14...... あすかの想い(前編)
わたしには、好きな人がいます。
初めて会った時から……それは一目惚れだと思う。
今まで誰にも言った事はないけれど。
ずっと心のなかであたためてきた。
でも、わたしの想いはきっと――――
なんだかんだいって、連休もあっという間に終了。
再び始まる朝の登校風景。
すっかりお馴染みとなった四人に加わって、梨乃が増えた事により更に賑やかさを増した俊介御一行。
でも梨乃と他四人の家の方向は反対側。
だから会うのは学校の前。
それまでは四人でのんびり……とはいかない通学路を歩いてる。
今日もまた、いつもと変わらぬ朝を迎えようとしていた。
「だーからさぁ、いい加減に学校行くときくらいは降りろっての」
「いーやー!」
「なんでったってお前はいつもそうなんだよ」
「いいじゃんー。ケチー」
「ケチって、あのなぁ……」
…本当に、いつもと変わりなかった。
小さな娘を肩車する父親のような感じといっておこう。
もっとも当人たちから見れば全然そんな事はないのだが。
周りの視線も、もう慣れたようなもの。
気にならなければどうってことはない。
だからこうして賑やかに歩いてる。
そんな時だった。
普段掛からないようなところで、横から声が掛かったのは。
「あれー、俊介だ」
「えっ? あ、姉ちゃん」
路地の向かい側から歩いてきた人物。
それは俊介の姉、ひかりだった。
やほ〜といった感じで手を振ってる。
そして一緒にいたのはもちろんあの人たち。
もはや言うまでもないだろう。
と、茜がその内の一人にむかって言った。
「あっ尚哉。アンタねぇ、連休中帰ってこないんなら一言くらい言ってくれてもいいんじゃないの?」
「じゃないのー?」
梢も続く。しかし当の本人……尚哉は涼しい顔をしてる。
「へいへい。まぁいつもの事だからさらっと流してやってくれ」
「まったくもぅ……はじめも、迷惑だったらコイツ遠慮なく放り出していいからね」
相変わらず茜はパワフルである。
兄である尚哉はもちろんのこと、その友人のはじめにもお構いナシに呼び捨てだ。
もっともこれもいつもの事だから誰も気にしないのだが。
「あはは……まぁ、気が向いたらね」
ただただ苦笑するしかないはじめ。
まぁ彼の事だからきっと本気でとってないのだろう。言った本人である茜は本気で言ってるのに。
はじめに誰かが歩み寄ってくる。
すらっとした外見に肩位の長さの髪の毛が揺れる。
その姿の持ち主は……
「おはよう、いっくん」
「ん? あぁ。おはようあすか。元気でやってる?」
「まぁ、一応……かな? いっくんはどうなの?」
「いやー俺は正直眠たいさ。連休の間ずっと騒いでたから……」
「あはは……そうなんだ」
歩み寄っていったのはあすかだった。
はじめとあすか。何というか、普段見ないだけに珍しい組み合わせ。
それを見た俊介が、ちょっと首をかしげた。
「(ふむ。めずらしいな。あすかが自分から話しかけにいくなんて……)」
俊介の言うとおり、今のあすかの行動は珍しい方だ。
普段は一歩後ろに下がって、と言った感じで聞き手に従事してるものだからなおさらかも知れない。
それに……
「(敬語、使ってないな)」
あすかの特徴の一つに、敬語を使うというのがある。
茜や梢に話すときは普通なのに、異性に対しては完全に敬語モード。
別に相手と距離をとってるとか壁を作ってるというわけではない。
本人曰く、どうしてか敬語になっちゃうんですよね…、とのこと。
これもあすかの性格だと言われて納得がいってしまうから本当に不思議だ。
でも、そのあすかの敬語が……無かった。
今はじめと話してるあすかは、まったく敬語は使っていない。
茜や梢に対するそれと一緒だ。
だからこそ俊介が首をかしげたわけだが……。
でも、その考えも長くはなかった。
なぜなら、そのまま二組が合わさって歩き出したからである。
まぁ偶然かなと纏めて納得するしかない。
とりあえず自分は……
「俊ちゃーん、止まってないで行軍開始だよ」
「あーもう! いつか引きずり降ろしちゃる!」
「無駄だと思うよ?」
えぇまったく。本当に。
俊介は頭上の梢の事で気が回ってなかったが、じつはこの時はじめの方でも動きがあったのだ。
「ねーはじめぇ〜、早く行こうよ」
「おー。わかってるわかってる」
「もう、ひかりもまだまだ子供なんだから」
「まぁそう言うなって。歩きながらだって話せるんだから、ぼちぼち行くとしよう」
「そうね。遅刻しても大変だし。あすかも行きましょ」
「う、うん」
先行して催促してるひかりを見ながら、さやかとはじめが苦笑しながら並んで歩いてく。
追いついた所でひかりがはじめの腕をしっかりと抱きしめた。
そのまま三人で賑やかに話しながら歩いていく。
三人の仲の良さがうかがえる瞬間でもあろう。
何というか、微笑ましいといえば微笑ましい光景。
ただ、それを遠めに見つめる一つの影。
「………………」
