11...... 動きはじめた時間



時は中頃、お昼休み……
賑やかな教室の一角にて。

「………………」
「………………」

一組の男女が無言のままに向き合っていた。

よく分からない。
一体どうしてこんな事になってるのか。
いま、俊介の目の前には、間違いなくあの“梨乃”がいる。
自分を見てニッコリ笑ったんだからそうだろう。
違いを上げるとすれば、ここにいる事ともう一つ……

「梨乃……髪、切ったんだな……」
「うん……」

あの長かった髪の毛が、今や肩ほどまでに短くなった事だろう。
正直言って、最初は名前を言うまでは気が付かなかった。
そりゃ、なんか似てるな?みたいな違和感はあったのだが。
改めて、俊介は梨乃の事をじっと見てみた。
とりあえず、当たり前だが今ここにいる。
ちゃんとここの制服着てるし。
当然ながら中学の頃とは制服が違うから、この格好を見るのは初めてだ。
まさか梨乃がこれを着るとは……と、ここで俊介はさっきから、それもジュースを噴出したあのときからずっと持っていた疑問を何度目かの如く思い出す。
何故、どうして梨乃がここにいるか。
少なくとも、彼女は自分と一緒に受けるはずだった高校に入ったはずだ。
それが何で今ここに来たのか?
あまりに考えすぎて、自分でも収拾がつかなくなってきた。

「(まさか俺を追っかけて……なんて事は、ないよ…なぁ?)」
「あ、あの……俊介君……そんなに、見られると……」
「えっ…? あっご、ごめん……」

なんと言うか……傍から見てると初々し…いや、なんとじれったいような光景だろう。
これを見て、同じように思ったのか、それともただの気まぐれか。
横で見ていた一人の女の子が声を上げた。

「あーもー、じれったい! なんなのこの展開」

他の誰でもない。茜だ。

「見てて首筋が痒くなった」
「あ、茜ちゃん……落ち着いて」

横ではあすかが苦笑しながら茜を宥めてる。

「二人とも、もう少しハッキリ話しなさいよ。今のままだと全然前に進まないよ」
「わ、分かってるって。ただ……ちょっと驚いてるだけだよ。な?」
「えぇっ!? あ、その……うん」

突然話を振られたものだから、梨乃は慌てて返事を返した。

「とりあえず、二人は知り合いって事で合ってるのね?」
「知り合いって言うか、俺が引っ越してくる前に一緒だった」
「そ、そうなん……です」
「つまり、俊介の友達って事は、ひいては私たちの友達って事ね」
「…………はぁ?」

急に飛び出した茜理論に、思わず変な声を上げてしまう。
隣にいる梨乃もどう反応したらいいのかと困ってるようだ。
そんな二人を無視して、茜は梨乃に向けて手を伸ばした。

「私、穂刈茜。よろしくね」
「え、あ……はい。よ、よろしくお願い……します」

なんだかよく分からないが、自己紹介をしたらしい。
二人は握手をしてる。

「なぁ、茜よ」
「ん、なに?」
「なんで今自己紹介を?」
「だって、さっきのままだったらいつまで経っても話が進まないでしょう。だから、私がちょっと強引にでも話を進めたわけ」
「は、はぁ……」

進めたって言うより、ホントに強引に変えたような気がするんだが……?

「それに、俊介のお友達なのに私たちが仲良くならないのも変でしょ? 何も知らないところにか弱い女の子が一人。しかも唯一の知り合いは狼」
「誰が狼だ」
「ここは、私達で守ってあげないと! ね、梢」
「うんっ。梨乃っちを守ろう〜」

まだ自己紹介してない梢は、早くも梨乃をあだ名で呼び始めた。

「ん〜と、あたし、穂刈梢。茜と苗字が一緒なのは、双子だからだよ。よろしくね」
「う、うん。よろしく……」

茜は普通に握手を。梢は子供っぽく手をぶんぶん動かしてる。
双子でも性格が違えばここまで差は出るのだ。
いや、単に梢が子供っぽいだけなのかもしれないが。
相変わらず、梢は元気がいい。

「んじゃ、次はあすかね」
「はい。えっと、まずはお久しぶり……でしょうか? 髪の毛を切られたんですね」
「あ、はい。えっと、同い年だったんですか」
「ふふっ。私服では判断が付きませんからね。では、改めまして、わたしは秋津あすかと申します。どうぞよろしくお願いします。梨乃さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

一度話したことがある相手だからか、梨乃は特に抵抗なく話せてる。
隣で茜と梢が、あすか知ってたんだ〜としきりに感心。
一人、なんだかよく分からないって顔をしてる俊介を置いていく形で、それぞれの自己紹介は進んでいった。
それは即ち、梨乃にこの地での友達が出来た瞬間でもあった。



放課後の風が屋上を吹き抜ける……
俊介と梨乃は屋上に来ていた。
ここなら人も来なそうだし、話すには丁度いい場所だから。
なにかと屋上の出番が多いのは気にしない方向で。

「やっと、こうしてお話できるね」
「あ、あぁ」
「ごめんね。何も連絡なしに、こんな事になっちゃって」
「いや、俺は別に気にしてないよ。ただあんまりにも急だったから、驚いただけ」
「俊介君、ジュース噴いちゃってたものね」

朝の光景を思い出して、ふふふっとおかしそうに笑う梨乃。

「あー、まぁな。それだけ驚いたって事だ」
「でも、私だって覚えててくれて嬉しかった。髪の毛切っちゃってたし、分からないかなって」
「俺も最初は分からなかったけど、名前聞いた瞬間に分かったよ。だからあんだけ……な」
「ぶーって、ね」
「も、もうそれはいいだろ梨乃。忘れてくれ」

