16...... 彼女の笑顔がみたいから(午後)

今回と次回は視点が程ほどに変わります。ご注意ください。

結論から言うと、今日の出来事がおのおのの心に少なからず影響を与えた事は言うまでもない。
特に梨乃が、そしてあすかが一番大きく作用しただろう。
なにせ“目撃者”と“当事者”である。
最近急速に仲良くなった二人にとっては意味合いが強いのかもしれない。
ましてや梨乃の場合は、自分の恋の相談役(?)であるあすかが、自分の恋する相手と一緒にいるのを見てしまったらそれは……。
これら一連の出来事は、ある休日の午後から始まるのだった。


よく晴れた休日の昼下がり。
俊介は駅前の広場でぼーっと立っていた。
時より辺りを見回すように視線を巡らせてるところを見ると、誰かを待っているのだろうか。
まもなく一時半をさそうとしてる。お昼時もひと段落した駅前は相変わらず賑わっていた。
家族連れが、カップルが、友人が、また一人が思い思いの方向へ歩いていく。
その人並みに混ざるようにして、誰かが近づいてきた。
懐から取り出した携帯電話をいじってる俊介はまだ気がついてない。
メールかなにかの返信だろうか、持っている親指がせわしなく動き回る。
目はもちろん画面に集中。周りの気配なんて気にしちゃあいない。
近づいてきた人物は、俊介の隣に立ったまま動こうとせず、まるで他人のようにただ立っていた。
これでもなお気づかない俊介。いい加減気づいてほしい。
と、隣の人も携帯電話を取り出した。
二人に一人が持ってるといわれてる代物だから、別に珍しい光景でもない。
カタカタとボタンを押すと、すぐに閉まってしまった。
この人も時計でも確認したのか……と思いきや、隣の俊介の行動に変化が出た。
打ち込んでる最中に次のメールが来たみたいで、あっと小さく声を出す。
そうしてさっきから隣に立っている人――――あすかに顔を向けた。

「こんにちは、千堂さん」
「あ、あぁ……えと、いつから?」
「ほんのすぐ前ですよ」
「ごめん、気がつかなかった」
「完全に放置されてましたから、少し悲しかったです」
「うっ……」

思わず言葉が詰まる。
すると、あすかがふふっと微笑んだ。
どうやら冗談で言ったらしい。

「そんな深刻な顔しないでください。気にしていませんから」
「あ、あぁ……」
「それで、今日はどうするんですか? 他にも来る方がいるとか」
「いや、俺とあすか二人だけだよ。だからもういつでも出発できる」
「なるほど。なんだかデートみたいですね」

ふたたびあすかが笑う。
この間みたいな陰のある表情は、もうしていない。
もっとも、それはあくまで“表面上”である事は俊介は良く知っている。
つい昨日あんなだったのに、たった一日で元に戻れるほど軽い問題ではないのだから。

「んま、そういう事にしておこう。それじゃ、移動するとしますか」
「はい。お願いします」
「……なぁ、あすか」
「なんでしょう?」
「デートと言うくらいだから、手でも繋ぐか?」
「ふふっ、せっかくですがお断りします」

断られました。


*  *  *


「ん〜、今日も良い天気」

梨乃はベランダで洗濯物を干しながら大きく伸びをした。
久しぶりに休日早起きをして、部屋の片づけをやっていたところ。
掃除や洗濯と言ったものは、引っ越す前からやってるからなんとも感じない。
後は最近練習を続けてる料理さえ上手くいけば……。

「(俊介君を今度こそ唸らせないと)」

昨日、一緒に夕飯を食べに誘ったときの事。
あすかに教わりたての腕前を披露した。
先回よりは上達したものの、それはあくまで一歩と言ったところ。
俊介も美味しいとは言ったものの、その言葉にお世辞が含まれてるのは言うまでもない。
いや、そこまで壊滅的ではないのだが……とにかく! 梨乃はまだまだ上手くなろうと日々努力してるわけだ!
その部分を汲み取っていただければ幸いである。
……話が逸れた。

「あっそうだ……」

料理のことを考えていて、あるものを思い出す。
そう言えば昨日の夕飯で……

「卵、切らしちゃったんだっけ。買いに行かないと」

ポンと手をたたくと、パタパタと部屋の中へと戻っていく。
よくよく考えてみると、他にもいくつか買わなきゃいけないものもある。
どうやら、忙しくなりそうだ。
外に出かける準備を整えると、元気よく飛び出した。
最近積極的に周りを歩くように頑張っている梨乃。
お陰で少しずつ地理にも慣れ始め、順調な一人暮らし生活の始まりを迎えていた。
そう、よくよく考えてみると梨乃はまだここにきて一週間ちょっとしか経ってないのだ。
いろいろあってずいぶんいるようにも感じられるが……。
時とはあっという間に流れるものだ。
繁華街へ出て、さてまずは何を買おうか。
そう思いつつ足を進めている時だった。

「(んっ……?)」

視界の端に、なにか見覚えがあるモノが移った。
あの後姿は間違えるはずもない。
だって相手は自分が恋焦がれている相手。
引っ越してくる前から、更に遡れば特に意識してなかった頃から見た事があるんだから。
と、ここまではいい。
俊介の隣、手が触れそうな距離に誰かがいる。
と、前方をゆく俊介ともう一人が建物の中に入った。
その時に隣にいた人物の横顔が見える。
って、あの姿は…。

