24...... Turning Point



夕方、学校の屋上にある二つの影。
近づいてるわけでもなく、また離れてるわけでもなく。
立ちすくんだままの影がそこにある。
そこにいたのは二人の女子生徒。
お互いに口を閉ざしたまま、彼女は彼女と対峙していた。
一人はうつむき加減に、今の状況が飲み込めきれてない様子で、まるで言葉を失っているようだった。
もう一人はじっと相手を見たまま、今の状況を作り出したみたいで、相手の言葉を待っているかのようだった。
無言の間……だけど長くは続かない。やがて時はやって来る…。
それは始まりの瞬間、終わりの一時。
その目をやや鋭くしながら、今まで放ったことのない言葉を投げかけた。

『アンタがなにもしないんだったら……私、俊介に告白する。想いを伝えるから――――』

その瞬間、彼女――梨乃の視線が跳ね上がるようにしてもう一人を――茜を捉えた。



朝、通学路。
まさかこの日の夕方に大きく展開が変わるなんて思いもしない。考えもつかないだろう。
だからこそ、今日もまたいつもらしい話をしながら学校へ向けて歩いてる。
……ただ一人を除いて。

「あー、暑ぃ……もう夏だよな。ってか夏だろ」
「俊ちゃん汗だく〜」
「っさいわい! 誰のせいで汗かいてると思ってんだ!」
「誰だろー?」

気づいてる。梢は絶対に気づいてる。
なのに知らないフリをしてるのは……たんに居心地の良い場所から離れたくないから。
歩くのと歩かないのでは、またかなり違うからねぇ。
俊介はポケットから取り出したハンカチで、額の汗をぬぐう。
首筋に流れてきそうな汗は知ったこっちゃない。梢のスパッツに吸収されても構うもんか。

「はぁ……せっかく夏服になったってのに。これじゃあんまり意味がない」

気がつけば、六月も流れていって衣替えの季節。
冬服だったのもいつもまにか夏服に切り替わって、みな薄めの生地へと変わっていた。
今冬服の制服着て登校してたら、かなり目立つだろうなー。

「あ、そうだ俊介」
「ん? なんだ」

俊介の隣をいつものように歩いてた茜が話しかけた。
その片手には松葉杖が握られている。
ついこの間の出来事だから、まだ治ってなくても無理はない。

「はい、コレ」

少しぎこちない動作で渡された何か。
巾着袋に包まれた正方形の……って、これは。

「なんだこれ。弁当……?」
「そ。俊介の分だから、ちゃんと食べてね」
「へ。あ、ああ……どうも」
「一応、この間のお礼ってコトも含まれてるんだから残さず食べるんだぞ」
「うぃ、ありがたく頂きます。サンキュな、茜」
「……ん。じゃあ遅れないうちに行くかね。私当分は歩くの遅いから〜」

梢やあすかの心配するような声が聞こえる。
だけど、一人だけまったく耳に入っていない者がいた。
みんなが歩いていくのに立ち止まったままなのは……梨乃である。
彼女は、いや彼女だけが感じた違和感。
普段なら気がつかないけど、あいにく気づいてしまった。

「(茜ちゃん……)」

弁当を渡したとき、一瞬だけだけど確かに自分の方を見た……。
まるで、何かを言わんとしているかのように。

「おーい梨乃、なにやってんだ。行くぞ〜」
「……あっう、うん……いま、行くよ」

ドクン。
梨乃の心臓が、大きく鼓動を打った。


何かがおかしい……。
次にそう思い始めたのはあすかだった。
最初は、ただ世話になった俊介に礼をしてるだけかと思った。
朝の一件でも本人がそう言ってたんだし。
でも……これはどうだろう。

「………………」

今、俊介の席に茜が来てる。
これは普段からの事であるし、松葉杖をつきながら来たとて気にすることでもない。
問題はそう、会話である。
これまで聞いた事のないような話が、茜の口から出ていたのだ。

「なんだよ、まだ足治ってないんだからそれ治してからにしろって」
「いいじゃん〜。別に走り回るわけじゃないんだからさ。ちょっと買い物したいだけ」
「それなら梢と行くのが一番だろ。好みも判ってるんだしさ」
「そこは……あれよ。男の子の意見とかも聞きたいわけ。OK?」
「まぁ忙しいわけじゃないからいいけどさ。それなら他のみんなも呼ぶか?」
「へっ? あ、いやーそれは……じゃ、じゃあみんなには私から言っとくよ。また決まったら連絡するわ」
「あ、ああ……了解」