さっきまではじめと話してたあすかだ。
一緒に行くのかと思えば、その場で止まったまま。
じっとその先の光景を見つめていた。
どこかさびしそうな表情をしながら……
声が聞こえてきたのは、とある休み時間のときだった。
『ゴメンなさい……他に好きな人がいるから』
どこかで聞いたことある声。
階段の上から聞こえてくる。
少し気になって立ち止まってると、上から上級生らしい男子生徒が降りてきた。
その肩は下がっていて、どこか儚げ…。
なんだろうと思う間もなく、更にもう一人降りてきた。
さっきの声の主だ。
やっぱり。どこかで聞いたことあるわけで。
「さやか先輩、こんちはっす」
「あれ、俊介君じゃない。どうしたの?」
「いやーちょっと野暮用で。それより……モテモテっすね」
うっ、とばかりにさやかの表情がゆがむ。
聞かれてたのかぁ……と、ため息をついた。
「まぁ不本意というか何というか。知らない人から告白されてもどうしていいか判らないし……困ったものよね」
「さやか先輩はウチのクラスでも人気ありますからね。その内誰か突撃かけるかもしれないんで撃破の程お願いしますよ」
「はぁ……断るあたしの身にもなってほしいわね。そう言えばあすかはこんな事ってないの?」
「え、あすかですか? まだ知り合って一月くらいですけど、見たこと聞いたことはないですねぇ」
「そっか。まぁその方が幸せよね……でも、あの子ももうちょっとハッキリものが言えるといいんだけどなぁ……自分から何か言うってあまりしない子だから。何か困ってることがあったら相談に乗ってあげてね。同じ学年で頼れる男の子って言ったら俊介君くらいだから」
「うぃっす」
「うん。よろしくお願いね。さて、と。あたしは教室に戻らないと……次は移動教室なの。それじゃ」
「姉ちゃんによろしく伝えておいてください」
了解〜と言って廊下を歩いていくさやか。
なんだか意外な場所で意外な人に会ったな。
しかも場面は……まぁ、生きてるといろいろだよな。
そう結論付けると、俊介も歩き始める。
「(んー、あすかねぇ)」
歩きながらさやかに言われたことを考えてみた。
確かに、あすかは自分からあまり積極的に動こうとしないタイプ。どちらかと言えば誰かのサポートという形に回ってる。
別に悪いことじゃない。むしろ今つるんでるメンバーの中であすかは貴重な存在。
茜・梢と言う賑やかな二人に振り回されることもあるけど……何というか、和み系?
自分でも良くまとめきれてないが、とにかくそんな感じであることに間違いない。
まだ一ヶ月くらいしか経ってないけど、俊介が感じたことはそんな所だ。
いつもニコニコ温和なあすか。
それが彼女への印象だ。
普段を見てるだけでは、とても悩んでることがあるようには感じられなかった。
そしてその頃のあすかといえば……
「……でね、………すれば…………かな?」
「えぇっ?」
ポッと頬が赤く染まったのは梨乃だ。
驚いた感じで耳打ちした女の子――あすかの方を見てる。
「で、でも……怪しまれないかな?」
「大丈夫だよ。だから梨乃ちゃんも自信もって、ね?」
「う、うん……」
不安そうな梨乃と、何か自信を持って答えるあすかは対照的だ。
先日のことがあって以来、二人は一緒にいることが多い。
さっき俊介が話しかけようとした時もあすかに“内緒のお話ですから”とやんわり断られた。
その直後に彼は先生に呼ばれて特別教室へ資料を取りに行かされ、帰りにさやかのあの場面に遭遇したと言うわけ。
だからこの場に俊介はいないし、茜と梢もどこかへ遊びにいってるのか姿は見えない。
こういった会話をするには良いタイミングだろう。
と、その時ガラガラッとドアが開いて俊介が帰ってきた。
「あ――――ちょうどいい所に。梨乃ちゃん、千堂さん帰ってきたよ。 もし、千堂さんー」
「んー、なんか用かあすか」
「わたしではなくて、梨乃ちゃんが」
「えぇっ?! と、ととと……まっまだ心の準備が……あわあわ」
「どーした梨乃? なんか慌ててるっぽいけど」
「え、えと……ね。俊介君あの……」
少し躊躇したけど、梨乃は勇気を振り絞って言った。
「か、帰りにウチに寄っていかない?」
* * *
「……さて、と」
あすかはゆっくりと席を立ち上がった。
いつもならみんなで賑やかに帰るけど、今日は違う。
茜と梢は家の都合だといって急いで帰っていったし、梨乃と俊介は今頃二人で歩いてることだろう。
だから今日は自分ひとり。なんだかとても静かなものだから違和感を感じた。
梨乃ちゃん、頑張ってるかな。お料理ちゃんとできてるかな。
あすかはさっきのことを思い出していた。
梨乃に言ったのは料理のこと。
先日の夕方、買い物ついでにあすかは梨乃の家に行って料理を作った。
もちろん一人でではなく、梨乃にもできるような物を教えながらである。
その成果を俊介に見せたらと言ったのだ。
「ちょっとお節介だったかな?」
