12...... 梨乃覚醒セリ?
連休前、最後の授業が終わった。
もう明日からは黄金週間の始まり。
学生にしてみれば春休みと夏休みの間にあるような感じの、ちょっとだけ長い連休だ。
俊介たちいつものメンバーは、この間から新たに加わった梨乃も交えて、商店街へと繰り出していた。
「んじゃ、今日は梨乃に徹底的に料理のイロハを叩き込むかぁ!」
腕まくりをして気合を入れてるのは茜。
その気合の入り方といったら半端なものではない。
一体何故彼女がここまでなったのか。
それはつい昨日の事であった。
放課後、梨乃の家に行ってみようと言う事で集まった面々。
商店街付近に立つマンションを目の前にしたとき、梨乃を除く誰もが唖然としたものだ。
そりゃそうだ。何処からどう見てもこりゃ普通のマンションとは違う。
こんな所に一人暮らしだなんて……とまぁこんな感じに。
中に入っても驚きっぱなしだったが、実は一番驚いたことは別にある。
それが今回の気合の大元または原因とも言う。
実は梨乃、引っ越してから今まで一度も自炊をしていない。
やってみようとは思うのだが、後一歩踏み出せなかった。
試しに……と茜が玉子焼きを作ってと言ったのだが……
結果は言うまでもない。
そんな経緯があって、本日の今に至るのだ。
「今日一日で、目玉焼きと玉子焼きとスクランブルエッグはマスターしてもらうからね」
「う、うん……」
「うん…じゃない! はい!」
「は、はぃ……」
「声が小さーい!!」
「はっはぃ!」
「よぅっし」
まるで軍隊みたいだ……と呆れてるのは俊介。
あすかは例によって苦笑してるし、梢に至っては茜と一緒になって叫んでる。
傍から見ればどんな光景か。
ともあれ、必要な食材を買い終えると一堂は梨乃のマンションへと向かったのだった。
「それじゃ、まずは卵の割り方から」
賑やかな台所。
三人……いや、四人寄れば姦しいなんてよく言ったものだ。
ポツンと俊介だけが今に残された。
俺……めっちゃヒマなんだけど?
「卵にヒビを入れる時に力を入れちゃ駄目ですよ。殻と一緒に混ざっちゃいますから」
「う、うん……」
「ドアを軽くノックするような感じをイメージしたら良いかもしれませんね」
「ノック……ノック……」
「最初のうちは黄身が割れちゃってもいいから、とにかく殻を入れないように割ってみて」
「梨乃っち〜ファイト!」
あー、ホント賑やか。
向こうが賑やかなほどこっちは寂しさでいっぱい。
果たして梨乃は上手く出来るだろうか…。
程なくしてクシャッと言う鈍い音とため息をつくのが聞こえたのは、もはや言うまでもないだろうか。
「あぅ……潰れた」
「梨乃っち力入れすぎだよ。壊すわけじゃないからもっと優しくしてあげないと」
「うう、りょうかい……」
「手首を動かすようにやってみてはどうでしょうか。余計な力が入らずに出来ると思いますよ」
梨乃よ、卵割るだけで一日が終わらないでくれよ?
それにしても……と思う。
俊介はとにかくやる事がなかった。
これが自分の家なら漫画を引っ張り出すなり部屋に戻ってベットにダイブするなりできたものの、ここは梨乃の家。
ましてや、勝手に梨乃の部屋には入れない。
かといって居間でゴロゴロを始めるのは行儀が悪いし……さて、本当にどうしたものか。
本格的に暇になってきた。
「なぁ、俺めっちゃヒマなんだけどー」
声を掛けてみるものの、茜から『男が弱音吐くな!』っと一蹴。
いや、弱音というよりももっと別の……
仕方がないと呟いて、窓によって外でも見てる事にした。
この付近をこの高さから見るなんて普段出来ないし、いい機会かなって理由で。
でも……誰か本当に構ってほしいと思う俊介であった。
神はいた。
願いが届いたのか、後ろから俊介に誰かが声を掛けたのだ。
「あの、千堂さん」
「おぉあすか。どうした? まさか解雇でも」
「いえ、そうではなくてですね。お茶でもいかがですか?」
「お茶? 入れてくれるの?」
「はい。お茶を飲むと心が落ち着いて良いですよ」
「なるほどな。じゃあ是非にお願い」
「はい。では少々お待ちくださいね」
…ここはお茶で気分を紛らわすか…
そのころ台所では……
「卵の割り方は大体問題なくなった。じゃあ次はいよいよ作るからね」
「うん……がんばる」
「目玉焼きはすぐに出来ると思うんだ。だってただフライパンに落とすだけだし。猿にも出来るわね」
「う……プレッシャー……」
「だからここは玉子焼きにしようかな。もし形が崩れたらスクランブルエッグにすればいいんだし。うん、そうしようっと」
「あ、あぅ……」
「じゃあまずねぇ」
お手本、とばかりに茜が場所を入れ替える。
そこからは梨乃にとってまさに未知の世界だった。
自分じゃ両手で、それもやっとこ割れるようになったのに、茜と来たら片手で卵を割った。
二つほどボールに入れると、箸でさっとかき混ぜ始める。
ホントは箸じゃない方がいいんだけど……と言っていたが、梨乃にはどういう意味なのか分からない。
かき混ぜる傍らに熱しておいたフライパンに混ぜた卵を投入。
あれよあれよという間に、気が付いたら綺麗にまとまった玉子焼きが完成してしまっていた。
「ほい完成っと。こんな感じだけど、大丈夫そう?」
「だ、大丈夫じゃ……ない、かも」
「まぁ私はずっとやってるからこんな感じだけど、初めてやるんだからここまで出来てなくてもいいんだからね。形崩れても何でも、まずはやってみる事が大切。OK?」
「うん……」
「ちゃんとサポートはしてあげるから、安心しなさい」
何というか、料理をしてるときの茜はとても元気がいい。
勉強してるときとは雲泥の差があるとは俊介の言葉。
本人には失礼かもしれないが、確かにそうかもしれない。
ちょっとスパルタ気味なところもあるが、あたふたする梨乃にもわかるようなアドバイスを送っていて、時より手をとりサポートもしてる。
今日だけでは難しいかもしれないけど、そのうち梨乃も少しずつ上達していく事だろう。
さて、少し周りを見てみると、茜と梨乃は料理に奮闘中。
あすかは傍らでお茶のためにお湯を沸かしてる。
さっき言った俊介に入れてあげるためだろう。
俊介といえば、お茶を待ちつつ暇そうにしながらもソファーに座っていた。
もう外を見るのは飽きたらしい。
で、もう一人……もう一人いただろう。
茜の片割れ……梢は何処へ?
