・僕と彼女と・
〜だいにわ〜
〜だいにわ〜
気がつけば、電気が必要になってた。
「あらら、もうこんな時間だ。そろそろ終わりにしようか」
パチンと電気をつけて、二つの針が共に下を向いてしまった時計を見て言うミー先輩。
やっぱり三人だけだと時間がかかる。
後もう少しだったんだけど。
「後は明日終わらせよう」
「そうだね」
「せーちゃんもお疲れ様。今日はありがとね」
「いえいえ、俺も図書委員ですからね。それに副委員長のご命令とあらばって所です」
「む、それってまるであたしが職権乱用してるみたいじゃないー」
「冗談ですよ」
「せーちゃんが意地悪だ〜」
ぷくぅ〜っとミー先輩が頬を膨らませる。
そんな会話をしながら後片付けをして、短い点灯だった明かりを消すとそろって図書室を後にする。
昇降口出るまで誰ともすれ違わなかったぞ……。
校内誰もいないってことなのか。
運動部も今日は休みか?
静かな空間に、俺が靴を落とした音が響き渡る。
バタンと靴箱を閉めて、向こうからミー先輩と桜城先輩が来るのをボーっと待つ。
前から、それらしき二つの影が近づいてきた。
「おまっとさんでした。じゃ、帰ろっか」
「うぃっす」
「それじゃ、私はこっちだから」
「うんっ。じゃね〜」
ブンブンッとミー先輩が手を振って、桜城先輩とはここでお別れ。
家が近いって羨ましいな。
俺たちはこれから電車に自転車があるんだから。
もっとも身体動かすのは俺だけ。
ミー先輩は乗ってるだけだから。
「あー、家が近いって羨ましいな。そう思わない?」
「そうですね。ちょうど今俺もそう思ってました」
「毎日朝遅くまで寝てられるなんて。美里羨ましすぎ〜!」
それがホンネですか先輩……。
ちなみに美里は桜城先輩の名前。
「それだったら、なんで近い高校受験しなかったんですか? 俺たちの家からも近い高校あったのに」
「せーちゃん、あたしを男子校に入れさせたいの?」
「…バレましたか」
「知ってます! 最終的に、ここが一番偏差値とか環境とかが自分に合ってたから来たし文句は言えないけど……やっぱり地元から通ってる友達見るとつい羨ましくなっちゃう。 せーちゃんのクラスにもこの近くから通ってる人いるでしょ?」
「まぁ一応は」
「あれ、あんまり自信なさそうだね」
「ほとんど話しませんからね。いや、誰ともってワケじゃないですよ?」
「せーちゃんって、ひょっとして人付き合い苦手?」
「いや、特にそういうワケじゃないですけど……だったら、なお更性別が違う先輩と話せませんて」
「ん〜確かにそうかもね。仮にそうだとしても、あの時はどちらかと言うとあたしが声をかけたからねぇ」
ミー先輩の言うあの時……
それは俺が中学に入ったばかりの頃の話だ。
あの頃の俺は今よりも人見知りが激しいって言うか、とにかく一人でいることが多かった。
委員会だって、本当は入りたくなかったけど本は好きだし、あまり話すこともなさそうだからって理由で。
そして最初の委員会の時、俺はいきなりミスをしたわけだ。
「あれ、キミ筆記用具とプリントは?」
そう、これがミー先輩と出会った最初の瞬間。
俺が偶然隣に座ってたときの事。
筆記用具ならまだしも、まさか委員会で使うプリントまで忘れてきてしまうとは……
あの時の俺はそうとうダメだったかも。
「あー、その。…忘れました」
「あらら……じゃあ書くもの貸してあげるよ。プリントは……あっちょうど余りがあったよ。ハイ」
「……どうも」
「いいっていって。困った時はお互い様だもんね。それに同じ委員会だもん。ね?」
「はぁ……」
ミー先輩の第一印象、なんだか元気いいなぁって思ったっけ。
初めて話したのに、そんな事まるで気にしないみたいに話しかけてきた。
まるで、会った瞬間から友達ね、見たいな感じで……違うかな。
そして、俺としても中学で最初に知り合った人でもあったわけで。
月日が流れ、気がつけばお互い気兼ねなく話す…と言っても先輩は元からか。
まぁ話すようにはなったけど、俺がいつも先輩のことを新川先輩って言ってたのを聞いて、ある日こう言ったんだ。
「んー、カタイよ。タチバナクン」
「は、はぁ。何がですか?」
「呼び方だよ。呼び方。新川先輩って言うの。そんなじゃなくてもっとこう、フレンドリーにいこうよ。ね」
「はぁ……そうは言われましても……」
「だからあたしも…………そうだなぁ。せーちゃん」
「は?」
「だから、今日からあたしはキミを“せーちゃん”って呼ぶ。だからあたしの事もミリィって呼んでいいよ」
「え、えぇっ? いや……せ、先輩を呼び捨てって……それはちょっと」
「ん〜、ダメ?」
「ダメって言うか……生意気じゃあないすか?」
「あたしは気にしてないんだけどなぁ。先輩後輩って肩肘張って付き合うよりも、友達感覚の方が楽でしょ?」
「……まぁ、それはそうですが」
「せーちゃんは真面目だもんね。いきなりじゃムズかしいかな?」
「……ミー先輩」
「…え?」
「いや……ミー先輩って言うのじゃ、ダメですか?」
「ミー先輩、かぁ。 うん、いいんじゃない。まだちょっと硬い感じもするけど問題なしっ。そんな呼ばれ方したの初めてだなぁ。なんだか新鮮〜」
そういえば、あの時先輩はやけに嬉しそうだった。
何度も、もう一回言ってみてーって言ってたっけ……。
「――まぁ、いろいろありましたよね」
「ん、なにが?」
「知り合ってからですよ。今ちょっと思い出してました」
