僕と彼女と
〜だいじゅうろくわ〜



一度動き出したものは、意思がない限り止らない。
意図的にそらした場合は、ただ転がっていくのみ……


きっとお互いに分かってるのかもしれない。
最近何かがおかしいって。
一緒に帰ったり、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たりはしてるけど、何かが前とは違った。
俺とミリィさんの間に、薄い一枚の壁があるかのようだ。
そう、例えば……

「ミリィさん」
「ん〜?」
「誰も来ませんね」
「そう、だね。誰も来ないねぇ」
「………………」
「………………」

会話が続かない。あったとしてもすぐに途切れてしまう。
こんな事が多くなった。
話はするけど、すぐに途切れまた違う事を話し途切れの繰り返し。
何か話そうと考えて、そして余計に焦って結果はこれ。
悪循環もいいところだ。
普段なら賑やかなカウンターも、ここ最近は沈黙を貫く。
もっとも、これに気がついてるのは当事者を除いてたった一人だけ。
その人とは……

「今日も静かだね……室内も、そしてここにいる人たちも。二人とも何かあったの?」

桜城先輩がふぅとため息をつきながら呟く。
今まで静かとは対極的な場所にいた俺とミリィさんが、ある日を境に急に静かになったらそれは気がつかない方がおかしい。
ましてや、ミリィさんと毎日一緒にいる桜城先輩ならなおさらだ。

「いや、特に何もないですよ。ただ……仕事がなさ過ぎて暇をもてあそんでる所です」
「あたしも……同じかな」

俺たちの答えに苦笑しつつも、はいはいと頷く。
きっと信じちゃいないだろう。理由にならない事なんて俺だって分かってる。
どうにかしたい、元の鞘に納まりたい。
でも……なぜか歯車は噛み合わないままなんだ。

「それにしても、人が来ないのはいつもの事だけど……やっぱり、天気も関係してるのかな。外真っ暗だもん」

まだ4時を回ったばかりだというのに、窓から見える空は不気味なくらいに真っ暗。
今にも雨を降らせそうな黒い塊があたりを支配してる。
こんなんじゃ人も来ないだろうなぁ。
だから結論として、普段以上に暇なのであります、と。

『すいません。これ、お願いします』

図書室に残ってた最後の一人……それも常連さん……が二・三冊本を持ってやってきた。
さっと貸し出しの手続きを済ませると、いよいよ誰もいなくなった。
ガランとした室内に、ポツンと人が三人だけ……いやはや、絵にも何にもならない。

「いよいよ誰もいなくなりましたね。いっその事もう終わりにしますか?」
「こらこら橘君。副委員長の台詞とは思えないぞー。もしかしたらこれから来たいって人もいるかもしれないよ」
「はぁ……まぁそうですがね」

なんだか、前にも同じような会話をミリィさんとした気がする。
あの時の自分と立場が逆になっちゃったなぁ……

「………………」

ミリィさんも沈黙を貫いてる。
ただ、なんか俺の向ける視線が好意的でないような気が。
ん……なんだろ。背中がゾクッとした。
と、そんな時だ。沈黙を破るかのように来客者があわられたのは。

ガラガラガラッ
「……あら、生徒誰もいないや……おーい、新川はいるかな?」

やってきたのは生徒じゃなくて先生。それも図書委員の顧問の人。
どうやらミリィさんに用があって来たらしい。

「あ、はーい。なんですか?」
「ちょっと確認したい事があってね。職員室まで来てもらえる?」
「はい…構いませんよ」
「うん。じゃあちょっと着いてきて。二人とも、少しの間新川を借りるね」

急にやってきたかと思うと、ミリィさんを連れてあっという間にいなくなってしまった。
まさに嵐のごとく去っていた……とな?

「ミリィ、行っちゃったね」
「何か仕事でもあったんですかね」
「うーん、さすがに委員長の仕事までは分からないや」
「ですね。ここはのんびりと待ってますか」
「だね。他に人もいない事だし……」

二人でいるには広すぎる図書室。
もともと椅子や机があるところ以外は日焼けを防ぐために明かりは暗めになってる。
だから古い蔵書がある奥の方は薄暗く……ここから見ると少なからず恐怖を覚える。
それは入学から半年が過ぎた今でもだ。
気にしなければなんともないけど、一度考えるとどうもこう……意識してしまう。
あー、早く終わりにならないかな。

