27...... 黄昏時
「…………ふぅ」
その日、俊介は何度目かのため息をついていた。
別に嫌なことがあったからとか、小テストの点数がしょんぼりだったからとか、そんな事ではない。
いや、さっきやった小テストの点数はしょんぼりだったんだけど。
それもこれも一つの出来事が大きく関係している。
彼の鞄の中には、差出人不明の一通の手紙。
その手紙が示す“金曜日の放課後”はいよいよ明日に迫る。
どこの誰かも判らない。もしかしたらいたずらの可能性もあるかもしれない。
いろんな考えが頭をよぎって、さすがの俊介もお疲れモード。
今日と言う日も、気がつけばもう放課後になっていた。
いよいよ、明日…。時計の針がたったの二周回るだけでその時はやってくる。
はたして明日の自分は冷静でいられるだろうか。
はたして明日の自分はその場所にいられるだろうか。
急に怖くなって、逃げ出したりはしないだろうか、など。
実際に逃げ出すとか行かないといった選択肢はないが、悲しいかな俊介にはこういった経験は皆無。
どうすれば〜などと言った知識はない。
かと言って、同姓の友達に相談するとロクな事にならないためそれもしない。
梨乃やあすかと言った異性の友達?
「(いや、なんと言うかな。相談できそうもないんだよ。自分でも何でか分からないけど)」
初めは相談しようと思っていた。特にあすかなら何か良いアドバイスをくれるかもしれない、と。
結局のところ思っただけで実行はしていない。その理由がさっきの通り。つまり自分でもよく分からないから。
なんだろう。最近、今まで感じたことのないモノが胸につかえてる気がする。
上手く言葉に表せないけど、なんと言うか、モヤモヤ〜っとした何かが。
「…………ふぅ」
その日、俊介は何度目かのため息をついた。
ここに来てからだと二回目。ついさっき一回目をついたばかり。
ほんのりと温かい風が吹き抜ける。
日中に吹く風は日を増して熱を帯びてきた。
もう夏はすぐそこ……俊介にとって夏は暑いけど好きな季節。
「そういや、もう一年なんだよな」
なんとナシに口から出た言葉。
もう一年とは、俊介が彼女――梨乃と知り合い話すようになってからの時間。
最初は話したこともないただのクラスメート。
それがちょっとした事がきっかけで面識をもって、俊介の方から話しかけるようになって。
“籠原”と呼び捨てだったのが“梨乃”と呼ぶようになって、さらに“梨乃っぺ”なんてのも……。
「(ああ、そういえばずいぶん梨乃っぺなんて言ってないな。いつからだっけ)」
一旦は定着したかに見えた“っぺ”という呼び方も長くは続かず、特に梨乃がここに着てからは一回とて呼んだことはなかった。
呼び始めた当初こそ親しみを込めて、といった感じだったが、いつしかそんな事を気にしないくらいの仲になったのだから。
でも、たまには久しぶりに呼んでみようかとも思う俊介だった。
「(急に呼んだらビックリするかな)」
ふとそんな事を心の中で呟いたときだった。
「なに、してるの? こんな所で」
「!」
心臓が飛び跳ねた。
同時に身体もビクッと跳ね上がる。
まさか後ろから声が掛かるなんて予想すらしてなかったから。
慌てて声のしたほうに向き直ると、そこには腕を組んで校舎の壁に身体をもたれ掛けながらこちらを見る茜の姿があった。
「あ、茜?」
「や」
ひらひらと手を振る。
全然気がつかなかった。
一体彼女はいつからそこにいたのだろう。
「一人でふらふらと教室出て行くからさ。なんだろうと思って後ついてきた」
「な、なんだよ。ついて来てるなら最初から言ってくれよ。ビックリしただろ」
「今言ったじゃん」
「遅すぎだ」
にこっと笑う茜を見てまた俊介の心臓が跳ねた。
暮れつつある空の色と茜の表情が妙に似合っていたからだろうか。
ああ、本当になんなんだろうな今日の俺は。ぜんぜんらしくない。
とっさにそんな事が頭をよぎった。
「で、なんか用か?」
「ん? ないよ」
本当にないみたいで、表情を変えないまま手を左右に振った。
「……じゃあなんで付いて来たんだよ」