はぐらかすようにして、この場での会話は強制的に終わってまた別の会話に。
それを後ろで聞いてるのが件のあすか。
彼女は会話に参加せずにただ聞いていた。
いつものように話してても良かったのだが、内容が内容なだけにそれどころでない。
らしからぬ茜の行動、これじゃあまるで……

「(茜ちゃん、まるで俊介さんのこと……)」

ちらりと視線をずらして、教室の前のほう……梨乃がいる席を見てみる。
今は梢がべったりくっ付いて何かをしているようで、俊介たちに気づいてない。
それが良い事なのかそうでない事かはこの際置いておくとしても……

「(やっぱりこの間の事、なのかな。二人に何があったんだろう……)」

次の休み時間、思い切ってあすかは茜に尋ねてみることにした。
今回は席を立たないで座ってる茜のところへ歩いていく。

「あれ、あすか。どったの?」
「茜ちゃん、ちょっと……いい?」
「んー?」
「あのね……うん、と……」
「珍しいねぇ。あすかが言いよどむなんて」

ふらふらと動かせない足を揺らす。
あすかの視界に、足首にしっかりと巻かれた包帯と湿布がやけにハッキリと見えた。

「あはは……まぁ、うん」
「なんだろ。気になるなぁ〜」

ニコッと笑いかける。
あすかもつられて笑いそうになった時だった。
こんな一言が発せられたのは。

「…でもまぁ、たぶんあすかが考えてるとおりだと思うよ」

瞬間、あすかは全身に落雷のような衝撃を受けて一気に凍りついた。
まさか気づかれてた?!

「あ、茜……ちゃん?」
「放課後、ちょっと付き合って」

それに対する言葉を出そうとした時、まるで図ったかのように鳴るチャイム。
立ちすくむあすかにかけられた『チャイム、鳴ってるよ?』という言葉が、妙に他人行儀に聞こえて仕方なかった。
全ては茜が示した放課後に判るらしい。まだ四時限目が始まろうとしてる時……その時が来るまでもう少し時間が必要だった。

その間に、何もなかったわけではない。
もう一つ……今度は茜による“何か”があった。
茜は一人の少女を眼で追いかけていた。別に昨日今日に始まったことでない。
思えばいつからだろう。たまにだったのが徐々に増えていって、今ではある目的があって追いかけてる。
……自分の考えを決定付けるための……
でも、どうやら答えは出たらしい。
茜が抱いていた疑心から確信へ変わった瞬間。
一人で机に座ったまま、ふぅと小さく息を吐く。
……そうなんだね。やっぱり何も、あくまでそのままでいる気なんだ……
……あんたがそのつもりなら、私は……
心のどこかでそう呟くと、ゆっくりと席を立ちそして……追いかけ続けた少女の元へと歩いていった。

「ねぇ、ちょっといい――――――」



カツッ……カツッ……カツッ

リノリウムの廊下に響く何かの音。
他に人気や物音はなく、ただその音だけがやけに響き渡っていた。
そこには口を真一文字に結んで歩く少女の姿が。
片手に持たれた松葉杖がややぎこちなく動いて音を立てる。
階段を昇るときは本当に辛そうだった。

「………………」

一歩一歩ゆっくりと上りながら、つい先ほどまで教室で交わしていた会話を思い出してみる。
一方的に自分の方から打ち切ったあの話、一体どんな気持ちで聞いてたんだろう……。

『ごめん、もう手伝えなくなっちゃった』
『え、手伝うって…?』
『自分もそっち側の人間になっちゃったら、そりゃあ、できないよね』
『あ、茜ちゃん……それってどう言うk―――――』
『だって私、俊介のこと……好きになっちゃったもの』
『!!』

推測から確証へ。それは最悪の予想結果。
もっとも予想できないことが起こってしまった。
またもっとも起こってほしくない事が現実になってしまった。
言葉を失ったあすかが、驚いたままの表情で茜を見つめる。

