22...... 関心
「…………なぁ」
「ん〜?」
「どうしてこんな展開なんだ?」
「そんなのアンタが悪いんじゃん」
「違うだろ。お前だ」
「ううん。俊介」
「いーや。絶対茜」
空からはしとしとと雨が降り注ぐ。朝は晴れていたのに、急に雲が出てきたと思ったらあっという間に暗くなり、雨が降り出した。
季節は五月から六月になり、例年通りの入梅も間近となったある日のコト。
俊介と茜は廊下に立っていた。いや、立たされていた。手にはいかにも定番そうなバケツはない。
辺りは二人の声が聞こえるだけで他の音は聞こえてこない。まぁ、授業中なら無理もないか。
いったいなんでこうなっているかと言えば……まぁ単純に言えば、廊下に立たされるようなことをしたから。
前時代的な罰則ともいえるこの儀式。でもこの二人には堪えてないみたいだ。
言い合いはどんどんエスカレートしていき、ついには声を張り上げての口喧嘩へ。
「アンタが言われたこと守んないからこうなったんじゃん!」
「つーかさ、なんであんなコト言ったんだよ。普通ああ言われて『ハイそうですか』って言えるか?」
「言うの! 私がそういったんだから」
「なんだよそのジャイアニズム」
「ったく……こっちの身にもなれっての」
「俺の台詞だ」
『オレの台詞だ!』
第三者の声が横から聞こえた。
二人が振り向くと。そこには漫画やアニメで言う頭から湯気を出しそうなくらい顔を真っ赤にした先生のお姿が。
更に見回してみれば、自分たちの教室や隣のクラスからも幾つか顔が覗いてる。
あー、これ。ひょっとしてヤバめ?
「やりすぎた?」
「うん。やりすぎた」
『オマエラーっ!!』
今日、雨と一緒に雷も落ちてきました。主に屋内で…。
「あー……ツいてないな」
「それは、授業中にあんな事をすれば無理はないかと……」
「だってさ、俊介の奴が」
「まだ言うか。ちゃんと言葉の意味を教えろっての」
「だからー、ソレが出来たら苦労はしないっての」
「意味わかんねぇよ」
「ま、まぁまぁ二人とも……。言い合いはその位にして、ね?」
あすかが仲裁に入って、また再加熱しそうになった口論を沈下させた。
それにしてもどれにしても、いったい今日の二人はどうかしたんだろうか。
普段は仲が悪いという感じを全く見せてないだけに、これは心配。
ちょっと時間を巻き戻して見てみよう。
それは、今朝のこと……。
『んを?』
さぁ学校へと思ったときに、メールの着信音が鳴る。
こんな時間に誰だろう。
『茜から……なんだ?』
何の用かと見てみれば、その内容に思わず声が出た。
『は……? なんだよ。それ』
メール本文には、簡潔にこう書かれていた。
“今日は雨降るから傘持たないで学校へ来ること”
……なんだよ。それ。本当にこう言いたくなる内容だ。
そもそも完全に矛盾してる。雨降るからこそ傘を持っていくのに、それを持つなと茜は申してる。
全く朝からこんな無意味なメールを……と、俊介はため息をついた。
どうせからかって遊んでるだけだろうと踏んで、気にすることなく傘を持って家を出ることにした。
『だいたい、雨降るって判ってんのに傘持ってかなかったら濡れて風邪引くっつーの』
俊介の言ってることはまさに正論だった。
で、待ち合わせ場所へ行ってみれば……
『………………』
『な、なんだよ』
『………………』
と、全くもって不機嫌ですと言った顔の茜を見るし、ついには授業中に飛び交った紙切れでの文章攻防戦を経て、今に至るのである。
まぁ、別に二人が喧嘩してるわけじゃないから険悪状態というわけではないんだけれど……どうしたものか。
結局その後は特に何かあったわけでもなく、淡々と授業は進んでいく。
降り続く雨はやむ気配を見せない。午後になっても帰りになっても雨は雨。
俊介が茜の言うことを聞いてたら本当に濡れて風邪を引きそうだ。
「さてと、今日も終わった〜。帰ろうぜ」
鞄を肩に引っ掛けるようにして持つと、いつものメンバーに声を掛けた。
「そうですね。帰りましょうか」
「ちょぉーっと待った!」
と、急にストップの声がかかった。
その声の主は茜だ。
途端に俊介が眉をひそめる。
「……茜、今度はなんだよ」
「どうもしないよ。ただ梢とあすかに用があるから、俊介と梨乃は先に帰ってもいいよって」
「え、そうなのか?」
確認とばかりにあすかに聞いてみる。
ところがあすかは頷くどころか首をかしげたままだ。
梢にとっても同様で、前もって知らされてたわけではないらしい。
「すぐ済むなら待ってるけど?」
「いやーそれじゃ悪いから。それにこの雨だから早く帰ったほうがいいって〜」
「そう言ってるけど……どうする、梨乃」
「え、と。私はどちらでも構わないよ」
「そうか。じゃあ―――・・・・・・…」
ポツポツと傘を叩く雨の音。一つの傘。触れ合う肩と肩。
ん、このシチュエーションは……。
「ごめんね。俊介君」
「いいって。こういう時はお互い様だよ。にしても……自分で忘れたくせに、酷いことする奴もいるもんだ」
「朝は晴れてたから気にしなかった人もいるんじゃないかな。予報だと降るのは夕方だって言ってたから」
「この時期、増えるんだよな……ったく」
「…………でも、ね」
「ん?」
「……でも、ちょっとだけ、私は嬉しいかな?」
「えー、なんで?」
「だって、こういう時じゃないとこんな事って、できないから……あはは」
「あ…………」
そう言えばとばかりに、はたと気がつく俊介。
どうりでさっきから時より妙な視線を感じると思ったら……
俺、よく考えたら相合傘してんじゃん。
「ほら、あの人たちもしてるよ」
「………………」
見れば、自分たちと同じように相合傘をしてる人がいる。
……よく見ればあれって、あすかの姉であるさやかじゃないか。
そして隣にいるのって、はじめ……?