「暇だね」
「えぇもう。ずっと」
「何もせず椅子に座ってるだけだと足がなまっちゃう。リハビリと称して散歩でもしようっと」

スッと立ち上がると、カウンターを離れて室内を歩き出した桜城先輩。
この間捻った足はもう大丈夫みたいで、松葉杖も取れていた。
……思えば、あの時からか……俺とミリィさんがどうもギクシャクし始めたのは……
桜城先輩が悪いって意味じゃないけど、なんかこう、ね……上手く言葉で表せない自分がもどかしい。

「橘君も座ってないで歩いたら? ついでに机とかも整頓しちゃおうよ」
「……ですね。いつでも帰れるくらいにしておきますか」

この分だと、もう人も来ないだろう。
それほど乱れてない机を整頓するついでに、本棚を見回して変な所に置いてないかをチェックする。
たまにだけどあるんだよ。全然関係ないところに放置とか。
一通り片づけを終えて見回っていると、桜城先輩が近づいてきた。

「ねぇねぇ、橘君」
「なんですか」
「ちょっと話というか……相談というか、いいかな?」
「はぁ、俺でよければ構いませんが」

俺に相談とは……一体なんだろう?

「あのね……私、好きな人がいるんだ」
「…はえ?」

な、なんですと? スキナヒト?

「あ、ごっごめんね急に。やっぱりそんな話突然されても困るよね」
「いや、まぁ……確かに想像してなかったから驚きましたけど……。それで、桜城先輩に好きな人がいると」
「う、うん……でね、やっぱり好きな人には思いを伝えたいでしょ? 橘君もそう思う?」
「えぇ、それは……はい」

なんか、ミリィさんに想いを伝えたときの事を思い出した。
あの時はもう必死だったっけなぁ……言葉より先に抱きしめちゃってたし。

「そう思ってはいるんだけど……なかなか勇気が出なくて。もし断られたらどうしようとか、相手にしてもらえなかったらどうしようとか……弱気な事ばっかり思っちゃって……」

なんだろう。今の桜城先輩、あの時の俺に似てる気がする。
俺だってミリィさんに想いを伝えるとき、内心葛藤でいっぱいだったもの。
先輩から一人の女の子へ……もし振られたら戻る事も出来ない。
一時は心の中にしまったままにしようかとも考えた。
でもそんな事はしなかった。
なぜなら……

「そういう事は、考えるだけ無駄です。と言うか……ダメ、ですかね。弱気になったらそれでおしまいですから」
「えっ?」
「確かに相手に伝えるまでは不安にもなりますし、怖くもなります。桜城先輩が言ったように断られたらとか相手にしてもらえなかったら、とか……だけど、そこで諦めてたら進めるものも進めなくなりますし、何より自分にも悪いですよ。いつまでも胸のうちに秘めておくのもツライでしょう? それに、もし躊躇してる間に他の人にとられたりしたら……それこそ悔やんでも悔やみきれませんからね。桜城先輩なら大丈夫ですよ。心を込めて伝えれば相手にもきっと分かってもらえます。だから、桜城先輩の思った方法で、言葉で、伝えるのが一番だと思います。」

俺にしてはかなり長く話したほうだと思う。
だけど、それだけ伝えたかった事。
何より自分がそう思ったから、あの時ミリィさんに伝えられたんだし。

「……すいません。ちょっと偉そうな事言っちゃいましたかね」
「ううん……ズシッときたよ。橘君って、すごいんだね」
「いえ、俺の場合はただ……」
「うん。そうだよね……積極的にならないと、ダメなんだよね」

うつむき加減に話す桜城先輩。
表情は読み取れないけど、きっとこれなら大丈夫そうだ。

「………………」
「………………」

…………
ここまでなら、恋のアドバイス的な感じで流れて終わるはずだった。
頑張ってくださいねって感じに声をかけて、片づけを再開するつもりだった。
そうは言いつつも、俺はミリィさんとの状態をどうにかしないといけないから。
改めて自分に言い聞かさせる事で、何か打開策が生まれるんじゃないかって考えてたから。

でも……すべては遅かったんだ。決定打は既に打ってしまったから。自分自身の言葉で……

「えっ……?」

ドサッていう音と、何かがぶつかるような感覚が身体を走り抜けたのはほとんど同時だった。
目の前にいたはずの桜城先輩が……いなかった。
いや、いなくなったんじゃない。桜城先輩は、俺に……

「………………」
「あ、あの……さっさくらぎせんぱ…い?」
「たちばなくん……」

胸元から顔を離した桜城先輩の顔が近づいてくる。
何がなんだか頭が把握しきらないうちにコトは流れ、進んでいく……
するりと首もとに腕が巻かれ、目を閉じた先輩の顔が見えた瞬間に――――

ガラガラガラッ
「うぃー、残業部隊、ただ今帰還しま…し………た…………」

展開は、最悪の状態を迎える事になった。






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