僕と彼女と
〜ぷろろーぐ〜



気が付けば、季節は秋。
あの夏のうだるような熱気もほとんどなくなった。
朝は涼しさが増してきて、ずいぶん過ごしやすくなった。
どこかでスズメが鳴いている。
そんな鳴き声が聞こえてくるくらい静かな住宅街を、俺は自転車で走ってる。
向かってる先は、一人の先輩の家の前。
遊歩道を走りぬけ、カーブを曲がったところで見えてくる目的地。
いつものように、彼女は家の前で待っている。
こっちを向いた時に、ふと目と目が合う。
ニコッと、笑ったような気がした。
うん。到着まですぐそこだ――――――




「おそーい。遅いぞぅせーちゃん」

すぐ前で、腰に手を当てて文句を言ってる者一名。
俺の進む先を行かせんとばかりに仁王立ちしてる……わけじゃないけど。
まぁ、これもいつもの光景だからね。
いつもの待ち合わせ場所で、いつものように一緒に学校行って。これが朝の恒例行事。

「それじゃ、すぐに準備しちゃうからね〜んっ」

そう言うと、鞄の中からこれまたいつものように取り出した二人乗り用ステップを、慣れた手つきで後輪軸に装着していく。
う〜む、前々から思ってることだけど……発売禁止になってるこのステップどこから仕入れたんだろう。
警察に見つかると没収されるのに。
これだけ毎日使ってるのに、バレてないんだからラッキーなことこの上ない。
やっぱり朝だから、か?

「よぅっし、準備完了! さぁ、今日もバシッと行っちゃってちょうだい〜」

一回軽くステップを蹴って、外れないかを確認すると出発ヨロシの合図が出た。
二人分の鞄を籠に突っ込んで、グッと足に力を入れるとスルスルと滑り出すように自転車は走り出す。
ここから駅までの時間10分くらい。
タイム短縮に勤しむ毎日も、今日はずいぶん穏やかに走っていく。
たまにはこんな事もあるってワケ。
住宅街を二人乗りした自転車が駆け抜ける。
道の両脇に植えられてる木がすぅーっと後ろへと流れてく。
さわやかな風が何とも心地いい。
木々の葉が赤や黄色に色付いていく季節。秋。……うむ、我ながら詩人的発言。

「いや〜快適快適♪ あえて文句をつけるなら、ステップに食い込む足の裏が痛いことかな〜」
「…じゃあ入れ替わりますか?」
「まっさか〜。せーちゃんあたしに自転車漕がせる気?」
「…ご希望とあれば」
「しませ〜ん。だから、せーちゃんヨロシクぅ」
「はいはい……」

こんな会話もいつものことで。
俺が自転車を漕いで、彼女が――ミー先輩が後ろに乗る。
もう当たり前となった編成だ。
中学の時は近かったから自転車使わなかったけど、出かけるときはやっぱりこんな感じだった。
だからもう二人乗りは慣れちゃったわけで……。
これで重いなんて言ってみたらどうなるかな。

「ミー先輩」
「ん、なに?」
「なんか重いッすよ。最近太りました?」
「ん〜、体重は増えてないんだけどなぁ。やっぱあれかな」
「あれ?」
「そう、あれ。付いて欲しいところにお肉が付いたからじゃない? ほれほれ〜こんな感じに」

肩においてた手を、突然後ろから抱きしめるみたいに首に巻きつけた。
同時に、俺の背中に柔らかい何かが二つふにゃっと押し付けられた。

「サイズは教えないよ?」
「別に聞いてませんよ……」
「またまたぁ。本当は嬉しいクセにぃ」

ふにふに…

「…………セクハラっすか?」
「それは女の子が言うんだよ」
「え、女の子なんてどこn……うぐぐぐぐぐぐっ! 先輩、苦しい」
「きっと、苦しくなるようなことを言ったからじゃないの?」
「ギブ、ギブっす〜! コける前に勘弁して」
「ん〜仕方ない。この辺で勘弁しておくか」

ふっと開放されて、また両肩に先輩の手が置かれた。
うぬぅ。それにしても……お互いの服越しとはいえ、柔らかさは十二分に伝わってきた。
これはなかなか……

「で、気持ちよかった?」
「死にそうでした」
「そうじゃなくて、さっきのア・レ」
「いや、まぁそれはその……ねぇ?」
「も〜せーちゃんってば初心なんだからぁ。カワイイぞっ」
「はいはぃ……そろそろ駅に着きますよ」
「了解〜。いつも乗る電車には……うん、余裕のよっちゃんだね」
「先輩、古いよそれ」
「気にしない気にしな〜い」

まぁなんやかんやあったけど、結局はこうしていつもどおりなんだ。
駅に向かって歩く人を追い抜かし、自転車は振動少なく駐輪場へと入った。
ゆっくりと中を進んでいって、止める寸前に先輩がパッとステップを蹴って自転車から飛び降りる。
ん〜、いつも止めてる場所とは少し離れてるけど、その分近いしまぁいいか。
自転車を止めて、ミー先輩がステップを外すのを待ってから歩きだす。
これを忘れると、きっと帰りには残ってないだろうな。まず確実に。
欲しい人は欲しいんだから。

