19...... 梨乃 動き始める とき
この間……そう、まだ一ヶ月も過ぎてないじゃないか。
あの連休の日、あすかと梨乃は話していた。
そしてその時あすかは言った。
『そっか。じゃあ頑張って伝えないとね』
『困った事とかあれば相談にのりますから、ね。梨乃ちゃん――――』
梨乃にとって、新たな地で強力な助っ人を見つけたようなものだった。
しかし……
普通なら『だ』で終わる言葉も『だった』になってしまう状態が今、起きているのだ。
これに関しては今まさに現在進行形。完全に入れ替わってしまったような感じ。
とにかく、梨乃にとって予想外の出来事が繰り広げられている。
…最近、あすかちゃんが変わった気がする…
…前は誰にでも笑顔を見せていたけれど…
「はい、どうぞ」
「ん、ああーサンキュあすか。助かったよ」
「いいえ。これくらいなんでもありませんよ」
梨乃がちらりと横を見ると、あすかと俊介が何やら良い雰囲気を醸し出してる。
困っていた俊介に話しかけるその姿は確かに笑顔ではある。
少なくとも、他の誰が見てもそう思う。
でもどうだろう。
あるいは梨乃だからこそ見破ったのかもしれない。
恋する乙女の感、とでも言っておこう。
普段の笑顔が社交辞令なら、俊介に向けられた笑顔は心から。
本当に嬉しくて笑っているかのようだ。
まぁ百歩譲ってそれはヨシとしよう。
何かいい事があったのかなーと流せる可能性もある。
だが……
「それでは、頑張ってくださいね。俊介さん」
「おう。明日には返すから」
「はい。でも、あまりムリはなさらないで下さいね」
「大丈夫だって。ちょっと徹夜するだけ」
俊介さん…。
あすかは最近まで彼のこと苗字で呼んでいたのに、ある日を境に名前で呼ぶようになった。
原因は恐らくあの時。あすかと俊介が二人で出かけていた時だ。
あの時を境にあすかの表情や行動が大きく変化している。
今まで梨乃の事を応援する形をとっていたあすかが……。
……どうしてだろう。やっぱりあの時、俊介君と何かがあったんじゃ……?
梨乃の心の中に言いようのない不安が覆い被さる。
ひょっとして、自分は今までの環境に甘えていたのではないのか?
今まで自分一人だけが隣にいたから……。
他の誰かが俊介の隣にいたことがなかったから……。
誰も俊介の事を好きになってないと、勘違いをしていたのかもしれない。
梨乃と俊介は仲の良い友達。
何度か彼女の方からキスをした事はあれど、実際はその関係のままなのだ。
……ひょっとして俊介ってかなりプレイボーイ?
……それかはじめ以上の鈍感少年?
……なんかそう思えてきた。
……それはともかく。
このままだとダメだ。
梨乃の心の中に、この時確かに変化が訪れ始めていた。
静かな校内にチャイムが響く。生徒待望の放課後だ。
ホームルームが終わった瞬間から、それぞれ思い思いの時間が過ごせるんだからそりゃあもう喜ばずにはいられない!
「俊介、かえろ」
「かえろー」
腕を高く伸ばして身体をほぐす俊介の下に、茜と梢がやってきた。
いつものようにそろって帰ろうかねぇ。彼女の目にはそう映って見える。
もちろん俊介もそのつもりでいるから返事は二つ返事でOK。
そして席を立とうとしたところで……
「俊介君!」
すぐ隣で別の声が上がる。
見てみればなんと梨乃ではないか。
彼女が教室で大きな声出すなんて珍しい。
どうかしたんだろうか…?