少し恥ずかしそうに、視線をずらして頬をかいている。

「あははは。……ふぅ、やっぱりいいね。こういうのって」
「え?」
「仲の良い人と一緒にいられるって、一番嬉しい。私、やっぱりここに来て良かった」
「梨乃……」
「俊介君は……私が来て、迷惑じゃなかった?」

上目遣いにたずねてくる。
どこかすがる様な感じがした。
梨乃……まさかこうなるなんて想像すら出来なかった。
それが今、自分の隣にいる。
全然迷惑だなんてのは考え付かなかった。
それよりも、むしろ……

「迷惑だなんて、思うわけないだろ。それよりも、俺は嬉しかったな。また梨乃と一緒に学校通えるし。なにより会うのに近くていいからな」
「……うん。ありがとう。俊介君」
「でもさ、何で急に引っ越してきたんだ?」
「え……?」
「まさか、前の高校で何かあったのか?」
「う、ううん。そんな事ないよ。ちゃんとお友達も出来たし、お話だって出来てたよ」
「じゃあ、なんでまた?」
「えっと……それはね」
「うん」
「……ひみつ、かな」
「あらら」

何故か来た理由は教えてもらえなかった。
嫌がるというよりは、むしろナイショだよって感じの口調。
いつかは教えてもらえるだろうか。

「話すときが来たら……話すよ」
「そっか。じゃあのんびり待つよ」
「うん。待っててね。きっといつか、言うから」
「わかった。じゃあもうこの話はおしまい。だから今は……」

そう言って、俊介は右手を差し出した。

「前の……別れた時の挨拶の続き。“ただいま”そして、またよろしくな。梨乃」
「……うん。私も、来た方だから“ただいま”かな? またよろしくね。俊介君」

傍から見れば、少し変な挨拶かもしれない。
けれど二人にはとても大切なこと。
梨乃は嬉しそうにその手をしっかりと握り返した。

「ねぇ、俊介君」
「ん、どうしたりの……って、おいおいっ!?」

手を離した瞬間、梨乃は俊介が考えもしない行動に出た。
その行動とは……

「り、梨乃。恥ずかしいって……誰か、来たら……」
「また……こうしたかった。俊介君がいない間、ずっと」
「そ、そう…か……」

梨乃にぎゅっと抱きしめられ、されるがままになってる俊介。
置き場に困った両手を、梨乃の頭の上にそっと乗せふわりと撫でた。
なんだか、無性にこうしたかったのだ。
恥ずかしいけど、全然悪い気分なんかじゃない。うん、そうだ。

「しばらく、このままでも……いいかな」
「……あぁ」

屋上で、たった二人の時間が流れてゆく。
しかしまさか、この光景を見ている人がいるとは露程にも知らず。
そしてそれを見ているのは……

「んーこれはまたずいぶんと親しそうね。っていうかこれかなりヘビーな光景?」
「梨乃っち、実は俊ちゃんの恋人だったりして」
「いや、でも俊介って鈍そうだから彼女出来るってタイプじゃなさそうなのよね」
「じゃあ梨乃っちが抱きついてるのは何でだろ〜?」

屋上の入り口。
そのドアの内側に、かぶりつく様にして見入っている双子がいた。
言うまでもなく、茜と梢である。
学校が終わって、二人して屋上に向かうのを見かけてからここまで、ずっと後をつけてきたのだ。
そしてその二人の後ろでは、

「あ、茜ちゃん。梢ちゃん。や、止めようよ……ね?」

あすかが困ったように右往左往していた。
もちろん双子はそんな事聞いちゃいない。
だからあすかは更に困ってる。
彼女のこういう姿を見るのも珍しい。
何回か声をかけたところで、ようやく二人から返事が返ってきた。

「あすかは気にならないの?」
「面白そうだよ〜?」

まったく見当違いの返事…。
茜の言うことはもしかしたらあっている気もするが、梢の言ってることは的が外れている。
確かにあすかも気にはなってるが……性格ゆえ覗き見ようとはしないのだ。

「で、でもさぁ……あ」
「もしかしたら、俊介この後何かするかもしんないよ」
「ほぉ、俺が何するとな?」
「え、そりゃもちろん押し倒し……て…………?」

茜、振り返る。
ドア、開いてる。
俊介、すぐそこにいる。
梨乃、困った顔してる。
梢、すでにあすかの背中に退避してる。

これ、つまり……

「茜、てめぇ何覗いてんだ!」
「うわー、退散〜!!」

突然勃発した校内鬼ごっこ。
先生に見つかって止められるまで続いたとか続かなかったとか……
かくして、いつものメンバーに梨乃が加わった生活が、今日スタートした。
それは、俊介たちが経験したことのない毎日の始まり……

- 4月30日 -

転校一日目。
ちょっと……ううん。だいぶ緊張したけれど、なんとか頑張った。
お友達も出来た。
まさか、前に会っていた女の人が同い年だったなんて。
でも、びっくりしたなぁ。
俊介君、飲み物噴いちゃうんだもの。
やっぱり、驚いたのかな。

これから始まる毎日は、私にとって良いものになるだろうか。
まだまだ不安なところもあるけれど、頑張らないと。
明日からの授業、前の高校と同じだったら楽なのになぁ。
解らなかったら、俊介君に教えてもらおうっと。













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