ」
「さっきって? 何時何分何秒? 地球が何回まわった時?」

我ながらなんと幼稚な言葉だろう……。
でもその一言にカチンときたのか、顔を真っ赤にした悪ガキが殴りかからんとしてきた。
後ろでは見られない!と言う感じで女の子が両手で目を塞いでいる。
やれやれ、仕方がないなぁ…。
そして……

ドサッ

すぐ目の横で悪ガキが倒れた。
何てことはない。ただちょっと横に避けながら足を引っ掛けただけ。
まさかこんなにアッサリ転ぶとは幼心にすら思わなかった。
更に、またまたアッサリとその悪ガキは泣き出してしまい、そのまま公園のの出口へと走り去ってしまった。

「あれ、いっちゃった……いっか」

後ろを向くと、脅威が去った後も目を覆ったままの女の子。
ゆっくりと諭すようにそっと声をかけた。

「もう大丈夫。いないよ」

それを聞いて、ゆっくりとゆっくりと顔が上げられる。
くりっとした大きな瞳にキラリと光るものが。

「……おにいちゃんが、助けてくれたの?」

ちょっと驚いた。
あの頃の俺より頭半分くらい小さな身長。
小さいながらもさっきまで何の動揺もなく必死に抵抗していたのに、そのカケラは何処にもなかった。
まるでさっきとは正反対な、それこそ今にも崩れてしまいそうな声音だった。

「まぁ、ね」
「…………」
「…?」
「……う………うぅっ…………ううぅっ…………ッ!!」

そのすぐ後、本当は我慢していたのだろう涙を開放するかのように俺にしがみつくと、わんわんと泣き出してしまった。
怖かった……本当は怖かった……と言いながら。
もう一人の女の子も傍らで未だに泣いている。
そんな二人を慰めるかのようにそっと頭を撫でる……もう大丈夫、と言い聞かせるかのような。
きっと当時はそんなこと考えてなかったんだろうけど。とにかくそんな感じで。
この時俺にしがみついて泣いてしまった女の子こそ、千堂ひかりであり、これが………
ひかりとの出逢いだった。




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