17...... 彼女の笑顔がみたいから(夕方)
それはとにかくよく雨の降る日……
空は一面暗黒面に閉ざされ、そこから降り注ぐ大量の雨は宛ら誰かの涙にも見える。
遥かな高みから勢いをつけた雨は容赦なく地面や壁、家の窓、そして人々へ襲い掛かり、衰える気配もない。
そんななかで、傘も差さないで向かい合ってたたずむ二つの人影があった。
全身ずぶ濡れの状態。もう何処が濡れて何処が濡れてないのか判別もつかない。
お互いに口を硬く閉じたまま、ただただじっと相手の目を見つめていた。
つーっと頬をしずくが伝う。それは雨なのか涙なのか。
やがて口を開いたのは二人のうちの一人……男の子の方だった。
「ゆ、雪菜――――!」
・・・・・・・・・
「――――さん、千堂さん!」
「はっ!?」
ふと我に返った。
唐突に世界が明るくなって、雨の降っていた光景はどこかへ消え去っていた。
すぐ目の前には心配そうに顔を覗き込むあすかの顔がある。
あれ、そう言えば俺は……。
「どうしたんですか? 下を向いたとおもったら急に……どこか身体の具合でも」
「え、ああ。いやーなんでもない。その、あまりの展開にちょっくら、かな」
言葉を遮るように、苦笑いしながら心配ないと伝える。
それにしても俊介、意識がどこか別の時空と連結してしまうくらい飛んで逝ったか。
手に握られてるのは一枚の用紙。ついさっきまでスコアを競っていたボウリングの結果が載せられている。
俊介が勝手に決めた“負けたらアイス”が掛かっていた勝負。
果てさて結果といえば…。
「あすかって、上手かったんだな。ってか上手すぎ」
「そ、そうですか……?」
「絶対初心者だと思ってたぞ。だから遊びながらもハンデかなーなんて考えてたら……ねぇ?」
「あ、あはは……」
簡潔に言うと、俊介の完敗。
1ゲーム目こそ拮抗していたものの、2・3ゲーム目では勘を取り戻したあすかが絶対優位の位置を確立していた。
にしても、あすかってボウリング上手かったのね。
「小学校とか中学校の頃とか、時々やっていたもので」
「なるほどなぁ。遊びレベルじゃあ勝てないわけだ」
「そ、そんな事ないですよ。千堂さんも上手でした。今度はきっと……」
「んま、負けたものは仕方がない! ここはしっかりとアイスをご馳走いたしますゆえ」
……本当は、勝とうが負けようがアイスを買ってあげようと思っていたんだ。
……嘘じゃないぞ、負け惜しみじゃないんだぞぅ。
なんて声が聞こえなくもないけど。
とにもかくにも、意外な終幕を迎えたボウリング勝負。
俊介とあすかは次の目的地を駅前通に定めて、移動を開始したのである。
――――で、もう一組はと言うと。
「梢、大丈夫?」
「爪折れたー……」
「だから昨日切っておきなさいって言ったのに」
「まさかボウリングやるなんて思ってもみなかったんだよー」
「やってもやらなくても、長いままだと危ないから短くしなさいって言ってるの」
「ぶぅー……」
「帰ったらちゃんとお手入れしておこうね」
「うん」
「………………」
毎度おなじみ茜・梢の双子は賑やか。
どうやら梢、ボウリング最中に爪を折ってしまった模様。
出血こそしてないけど、右手の親指の爪が変な形になってる。
そんな二人を横目にしながら、一人沈黙を保っているのは梨乃。
その視線の先には、遠ざかり小さくなっていく一組の男女の姿がある。
言うまでもなく俊介とあすかなのだが…。
両手を胸の前で合わせて、不安そうな顔で見つめるそれは……ちょっとだけ、いや結構、可愛く思える。
「………………」
彼女の胸中はさぞかし不安でいっぱいだろう。
ボウリングをやってる間は三人とも本来の目的を忘れて楽しんでたけど、こうしてまたもとに戻れば……この通り。
ただ気がつかぬは、件の二人だけナリ。
双子に声を掛けないでそのまま後をつけ始めた梨乃を見て、慌てて後を追うのであった。
「にしても、やっぱり気になるなぁ。どうしてあの二人は一緒に遊んでるんだろ。遊んでる事は悪くないんだけど“何故二人”で、しかも“私たちにナイショ”で。……あすかははじめのこと好きだから俊介は対象になるわけないし……となると、俊介? でも梨乃がいるのに……? うーむ」
実はさらっとすごいことを言ってる茜。
あすかも俊介も彼女には何も語っていない。でも的確に答えを出されてる。
あすかについては長年の付き合いだから判るかもしれないけど……俊介も?