誰もいない教室で一人呟く。
でもすぐにううん、と軽く首を振るとオレンジ色に染まった教室を後にした。
後ろから声を掛けられたのは昇降口で靴を履き替えてた時のこと。
振り返るとそこにいたのは、はじめだった。
部活帰りで暑いのか、制服のボタンは大きく外されてる。
ドクン、とあすかの心臓が大きめに動いた。
「いっくん……」
「やっぱり。後姿があすかに似てるなぁと思ってさ。それよりもどうしたんだ? こんな時間に一人で」
いつもなら茜とか梢とかいるのに、と言うはじめ。
でもあすかにはその声は届いてない。
ぽぉーっとはじめの方を見たままだ。
「ん? どうかしたか、あすか」
「あっ。う、ううん……なんでもない。いっくんは部活帰り?」
「まぁね。最近体動かしてなかったし、鈍ってもアレだからちょっと活動をば」
「お姉ちゃんたちは一緒じゃないの?」
「さやか達がいてもしょうがないだろう。だから今日はバラバラに帰るってところさ。たまにはこういう事もあるよな」
「わたしも、同じかな。今日はみんなバラバラなの。だから久しぶりに一人で」
「そっか。同じだな」
「うん。同じだね」
「それじゃ、一緒に帰るか?」
「うふふ……お供します」
はじめは気がついていないが、そこには普段まったく見せないとても嬉しそうなあすかの顔があったのだ。
夕日を背にして、はじめとあすかは並んで帰っていた。
普段話すことも少ないせいか、会話はとても弾む。
二人ともとても楽しそう。そう周りからも取れる感じだった。
ここであすかのことを良く知ってる人が見れば、とても驚くだろう。
何せ、あすかが自分から積極的に話してる姿があるのだから。
「それでね、お夕飯のおかずを買ってその子の家にいったんだけど、すごい所に住んでたんだよ。しかも一人暮らしなんだもの。とっても驚いちゃった」
「そっか。俺も一人暮らししてるけど……聞いてるとレベルの違いを感じる」
「ちょっぴり羨ましかったなぁ。わたしもあんな家に住んでみたいもの」
「それじゃあ良いダンナを見つけないとなー」
「ふふっ……そうだね」
チラッと横目ではじめを見る。当然ながら彼は気がついていない。
昔からそうだった。ちょっと気になるようなことを言っても、彼はまったく気づかない……
きっと、それが答えなんじゃないかって……心の何処かで思ってる。
わたしのことが気にならないくらい、いっくんは――――
「――すか、あすかってば」
「……え?」
「どうかしたか? 急にボーっとして」
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」
「それならいいけど……。で、あすかは喉渇いてる?」
「のど?」
「缶ジュースでも一つどうかなと思って。ちょうどベンチもあるし、少し話していこうじゃないか」
「いいけど……もちろん、いっくんの奢りだよね?」
「ははは。もち、奢らせて頂きます。いやーさすがさやかの妹だよなー。こういう所には抜け目がないかな」
「そう……だね。お姉ちゃんの妹だもん」
「それで、飲み物はなににする?」
「じゃあジュース……と言いたい所だけど、やっぱりお茶にするよ」
「さすが和風姉妹だな。んじゃちょっと座って待っててくれよ。買ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
にっこり笑ってはじめを見送ると、そばにあるベンチに腰掛ける。
そっか……いつの間にか公園の中を歩いてたんだ。
そんな事に気がつかないくらい、わたしはいっくんの方ばっかり見てたんだね。
………………。
さっきからわたしの心臓は自己主張してるみたいにドキドキ言ってる。
そっと胸に手を当ててみるとハッキリ判るこの感じ。
「……そう言えば、いっくんと二人なんて全然なかったなぁ」
そうだった。いっくんの周りにはいつもお姉ちゃんや尚哉さんがいた。
わたしがいっくんと二人だけでいられたのは片手で数えられるくらい。
どれもわたしにとって大切な思いで。忘れたくない記憶。
ドキドキするけど、心の中がくすぐったいようなあったかくなるような……そんな気持ちになる。
わたしは……いっくんのこと……
胸に秘めてる想いがある。伝えたいと思う想いがある――――
……だけど――――
足音が近づいてくる。
重なって聞こえる…? 一人じゃない……?
はじめが歩いてくるだろう方向を見てみる。
確かに缶を二つもったはじめの姿が見えた。
でもその隣にも人がいる。
そこにいるのが当然で、はじめの方を見ながら腕を後ろに組んで、楽しそうに笑ってる。
見間違えるはずもない。だって毎日会ってるもの。
あの人は……いっくんの隣にいるあの人は――――
「おねえ…ちゃん……?」
……だけど、わたしの想いはきっと――――
...つづく
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