皆も同じ思いだったようで、驚いた感じで梨乃を見つめていた。
「り、梨乃?」
「かっかか帰ろう!」
「あぁ、そのつもりだけど……」
「ちっ違うの、そうじゃなくて!」
「???」
「えっと、あの……その、うぅ〜…」
「どうか……したのか?」
「っ!」
それは偶然出た言葉。
でも梨乃にとっては、全ての始まりの言葉でもあった。
今までの状態が嘘のように、身体が動いた。
「俊介君、いこっ!」
「えっ? うわ、ちょっ……り、梨乃……?!」
『あっ……』
彼女たちの目の前で、俊介が引きずられていく。
引っ張られたままの俊介があっという間に教室から見えなくなる。
あんまりにも予想外の展開だから誰も声をかけることができなかった。
某全唖然の空気を残したまま……。
「………………」
「………………」
「梨乃ちゃん、ずいぶん積極的でしたね」
いや、ただ一人その場を穏やかな表情で見ていたのが一人だけ…そう、あすかだ。
俊介の後ろの席のあすかは、いまの光景をどこか嬉しそうな感じで見ていたのだ。
「梨乃って、あんな娘だったっけ?」
「さぁ……」
「ふふっ。梨乃ちゃんは本当はとっても積極的な子だよ」
「そ、そうなの?」
「うん。ただこう言うのに慣れてないからちょっと戸惑ってるのかもしれないね」
「そ、そうなの?」
「うん」
そう言ってにっこり微笑むあすか。
双子だけがよく判らないと言いたそうな顔で首をかしげてる。
「梨乃ちゃんも恋する女の子だからね」
「あー、やっぱり俊ちゃんなんだ」
「わたしの口からは答えは言えない、かな」
「それもう当たりって言ってるじゃん」
「うふふふっ」
さぁ、どうでしょうと言った感じに笑う。
と、その時何か思い浮かんだのか、表情が変わった。
ポンと小さく手を打つ動作までしてる。
「そうだ。茜ちゃん、梢ちゃん、あのね……」
『ん〜?』
双子はお互いを見ながらもう一回首をかしげると、あすかの口元へ耳を寄せた。
………………
「はぁー、なるほどね」
「そういう事なんだ〜」
「だから、二人も協力お願いね」
「人それぞれの事だからあんまり介入したくはないんだけど……まぁさりげなく、ね」
「あたしがんばるー」
茜はしぶしぶ納得した感じだったが、梢はニッコリうなづいた。
彼女の目はキラキラ輝いてるが……何があったんだろう。
それを知るのはこの三人のみ…。
「それじゃあ、今日はわたしたち三人で帰ろうか」
「そだね。久しぶりだからいいかも」
「あかねー。アイス買って帰ろうよ」
「夕飯の事考えるとそれはちょっと……」
「ふふっ。いこう、茜ちゃん」
「…ん〜しょうがないなぁ。今日だけだよ」
「やった☆」
三人でも十分賑やかな一行が教室を後にする。
この日よりあすかが双子に耳打ちした事が発動されたわけだが……。
実は、これは予想外の大失敗に終わる事となる。
そう、それこそあすかも考え及ばないほどの大誤算の発生。
人間の感情は水物と言うファクターを見誤っていたのだ。
生まれた台風は、ある時を境に迷走台風へと進化する。
それが何時何処で起こるのかは、もうしばらく後で判ることだ。
いまはただ、嵐の前の静けさといわんばかりの平穏が……。
そして……
「なあ、梨乃」
「うん?」
「………………」
「どうしたの? 俊介君」
「……いや、なんでもない。たださ、楽しそうだなぁと思って」
「そう、見える?」
「なんとなくだけど」
「ふふっ。案外、そうかもしれないよ?」
俊介のほうを見ると、にっこりと笑った。
本当はどうしてみんなを置いていったのか聞きたかった。
でも、梨乃の笑顔を見たらそんな事聞けなかったんだ。
本当に楽しそうに見えたから。
だから、こう言うのも悪くないかなって……思ったんだ。
俊介は視線を下へ移した。
自分の右手がある部分……そこにもう一人の手がしっかりと繋がっていた。
教室を出たときからずっと繋がったままの手。
なんとなく、なんとなくだけど…。
もう少しだけ、このままでいたいと思った。
「ねぇ、俊介君」
「ん?」
「お夕飯、よかったらうちで食べていかない? …あんまり自信はないけど…」
梨乃からの誘い。
最近ご飯を共にするのが増えてきた気がする。
今日は帰ろうかなとも思ったけど……。
どうやら家には夕飯はいらないと伝える事になりそうだ。
「おっけー。それじゃあ、ご馳走になりに行くとするかね」
「うんっ」
それぞれの思惑をのせて、時は進む。
この先何処に向かってどんな結果に流れ着くのか。
梨乃の心は?
そしてあすかが話した事とは……?
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