多分梨乃が追いかけてきて、あまつさえあの日屋上で抱きつくのを見ていた茜ならもしかしたら……あるかも?
もちろん、梨乃も俊介もまだ付き合ってはいない。
そりゃあもう、踏ん切りがつかない梨乃と気づいてるかも微妙な俊介ですから。
「でも、楽しそうだよね。あの二人」
そう答えたのは梨乃ではなく梢。まぁとってもとぉっても彼女らしい意見ではある。
「うん、まぁ確かに楽しそうではあるんだけど……」
「ど?」
「うん、なんかね。もしかしたら私の思い違いかもしれないんだけど……」
若干首をかしげる様にした茜が言った次の言葉は……
「あすか、どことなくムリしてるように思えない?」
・・・・・・・・・
本当は、今日は何処にも出かけたくなかった。
誰とも会いたくなかった。
一人で、いたかった……。
・・・・・・・・・
「なぁあすか、本当にそれだけでいいのか?」
「はい」
「どうせならドーンと三段重ねくらいのでも良かったんだぞ?」
「…さすがにそんなに沢山は食べられませんから。それに、あんまり食べると太ってしまいます」
「うーん、そんなもんか?」
「はい。そういうものなのです」
あすかがそう言うなら……って感じで納得(?)した俊介。
自分の持ってるアイスにかぶりついた。
運動後の甘いものはなんとも美味しく感じる。
これに渋めのお茶があったら最高だというのはあすかの言葉か。
「さて、これからどうするかな」
「……あの、千堂さん」
「ん?」
「行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「ああ、いいよ。何処に行くんだい?」
「ここら辺はちょっと人が多いので……今は静かなところに行きたいんです」
「静かなところねぇ。公園とか?」
「……でも良いんですけど、もうちょっと別のところ、です」
「そうかー。じゃあ、あすかの後についていく事にしよう」
「はい。じゃあこっちです―――――」
繁華街を抜け、住宅地を経由して、いつしか賑やかだったのも静かなものへと変わり……アイスも食べ終わって久しい頃にたどり着いたそこは……
「到着、です」
「……なるほど。確かにここは静かなところ、だな」
傾いた太陽を鮮やかに反射しながら、自分はただ勢いに身を任せてる存在。
音がするほど急流でなく、そよそよという表現が合っているような穏やかな川の流れ。
映りこんだ太陽が水面にゆれてキラキラと光っている。
その光景を今、二人は並んでみていた。
「何かあった時、よくここに来るんです。ここで何もせず、ただぼぉっと水を見ているだけ。たったそれだけなのに、自然と心が落ち着いていく感じがする。不思議ですよね……」
「……ああ、そうだな。俺もその気持ちわかるよ。こっちに来てからは初めてだけど、前にいた所で俺も同じようなこと、たまにしてた」
…そう言えば、俺がこっちに引っ越してくるとき……梨乃と別れた場所も、ちょうどこんな所だったっけな…。
…あれからまだ二ヶ月と経ってないのに、遠い昔のことに思えるのは何故だろう…。
「……ここに来たら、落ち着くと思ったんですけど……」
「うん?」
「でも……今回ばかりはムリみたいですね。こういう時には、心って落ち着かないんですね……」
「あ、あすか……?」
「ねぇ、千堂さん……本当のことを言うとですね。今日、出かけたくなかったです」
「えぇ?」
「何処にも出かけず、誰とも会わずに、ただ一人でずっと……部屋に篭っていたかった。この悲しみを反芻させながら、一人で深みにはまって、一人で泣いて、一人で……」
それはあすかの独白。
誰に向けるとでもなく、そして俊介に当てるためでもなく、たんたんと…。
普段にはないあすかのつぶやきが、心からの叫びが声に出た。