「相変わらず混んでるねぇ。たまにはのんびり行きたいよ……」

通勤、通学の人でいっぱいの駅のホーム。
ミー先輩がため息を一つこぼした。
まぁまぁとなだめつつ電車が来るのを少し待って、そして毎回同じところから乗り込んでいく。
何故かここはいつも乗ってる人が少ないんだ。
絶対に椅子が空いてるってワケじゃないけど、他と比べれば比較的空いてるこの車両。
階段から遠いからかな。
電車に乗ってる間は、二人して開かない方のドアに寄りかかりながら、目的の駅までゴトゴト20分ほど揺られてく。
学校のこととか最近のこととか他愛の無い話をしてるときに、何か思い出したのか、ミー先輩があっと小さな声を上げた。

「そういえばせーちゃん」
「なんですか?」
「今日の放課後ってヒマ?」
「え、そりゃ部活もやってませんし暇かといわれれば暇ですが」
「やったっ。それじゃ、ちょっと手伝ってもらえる? 委員会の仕事で図書室の掲示物を張り替えないといけないの」
「…それって、普通に俺も仕事やるべきじゃないんですか? 俺だって図書委員なんですから」
「いやいや、これはあたし達二年の仕事らしいからね。先輩と後輩に挟まれた中間管理職ってキツいんだから」
「先輩、意味違いますそれ」
「まぁそれはともかくっ。用事がある人が重なっちゃって人数が足りないんだ。だから、せーちゃんに手伝ってもらおうって。ね」
「はぁ、まぁ仕事とあればお手伝いしますよ」
「ありがとっせーちゃん」
「いえいえ」
「今度帰りにうまい棒奢ってあげるね」
「ずいぶん安いっすなそれ……」
「こら、人の行為に安いも高いもないんだぞ〜。大事なのは心なんだからね」
「うぃ〜っす」
「…ん〜、でもやっぱ一本じゃ少ないかなぁ。二本くらいかなぁ」
「………………」

あご元に指を当てて真剣そうに考えてるミー先輩。
…どんぐりの背比べですか?

そんな事を話してるうちに、高校の最寄り駅に到着。
降りる人の中にもちらほら同じ制服を着た人が増えてきた。
ここから今度は歩きで10分ほど。
一本道だから迷うなんて事はない。
でも、ねぇ?

「……ん、なにせーちゃん。あたしに何かついてるの?」
「いえ、そうじゃなくてですね」
「???」
「こんな分かりきってる通学路なのに、どうしてミー先輩は迷ったのかなぁって」

そういうと、頬をほんのり紅く染めた先輩が慌てていった。

「だっだからせーちゃん! もうその話はナシって言ったでしょぉ。思い出しただけで恥ずかしいんだから……」

それは俺がこの高校に入って二日目の日。
駅前のコンビニで雑誌を買いたいから先に校門まで行ってて、と言ったミー先輩が、いつまで経っても来なかった。
もうチャイム鳴ってるのに……と、そこへ息を切らしたミー先輩到着。
どうやら走ってきたみたいで、到着するなりぺたんと座り込んでしまった。

『先輩、どうしたんですか?』
『いや〜ちょっと……道に、迷っちゃって……はぁ、はぁ……』
『ま、迷った?』
『だって、いつも寄ってるコンビニが……改装工事中だったんだもん。 それで、他を探してる間に……変なところに出ちゃって……ふぅ〜っ……気がついたら知らないところに侵入してたの』
『はぁ……難儀でしたね』
『もう、朝から疲れちゃった……』
『…そんな所悪いんですが先輩』
『……ん、なぁに?』
『せめて、足を閉じるかまっすぐ伸ばしませんか? その…見えてますよ。中』
『えぇっ!? ……ま、まさかせーちゃん、見ちゃった?』
『…眼福です』
『…えっち』
『男ですから……否定はしませんね』
『うぅ〜……まぁ、せーちゃんだからいいか』
『ど、どういう意味ですかそれ』
『知らない人よりはいいでしょって意味で』
『は、はぁ……』

まぁ、こんな事があったんだな。
それっきり先輩は朝はコンビニ寄らなくなったけど。
行く時は俺も連れて行かれるし。

「もうあたしだって迷わないんだからね! それに、もともと方向音痴ってワケじゃないんだから……」
「分かってますって。もうこの話題もしませんから。ご機嫌直してください」
「ぶぅ〜」
「俺が今度ケーキご馳走してあげますから」

そういった瞬間、ミー先輩の顔がパァッと輝いた。

「ホントっ!? ついでにサンドイッチもね!」
「わ、わかりました……って言うかケーキとサンドイッチって関係性ないんですが…」
「気にしない気にしない〜♪ やった〜、せーちゃんの奢りだぁ〜」
「やれやれ……」

俺がうまい棒で、先輩がケーキ+サンドイッチですか……
そんな会話をしながら、10分の道のりはあっという間に過ぎていった。
人で賑わう昇降口周辺。
俺と先輩は学年が違うから、昇降口も別。
だからここで一旦お別れだ。

「それじゃ、放課後よろしくね。せーちゃん」
「了解っす」
「うふっ。それじゃねっ!」

ぶんぶんっと手を振って、ミー先輩も自分の昇降口の方へと歩いていった。

……さて、今日も一日が始まりますかな。






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