自分のよく知る人たちが見せる光景に、思わず言葉を失う。
しかもよく見てみれば、はじめらしき人物は自分が濡れてしまうのも構わず、傘をさやかの方に傾けている。
すぐ今の自分の置き換えた。
ちょっと近づいたら、触れ合いそうな程の距離に梨乃の肩がある。
反対側の肩はちょっぴり濡れて透けていた。それは自分も同じ。一人用の傘に二人も入ったら濡れるに決まってる。
でも……。
くいっと傘を少し傾けた。もちろん、自分の方じゃなくて梨乃の方に。
これできっと濡れないはずだ。
気づかれないように、傾けたときに呟いてみる。
「ったく、なに言ってるかな。梨乃っぺは……」
「あ、その言葉、久しぶりに聞いた」
「ああ、久しぶりに使ってみた」
「懐かしいね……もう、一年かな。俊介君に、名前で呼ばれるようになってから」
「そう言えばそうかも。あっという間だ」
「でも、最初の頃だけで全然言ってなかったような気がするよ」
「あはは……実は忘れてた」
「もう〜」
ぷくぅと頬を膨らます。それを見ながら俊介は思った。
…こんな仕草をするようになったのも、ちょうどそれぐらいかな…
その中で変わったこと……出会った当初の印象は何処にも現れてない。梨乃は笑顔で学校生活を送ってる。
梨乃と話すようになって、笑ってくれるようになって、いろんな仕草を見せてくれるようになって。
いま俊介はとてもうれしいと感じられた。心の、そこから。
「ねぇ、俊介君」
「ん、あぁ?」
「帰りに、商店街に寄っていこうよ」
梨乃がキュッと手を握ってくる。
「商店街?」
「うん。美味しいアイスクリーム屋さんが出来たんだ。この前あすかちゃんに教えてもらったの」
「おおーアイスか。たまには甘いのもいいかもしれないな」
「じゃあ、れっつごー」
一年前から始まった関係。だけど一年前とは少しだけ違う関係。
二人がそれを認識しだすまで、もう少しだけ時間が必要だった。
□ □ □ □
「ねぇねぇ茜ー。用ってなに?」
「何かあるんですか?」
所変わって、ここは教室。
帰ろうと思った所に茜に呼び止められた二人が不思議そうな顔をしていた。
「ん、あー。特にないかも」
あははーっと笑う。何かを隠してるのがバレバレだ。オマケに頭に上げた手には傘が握られてる。
……あれ、その傘って。
「茜ちゃん、その傘……」
「コレ? 梨乃の」
「梨乃ちゃんの……?」
「そ。予定を変更して、ボッシュートしてきました」
「な、なんで? それじゃあ今頃、梨乃ちゃんは」
「きっと俊介が入れてあげてるでしょうねー。相合傘?」
今度は別の声で笑う。ウヒヒ。最近この笑い方が多いような気がする。
何かを含んでるというか、私悪いこと企んでますーみたいな感じの。
「本当なら俊介が忘れて梨乃が入れてあげるってパターンを予定してたんだけど、あいつ持ってきちゃったからねぇ。まったく、予定大狂いだよ」
「じゃあ、今日の言い争いもそれが原因なの〜?」
「そだよ。でもこれ思いついたから、結果良ければ全てヨシ、かな」
「あ、茜ちゃん……」
当初、あまり乗り気でなかった茜が随分積極的に行動してる。
これはこれで、いい。
ちょっと過程がアレかもしれないが……やってるのが茜だし、仕方がない。
「んーでも、あれだね」
「あれ?」
「俊介って意外と面白いヤツかもしれない。ノリがイイと言うか、同じにおいがすると言うか」
さっきのか、はたまた最近の光景を思い出したかのように、面白そうに笑う茜。
「ああいう人って、私嫌いじゃないね。うんうん」
今日一番の茜の笑顔が、確かにそこにあった――――
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も ど る