「(あれ……あすか、ちゃん?)」

ドクン、と梨乃の心臓が強く打つ。
本来なら買い物に出たはずだった。
なのに本人が気がつかないほど無意識のうちに、後を付ける方へとシフトしていったのだ。
そしてそして、俊介たちを梨乃が見つけたように、また別の人物が梨乃を発見したのであった。
もう誰とも言わなくともわかるだろう。
なぜならば、発見したとは言うものの……

「茜あかね、なにか面白そうな事が起こってるよ」
「うん。あすかと俊介って面白い組み合わせだもの。つけなきゃ損ね」

……もうすでに梨乃の後ろにいたんだから。
梨乃が少し大きな声を出したのは言うまでもない。


*  *  *


「と、言うわけで、今日は身体を動かそうと思うんだ」
「それで、ボウリングと言うわけですか?」
「ん、まぁな。ちょうど割引券を持ってて最近やってなかったから丁度いいかなーと思って。あすかはやったことあるか?」
「はい。あまり多くはないですけど」
「よし、じゃあやってみるか。負けたらアイス奢りな」
「えっ?」
「はい、決まり〜」

驚いてるあすかをよそに記入用紙にペンを走らせる。
あれよあれよと言うまにコトは進み、気がつけばシューズを履いてスタンバイ状態に。

「あの、本当に勝負するんですか?」
「もちろん。その方が楽しいだろ」

はい、そういうわけなのですよ。つまりは、決まりです。決定です。確定です。
俊介のちょっぴり強引な運びに苦笑気味のあすか。
わたし、あんまり勝負とか好きじゃないんだけどなぁ。

「それじゃ、じゃんけんで決めたとおり最初は俺から」
「頑張ってくださいね」
「おうよ。勝ってアイスをゲットだ!」

自信たっぷりなご様子。
きっと結構な腕前なんだろう。
右手でボールを持って、手馴れた様子で投球を開始する。
まっすぐに伸びた球はわずかに左に逸れ、小気味良い音とともにピンの群れを襲った。
第1投球目、6本破壊。
続く2投目は惜しくも同じコースをたどってしまったのでスコアそのまま。
んー、投げ始めだし、まずまずの出だし……と言ったところか。
さて、いよいよ件のあすかの番だ。

「緊張するなぁ……」

そういいながらボールを持つ。

「(ん…?)」

その時、俊介が何かに気づいた。
あすかのボールを持つ手。
それは……

「では、いきます」

とととっと助走をつけて放たれたボールは、俊介とは違った弾道を描きながら外側へ向かって転がりそして……

「あらら」

端にある溝へと入ってしまった。
あすか第1投目、ガーター。
スコアボードには“G”のマークが。

「やはり久しぶりだと感覚を思い出すのに時間が掛かりそうですね」
「まぁ、そんなもんだろ。それよりあすかってボールを左手で投げてたけど……左利き?」
「え、あ……はい。一応は。でも鉛筆を持つのとお箸は右ですよ」
「そ、そうなん?」
「私もあまりよくわからないんですけど、お母さんから教わるときに『これだけは右手にしないさい』と言われたもので。だから普段の作業が右手なので気がつかなくても無理はないかと思いますよ」
「いや、驚きの新事実。俺びっくり」

と、俊介が先に言ってしまったが、あすかの新事実発覚。
もっとも、あすかの家柄作法的なものも含めて最低限は右手にする、という事なのかもしれない。
そこはそれ、家庭の事情ってやつだ。

「それでは、気を取り直して……」

再び左手にボールを持って、仕切りなおしの2投目。
さっきと似たような弾道。またガーターか、と思ったときにボールがククッと変化した。
内側に切れ込んだ球はヘッドピンに斜めから襲い掛かり、その他のピンとともに豪快に倒していった。
あすか第2投目、10本破壊……つまり、スペア。
ガーター帳消しの戦果でございますっと。

「スペアです」
「やるなぁ。っし、俺も負けてられないぞ」

さぁさぁ、これでお互いにエンジンが掛かってきたか。
自分のボールを持った俊介が次はとばかりに投球に入っていった。


*  *  *


「俊ちゃんたち、ボウリングやりに来たんだね」
「それにしても、二人でここに来るって言うのも珍しい……やっぱり何か裏があるのかね」
「………………」

俊介たちがボウリングをやっているのを離れた所から見ている三人。
彼女たちの手には、俊介たちと同じくボウリングの球が。
そりゃあそうか。
ただじっと見てるだけ程退屈なものはない。

「じゃあ、あたしたちもやろっか梨乃っち」
「う、うん……」
「でも、私的には一部始終を観察するって言うほうが面白そうだけど……」

…まぁ、一部に例外も存在したが。

「最初は梨乃っちだよ〜」

観察しつつ、自分たちもしっかり遊ぶ。
そして梨乃にとっては初めてのボウリングである。
投げ方から何からまったく分らない梨乃を二人が補助しながら、時より揃って頭を捻るなどなど……。
こちらも和気藹々といった感じ。

「(俊介君……あすかちゃん……どうして……?)」

それでも、梨乃の心の中は晴れない。
あの二人が、何故一緒にいるのか。何故一緒に遊んでいるのかが分らないから。

「(二人が一緒にいるの……なんか、イヤだな……)」

胸の中にモヤモヤッとしたものが広がる。
いろんなことが頭を駆け巡りながら、ボールを持った梨乃が第1投目を……投げた。

「……あ、全部倒れた」

……ビギナーズラック?


...つづく









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