・僕と彼女と・
〜だいじゅうごわ〜
〜だいじゅうごわ〜
何気ない日。そして気づかない変化……。
それはミリィさんの朝の一言から始まった。
「あのねせーちゃん。今日は一緒に帰れないんだよねー」
俺の肩に両手を置いて言うミリィさん。そのまま軽く肩を揉まれた。
「何かあるんですか?」
「委員長会議だって。各委員会の委員長が集まって、生徒会とかと何やら話し合うみたい」
「なるほど…。それは俺も行ったほうがいいんですかね?」
「ううん。副委員長はいいみたい。だからあたし放課後は出頭なんだよねぇ〜」
もたれかかる様にして抱きつく。
こんな事をされても自転車のバランスが崩れないのは慣れた証拠だろうな。
……って、その体勢のまま頬擦りするのはやめてください。
せ、背中がゾクッと……。
「じゃ、じゃあミリィさん……」
「ん、なに?」
「その会議が終わるまで待ってましょうか? 今日当番じゃないですし、放課後は暇なんですよ」
いくら副委員長だからって、図書室の仕事が毎日あるわけじゃない。
もちろんそれは委員長のミリィさんだって同じ。
ちゃんとローテンションが組まれているのです。
どうでもいい話だけど、俺とミリィさんは同じ曜日に組んである。
だから片方があってもう片方がない、なんて日は無い!
……で、今日がその何も無い日で……だから待ってようかなって。
ミリィさんが帰るの遅くなったら大変そうだなぁって思ったのもあるけど、まぁその、俺も一人で帰るのは暇だからね。
正直ミリィさんと一緒にいたいわけでありますよ。この気持ち、解るでしょ?
……って、俺は誰にむけて言ってるんだ?
「うーん、本当ならそうしてくれるとすごく嬉しいんだけどね。でも何時に終わるか判らないのにせーちゃんを一人待たせておくのも気がひけて……」
「別に俺は気にしませんが」
「うん……あ、じゃあさ。こうしない? せーちゃんは、一足先に帰って夕飯のお買い物をする。で、あたしは終わったらせーちゃんの家に夕飯を食べに行く、と。一緒にお風呂入るとか寝るなんてのは後で決めればいいかな。で、どうしょう?」
「は、はぁ……」
なんか、最後の方がかなりアレな提案だった気が……
「これなら、時間を有効に使えると思わない? 一人で帰るとかそういうのは、この際目を瞑っちゃいましょうー」
「分かりました。じゃあそうしましょう」
「ちなみに、お夕飯はあたしが喜びそうなものをお願いしまーす。最低でも三種類くらい」
「さ、三種類ですか?」
「うん。なお、サンドイッチは何種類作ろうが一種類扱いなのでそのつもりで〜」
……どうやら献立の一つはサンドイッチと決まってるみたい……
うーん、夕飯にサンドイッチってのもまた合わせるモノが難しそうだ。
ミリィさん、考えて言ったのかどうか分からないけど本当に行動が読めない。
――――とまぁこんな感じで登校したわけで。
こうなると今日の俺は夕飯のことで頭が一杯。
授業なんかそっちのけで完全に“主夫”モードで行動フェイズにうつる。
だから一日なんてあっという間。材料とかも決まってあとは買出しって頃にはもう最後の授業が終わろうとしてる。
いやー言葉だけで表すと早いこと早いこと。
直接触れないけど、実際はいろいろあったんだぞという事をさりげなく言っておこうかね。
……誰にってわけじゃないけど。
「さて、と」
最後の授業が担任の先生の担当だとホームルームも兼ねてくれるから早く終わるよ。
縮こまった身体を伸ばすように両手を高く上げる。
さぁ、これからが俺の本番といったところ。まずは買出しからいきますかねぇ。
放課後で賑わう教室を抜けて、足早に昇降口へと歩いていく。
すれ違う誰もが開放感に満たされた顔をしてる。
んー、やっぱり皆考えることは同じなんだな。
かく言う俺もその一人。授業はぜんぜん耳に入ってなかったけど!
夕飯の具体的な献立を頭に浮かべながらまさに昇降口に着かんとしてる時だ。
後ろから見知った声が掛けられたのは。
「おーい、橘君」
振り返ってみると、そこには桜城先輩が。
なんだろう……と考えるまでもなく、ある一点に視線がいった。
桜城先輩、松葉杖ついてる???
