13...... 梨乃の休日
黄金週間。
人はそれをゴールデンウィークという。
学生や一部の社会人を含めて、こんな時期に連休があるのはありがたい事だ。
出かけるもよし、休息をとるもよし、趣味に走るもよしとやりたい事は様々。
一体どんな休日を過ごすのか。
さて、高校に入ってはじめてのゴールデンウィークを迎えた彼女といえば……
「……すぅ……すぅ……」
寝ていた。
大き目のベットの真ん中で、少しだけ身体を丸めるようにして眠ってる。
時間は8時を回ったところ。
普段の彼女ならとっくに起きてる時間だが、先の通り今日は休日。
起きる用事もないだろう。
目覚まし時計も非番を迎えて静かに時を刻んでいた。
家に自分ひとりだけ…
最初は慣れない部分もあったが、今では料理以外は何とかなってる。
何も出来ないままだったらきっと今頃は大変な事になっているに違いない。
「ん……」
もぞもぞと動いた後、梨乃の目がゆっくりと開かれる。
しばらくボーっとした所で身体を起こすと、両手を高く上げて身体を伸ばした。
「う〜〜〜ん……あふ。そろそろ起きようかな」
こうして、籠原梨乃の休日がスタートした。
チン、と言う音が鳴ってパンが飛び出す。
いまどき懐かしいものを使ってパンを焼くものだ。
彼女曰く、これで焼くのが一番美味しいとの事。
朝ごはんはパンと牛乳。それと昨日から新たに主戦力として加わった目玉焼き。
茜の協力の賜物だが、戦力になってるのは目玉焼きだけで後はかろうじてスクランブルエッグが続いてるのみ。
玉子焼きに関してはまだまだ修行が必要の模様…。
それはさておき、目玉焼きが作れるだけで梨乃の朝ごはんは格段にレベルアップした。
今まではパンと牛乳だけとか、後は野菜を切ってサラダくらいなもの。
卵の加入は絶大だ。
頂きますと両手を合わせると、焼きたてのパンにかじり付いた。
ちなみに、パンに塗ってるのはバターとハチミツ。
この組み合わせが彼女のお気に入りだ。
のんびり、と言うほどではないが朝ごはんを食べ終わると、着替えを済ませて身支度を始めた。
髪の毛が長い頃は整えるので結構掛かったものだが、短くなってからはだいぶ楽になった。
お陰で時間短縮にも一役かうことに。
いろいろと準備をしている間に時間は迫る。
最後に軽く色のついたリップクリームを塗って準備完了!
姿見の前で一回転するとニコリと微笑んだ。
「…うん。問題ないね」
何というか、彼女にしては珍しく元気。
決して普段が暗いとかそういうのではないのだが、これは意外だろう。
一体何処へ、そして誰と会うというのだ?
一般論からするとここはきっと俊介だろう。
彼女が一番仲良くというか、気兼ねなく話せるのは俊介くらいだから。
これは恐らくデート……だろうか。
せっかくのゴールデンウィークだし、といった所。
やるじゃん俊介!
身支度を整えて、梨乃は元気よく家を出た。
すぐ近くの商店街を抜けて、そのまま駅前へ。
どうやらここが待ち合わせ場所らしい。
時間はまもなく11時を迎えようかというところ。
最近買った携帯電話を取り出して、梨乃は何やら唸ってる。
はぁとため息を吐くと、パタンと閉じてバックの中へ。
……まだ使い方に慣れてないようだ。
と、そこに近づいてくる人影あり。
梨乃はまだ気が付いてない。
やっぱり今日の相手は俊介だろうか。
うん。きっとそうに違いな…………あれ?
この人は――――
「あっ……こんにちは」
「こんにちは。お待たせしてしまいましたか?」
お互いにペコリとお辞儀。
なんとも礼儀正しい挨拶だ。
こんな事をするのはもちろんあの人だけ。
……そう、あすかだ。
「とんでもないっ。私も今来たばかりで……」
「うふふっ。なんだか傍から見るとまるでデートをする時みたいな会話ですね」
「そ、そうですね……」
「わたし達、女の子同士なのにね?」
あははと笑いあう。
どうやら、梨乃の相手というのは俊介でなくあすかのようだ。
……肝心な時に何やってるんだ俊介?
こんな時こそ誘わないでどうする!