「わたし、恋したのも始めたなら、失恋したのも初めて。だから如何していいのかわからない。だって、今までに相手がいっくんしか……いなかったから。 もともと何処かで諦めの心があったのかもしれない。だって、周りにはお姉ちゃんがいたから。 それでも、もしかしたら何処かで期待してた部分もあったのかもしれない。もしかしたら、もしかしたらいっくんはわたしを見てくれるかもしれない。“さやかの妹”って存在じゃなくて“一人の女の子”として……って。 でも、やっぱりいっくんには、“妹”としか映っていない。わたしがどんなに想っても、いっくんの心にはお姉ちゃんとひかりさんが映ってる。そこに入り込むほど強くないし、勇気もない……ましてや一緒にいる時間が違いすぎる。 だから、わたしは……わたしは……」
それは初めて聞いたあすかの声だった。
いつもの落ち着いた雰囲気でなく、感情的に、思った事をそのまま話している感じがする。
だから言ってる事も少しだけ滅茶苦茶だったりして、つまり何が言いたいのか掴めない。
それでも、聞いていて嫌な気分にはならなかった。
昨日のあの光景を見たからなのか、それとも別の理由があったのかは分らない。
「ごめんなさい。急に……でも、こういう事になるから一人でいたかったんです。さっきまでは身体を動かしてましたから隅にやる事ができましたけど……こんなのを聞いても、面白くないでしょう? こんな、失恋した女の愚痴を聞くなんて……」
「……まぁ、たしかに。普通の人だったらそう思うかもしれない。でも、なんか俺安心したよ」
……え?
今、なんと仰いました? ……安心、とな?
「せ、千堂…さん?」
「やっぱりあすかもごくごく普通の女の子なんだなって、そう思った。いつも何があっても穏やかに微笑んでたのんびり少女も、やっぱり年相応の女の子だと、な」
「………………」
「いいじゃん、愚痴くらい言ったって。普段俺を含めていろんな人の話を聞いてばかりなんだから、このくらい誰かに頼ったっていいじゃん。それとも、俺とかじゃ全然頼りにならない?」
「そ、そんなことありません。でも……」
「なら、相談をしたりされたりする関係になればいい。自分だけが背負うことなんてないんだぞ」
自分だけが背負う……。
今までのあすかはそうしていた。
自らの悩みは表に出さず、他の人の世話ばかり焼く日々。
それはそれでありなのかもしれない。
でも、堪ったものは吐き出さないと爆発するのだ。
「ちなみに、どうして俺が今日こうして誘ったか分るか?」
「……と、言いますと?」
「こうして、吐き出させたかった。最初は身体動かして発散かなぁとも思ったけど、結果的にこう言うカタチになった訳だから作戦成功、かな。……放っておけなかったんだよ。昨日のあすかが、あんまりに小さく・消えてしまいそうに見えたから……」
「あ……」
「だから、溜め込むな。誰かに話して開放しろ。それで嫌がられたらそいつは友達でもなんでもない。もちろん、俺だったら年中無休随時大歓迎だぞ」
ニッコリと微笑む。
今のあすかにはとてもマネできない笑顔だった。
どうして、この人はこんなにしてくれるんだろう。
どうして、この人は当然のように言うんだろう。
「………………」
「…………梨乃ちゃんが、好きになるわけですね」
「え? なんだって」
「ううん。なんでもない……です。ただのヒトリゴトですから」
そう言って、ぎこちないながらもあすかは笑った。
傷はすぐには癒えないだろう。
でも、和らげることならできる。
彼ならきっと和らげてくれるだろう。
こんな自分のために一生懸命になってくれる彼なら、きっと……。
「おっ、やっとこ笑ったな。それでこそあすかだ」
「ご迷惑、おかけしました」
「おーぅまったくだ。すっげーかけられたぞ」
「うふふっ。それならついでに、もう少しだけ迷惑をかけちゃおうかな?」
「なんだなんだ? なんでも言ってみなされ」
・・・・・・・・・
これから言うことは、嘘かホントか、自分でも良く分らないけど……
でも、言っちゃっても良いかもしれない。
少なくとも、イヤじゃ、ないから――――
・・・・・・・・・
「ねぇ、千堂さん」
「なんだ?」
「実はですね、あなたの事を好きな女の子がいるんですけど……ご存知ですか?」
「はぁ? 俺のこと?」
「はい。わたしが知る限り今のところ一人だけですが」
「が……?」
「その娘に加えて、わたしも、せ…………俊介さんのこと、好きになっちゃおうかな? と、思いました」
「なんだよ。俺のこと好きになった………って、え?」