「ど、どうかしたんですか?」
「それがね。体育の時足を変な風に挫いちゃったみたいで……この通り。まったくめんぼくない……」
あはは…、と笑う桜城先輩。
だけどその表情にいつもの余裕はなさそうだ。
時より痛みに耐えるかのように顔をしかめてる。
「大丈夫ですか? ちゃんと歩けます?」
「うん。一応松葉杖を借りたんだけど、まだ挫いた部分が痛んで……少しつらいんだ」
なるほど……じゃあ帰るのも一苦労だろうに……。
ふむ、まぁなんとかなるかな?
「桜城先輩、先輩の靴箱ってどこです?」
「え?」
「家まで送っていきますよ。そんな状態の先輩を見ちゃったら、ハイサヨナラなんて言えませんからね。荷物もちでも何でもしますよ」
「で、でも悪いよ。用事とかないの?」
「まぁ、無くはないですがね。でも時間が迫ってるわけじゃないし、やっぱり桜城先輩も心配ですから」
「橘君……」
決定ですよと言わんばかりに先輩の手から鞄を取ると、二人そろって二年生の昇降口へと向かった。
靴を履くのを手伝ってあげて、なるべく辛くないような速度でゆっくりと歩いていく。
いつもならまっすぐ行く所。今日は違う。
俺にとってははじめての裏側の校門出口。
そこからは小さな道を挟んで住宅地が広がってる。
学校の裏手にあるからいつも乗ってる電車からはまず見えない。
何もかも初めて見る光景だ。
「ごめんね、橘君」
「もうそれはいいですよ先輩。先輩は何も気にすることは無いです。俺が自分で決めたことなんですから、ここはもうどーんと頼ってくださいな」
「こういう所は橘君て強引だね」
「そ、そうですか?」
「うん。でも……結構嬉しかった、かな?」
俺の方を向いてニコリと笑う。
ちょっと恥ずかしくなったのでそっちを向けなかった。
「そう言えば、こうして二人で帰るのは初めてだね」
「そ、そうですね。普段はあそこで別れてしまいますからね。俺とミリィさんは」
「うん……ミリィと橘君、方向一緒だものね。家も近いんでしょ?」
「ええまぁ。そのせいか、前触れも無く家に突撃し掛けて来ますからね」
「ふふっ。ミリィらしいね。最近話すことも橘君の事ばっかりで……まるで付き合ってるみたいな感じだったよ」
「そ、そうですか……」
あー、まだ桜城先輩には言ってないんだよな。俺とミリィさんが付き合ってるって。
「羨ましいなぁ。男も女も関係なく付き合ってられる二人が」
「まぁ……中学からの知り合いですからね。ミリィさんは初めて会った時からあんな感じでしたもので……今ではすっかり定着してます」
「あれ、そう言えばさー、最近ミリィのこと先輩って呼ばなくなったね。ミリィさんて呼んでる」
「えっ?」
「だから、先輩って呼ばなくなったなぁって」
「あ、あー。それは……うん。まぁ……」
「………………」
少しだけ俺のほうをじっと見る桜城先輩。
でもすぐに目をそらすと、面白そうに笑った。
「ふふふっ。やっぱり橘君って顔に出やすいね。“とても困った”って書いてあるよ」
「は、はぁ」
「長く一緒にいれば呼び方なんていろいろ変わるもんね」
「えぇ、まあ」
「やっぱり羨ましいやー」
もうこの会話はおしまいとでも言うように笑う桜城先輩。
ホッと一息つくのと、このままでいいのかなぁなんて思う二つの自分が心の中にあった。
別に話す話さないが関係してるわけじゃないけど……何ていうのかな。うまく言葉で表せないや。
ふぅ、下手に深い話してると思わず出ちゃいそうだ。
そしたら桜城先輩、驚くかな。それとも……納得って顔するのかな。
「………………」
「くん、橘君ってば」
「あ……え?」
「どうしたの。ぼぉっとして」
「いや…すいません。ちょっと考え事をしてたもので」
「そうなの? ならいいけど……で、もう着いたよ。私の家」
「え?」
とある家の前に立つ先輩。
表札には確かに『桜城』って書いてある。
そっか、もう着いたのか。
「ありがとね。橘君。わざわざ送ってくれて」
「いえいえ。これくらいなんて事ないですよ。では、玄関に荷物置いたら俺は帰りますね」
帰って、夕飯の買い物をしないとね。
そう思って荷物を置いたときだった。
「ねっねぇ! 橘君」
「え――――――」
…その頃。
「あーあ。長かったような短かったような……あれだったら普通の会議で済ませられる内容じゃん〜」
駅を抜けて、せーちゃんの家までの道を一人歩くあたし。
にしても、委員長会議ってあんものなのかねぇ。
だとしたら次はこっそりせーちゃんに任せちゃおうかな。
「ふぅ。お腹空いたなぁ……」
せーちゃん、もう買い物終わってるかなー。
案外もう準備ができてたりして?