ちなみにその頃の俊介といえば……
『俊ちゃん、もうそろそろお昼なんだから起きないと』
「くー……」
『あらあら、しょうがないわね。せっかくのお休みの日だし今日はそっとしておきましょう』
……まだ寝ていた。
さて、場所を戻して梨乃とあすか。
ある意味珍しい組み合わせだが、一体何をするというのだろう。
「せっかくですから、お買い物のほかに見物という事で歩いてみませんか?」
「お散歩、でしょうか」
「そうですね。お散歩です。でもまずはお買い物かな?」
「はい」
連れ立って駅前を後にする。
この二人が揃って歩くのは梨乃が引っ越してきた次の日以来か。
あの時は偶然会ったようなものだけど、今ではこうして一緒に歩いてる。
こんな事もあるもんだ。
「この間折っちゃったお箸の分を買わないと……」
「あの時はビックリしましたよ。梨乃ちゃんって、結構握力あるんですね」
「いや、あれは……あはは。何と言っていいものか」
正直、封印したい思い出らしい。
自分でもまさか箸が折れるなんて想像だにしてなかったんだろう。
でも、現実にその箸は折れた。真っ二つに。
「……俊介君が変なこと言うからだよ……」
「ふふふっ」
半ば愚痴っぽく呟いてる梨乃を見て、あすかが笑う。
でも実際は彼は何も言ってません。
「あの時はきっと梢ちゃんも冗談で言ったんでしょうね。本気ってことはないと思うけど……」
「それは分かってるけど。でも……やっぱりそんな事言われたくない……かも」
「……梨乃ちゃん?」
「あっう、ううん。なんでもない。ちょっと独り言を……あはは」
余計な詮索は止めておこう。
あすかは考えをやめると笑顔を向けた。
「いこっか。梨乃ちゃん」
「はい」
商店街のお箸屋さんで買い物を済ませると、二人はそのまま商店街を見て回っていた。
前も見たけど、こうやって話しながら歩くのは初めて。
最初は敬語も混ざってた二人も、時間が経つに連れてお互い打ち解けたのか自然な会話になってきた。
梨乃ちゃんと呼ばれるのは最初からだけど、梨乃のほうもあすかの事をあすかちゃんと呼ぶようになっていた。
「なんだか、そう呼ばれるのは小学校のとき以来かも。ちょっとだけくすぐったいね」
と言って笑っていた。
実は梨乃が女の子同士で出かけるのはこれが初めて。
そもそもここに来る前は友達と呼べる人がいないに等しかったのだから当然だろう。
でも、そんな事感じさせないくらい梨乃は明るかった。
今の梨乃があるのは、ひとえに俊介のお陰かもしれない。
彼が彼女の本当の姿を蘇らせたのだ。
「そんな事があったの?」
「うん。俊介君って面識が全然ないのに“だからどうした”みたいな感じで話してくるから……最初は戸惑ったけど、やっぱり嬉しかったなぁ。だって学校行っても誰かと話すってほとんどなかったから」
「……どうして? なにかあったの?」
「…うん。まぁ、いろいろと……」
さすがに梨乃はそこまで言えなかった。
かつて梨乃がコンプレックスを持った大元だから。
今でも、それを話せば距離を取られるんじゃないかと思ってしまうから。
「梨乃ちゃんも、大変だったんだね」
「まぁ……でも、今は毎日がとっても楽しいの。私、ここに来て良かったと思う。あの時のあすかちゃんの言葉に励まされて髪の毛も切ったし」
「印象、変わったものね。初めてあった時よりもずっといいと思うよ。それに明るくなった感じもする」
「俊介君も驚いてたなぁ。髪、切ったんだ……って感じに」
ふと、あすかが疑問を持った。
そういえば、さっきから梨乃ちゃんはずっと……
「あれ、あすかちゃん?」
「………………」
「どうしたの?」
「あっいえ……ゴメンなさい。ちょっと考え事をしちゃって……」
「考え事?」
「えっと…、その、もうお昼の時間だからそろそろどこかで休もうかなって考えてたんですよ」
「あっそう言えば」
腕時計を見ながら梨乃がつぶやく。
そのままお昼にしようかという事に話は流れていった。
どこかの店に入るのも良かったけど、ここは梨乃の希望を取り入れて外で食べる事に。
もちろんテラスで食べるとかではない。
サンドイッチとかを買って近くの公園に行く事に。
なんとなくピクニック気分、と言うやつだろう。
そう言えば、梨乃は引っ越す前に天気がいいとよく外でお茶を飲んだりしていたっけ。
「ここに来るの久しぶり。前はよく来てたんだけどなぁ」
「良い所……。緑が一杯あるのって嬉しい」
「梨乃ちゃん、森とか好き?」
「うん。木も好きだけど花は特に。今はもう育ててないけど、引っ越す前は花壇一杯に花を植えてたの」
「そうなんだ。じゃあここはぴったりの場所だね」
「本当ならシートを敷いて食べたいけれど……」
ちょっと残念だったけど、ないものは仕方がない。
近くのベンチに座ってお昼ご飯を食べる事にした。
「たまにはこう言うのも良いね。遠足気分みたい」
「外に出て紅茶とか飲むと、家で飲むよりも美味しいんだよ。あすかちゃんも今度やってみてね」
「ふふっはい。でもうちの場合は紅茶よりも緑茶だから、きっと外というよりも縁側かなぁ」
「そう言えば、あすかちゃんの家って茶道とかやってるんだよね」
「うん。お母さんが先生やってるからね。わたしもお姉ちゃんも小さい頃からずっと」
だからやっぱり緑茶と縁側かなと言って笑った。