俊介、目がテン。言葉が一気に消え去った。
「え、えぇぇぇ〜ッ!?」
「俊介さん」
「へっ――――――?!」
あすかが一歩近づいて、次いで頬に柔らかくて暖かな感触が走る。
それは一瞬だけのものだったが、すぐに何なのかが分った。
「あ、あすかぁ!?」
「さて、と。それでは、今日はどうもありがとうございました。また月曜日に会いましょう!」
くるりと後ろを向くと、小走りに去っていくあすか。
それを呆然と見送る形で取り残される俊介。
ただただ頬にある柔らかな感触だけが強く印象に残っていた。
「な、なんだったんだ? 急に……」
ポツリと呟きながら、感覚残る右頬にそっと手を触れた時だった。
恐怖の大魔王(魔女?)が光臨したのは。
「――――俊介君!」
「うぇッ!? あ、りっ梨乃? どうしてここに?!」
突然大声で呼ばれるものだから、なんとも情けない声で反応した俊介。
振り返ってみれば、ニッコリ笑ってる梨乃がいる。
もちろん、この場合笑っている意味をそのまま捉えてはいけない。
正確には、顔だけ笑ってて目は全然笑ってない……それどころか、業火の如く怒りに満ちてると表現すべきか。
「な・ん・な・の・か・な・? こ・れ・は・?」
「な、なんなのって……と、とにかく、訳分んないけどその怒ってそうなの……止めない? あ、止めそうにないですか……参ったな。はは……」
夕焼け染まる空の下、天国と地獄を一編に味わった俊介であった。
その際、何処かからあの双子の声が聞こえたような気がするのは果たして薄れゆく意識が見せた気のせいだろうか?
『あーあ、大爆発だ』
『こ、怖いよ……茜ぇ』
『梨乃は怒らせないほうがいいかもねー……』
……それでも、時は流れていく……
「梨乃ー、だから俺が悪かったってば(よく分らないけど)。機嫌直してくれよ」
「ふんっ」
朝、制服、通学路。
さわやかな光景をぶち壊すかのように、俊介の声が響く。
その先をズンズンと進んでいくのが梨乃だ。
“怒ってます”オーラを全身から振りまき歩くその様はなんとも威圧感が…。
何故方角の違う俊介と梨乃が一緒にいるかというと、それは俊介が朝から梨乃の家に行ったから。
先日のあの日、何故か分らないけど梨乃に怒られた。
それ以来ご機嫌が戻らない梨乃をなんとか宥めようと必死になってるのだ。
…効果はないみたいだけど。
やがていつもの道にたどり着く。
反対側から来る梨乃との合流点。
そこにはすでに、茜と梢、そしてあすかがいた。
「おはよ」
「おはよー」
「おはようございます」
「ああ、おは……」
「おはようッ!」
…ズンズンズン…
梨乃、通過。定通!
「あちゃー。まだ燻ってたか」
「何なん? 俺何をしたって言うの……?」
「んま、これも試練だ。頑張んなさいよー」
「人事だと思って……はぁ」
「まぁまぁ、元気出してください。俊介、さん」
「あすか……」
ドキッと心臓が大きく跳ねる。
あの時の言葉を思い出した。
あれは、一体……。
「あ、あのな。あすか、俺は……」
「俊介さん」
「は、はい?」
「梨乃ちゃん、泣かせちゃダメですよ? わたしの大切なお友達なんですから」
「え、えーと?」
『俊介君! あと、あすかちゃん!!』
とたんに響く梨乃の声。
少し前にいた梨乃は、振り返ってこっちを見てる。仁王立ち。
……ちょっと怖い。
「あらあら。わたしも怒られるみたいですね……行きましょうか。俊介さん」
「へっあ、ああ……?」
何故か、自分が怒られてる理由をあすかは知っているみたいだ。
俊介でさえ知らないのに何故……?
答えは期待できそうもない。
あすかの笑顔はもういつものそれに戻ってるから。
俊介のいろんな意味で忙しい日が、今日も幕を開けようとしていた……。
- 5月10日 -
あすかちゃんと俊介君が二人で遊んでいた。
しかも、最後にあすかちゃんはほっぺにキスまでしてた。
なぜ…?
その言葉が頭から離れない。
とりあえず、これだけは言っておこうと思う。
俊介君の、バカ……
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も ど る