だったら尚更急いで帰ったほうがいいよね。
ご飯は出来立てがおいしいのです。うんっ。
よーし、こうなったらせーちゃん家まで走りますかぁ。
急げ急げ、お家に帰って夕飯だ!
「あー……すっかり遅くなってしまった……」
学校を出たときはまだ空も明るかったし、時間にもたっぷり余裕はあった。
桜城先輩を家まで送るっていうのもあったけど、それでも大丈夫のはずだった。
なのに……
『橘君、茶でも飲んでいってよ!』
『えっ!? いや、でもそれは……』
『送ってもらって、荷物まで持ってもらったのにそのままバイバイなんて出来ないよ』
『で、でも……』
まさかあんな事になるとは本当に思わなかった。
結局、桜城先輩に押し切られる形で家に上がることになって、お茶をご馳走になり……
で、今に至る、と。
自転車のかごには夕飯のおかずになる具材が袋に入ってる。
買い物の時間まで入れたらすっかり遅くなってしまったというわけ。
ミリィさん、きっともう終わって家にいる頃だろうなぁ。
俺が帰ってなくて、驚いてるだろうなぁ。
きっと今頃、家のソファーに寝転がって待ってる事だろう。
肝心のときのこいつは……
「……ふぅ」
ポケットから携帯電話を取り出して、ふぅとため息。
ついつい充電を忘れてしまい、早々に電池切れを起こしたこいつは一日沈黙を保ったまま。
連絡の“れ”の字もとれやしない。
最後の路地を曲がって、いよいよ家が見えてきた。
「…ん?」
家の前に、なにか……ある?
暗くてよくわからないけど、何かがあるような気配。
そしてそれは現実となり、俺を震え上がらせるのに十分すぎるものであった。
「み、ミリィさん!?」
俺の声とブレーキの音、はたしてどちらで気がついたかわからない。
地面に座り込んだまま家の塀にもたれる様にして顔をうずめていたミリィさんが、ゆっくりとこちらを向いた。
「あ、せーちゃん……」
「え、あの。家……入らなかったんですか?」
「うん……最初はね、もうせーちゃんが家にいるかと思ったんだ……」
「す、すいません…。つい遅くなっちゃって」
「何かあったの?」
「えっ?! 何かって……」
一瞬だけ、さっき桜城先輩と帰ってた光景が頭をよぎる…。
でもすぐにそれを振り払った。
「何も…ないですよ。心配かけてごめんなさい。実はちょっと電車の中で寝ちゃいまして……気がついたらずいぶん先の駅でして」
「……そう、だったの?」
「最近寝不足だったりしてたからかもしれませんね。ずいぶん爆睡してたみたいです」
「ふーん……」
じっと、俺のことを見つめてる。
まるで何かを探ってるかのような、そんな。
こんなに表情がないミリィさんを見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「そう……それなら、仕方がないね」
「ミリィさん……ごめんなさい」
「ううん。別に気にしてないよ。さささ、せーちゃんお夕飯にしよ。あたしお腹空いちゃった!」
ニパッと笑顔になると、俺の腕を持ってグイグイと引っ張る。
「わかりました、遅れたお詫びも含めて、今日は腕によりをかけますよ」
「やったっ。じゃあ早速入りましょう〜」
いつもの場所から家の合鍵を取り出して、俺より先に鍵を開けようとするミリィさん……。
…気づけなかった。気づかなかった。
笑顔を見たからかもしれない。俺が後ろにいたからかもしれない。
その時、鍵を開けようとするときのミリィさんに表情は――――。
なんだか、とても悲しそうな顔をしてたなんて……
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