和やかなムード漂う良い日和。
こんなに楽しい時間ってあったんだなぁ。
梨乃は改めて感じていた。
そんな時だ。あすかの口から意外な一言が発せられたのは。
「ねぇ、梨乃ちゃん」
「うん?」
「もしかして、だけど……千堂さんのこと、好きなんですか?」
「はえっ!?」
いきなりだ。
本当にいきなりな質問であったため、梨乃は普段出さないような声を上げる。
思わず手に持ってた飲み物を落としそうになるほど。
そりゃそうか。いきなり、好きなの? なんて言われて冷静な人などおりません。
「あ、あすかちゃんっ?! え、えと…あの……あのあの」
「ご、ごめんなさい。いきなりこんな質問しちゃって……。でも、今日いろいろと梨乃ちゃんのお話を聞いてると、そうなのかなって……」
「………………」
どうしたものか。
ほんの少しだけ考え込む。
でもすぐに答えは出てた。
相手に悟られてる以上、隠すなんてことはできないんだから。
「好き、かな…私は俊介君のことが好き。本当のこと言うとね、追いかけてきたんだ……ここまで」
「だから、転校を?」
「うん。やっぱり、一緒にいたかった……離れて初めてわかったの。ずっと一緒にいたいって言う自分の気持ちが。離れるのはイヤなんだって言うのが。だから……」
「なるほど……でも梨乃ちゃんってすごいね。自分で思ったこと、ちゃんと行動に移せるんだもの」
「そ、それはどうかなぁ……自分でもここまで出来たのは驚いてるくらいで」
「ううん。そんな事ないよ。行動力って何よりの“力”だもの。……わたしには、その力なんて……」
「あすかちゃん?」
最後に何か言っていたようだが、梨乃には聞き取れなかった。
そして気がつかなかった。あすかが一瞬だけ沈んだような表情をしたことに。
なぜなら本当に一瞬のことですぐに笑顔になってしまったから。
もしこれが長年一緒にいた姉のさやか、友として過ごしてきた茜や梢だったら気がついていたかもしれない。
「千堂さんにはもう伝えたの?」
「えっ…と。ううん。まだ……」
「そっか。じゃあ頑張って伝えないとね」
「う、うん……」
「困った事とかあれば相談にのりますから、ね。梨乃ちゃん」
なんだか良くわからないけど、あすかが力になってくれるらしい。
梨乃に初めて相談できる相手が誕生した瞬間だ。
ちなみに……俊介?
彼にはまず相談できないでしょう。
他のことは出来ても、恋の相談は……何せ自分の意中の人が俊介であるわけだし。
だからこそ、あすかの支援は大きな力となろう。
なんだか今日一日でいろんな事が変化した気がした。
「それじゃあ、食べ終わったらまたお店とか見に行きましょうか。まずは見た目からとも言いますし、ね?」
談笑ムードで昼ごはんを食べ終えて、二人はまた商店街へと歩き出した。
雑貨小物系のお店から洋服店まで、午前中とはぜんぜん違うタイプのお店を見て回る。
やっぱり経験不足の梨乃だったが、そこは安心あすかの存在。いろいろと見立ててくれた。
なんと言うか、試着室を何度も往復したのは史上初めてかもしれない。そう心の中で梨乃が思ったほどだ。
それはあっという間の時間……いつもなら長く感じる午後がもう終わりに近づいてる。
青かった空もオレンジに近くなり、どこかでカラスが鳴いてる。
「なんだか、いっぱい買っちゃったね」
「うん。でも楽しかったよ。ありがとね、あすかちゃん」
「ううん、こちらこそ。今日はどうもありがとうございます」
「また遊びにいこうね」
「はいっ。もちろん」
梨乃の手にはいくつかの紙袋。今日の戦果ともいえるものだ。
これらが活躍する日が来るかは、今後の梨乃の頑張り次第といった所か。
「あっそうだ……」
「どうしたの?」
「お夕飯の買い物があったんだ。と言ってもまだまだお惣菜ばかりだけど……」
あはは…と苦笑いを浮かべる。
ようやっと目玉焼きができるようになった梨乃にはレベルが足りない模様。
さて、今日は一体何を買って帰るのか。
「はやくお料理もできるようにならないとね。梨乃ちゃん」
「う、うん……頑張る」
「うふふっ。じゃあ、わたしもお買い物して帰ろうかな」
そう言って、いざ二人で歩き出そうとしたときだった。
すぐ前を歩き始めたあすかが、ピタリと歩みを止めてしまったのは。
急のことだったのでびっくりしたのは梨乃だ。余所見をしてたらぶつかってたかもしれない。
「あ、あすかちゃん……?」
横から覗き込むようにして表情を伺う。あすかの目はまっすぐ前を見つめたままだ。
その先には……たくさんの人がいて何がなんだかわからない。一体どうしたと言うのだろう?
「いっくん……」
ただ聞こえてきたのは、あすかの小さな一言だけだった――――
- 5月5日 -
今日はあすかちゃんとお出かけ。
初めて同姓のお友達と出掛けたから緊張したけど、とっても楽しかった。
やっぱり、お友達がいるって嬉しい。
もちろん俊介君もお友達だけど、相談できないことだってあるものね。
だから……うん、私、頑張らないとっ。
また明日から学校も始まるし、元気よく行こう!
……そう言えば、最後に言ってたあすかちゃんの一言って何だったんだろう?
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