「だから、何かと思って」
「それだけ?」
「そ。それだけ」
なんだかどっと疲れが出た気がする。
明日のことも含めて考えると、今の俊介は若干消耗気味だ。
なんとなく、もうどーでもいーよ的な考えが浮かんでしまう。
「ったく。ヒマ人め」
「んー、これでも結構忙しいんだけどな」
「そうか」
「うん」
「で、忙しいのにここにいる、と」
「俊介、話がループする」
「……分かってるさ」
ふぅ。またため息が出た。
そこで空気ががらりと変わったかのように、茜が別の話題を切り出した。
「……明日、なんでしょ」
「ああ」
「行くの?」
「そりゃあな。逃げたら悪いじゃん」
俺自身もいやだし、と俊介は続けた。
「どんな答えを返すにしろ、ちゃんと向かい合って話さないとな。たとえ知らない人でも、知ってる人でも」
「嬉しかった? 手紙貰って」
「…どうかな。正直今まで貰ったことなんてないから、ビックリしてて逆にどうしたもんかって感じかも」
「ふーん」
「なんだよ、聞いといてそんな興味なさそうな声出して」
「いやいや、そんなじゃなくてね。聞いたはいいけど、でも結局は俊介の問題でしょ? この事ってさ」
「まぁ、そうだわな」
そう。結局これは俊介の問題だ。
当事者は彼であり、茜ではない。
明日の今頃には、俊介の目の前にいるのは茜ではなく、手紙を出した張本人がいる事だろう。
時計の針がふた回りすれば、その時はやってくる。
「ねぇ、もしその手紙を出したのが梨乃だったらどうする?」
「えぇ、梨乃が? そんな事はないだろう。絶対に」
「……どうしてそう言い切れるの?」
「そりゃあな。あの梨乃が手紙なんて回りくどいこと考えないだろうなって」
何となく梨乃に酷いことを言ってるような感じがするのは気のせいだろうか。
「だって去年のときなんかは――――」
そう言った所で、あとの言葉を出さなくなった俊介。
なんのことか分からず、茜は不思議な表情をしている。
そう。手紙なんてやり方は梨乃はしない。
なぜなら彼女は去年もっと直接的な行動をしていたから―――――
あの時の光景が、俊介の脳裏に蘇る。
そして今になってふと思う。
あれは、あの時梨乃はなぜあの行為をしたんだろう?
友達だから? 嬉しかったから? それとも――――?
「………………」
考えても答えは出ない。いや、もしかしたらもう答えは出てるのかもしれない。
ただそれをはっきりさせないだけなのか、あるいは……。
「んま、どっちにしろ明日になれば分かるか」
「なにそれ。私には意味不明なんだけど」
「いいんだよ。守秘義務ってやつだ」
そう呟くと、地面に置いた鞄に手をかけた。
「帰るの?」
「ああ。本番は明日だからな」
「本番て……」
「茜も帰るか? 珍しく二人しかいないけどな」
鞄を肩に背負うように持って、茜を見る。
彼女は首をふるふると横に振った。
「私はまだ残るよ。梢を待ってるんだ」
「梢を? なんかやってるのか?」
「うん。まぁちょっと」
そういうことなら仕方がない。
今日もまた一人で家に帰ることになった。
最近、本当に増えた気がする。
じゃあと言って歩き出そうとすると、俊介の背中に向かって茜の声が掛かった。
「ねぇ、俊介」
「んあ?」
「あのさ……」
『もし、その手紙を出したのが――――』
そよそよと吹いていた風が、びゅうと強く吹いた。
風音と共にかき消される茜の声。
吹き抜けたあとには、既に話し終わっていた。
「茜?」
「んん。なんでもない。それじゃあまた明日!」
片足で壁を軽く蹴ると、その反動で勢いよく茜は校舎の中へと掛けていった。
あとには取り残された俊介一人。
一体茜は何を言おうとしたのだろう。
本人がいなくなってしまった以上答えが出ることはない。
まぁ、何でもないと言ってるのを見ると大した用でもなかったんだろう。
そう思うと、今度こそ俊介は家路へと足を向けた。
その時が来るまで、あと一日……。
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も ど る