『最初はね、言われたまんまに、しょうがないなぁって手伝ってるだけだったんだ。そこまで乗り気じゃなかったし』

しっていた。自分が打ち明けた当初、茜がそこまでやりたそうでなかった事を。
あの時の茜の言葉……人それぞれの事だからあんまり介入したくはないんだけど……が、妙にハッキリと思い出せた。

『でも……でも、その中でアイツと一緒にいることが多くなって……楽しくてさ。結構同じ感じがしたし。こんなの初めてだったんだ』
『だから……なの?』
『…うん。だから、かな。もしあの時私が反対してたら、今の自分はないと思ってる。だってそれくらい偶然だったんだもん。気づくことなく過ぎていって、気づくことなく梨乃と俊介ってのを見てたのかもね。でも……それは、やだ』
『………………』
『梨乃を見てると、自分でもいいんじゃないかって思えてくる』
『え……?』
『だって、あの子何もしてないんだよ。たまにそれっぽいことやってるかも知れないけど、あとは普段どおり。前進も後退もない、ただの現状維持。いつまで経っても何も変わらないよ』

茜はずばり核心を突いた。
あすかも重々承知していたこと……梨乃の行動に対する、もっともな弱点を……

『あの子が俊介のこと好きだってのは分かってる。きっとそのために、一人暮らしを始めてまで選んだこっちへの転校も。そこは凄いと思うよ。私ならそこまでは出来ない……でもね、今、梨乃が何もしないんだったら、私が想いを伝える。もう、そうやって決めた』
『でっでも茜ちゃん!』
『恋に順番なんてあるの? 優先順位ってあるの?』

あるわけない。自分の好きな相手に思いを伝えるのに、結果はどうあれ順番や優先はない。
それは悪く言えば早い者勝ち。もし遅れてしまったら……自分の想いを胸の奥底に押し込めるようなことになっても致し方ない。

『この後、梨乃と会ってくる』
『え……?』
『不利になるかもしれないけど、梨乃にちゃんと言ってくる。もしこのまま何もしないんだったら……って』
『………………』
『……じゃあ、行くね』
『茜ちゃん!』
『あと……気づいたついでに一つ』

教室のドアに手をかけて、あすかに背中を向けたまま茜は言った。
その表情は、本人以外誰にも分からない。

『あすかの俊介に対する行動も、ホンキじゃないなら止めといたほうがいいよ。あの子、それ見てかなり不安になってるから――――』

その後のあすかのことは分からない。だって自分はこうして出てきてしまったから。
二階・三階と上がって、いよいよ屋上への扉の前。
さっきまでの事を思い出してるうちに、いつのまにかここまで上がってきていた。
きっと、あの子はもういるだろう。
これから起こることも、もしかしたら気づいてるかもしれない。
…気づかせるなんて、敵に塩を送ってる? それでも構わない。私は、私のやりたいようにやるんだ。

「すー……はー……」

ゆっくりと大きく深呼吸をして、そして……
茜はドアノブに手を掛けて、ゆっくりと回し押し開いた――――


ガチャリと音がして、背後で扉の開く音がする。
ゆっくり振り返ると、自分をここへ呼び出した張本人が松葉杖をつきながらゆっくりと歩いてきた。
胸がドキドキ言ってる……。飛び跳ねそうな心臓を押さえるかのように、片手は胸元へと置かれた。

「………………」
「ごめ、待った?」

とてもこの場の空気に似つかないような言葉。それが益々彼女を…梨乃を不安にさせる。

「そんな顔しないでよ。別に取って食べるわけじゃないんだから」
「う、うん……」
「私はただ、梨乃の言葉を聞きたいだけ。ただそれだけだから」
「私の……言葉?」
「そ。回りくどいの嫌いだから単刀直入に聞くけど……俊介のこと、好き?」
「え。あ、茜……ちゃん?」
「私は……好きだよ。アイツのコト」
「!!」

梨乃の全身に、まるで稲妻が駆け抜けたかのようだった。
他の誰からも聞きたくなかった言葉がすぐ目の前で言われたんだから。
黙って俯いてしまう梨乃。彼女の言葉を待つ茜。

そして……時はやってくる。
茜の口から、ついにその言葉が発せられる瞬間……。

「アンタがなにもしないんだったら……私、俊介に告白する。想いを伝えるから――――」

それは始まりの瞬間、終わりの一時。
梨乃にとっても、そして茜にとっても、この先ずっと忘れることのない日々がこうして幕を開けた。








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