25...... 屋上の急転の裏で…あとちょっと俊介も



茜と梨乃。
二人が対峙している屋上の下で繰り広げられる別の物語。
時はそう、茜が教室を出て行ったところから始まるのであった。



カツッ……カツッ…カツッ…

不規則な音が徐々に遠ざかる。
やがて音が聞こえなくなった時に、ふぅっと――力が抜けたかのように椅子に座り込む。
差し込む夕日。音のない空間。自分だけの教室。
その場全てが自分のものになったかのような感覚。
時を刻む音だけが聞こえるなかで、あすかはほぅと息を吐いた。

「なんだか、大変なことになっちゃったなぁ」

事態はあすかの予想していた以上に変化した。
いや、むしろこれは悪化したというべきか。
梨乃のためにと思っていたら、その過程でなんと茜までもが俊介に好意を持ってしまった。
そこに矢継ぎ早にやってきた茜のあの発言。
今頃、茜は梨乃とはなしをしているだろう。
きっと梨乃は驚いているに違いない。

――――と、その時。

ガラガラ…と控えめにドアが開いた。
そこに立っていたのは……。

「梢ちゃん?」
「やっぱり、茜と話してたのはあすかだったんだねー」

そのまま教室の中へと入ってくる。
てっきり帰ったかと思ったけど、果たして梢の机には鞄が掛かったままだった。

「ちょっと用があって職員室に行ってたんだけど、戻ってきたら茜の声が聞こえてきて……なんだか入るには入れない感じだったから、外に立ってた」
「そう、なんだ」
「話してることも……聞いちゃった。ぜんぶ」
「……そう」

どうしたのとか詳しい内容を聞こうとはせず、梢は淡々と話していた。
あすかとしても、深くを語ろうとは思わないだろう。
それになにより……聞かれてしまっている以上、もう話してないことなんてないんだから。

「やっぱり、余計なことだったのかな」
「え?」
「わたしがやろうとした事。やっていた事。全部」

呟くように、あすかが言った。
どこか儚さと自虐さを言葉に含めながら。

「わたしは、梨乃ちゃんの力になってあげたかった。梨乃ちゃんは俊介さんのことが好きだけど、上手く伝えられない。一緒にいることは多いんだけど、あと一歩がないから……だから、そっと背中を押してあげようと思った。それが、間違いだったのかな」
「そんな事はないと思うよ。あすかは間違えてないってあたしは思うもん。ただちょっと、お手伝いの相手を間違えたのかもね」
「相手?」
「同じ女の子に頼んじゃったら、その子も俊ちゃんのこと好きになっちゃうかもしれないでしょ? 茜みたいに」
「……うん」
「だから、それがあすかの間違い」

今日の梢は、彼女にしては珍しくしっかりとした口調で話をする。
いつものほわ〜んとした感じの舌足らずな話し方は何処にも残っていなかった。

「誰も攻められる事じゃないけど、誰も止める事も出来ない。たとえ最初に頼んだあすかでも」
「………………」
「あとあたし達が出来ることって、応援するか見守るか。この二つだけなんじゃないかな」

そう言ったあとに、思い出したように言葉を付け足す。

「あ、でもあすかも俊ちゃんのことが本当に好きなら話は変わるけどね?」
「わ、わたしは」
「でもあすかははじめちゃんだもんねー。今はちょっとだけ俊ちゃんかな?」
「……気付いてたの?」

あすかが驚きの表情になる。
ついさっき、茜にも同じことを言われたばかりの言葉。
まさか梢にも言われるとは思わなかった。

「最初はね、本当に俊ちゃんのことがすきなのかなって思ったよ。だって俊ちゃんにくっ付くようになったし、腕だって組むようになったし」
「あれは……」
「本当でも本当じゃなくても、あすかは梨乃っちが傍にいる時しか行動に移してないから……たぶんだけど、あすかは梨乃っちにわざと見せてたんじゃないかな。それで、梨乃っちに一歩を踏み出してもらおうとか」

見破られていた。完全に。

「……茜ちゃんや梢ちゃんには敵わないね」
「付き合い長いからね。判っちゃうところもあれば判らないところもあるよ」

梢がにこっと笑う。さっきの事があったからか、なんだか久しぶりに笑顔を見た気がした。

「……あとは、梨乃ちゃん次第なのかな」
「そそ。梨乃っちがんば〜って、本当なら言いたいんだけどね。お手伝いした手前……だけど、ちょっと無理かな」

オレンジ色の光が差し込む教室に、どこか寂しさをまとったような梢の声。
どうして梢がそんなことを言ったのか。それは次の一言でハッキリとした。

「あたしは、茜の応援をするよ」
「梢ちゃん……」

本当はもう判ってたのかもしれない。あすかの中で、梢はもう支援をしないだろう事を。
だけど、本人の口からハッキリと聞いたことが少しだけ彼女を悲しくさせた。
梨乃と茜。そしてあすかと梢。彼女たちがこの先進もうとしている道は、光か闇か……。
その答えが出るまでに、もうしばらく時間が必要だった。
そして、時間を延ばしてしまうもう一つの理由というのが――。



「……ふぅ」

両手をポケットに突っ込んで、夕日を背に歩く一人の影。
彼――千堂俊介は空を見上げながらため息をついた。
今日はやけに静かだな…。そんな事をふと思う。
無理もない。彼の周りにはいつも笑いがあり、そして騒動もあった。
でも今はどうだろう。まるでそんなものが存在していなかったとばかりに静まり返っている。

「一人で帰るなんて、随分久しぶりだな」

タイミングが悪かったのか、それともみんなそれぞれ用があったのか。
俊介が帰ろうと思ったときにはいつものメンバーがいなかった。
呼び出されていた梨乃と用事が会った梢は別として、茜とあすかは教室で話をしてたはずなのだが、どうやらお互いに席を外していた時間があったようだ。
結果的に俊介は一人で帰ることとなり……今に至る。
学校で四人の少女達がそれぞれの事態に直面してることなんて露知らず。
再び視線を前に向け、家へと帰る道を行く。
久しぶりに感じる一人の時間。
嬉しいような寂しいような……いや、やっぱり寂しいな。
茜や梢のやかましい声も聞こえないし、梨乃とあすかの落ち着いた声も聞こえてこない。
なんだかんだいいつつも、あの空間は一緒にいて楽しいものだ。
きっと彼女も……梨乃も思ってることだろう。そう信じたい。
最近一緒にいて、彼女は明るくなったと思う。
これが本来の姿なんじゃないかと思うくらい。
去年までとは違う笑顔の増えた梨乃を見て、俊介もどこか嬉しかった。

「(……どうして?)」

ふと、疑問が浮かんだ。
俺、どうして梨乃のこと……。

初めは、ただの好奇心から。
いつも静かで、誰とも係わろうとしない彼女の笑顔が見てみたかったから。
お金持ちだからとか、お嬢様だからとか、そんなのは関係なかった。
それは親がそうなのであって、彼女は……梨乃は違う。
実際に笑うところを見たときは、ああやっぱりこの子も女の子なんだなって、そう思えた。
まだ知り合ってから一年しか経ってない。でも、時間以上の思い出を共有できた気がする。
本当にあっという間の出来事だった。

「(なんか、ほっておけないんだよなぁ……?)」

なんで最後が疑問形になるのか、自分でもよくわからない。
答えの出ない自分への質問に、どこかモヤモヤする感情。
きっと自分が一人で帰ってるからだろう。そうに違いない。
もう一回ため息をつくと、道端に転がっていた小石をコツンと蹴った。








つ ぎ へ


も ど る