「中学の時のこと?」
「えぇ」
「まぁねぇ。まさか高校になっても一緒にいるって、想像できなかったかもね」
「そうかもしれませんね」
「大学とか、その先もずっと一緒だったりしてね?」
「さぁーそればっかりは分かりませんな」
「…せ、せーちゃん。そこ突っ込むところ」
「あれ? そうでしたか?」
「む〜、あたしの話をちゃんと聞いてた?」
「……俺はまだ過去から戻りきってないみたいですね」
「たのむぜ〜せーちゃん〜」
ぐわんぐわんと身体を揺すられる。
首がガクガク動くのはご愛嬌ということで…。
「あうあぅ……あぁ、そう言えばミー先輩」
「うい、なにかねせーちゃん」
ピタリと動きが止まる。
やっと開放されたか……じゃなくって。
俺はふとさっきの事で気になることをたずねてみた。
よくよく考えれば、言われた時に気が付く疑問に。
「なんで、俺って“せーちゃん”なんですか?」
「え?」
「苗字にも名前にも、当てはまる部分がないんですよね」
「あー、そのことかぁ。ちゃんと当てはまってるじゃん」
「えぇ? どこにですか?」
「せーちゃんの名前は、正樹、だよね?」
「はい」
あ、なんか久しぶりに名前で呼ばれた気が……
それはさておき。
「正樹の正は、読み方を変えればどうなるでしょう〜?」
「…………あ」
「どう、分かった?」
ニッコリと笑うミー先輩。
いや、まさかそこから来てるとは……
「よくあの時思いつきましたね」
「すごいでしょ〜? 我ながら天晴れな命名だと思っちゃったよ」
「先輩しか呼んだ事ないですからね。せーちゃんなんて」
「うん。あたしオリジナルだもん」
確かに、ミー先輩オリジナルだ。
発想力の勝利ってか。うん。
そんな会話をしながら駅について、すぐに来た電車に乗ったはいいんだけど、運悪く混んでた。
帰りの通勤ラッシュにハマッたかな。
サラリーマンとかがたくさん乗ってる。
ほとんどギュウギュウ詰めの車内。
ミー先輩を一番ドア側にさせて、俺がサラリーマンとの壁になるようにした。
「せーちゃん、ドア側狭い」
「文句言わないでくださいよ……これでも予防策なんですから」
「予防策?」
「先輩が痴漢にあったら一緒にいた俺の面目が立たない」
「あっ………せーちゃん」
ほんのり頬を赤く染めた先輩が俺を見る。
う、上目遣いにこちらを見てる……なんだろう、こういつもないような色気って言うか……
な、なんだこの感覚は。
俺が変になってどうするよ。
「………………」
「………………」
ふと、目と目が合った瞬間――――
ガクンッ…
「うわっ……!」
「きゃっ…」
駅に近づいたのか、電車が減速を開始した。
その勢いでバランスを崩した他の人の波がこっちにもやってきて……
俺もバランスを崩しかけて、思わず右手が前に出てしまった。
それは転ばないために人間がする回避行動みたいなもので……決して他意はないのだよ。
でもね、こういうときに限って……
むにゅっ…
「あっ…………」
目の前の先輩が小さいけど妙に変な声を上げた。
それから今度は俺の事をじっと見てる。
なんだ……?
なんでそんな目で俺見てる?
ちらっと、先輩が一瞬だけ目を下のほうにそらした。
まるで、ここを見ろって言うかのように。
その目の方向に視線をずらしてみると……
「あ……」
「………………」
そこは、先輩の制服リボンの左端。
制服がハッキリと分かるくらいに膨らんでいる部分。
つまり……ちょうど先輩の胸がある位置で……。
そこに見事なまでに俺の右手が載せられていた。
ど、どうりで触れた感触が柔らかかったわけだ…。
「………………」
「………………」
しばらくそのままになってしまう。
放心状態ってやつ、か?
その後、全部を理解して慌てて手を離すまで、更に数秒の時間を要した。
プシュー、バタン。
電車が駅を去っていく。
いつもの駅に降り立った俺と先輩は、言葉も少なげに駐輪場へと歩いていった。
さ、さっきみたいなことがあったわけだし、無理もないんだが……。
なんと言うか、この無言の間が心臓に悪い。
そのまま自転車に乗って走り出すまで、お互いに無言のままだった。
最初に切り出したのは、先輩ではなくて俺のほう。
「あ、あの……先輩」
「……うん?」
「さ、さっきは……すいませんでした。他意があったとか、そんなんじゃなかったんですが……」
「……せーちゃん」
「は、はい」
「あたしね……初めてだった」
「…え?」
「男の人に……胸、触られたの」
「は、はぁ……」
そりゃあ初めてじゃなかったら逆に驚くけど。
「ビックリしちゃった。一瞬だけね、身体が痙攣するみたいにビクッって」
「そ、そうですか……」
「ねぇ、せーちゃん」
「なんでしょう…?」
「あたし、別に…怒ってないからね」
「先輩…?」
「怒ってないから…うん。だから、気にしないで。あれは事故だったんだしさ!」
「……すいません」
「うんっ。あ、でもね………………から……」
「え? 今何か言いましたか?」
「ううん、なんでもな〜い。そ、それじゃあ、猛スピードでGOGOッ!!」
結局、この事は不慮の事故って事で流れることとなった。
それでも、俺の右手にはまださっきの感触が残ってたわけで……。
にしても、さっき先輩は何を言ってたんだろう?
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