「しゅ〜ん〜ちゃんっ」
ばふっ
「……なんだ、梢。腹に頭突き食らわすとは俺になんか恨みでも」
「ん〜、ないよ」
顔を上げて、ニパッと笑う。
「あたしも暇になったー」
「え、梢も教えてたんじゃないの?」
「教えてたけど、今は茜一人でも間に合ってるみたい。あんまり台所に人が多くいると動きつらいでしょ? だからこっちに来たの」
「なるほど。で、暇になったと」
「うん。だから遊ぼー」
「まぁいいけど。もうすぐあすかがお茶入れてくれるからそれまでな」
「うぃっ。あすかぁ、お茶もう一人分追加ね〜」
やっぱりというか、梢は元気がいいなぁ。違った意味で。
「まぁとりあえず、そこからどいてくれ。せめて隣に座るとか」
「はーい。じゃあご希望にお答えして……よいしょっと」
………………
「……梢、俺は“隣に”と言った筈だが」
「だから、隣だよ?」
「隣違いだ。しかもそれは“上”になるだろうが」
「細かい事は気にしな〜い」
はぁ、足が重い。
なんだって座ってる上に乗るかね……。
「こうなったら実力行使してやる」
「ふっふーん。やれるならどうz……ってうわわっと!?」
俊介は両足を外側に開いた。
そのままスポッという感じに梢は俊介の足の間に納まる。
何というか、この体勢は……
「俊ちゃん。危ないよー」
「強引に乗るからだ」
「ぶ〜」
じたばたする梢。
目の前でこんな事されてうれしい筈がない。
俊介からしてみれば抑えようと思っての行動だろう。
梢の身体に両腕を回したのは。
でも、やっぱりその体勢は……
「ありゃ…?」
「ん、どした梢。急に大人しくなって」
「俊ちゃん。意外と積極的なんだね」
「はぁ? なにが?」
「またもぉ、俊ちゃん照れてる?」
「だから何が」
さっきまでじたばたしてた梢が、こんどは猫みたいに擦り寄ってくる。
「ねぇ、俊ちゃ〜ん」
「な、なんだよ……変な声出して」
「……えっちなこと、しよっか?」
ガタンッ!! バキッ!
部屋に響く大きな音。
最初のは俊介がビックリしてソファーごと跳ねてしまったときに出た音。
まぁ二人も座っててよく動いたものだ。
まぁ、それはいい。
ガタンって音がするだろう。
では、もう一つの……バキッて音は……?
「………………」
音源の台所で、茜が凍り付いていた。
近くにいたあすかも目が点になってる。
二人が見つめるその先に……梨乃の手がある。
一度失敗してしまって、また卵を混ぜてるときだ。
梨乃の手には箸が握られていた。
それが突然……
「………………」
無言のまま折れてしまった箸を見つめる梨乃。
二本だった筈の箸は、今では歪な形の四本に増えてる。
もちろん長さは半分だ。
それにしても、お箸を女の子が、それも片手で真っ二つとは……
「あー、お箸割っちゃった……」
なんとも素っ気無い一言。
でもその一言になんとも言いがたい重みがあった。
その威力は直接見てない俊介と梢にも届いてる。
俊介は無言で梢を横にどかし、彼女もそれに習って大人しくしてる。
そして……
「俊介君……ここで変な事はしちゃ駄目だよ……?」
「はっはい!」
「…分かってくれればいいよ。あと、何もする事ないならちょっと味見お願いできないかな? ちょっと失敗しちゃったけど……」
ボールと折れた箸をおいて、梨乃が一枚のお皿を持った。
そこに載ってるのはさっきの……第一陣で失敗した玉子焼き。
ひっくり返すタイミングが遅かったためにイイ感じに黒くなってる素敵な一品だ。
それを梨乃は、味見してみてといった。
……どうみても、味見するような代物でないが……
「り、梨乃。これって……ちょっと……」
「い・い・よ・ね?」
「……心して味見させていただきます」
出会ってから初めて、俊介は梨乃に恐怖心を抱いたのだった。
それから、梨乃の機嫌が直るのに結構掛かったとか掛からなかったとか。
何はともあれ、連休は始まりを告げたのだった。
- 5月2日 -
今日は茜ちゃん達にお料理を教わった。
初めてで全然上手くいかなかったけど……
がんばれば上手くなるかな?
今になって、こっちに来る前に少しでも練習しておけばって思う。
後悔先に立たずって、こういうことを言うんだね。
今日はちょっとだけ機嫌が悪い。
こういう日はお風呂に入って早く寝よう。
……俊介君のバカ。
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